とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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Draw in another world ! -2

 

 

 

 

「がぁぁあぁあぁ!?」

 

「てってってー、てってっててー、どうしちゃったのかしらぁ!?」

 

七惟とルムの戦闘が始まってどれくらい経過しただろうか。

 

ついにルムの持っていた剣の切っ先が七惟の右腕を捉え、柔らかい肉を貫通しその刃は容赦なく二の腕あたりを深く傷つける。

 

あまりの痛みに脳の回路が焼き切れたかもしれない、七惟はひたすら蛇のようにのたうちまわる。

 

「イーイこと、教えてあげる!君が今対峙しているこの剣はねー、エッケザックスって言うんだよぉ。より正確に言えばエッケザックスから『魔術的な要素』を抽出したモノだと思っていいねー」

 

ルムはエッケザックスと呼ばれた剣をぐるぐると回しながら饒舌に語りだす。

 

「エッケザックスは『どんな強靭な盾をも貫通する力』を持つんだよねー。本来のエッケザックスは巨人が持ってる剣で、とても私みたいな可愛い女の子には扱えないんだけど……私と神の右席の力である『地』属性を使えば、あらゆる鉄鉱石に魔術的な要素を注入出来ちゃう!どう!?すーばらしいでしょ!?」

 

刃が波打つ剣は、触れたモノを一瞬で切断するウォーターカッタ―。

 

美琴の砂鉄剣とほぼ同じ破壊力を持つと思って間違いない、違うのは幾何学的距離操作で分解することが出来ない点。

 

その唯一の点が、七惟にとって最大の壁となり目の前に立ちはだかる。

 

「まぁ、既に使われている魔術的要素は詰め込めないんだけど……それが弱点だね!参考になったかな?で、も、そんな状態じゃ碌に頭も回らないよねー!?」

 

正体不明の渦に、最強クラスの破壊力を持つ武具。

 

どこをどう見ても、奴にスキなんて見当たらない。

 

「ふっふーん、このままだとヴェントより早くお仕事を終わらせそうだわん!」

 

やはり七惟とルムの戦闘は、一向にルム有利は変わりはなかった。

 

先ほどからルムは七惟の攻撃ではなく目に見えない何かによりダメージを受けているようで、時々吐血する。

 

しかしそれでも彼女の動きが鈍ることはない、こちらを殺そうと全力で襲いかかってくるのだ。

 

対して七惟は先ほどの戦闘のダメージを回復出来ておらず最初から防戦一方だったが此処にきてついに防ぎ切れなくなってしまった。

 

鮮血が道路を真っ赤に染め上げ七惟の思考力を奪う、上条には5分持つと言ったがこのままでは3分すら持ちそうにない。

 

「もう諦めてお陀仏しちゃおうかー、そろそろお姉さんは飽きてきちゃったもんねー!」

 

「る……さい!」

 

悪あがきで橋の鉄柵をルムに飛ばすがやはり彼女の目の前に渦が発生、鉄柵は虚空の彼方へと消えて行った。

 

元から分かってはいたのだがやはりコイツの能力は反則過ぎる、学園都市の能力者でこんなむちゃくちゃな奴に勝てるのがいるとは思えない。

 

「キミを捕虜にするとかいう選択肢はフィアンマから与えられてないんだー、まぁアレの意見を聞くのも癪だけど私も生かすつもりはないのであしからずー」

 

「俺もこのままてめぇを生かしておくつもりはねぇ……」

 

「強がっちゃってー!そういうのは何て言うのか知ってる!?惨めって言うんだよぉ!」

 

「東南アジアの人間に日本語の指導受けるなんざ思ってなかったがな」

 

「おバカな日本人のお子様はまず母国語から学びましょうね!まぁもう死んじゃうけどー!?」

 

ルムの言っていることは正しい、今の七惟は右腕の激痛からまともに物事を考えることすら難しい。

 

この状態では高度な演算は行えないし、下手をすれば意識を手放してしまう程だ。

 

何か、何か手はないのか。

 

パンク寸前の脳みそで七惟は必死に考える、ルムの渦を貫く方法は何かないのか。

 

レベル6計画を中止に追い込んだ地割れ攻撃は?

 

やったところで渦を使い自由に行き来が出来るルムにとって何の脅威にもならない。

 

地割れなど起こしたところで安全な位置から攻撃されるのがオチだ。

 

一方通行の反射装甲をぶち破った方法は?

 

使えない、アレはベクトル操作という現象を七惟自身が詳しく理解していたからつけ込む隙があったが、今回の相手は全てが謎のベールで包まれているようなものだ。

 

渦の理論が解明出来ない限り幾何学的距離操作による妨害行為は行えない。

 

上条当麻を呼ぶことは?

 

声は届かない、おそらくアイツも今はヴェントという魔術師相手に死に物狂いで戦っているはずだ。

 

全ての手段が、敗北という終点へと一直線に向かっていくのが分かる。

 

結局のところ自分にあの女を倒せる手段は一つもないのだ。

 

「それでも……!」

 

それでも、此処でこのまま無様に死ぬわけにはいかない。

 

自分の後ろには上条がいる、上条の後ろには彼の友人がいるはずだ。

 

それが今どれだけ化物のような形状を保っていようが奴にとっては友達。

 

七惟だって分かっているのだ、自分がこのまま何もせずにルムに上条へと続く道を開けてはいけないことくらい。

 

上条の友人をこの女に始末させる訳にはいかないのだ。

 

例えあの堕天使と化した上条の友人がこの世に害しか与えないということが分かったとしても、堕天使を消すのはこの女や神の右席ではない。

 

それは友人である上条自身が、ケリをつけなければならないのだ。

 

友情とか、愛情とか、絆とか……そういったものを理解出来ない七惟にだって、それくらいは分かっている。

 

「どっしてそこまで必死に立ち向かうかなー?私にはキミがそこまでする理由が全く理解出来ないぜぇ!」

 

ルムが走り出し一気に七惟との間合いを詰める、七惟は起き上がり必死に振るわれた剣の軌道上から逃れるも、ルムは追撃の手を緩めない。

 

七惟は手当たり次第にそこらへんにある飛ばせそうなモノをルム目掛けて放つが、一つ残らず渦に飲み込まれ逆に四方八方から七惟を襲う牙となる。

 

汗が滲み、足はもつれ出血で意識が朦朧とし始めた七惟相手に容赦のないルムの攻撃が襲いかかった。

 

ルムが足を渦に突っ込んだ、足は七惟の右肩の上あたりから現れて容赦なく肩を踏みつける。

 

骨が砕けそうな勢いで踏みつけられた七惟はうめき声すら上げることが困難になってきた、息が詰まったように苦しくなり視界が霞む。

 

ルムはさらに左手を渦に入れその手は鳩尾を容赦なく殴り飛ばす、今度こそ呼吸が出来なくなった七惟は声もなくコンクリートへと叩きつけられ倒れ込んだ。

 

 

 

勝てない……全ての点でルムが自分を上回っている……。

 

 

 

五和から貰った槍が手から零れ落ちカラカラと転がる、もうモノを握る感覚すら無くなってきた。

 

「キミみたいな人間が居るんだったら日本も捨てたもんじゃないかもねー……まぁ、キミ一人だけかもしれないけどさぁ」

 

急にルムの口調が変わる、今までの挑発的なものではなくまるで哀愁漂う声だ。

 

「私さー、日本が大嫌いなんだよねー。此処の人達って私達東南アジアから来た出稼ぎの人達を奴隷のように扱うじゃーん?私も最初はお金のためだと思って我慢してたんだよねー、背に腹は代えられないっていうのかなー?でも彼らの横暴に最終的には付いていけなくなっちゃった。キミさー、性接待って知ってるー?私それ強要されたんだー、まぁそんなのヤレルわけなくて代わりにソイツらを殺っちゃったんだけどぉ」

 

七惟に向かって負のオーラを吐きだし続けるルム、その顔は何処となく嘲笑的に見えるが七惟はそんなことに気付くわけがない。

 

「それでこんなことする日本人はコイツらだけだと思って他のトコで働いてたんだけど、全く変わらなかったんだー。一つ二つだけじゃなくて10、20もそんなのが続くといくら我慢強い私でも見限っちゃった。そして思ったんだよー、コイツらは、日本人のお金持ちさんは……いんやー、世界の金持ち全員全ては生きている価値がないゴミ虫でクズ野郎だってこと」

 

「ッケ……そんなのが学園都市とどう関係してんだ」

 

「してるよー、キミら学生はド貧乏さんかもしれないけどこの糞みたいな都市を操っている奴らはみーんな金持ちのゴミ虫野郎さんなんですー」

 

「……統括理事会か」

 

「統括理事会は皆そうだねー。今回のこの『界』を圧迫する術式も金にモノ言わせて作った機械、じゃなくて堕落した天使がやってんでしょー?」

 

 

『界』を……圧迫。

 

 

その言葉に七惟は僅かながら反応した。

 

「それにねー、世界各地で私達みたいな弱い立場の人間を奴隷みたいに工場や現場で働かせてるのも科学側なんだよぉ。せっかく第二次世界大戦で植民地から解放されてってんのに今度は資本主義の元、結局名目が変わっただけでまーた同じようになっちゃってるっ」

 

思い出を語るように話すルムだが、その表情から読みとれるのは決して良い思い出はないということくらいだ。

 

「私は思ったわけだ、この世に金持ちが居ると碌なことが起こらなーい。そして金持ちを生み出すのはかーがーくー。だ、か、ら、こうやって侵攻しちゃってるのさー」

 

「飛躍しまくりだな……その論理は」

 

「飛躍してないねぇー、だって私達の国に工場を立てて搾取してる金持ちは全員科学サイドの屑野郎ばっかりだもーん」

 

「そんで?結局お前はそんなつまんねぇ批評を俺に言って何がしてぇんだよ」

 

「別にー。ただ、今から死ぬキミへの些細なプレゼントだと思って貰って構わないなー。まぁ……惜しい人を亡くしたって皆泣いてくれると思うよーん」

 

「はン……生憎俺はそんな善人じゃねぇ」

 

「そーう?ま、キミは私が見てきた日本人の中じゃかなーりマシな部類に入るよー。それじゃあ無駄話もこれ以上しても何だし、そろそろ神様を拝ませてあげるぅ。あれ?日本だと仏様だっけぇ……どうだったかなぁ!?」

 

語尾を荒らげたルムは、先ほどまでの枯れた葉のような表情は何処へ行ったのか、再びギラギラとした目を真っ赤に血走らせてこちらを睨む。

 

本気だ、次に繰り出される攻撃は間違いなく七惟を仕留める威力がある。

 

「ばいばーい!跡形もなくめちゃくちゃにしてやんよぉ!?」

 

空間を掌握した時間操作が行われ、その間に七惟の周辺360度に黒い小型の渦が発生する。

 

これは駅のホームで見た時と同じ業だ、あの時は七惟がルムを可視距離移動砲の弾丸として吹き飛ばしたため何とか防げたが、ルムはその反撃を間違いなく予測しているだろう。

 

じゃあ、今の自分が取るべき行動は?

 

それは先ほどのルムの言葉に隠されているはずだ、魔術師であるルムを時々吐血させている正体不明の力に繋がるあの力が。

 

 

 

考えろ――――『界』を圧迫する力とはいったい何なんだ!?

 

 

 

 

 


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