とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
意味がわからない。
今自分の心理状態を表すとすれば、コレほどしっくりとくる言葉はないだろう。
少女の名前は天草式十字凄教の一員である五和、現在憧れを抱く少年にお見舞いの品を渡すためイタリアの商店街にて買い物中。
そしてその隣には、学園都市最強の距離操作能力者にてレベル5、暗部組織に所属している七惟理無がふてぶてしい態度で歩いている。
いったい何故こんなことになってしまったのかと言うと、それには深いようで非常に単純明快な答えがあった。
時間は数時間前へと遡る、天草式と彼女が憧れを抱くご一行の活躍によりアドリア海の女王によるローマ正教の謀略は未然に防がれた。
闘いの最中その少年が怪我を負ってしまい、入院生活を余儀なくされ病室に押し込まれている状態だ。
せっかくイタリアにバカンスに来たと言うのに、初日にイタリア料理を食べただけで残りの日程を全てダメにしてしまうのはもったいない。
何か彼の思い出になるものはないか、お見舞いも兼ねて元気が出るイタリアの特産品を。と五和が出かけようとしたその時に事件は起きた。
『五和、あの少年の好きなモノは分かるのよな?』
『い、いえ……それは、その。そ、そもそもあの人のために外出するなんて言ってないじゃないですか!』
『あの人?俺は「あの少年」としか言ってないのよな〜、墓穴を掘ったな五和よ!』
『う、うぅ……まぁそうなんですけど』
『あの少年のために何かを買うというのならば、彼の趣味嗜好に合わせたものが一番いいはずだ』
『はぁ』
『そこで俺にとっておきの秘策があるのよな、これを使えばあの少年の趣味嗜好もばっちり分かるし、五和の株も大幅アップ間違い無し!』
『ほ、ほんとですか!?そんな都合のいいものがあるんですか!?』
『ふふ……それは』
「んで?あのサボテンに送るプレゼントやらの目星は付いてんのかよ」
「……いえ」
結局『それ』は、今自分の隣を歩いているこの七惟理無だったというわけだ。
意気揚々と待ち合わせ場所に行くと、そこには彼がいた。
教皇代理からは『強力な助っ人』と聴いていただけに、もしやインデックスという可能性も少しは考えたが、教皇代理は自分の予想の斜め上を行っていた。
七惟も七惟だ、どうしてこんな面倒くさくて楽しい成分が皆無なイベントにわざわざ足を運んできたのか。
五和は知る由もないのだが、七惟も当初は上条の病室にインデックスと共にいたのだ。
だがしかし、当然彼らが発する甘い空気に耐えられるわけもなくいつも通り退出、だが退出した先に待っていたのは殺気をビンビンと放つ天草式の面々。
挙句襲われ数人を実力行使で黙らせたが、それでも暇を持て余していたためベンチにこしかけていたところを建宮に発見され、この話を持ちだされた。
暇つぶしには調度良い、という判断を下した七惟はその提案に乗ったわけだ。
そんなことを知らない五和は、既に命のやり取りを2回やっていて上下艦ではあれ程の……まぁ、トラブルが起きたのだがよくもそんなことが起こった相手と一緒に買い物に行く気になったものだと五和は感心する。
あの時のことを思い出せば五和は何だか苛々するような、もやもやするような感情が頭を支配して居ても経ってもいられなくなるため、なるべく考えないことにしているのだが。
実はこの提案に乗った七惟には、当然暇つぶしという名目が第一にあったのだが、オルソラとの対話で有り得ない程の無口を経験し、少しでも対人コミュニケーションをとっておきたいという思惑も隠れていた。
五和ならば、ど突き合いも殺し合いもしたし遠慮はいらないだろう、という彼特有のコミュ力不足思考のせいもあるし、大きな理由はもう一つあるのだが。
今二人はキオッジアの商店街に来ている、オルソラの紹介もあって此処ならば日本人の観光客受けする品が置いてあるとの情報も得ていた。
だが五和が知りたいのは日本人受けするモノではなくて、あの少年が喜ぶものなのだ。
そこで頼りになるのが、まぁ……頼りになるというかこの場合仕方ないというか、七惟の出番というわけだ。
問題は七惟と五和の間で先ほどから会話が皆無な点である、待ち合わせ場所で合流してから二人の会話は30秒続かない、そもそも相手に続ける意思はあるのかすら危うい。
五和としても、此処二日で様々なことがありどう七惟に接すればいいのか分からないということもある。
一日目は七惟のことが嫌いで嫌いでどうしようもなく、二人の関係は修復不可能なところまで来ていると思っていた。
だが上下艦で変なトラブルが起こってしまい、その後の戦闘においては仲間である七惟から五和は命を助けて貰っている。
そこらへんの複雑な事情故に、五和は先ほどからまともに七惟の顔も見ることは出来ないし、気まずいことこの上ない。
一方の七惟と言えばいつもと変わらない不躾な態度で堂々としている、何を考えているのか全く分からない状況だ。
「オルソラや暴飲暴食シスターと言い……お前らサボテンの熱血漢に惹かれんのか?」
「……い、い、いきなり何を言い出すんですか!」
分からないし、出てくる言葉に関してもどうしてこのタイミングでそんなことを言うのだと問い詰めたくなる。
七惟はもしや自分に嫌われて欲しいのか?そう取られても仕方がないような感じだ。
だがオルソラはそんな七惟を『しっかりとしている、良い人』という評価を下している、自分を助けてくれた時は確かにそうも思った。
もしや七惟は自分が考えているよりも、ずっと良い人であり、仲間という言葉が好きな普通の少年……と一瞬考えた自分が馬鹿だと今なら思う。
最初程の嫌悪感はもうなくなってはいるが、それでも苦手なものは苦手であり、七惟と一緒にいるのは精神的にも肉体的に疲れてくる。
だがこれも全てあの少年のため、あの少年に少しでも自分を見て貰うためにはこれくらいの労力など……!
「気に済んな、ただ言っただけだ」
「……」
そんな五和の意気込みも、七惟の無神経な言葉で台無しになってしまう。
何だか一人で買い物をしたほうが良いモノを買える気がする、少なくとも此処までストレスを感じることもないだろうし。
「……七惟さんは私に喧嘩を売っているんですか」
思わず、本音が。
今まで耐えてきた分に、それが全て流れ出てしまい明瞭な声となってその場に響く。
しまった、と口を手で覆うがそんな五和を見て七惟は驚いた様子もなく素っ気なく答えた。
「別にそんなつもりはねぇけどな。思ったこと口にしてるだけだ」
思ったことを口に……って。
それはいったいどういう意味だ、と七惟に尋ねる前に答えは返ってきた。
「俺は人の気持ちをくみ取るなんて高等なコミュニケーション能力は生憎持ち合わせてねぇよ。これが俺の素だ」
つまりこういうことか。
この人は横浜で出会った時から、今に至るまで全て自身の言葉をありのままの直球でこちらに投げつけているわけか。
オブラートに全く包まれていない言葉は腹の底で考えていることそのままであり、こちらを怒らせるつもりなど最初からないと。
言われてみれば確かにそうかもしれない、彼はあの少年に対しても容赦のない言葉をぶつけており、とても遠慮や優しさなどの要素を持ち合わせていなかった。
……なんだか、そんな人相手にこちらが気を使って遠慮して、言いたい事を言わないのは馬鹿らしい気がする。
そう思ってしまえば気持ちがとても楽になった、相手が全くこちらを思いやっていないというのならば、もうこちらも相手が『命の恩人である』という設定を全て脳から追い出して喋ってしまえばいい。
「……はぁ、そうなんですか、ホントに貴方は失礼な人ですね」
「はン、失礼な人間じゃなけりゃ16年間友人0なんざ有り得ねぇだろ」
「16年間友人0って……それはそれで凄い気がしますよ、悪い意味でですけど」
「だろうな。まぁこんな奴と『友達』とか言ったあのサボテンには恐れ入るなホント」
「それはあの方ですから、七惟さんとは違いますもん」
「あぁいう馬鹿がいるから、コミュニケーションが面白いとも感じるようにはなったってのはある」
自分でも驚くほどの毒舌っぷりを発揮しながら五和は七惟の発したワードに反応した。
面白い?
今彼は自分とのコミュニケーションも、あの少年の時同様に楽しんでいるのだろうか。
気になった五和はこれまた何の遠慮も無しにストレートの言葉で相手に伝える。
「七惟さんは……今、私とのコミュニケーションも楽しんでいるんですか?」
すると、七惟はこちらに視線を向けて首を縦に振りながら答える。
「まぁな、それに『仲間』とこんなふうに会話すること自体まず無かったことだ、初めては何でも楽しいもんだろ?」
七惟の心の言葉を聴いて五和は思わず押し黙る。
彼は非常に『仲間』というワードを自分の前ではよく使う、それは彼にとって仲間が自分しかいないということもあるし、初めて得たものだから新鮮なのだろう。
『仲間』に対して彼は非常に綺麗なイメージを持っていて、そのイメージを作り上げたのは間違いなく自分だ。
「仲間ってのは遠慮も無しに会話をするもんなんだろ、オルソラや上条の前じゃ言えないこともお前には言えるし、お前の反応も一々おもしれぇしな」
「……一言余計なんですよ、もう」
というかオルソラの前では確かに彼は縮こまっていたが、あの少年に対してはあれで遠慮していたというのか、確かに七惟はあの少年と喋っている時よりかは今のほうが表情は生き生きしていると言えなくもない。
それに先ほどから彼はかなり饒舌になっているし、彼は本当に先ほどからこの言葉のドッチボールを楽しんでいるのか。
「天草式の仲間とはいつもこんな感じで喋ってねぇのか?」
「まさか。七惟さんと同じような態度を取っていたら、誰からも相手にされなくなっちゃいますよ」
「へぇ、じゃあお前は特別ってわけか」
「……もう何とでも言ってください。ただし、何とでも言っていいのは私に対してだけですからね、天草式の皆や上条さん達には絶対こんなこと言わないで下さいよ」
もうこうなってしまっては自分が面倒を見てやるしかない。
『仲間』という言葉の意味を間違った内容で体現してしまった自分にこれは責任がある。
彼が仲間に対して間違ったイメージ……いや、まぁ間違っていないのだが、そこにはちゃんと『遠慮』や『同情』もあるということを伝えなくては。
「七惟さんはちょっと仲間に関して勘違いをしていますよ」
「そうか?」
「はい、確かに仲間は自分の本音をぶつけ合える数少ない方々です。友達も大事ですが、命を共にする『仲間』とは異質なものですし」
「だろうな」
「ですけど、そこにもちゃんと相手に遠慮したり、同情したりするのは重要なことなんですよ」
「……」
「一方的に言葉を投げかけるだけじゃダメです。相手のことを考えて、偶には相手が傷つかないよう言葉を選んで……」
「五和」
「え、はい。なんでしょう」
話の途中だと言うのに七惟が割って入る、まぁ彼はこういう人種なのだと諦めながら五和は話を中断しそちらの耳を傾けた。
「慰めってのはそれで効果があんのか?」
「それは……」
「同情が役に立つとは思えねぇな、俺が生きてきた世界じゃそうだった」
「……」
「だから俺は自分の言葉には全部俺の言葉を乗せる、あとは全部行動で示す」
確かに同情の言葉が役に立つとは思えない、それは一時的な癒しの効果はあったとしてもいずれは失われるし、本人のためになるとは五和自身も思っていない。
もしかしたら、七惟のように本音の言葉を何のオブラートも包まずに喋れる人が、最高の仲間と呼べる存在なのか…………?
何に対しても本音で、間違っていることは間違っていると言い、良いことは良いと言う。
彼の今までの行動を見てきてそれは随所に現れていた、実力行使の時もそうだったし……か、可愛いと言ってくれた時もドストレートな言葉だった。
自分の危機を救ってくれた時も彼は行動で示した、自分に死んでほしくない、という思いを。
それら全てをひっくるめて彼女はこう決断を下した、これもまた仲間としての一つの形なのだと。
七惟の言うことはもっともだが、それで組織の統率がとれるわけはないし、いずれそんな無遠慮な組織は自壊してしまうのは目に見えている。
そういう組織は本当に親しい人達が作るものだ、それこそ背中を任せられる、命を任せられる存在。
今の自分と七惟がやっているコミュニケーションはそちらに近いが、ただの喧嘩腰とも捉えられるし、とても二人の関係がそんな親密なものだとも思えない。
だから。
「そうですね……七惟さんの言うことも最もです」
「……」
「でも、やっぱり大勢集まる組織ではそんなものは理想でしかないと思います。やっぱり組織を束ねるためには最低限の同情は必要なんです」
「へぇ」
「でも、今本音で言葉のドッチボールをやっている私達はそういう関係になれるかもしれません」
彼が仲間に対して持っているイメージはもう壊せそうにも無いし、そんなふうにイメージを持たせてしまった自分には責任もある。
七惟自身は非常に純粋だと言える、もしかしたら嘘を言わない、本音の言葉をぶつけてくるという点では自分よりも。
だからその光り輝くようなイメージを破壊したくはない、ならば自分がそのイメージした仲間になってやるくらいしか、彼のイメージの暴走を防ぐには方法が思いつかない。
仲間のイメージが崩壊してしまった時のことも考えたくはない。
「仲間には二つの種類があります。命を預ける仲間と、利害関係が一致する仲間。前者の中でも、やっぱり建前があって言いたいことが言えなかったりする組織はあります、というかそっちが大半です。七惟さんの言う通り、本音がズカズカと言えるのは一握りです。でもそんな組織が、本当の『仲間』と言えるかもしれません」
今日も会話を始めた最初はやはり不躾でふてぶてしくて、嫌みしか言ってこない奴だと思っていた。
でもそれはある意味信頼の裏返しだったというわけだ、コイツにならば何を喋っても大丈夫だという。
全く、そんな都合の良い風に解釈されても困るのだが、彼がコミュニケーションを積み上げていくに連れてきっと何処かで気づくだろう。
ならば今はそれを信じて、『仲間』になる。
「私たちみたいに殺し合って、失礼な言葉ばっかり重ねて、本当の気持ちでぶつかってる人達がその本当の仲間になるんだと思います」
だからそんな自分達はなれるかもしれないのだ。
神奈川で初めて会ってから、こんな関係になれるとは考えても居なかったが、彼は自分が思っていたよりも良い人で、純粋で、やはりあの少年の友人だ。
「これからもよろしくお願いします、七惟さん。でもあんまり都合よく解釈されている部分は今みたいに遠慮無しに指摘しますからね」
そう言って五和は右手をすっと差し出した。
その手をマジマジと見つめていた七惟は、その意味を理解して同じように右手を出し、そして。
「上条の時と同じだな」
「そうなんですか?」
「あぁ」
*
「こ、こんなのはどうでしょう?」
「お前メルヘンなのか?それはねぇよ」
「し、失礼なこと言わないでください!だいたい七惟さんの選んでいるモノだってセンス皆無じゃないですか!それじゃすぐにゴミ箱行きですよ!」
その後二人は商店街の店に入り、あの少年が喜びそうなアクセサリーや食べ物、本、実用性を重視した陶器なども考えたが。
二人の思考回路がある程度常識からかけ離れているということもあって、とても上条が喜ぶようなものは選べそうにも無い。
「いや、これは食い物だからゴミ箱にはいかねぇよ」
「だから味の問題です!そんなアルコール臭いパスタなんて、口に入れる前に見切られます!」
「……お前自分自身は美味そうに試食してただろ」
「そ、それは……!と、ともかくこのアクセサリーがいいと思います!もしくはこっちです!」
「あのな、月の形をしたピアスがあのサボテンに似合うと思うか?」
「絶対似合うに決まってます!」
二人はぎゃーぎゃーと騒ぎながら(主に五和だが)店をがさごそと漁っていた、その様子を周りの客は言わずもがな店主ですら迷惑そうな視線で見つめていたが、夢中になっていた二人は気にも留めなかった。
そして、その最中で五和はこう思っていた。
遠慮もなしに、自分を着飾らずに本音で色々言えるのはこんなにも楽しいことなんだと。
そしてもう少し七惟と会話を続けたい、喋りたい、という気持ちを心の片隅でひっそりと、相手にはばれないように隠していた。
表情が誰が見ても笑顔だったために、ばればれだったかもしれないが。