とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
七惟達がいるイタリアから数万キロ離れたこの場所は、学園都市。
都市では相変わらず大覇星祭からの復旧は続いており、未だに終わりそうもない。
そんな中、土御門元春はとある一人の人間を尾行し在は立ち入り禁止になっている学校に侵入、自分のクラスに足を運んでいた。
廊下で身を隠していた彼の視線はクラスの中へと向いており、その先にはある一人の少女が机をがさごそと漁っている。
「滝壺理后……アイテムの最重要人物と位置付けられている」
彼は手帳を取り出し、少女の情報を再度確認した。
滝壺理后。
彼女は暗部組織アイテムの構成員で、その組織の核を成す人物だと聞いている。
彼が掴んだ有力な暗部組織はまだスクールとアイテムの二つだけで、そのうちスクールについては未だに不明な点が多いがアイテムに関しはそれなりの知識を保有していた。
そこで大覇星祭一週間前にやってきた謎の転入生の名前にピンと来て、調べてみたらこんな落ちがまっていたというわけだ。
だいたい彼女はおかしなことだらけだ、何故転入時期があの微妙な時期なのか、そして何故もあんなコミュ力不足の七惟に自分から話しかけたのか。
そして極めつけは大覇星祭において異常な程七惟と接近したことだ、彼女の目的は土御門でもすぐに分かった。
それは暗部組織における抗争、レベル5のオールレンジを味方につけることでそれを有利にしようというわけだ。
滝壺は今は高校が指定した制服ではなく、ピンク色の地味なジャージに身を包めて机の中にある自分の教材をバックに取り込んでいる。
わざわざ「keep out」の張り紙が貼られている日にやってくるとは、おそらく代休明けには綺麗さっぱり姿をくらますつもりだろう。
多角スパイをこないしている土御門としては、学園都市暗部の情報を掴むにはまたとないチャンスなのだ、此処で逃がすわけにはいかない。
彼は意を決して、クラスのドアを開けた。
ドアと地面が摩擦する特有の音が響くと同時に、脱力系少女滝壺の視線がゆっくりと土御門へと向けられた。
「つちみかど?」
「これはこれは滝壺ちゃん、どうしてこんな時間にこんな場所にいるのかにゃー?」
土御門は普段のおちゃらけた口調のままではあるが顔は笑っていない。
ゆっくりと滝壺との距離を縮めるが、土御門が一歩進むごとに滝壺は二歩下がる。
「それは」
「ふッ……みなまで言わなくても構わんぜよ。そちらの目論見はお見通しだぜい」
「わたしはなにも」
「おっと、此処に来て言い訳とはそんなつまらんことはしないで欲しいにゃー。まだ俺の物腰が柔らかいうちに喋っておくほうが身のためですたい。お前が大覇星祭が始まる一週間前から、大覇星祭が終わるまでの期間の行動を俺なりに監視させてもらったんだぜい」
「……」
じりじりと互いの距離が狭まるが、ついに滝壺は後ろへと下がることが出来なくなった。
壁に背中が当たったのを感じたのか、滝壺は背後を見やる。
「お前はあの期間、俺やかみやんしか関わらないあの『オールレンジ』と積極的に関係を持とうとした。それは傍から見ればおかしすぎる行動だぜい。あの男は少なくともコミュニケーション能力が一般人に比べて遥かに欠如している、俺達みたいな風変わりな連中じゃないとつるむのは不可能だにゃー。友人もつい最近までは0記録を爆進してたんですたい」
「………」
滝壺は黙ったままで答えないが、視線をこちらから逸らすようなこともしない。
「そんな奴と転入してきた奴がしょっちゅう一緒に居れば、嫌でも目につく。それがレベル5で一軍隊を相手に出来るような奴なら尚更だ。そんなのと大覇星祭中常に一緒に居て、あまつさえ能力同士で補助を行うってーのは、何か裏があるんじゃないかってくらい誰でも思うわけだぜい」
「……ちがう」
沈黙を守っていた滝壺が突如として口を開く。
「なにがだにゃー?」
「なーないは、コミュニケーション能力が欠如なんかしてない」
これは…………七惟を庇っている?
「わたしには、ちゃんとなーないの気持ちがわかったから」
「ほう、そいつは俺の情報には無かったもんだにゃー。ま、ななたんの情報なんか今はどうでもいい」
彼女が七惟のことをどう思っているかは知らないが、少なくとも彼女達が潜む程の深い闇に友人が連れ去られていくのを、黙って見ている程土御門は非道な人間ではない。
それにもしこれで七惟がアイテムに組せば、勢力図が豹変し最悪の事態になりかねないのだ、それだけは阻止しなければならない。
「単刀直入に聞こう、アイテムの構成員滝壺理后」
自分の素性を洗いざらい述べられた滝壺は目を丸くした。
「お前達は、『オールレンジ』をアイテムに引き入れようとしているのか?」
数瞬の空白、土御門とて彼女が素直にこんなことに答えてくれるとは思ってはいない。
が、それに反して彼女は視線を逸らさす真っ直ぐ土御門を見て口を開いた。
「それは……」
しかし、別の声によりそれは遮られる。
「それを聞くのは超野暮ってわけですよ、土御門元春」
「……誰だ!」
声の主は何の遠慮も無くドアを乱暴に開けると、その姿を現した。
白いふわふわとしたニットの服を着た少女は、その華奢な身体からは想像も出来ないような力でドアを開けたようで、ドアが開けられたその勢いは殺されず止めの部分に激突し、教室全体が多少揺れた。
「全く、滝壺さんも少しは自分が付けられているとかいう危機感を持ったらどうですか?」
「ごめん、きぬはた」
予期せぬ介入が起きるが、それもまた何処かで見たことがある少女。
「こんなグラサンつけて金髪の高校生なんて、何処からどう見ても超怪しいじゃないですか。警戒心を微塵も持たないというのは超問題アリですよ」
「……絹旗最愛か」
「む、私の名前を知っているなんて結構こちら側に詳しいみたいですね」
「こちとらそれが生業なんでな」
「そうですか、でも怪我をしないうちにここらで引いたほうが身のためですよ?言っておきますが私の能力は貴方の身体なんて超軽々と粉砕します」
そんなものは無残にも壁に叩きつけられたドアを見れば明らかだ。
身体強化系なのかはわからないが、彼女に首根っこでも掴まれれば首から上と下が綺麗に真っ二つになるかもしれないということなど一目瞭然。
だが此処でそう簡単に食い下がっては滝壺を尾行した意味がない、もう少し土御門としては情報を引きだしておきたいのだ。
「だろうな、でも俺はそう簡単には引き下がらないぜ。少なくとも確証が得られるまではな」
「この状況でまだそんな減らず口が……まぁ今貴方がつかんでいるその程度の安い情報ならいくらでも超くれてやりますよ」
「いいの?きぬはた」
「超構いませんよ、知られたところで私達が困るようなことはないですしね」
七惟理無を裏側に引き込む、やはり自分の建てた仮説は間違ってはいなかった。
となると、土御門の思考は次の段階へとシフトする。
「七惟理無を引きこんでどうするつもりだ?」
「さぁ、それは私も超知らないですね。知りたければうちのリーダーに会ってみたらいいですよ、ミンチになってもいいならですけど」
「リーダーか。それは誰なんだ」
「そうですね、学園都市で敵に回してはいけない8人のうちの一人だと言っておきましょうか?」
「垣根帝督か、それとも麦野沈利か?」
「そこまで応えてあげる義理は超ありませんからね、勝手に自分で探ってください」
「超電磁砲のクローンの時と言い、今回のことと言い……お前たちはいったい何処まで絡んでいるんだ?」
「私の知る範囲じゃありません、私達はただ生きるために超必要なことをやっているだけなんですから」
思ったよりも絹旗という少女の食いつきは悪くはない、暗部の奴らは大半が問答無用で殺しにかかってくるだけにこの少女の行動は意外だ。
さてならば、もっと確信に触れるような場所まで訊いてみても損はない。
応えないかもしれないが、その表情と行動から情報を得ることは容易なのだから。
「お前たちアイテムは……オールレンジを引き込んで、暗部に粛清をかけるつもりなのか?」
「……ちょっとどころか超お喋りが過ぎますね土御門元春。そんなこと私達が教えるわけがないです、質問タイムは終わりですね」
絹旗は少女とは思えない程の跳躍を見せると、一直線に突っ立っていた滝壺の傍らに着地しその首ねっこを掴み、窓を開けることなく突き破るとそのまま外へ飛び出した。
その一瞬の動きに暗部としてのプロの動きも垣間見れ、絹旗最愛が滝壺と違い相当なてだれだと土御門も悟る。
「それでは次お会いするときまで。まぁその時は超殺し合ってる可能性もありますけどね!」
3Fから笑顔で空中ダイブを決めた絹旗は無傷で学校のグラウンドに着地すると、そのまま滝壺と共に昼下がりの街へ消えて行った。
「滝壺理后と絹旗最愛……そして七惟理無。裏にどんな繋がりがあるか分かったもんじゃないな」
その場に残された土御門は絹旗が残した言葉を吟味しながら次への行動へと移る。
最期の絹旗の行動、やはりあれは人体実験が行われているだけではなく、その実験が既に実用可能なレベルにまで及んでいるということだ。
下手をすれば第1位の演算パターンを持つ人間を大量生産し、兵器として敵対する魔術側に送り込むことも出来るということか。
「全く、あの男はいったい何を考えているんだ……」
滝壺と絹旗から得られた情報は少なかったが、それでも無益ではなかった。
彼は彼の思想と信念を元に、淡々と行動していくだけ。