とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
建宮の生み出した上下艦に乗り込んだ五和達天草式と七惟だったが、五和は何故か教皇代理から七惟の世話役(監視役)として派遣されて今は彼と同じ部屋にいる。
建宮は共闘するとは言ったもののまだ七惟に気を許しているわけも無く、少しでもスキを見せればこちらの情報を引き抜かれ兼ねないと警戒して五和を派遣した。
一緒に居たインデックスはお腹が減ったので何処かへ食料を漁りに行き、今は五和と七惟二人きりだ。
どうして自分が彼の世話役……もとい、監視役なんてしなければならないのだろう。
こういうことはもっと年上で経験のある人に任せたほうがヘマがないと思う、もしものことがあってからでは遅いのだから。
それに自分と七惟の仲がそこまでよろしくないのは建宮だって知っているはずだ、それを知って敢えてのことなのだから何か理由があるのだろうが、にしてもこれはあんまりではないのか。
もう自分と七惟という男の関係は修復不可能なところまで来ていると五和は自覚している。
「おぃ」
「な、なんでしょうか」
「……なんでそんなに硬くなってんだか」
「キオッジアであんなことがあればこうなるのは当然だと思います」
馬鹿にしたような言葉にむっとして反論する。
二人は命のやり取りを神奈川とキオッジアでやっている。
最初の1回は妙な能力を使われて拷問を受け、二回目は今日の昼に奇襲をかけたが逆に殺されかけるという屈辱。
その事実だけでも五和は身体の中に今まで感じたことがない程のもやもや……つまりストレスなのだが、それが異常に蓄積されていき不機嫌面が満開になってしまう。
「上条の前だと借りてきた猫みてぇに大人しいのにな、刺々しいぞ」
「私は教皇代理のように貴方と共闘するつもりなんてありません」
そもそも五和はこんな男に力を借りることがまず反対だった、自ら学園都市暗部に所属していると名乗った七惟と一緒に共同戦線を張るなど……。
五和は建宮と七惟の話が終わった後、すぐさま建宮に抗議したのだが建宮は『あの力は戦力になる』の一点張りで取り合ってくれなかった。
この男の能力のおそろしさは天草式の中で一番自分が良く知っているだけに当然一理あるはずなのだが、もし内部で反乱でも起こされたら堪ったものではない。
今のところそんな様子はないし、相手もインデックスが居る前では迂闊に行動出来ないだろうとのことだったがそれでも五和は心配なのだ。
日本で拷問に掛けられた時の迫りくる右手、あの恐怖がまだ忘れらない。
「まだ神奈川の時のこと根に持ってんのか?」
身体を強張らせている自分を見て、七惟は笑っていないのだが、五和にはそんな彼の表情が緊張している自分を嘲笑っているようにしか見えない。
「自分の胸に手を置いて考えてみてください」
口をとがらせて五和は七惟を睨みつける、だがそんな彼女の表情も七惟からしてみれば何処吹く風と言ったところか、視線すら合わせずに目は明後日の方向へと向いている。
「そりゃあ悪かったな、奇襲したのに殺されかけて不機嫌になってんのかよ」
「ッ……」
此処にきて七惟のコミュニケーション能力の無さが如何なく発揮される、二人きりの空間で気まずい空気を生み出そうがどうなろうが知ったことではない、と言った表情で七惟は悪態を突き続ける。
彼は思ったことを直接口にしてしまう性格なので、オブラートに包まれていない言葉は、五和を馬鹿にしていると思わせるには十分だった。
「挙句あのサボテンのこと言われて頭にでもきたか?」
七惟自身は五和のことを馬鹿にするつもりはなく呆れているだけなのだが、そもそも似たようなものなので、どちらでも別段に問題はなかった。
「いい加減にしてください!」
五和の導火線に火がつくのには。
五和は槍を手に持ち七惟に飛びかかる、この場で騒ぎを起こしたらどうなるのか、後で建宮からどのようなお叱りが行われるかなど頭から消し飛んでしまった。
普段は平静を保ち、滅多なことがなければ怒ることなどない五和がこんな状態になってしまうのは非常に珍しい。
それくらいに七惟の言動は許されがたいものであった。
「何だってんだ」
突き出された槍の切っ先を交わして、七惟は面倒そうにため息をつく。
二人が居る部屋は狭くはない、逃げ回ればあっという間に追い込まれる。
七惟は最初は五和の怒りが一時的なものだろうと考えていたようで、七惟はいなしていたが……。
「しつけぇな」
しかし五和が執拗に攻撃してくることに痺れを切らし、五和の追撃を、文字通り武装解除させることによって止めた。
やはり七惟の前では彼女の怒りに実力が追いついていかなかった。
「あッ」
気付いた瞬間には、彼女の武器は手元から消えてしまった。
顔を真っ赤にして、冷静さを失ってしまったので七惟の能力が五和から消し飛んでしまっていたが、手元の感触が無くなったことによりそれに気付く。
同時に冷静さも戻り、何てことをしてしまったのだと呻くが今更遅い、あの教皇代理のことだろうから今の騒ぎのこともきっと感づいているに違いない。
後で何と言われるか分かったものではない、と後悔するが眼前ではそれ以上に不味い事態が起ころうとしていた。
槍事態は何処かへ飛ばされてしまったが、槍を突きだそうとしていた五和の運動エネルギーは死んではおらず、本来槍に載せられる筈だった力が向かうべき場所を失い、身体のバランスが保てなくなる。
「え、あッ!」
次の瞬間、五和は七惟の胸元へと勢いよく飛び込んだ。
「おいッ」
「ひゃあ!?」
如何にも間抜けな声を上げて二人はそのまま壁へと突っ込む、ズシンと部屋が揺らぐような衝撃と共に動きは止まる。
状況が掴めない五和の頭は混乱を極め、自分の肩に置かれている手に気付くのに数秒かかった。
「……おいコラ。体重預けるのやめろ」
「はッ……え?わわわわ!?」
五和が槍を突きだすために生み出した運動エネルギーは当然殺されずに、七惟に突進。
七惟はそんな彼女の行動を全く予想していなかったようで、突進を真正面から受け壁に突き飛ばされるが、五和も勢いそのまま突っ込んだ弊害か途中でこけてしまったのだ。
そしてどうしてかは分からないが、五和の身体が全身の余すところ無く七惟に密着しており、思い切り抱きついているような形になっていた。
五和の身体をおしのけようと、七惟は申し訳程度の力で五和の肩を離そうと押しているわけだが。
「わわわわわあああ!?」
七惟に抱きついてしまっているのを自覚した五和は、まるで危険物を察知した動物のように飛びずさる。
当の抱きつかれた本人は頭の後ろを摩りながら立ち上がった、疲れたように息を吐き、身体に着いた埃や汚れを落とす。
「ったく、抱きついてくんなうっとおしい」
「す、す、好きでこうなったわけじゃありません!」
「そうかよ」
こんなことがあったというのに、七惟は何処までも不躾な態度で五和に接してくる。
こっちは心拍数が信じられない程上がり、顔も火照ってしまっているというのに。
まぁ……これがあの少年だったならば、もっと良かったのだが。
どうして暗部という非道の道を突き進む男とあの少年が仲が良いのか疑問だ。
謝る言葉はないのか、と五和は火照った顔で七惟を睨んでいたが、それに気付いた七惟は五和の顔をマジマジと見つめた後、こう言った。
「んな真っ赤な顔でむくんでても可愛いだけだぞ」
それは普段から思ったことをストレートに、変化球を織り交ぜて言わない七惟故の言動だった。
しかしそんなことを知らない五和は七惟の言葉に一瞬びくっと肩を震わせると、頭の中がグルグルと回り出す、先ほど変なことがあったばかりでそれは余計に彼女の頭を蝕んでいく。
「よ、余計なお世話です!」
「……あぁ?」
五和は握っていた拳をぷるぷると震わせながら様々な憶測が脳裏をよぎる。
彼が言ったように自分はそんなに今酷い顔をしているのか、しかしその後に『可愛い』とも言っている。
こんな不躾な奴から言われても、やはり良いと言ってくれるのならばそれは女の子である五和にとって悪い気分ではない。
いや待て、もしや此方をもてはやして何らかの策を既に巡らせているのかもしれない!
ぶんぶんと頭を振り五和は気を取り直した、此処で油断してしまったら七惟の思う壺だ。
先ほどの抱きついてしまったことといい、今の七惟の言動と言い、どうも七惟と一緒にいると自分のリズムを崩して調子が悪くなってしまう。
人間、不思議と悪いことの後に良いことを言われるとそちらばかりに気を取られて直前のことなど、どうでもよくなるものである。
七惟は別に五和を褒めようとか、取り繕うとか思ったわけではなく、いつも通りのコミュニケーションを行ったつもりだったがそれが幸か不幸か、二人の間にある蟠りを少々解消したかのようにも思えた。
「おぃ五和」
「何でしょうか」
「お前が持ってた槍、スペアとかねぇのか?」
「私の槍……ですか」
「俺は残念ながら非武装なんでな、それで敵地のど真ん中に赴くなんざ殺してくださいって言ってるようなもんだろ。お前の槍はアタッチメント方式で携帯にも便利だし扱いやすそうだからな」
「私の槍じゃなくても。香焼さんの短剣を貰えばいいと思います」
「お前が此処から俺を出してソイツの所まで連れてってくれんならとっくにそうしてるがな」
「う……」
五和は建宮から作戦開始まではこの男を此処から出すなと言う命令を受けている、五和もそれには賛成だしこの男を此処から出すつもりはない。
となると七惟の言ったことは理にかなっているものになってくるわけで。
「私の大事な武器を、貴方のような人に扱われるのは心外です」
「お前が俺の事どう思ってるか知らねぇがな、今はそんなつまんねぇことをどうこう言ってる場合かよ」
「そ、それは……そうですけど」
「なら決定だな」
「むぅ……仕方がありません」
五和はしぶしぶバックからスペアとなる槍を七惟に私、その作りを丁寧に説明した。
ついでに応急処置的なスペアの作り方から接続方法まで教えておいた、まぁ戦場で武器を持たずに居られるのはこちらとしても迷惑なのだ。
「海軍用槍か……やっぱこのリーチは俺の能力と相性がいい」
七惟はふっと槍を構えて突き出す、初めて取り扱うにしてはその動きには無駄は無く、洗練された動きから繰り出された突きは空気を振動させた。
それを見て五和は多少驚くと同時に、暗部組織の人間なのだからこれくらいは出来て当たり前の世界なのだろうと納得する。
「魔術的な細工は施されていませんが……万が一能力を発動する際違和感を感じたら私に言ってください、貴方用に再調整しますから」
「へぇ、えらく協力的だな?」
「私だって、そこまで過去に拘り続けるようなのは好みませんし貴方の言うことも一理あります……それに今は一応背中を預け合う仲間ですから」
言葉の後に沈黙が続く、珍しく会話が弾んでいたため(友人がするようなものではないが)、五和が首をかしげて槍から視線を七惟に移す。
すると彼は一拍置いてからこう答えた。
「仲間、ねぇ」
「どうしたんですか?」
感慨深げにその言葉をつぶやいた七惟に違和感を感じた五和は尋ねる。
すると彼は今まで見たことがないような、ふっと表情を和らげてこう言った。
「いや……今まで『仲間』なんて言われたことなかったからな、少しヘンな気持ちになっただけだ」
「……そうなんですか」
槍の切っ先をジッと見つめる七惟の目は、キオッジアで自分と殺し合いをした彼の目とは大きくかけ離れていた。
そう言えば彼は学園都市の暗部で活動していると聞いた、学園都市の暗部と言えば単独で行動することが多く、もし味方と一緒に行動することがあったとしてもそれは仲間と呼ぶには相応しくない関係だったのだろう、彼はもしかすると今までずっと一人で戦ってきたのかもしれない。
どんな危険にも、どんな敵にも、どんな時でも一人でそれらを乗り越えた彼、自分達を奇襲した時の敵地のど真ん中に攻め込むというのに一人だった。
そう考えると途端に五和は七惟のことが哀れな存在に思えた、友人に上条がいるとしても彼は表の人間、決して一緒に戦うことは許されてはいない。
自分はこの七惟という青年を不躾で暴力的で協調性がなく、使命のためならば容赦なく拷問にもかけ、例え同盟を組んだとしても油断は出来ない人物だと決め込んでいた。
そう信じていた。
しかし、そんなふうに信じ込むのはまだ早計なのかもしれない……少しは、彼を知るために『疑う』こともしないといけないのだ。
七惟は既に槍を折りたたんでおり、壁にもたれかかり目を瞑って眠っていた。
同盟を組んでいるとは言え、敵対する勢力の目の前で眠るとは恐れ入る。
五和は七惟の寝顔を複雑な心境で見つめていた。