とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
辺りの日も暮れて、うっすらと夜空が顔を出し始めた頃にはオルソラの引っ越しの準備も終わっていた。
食事の後、上条はインデックスとオルソラの裸体を見ると言うハニートラップに引っかかり、その間七惟は天草式の子供達から永遠睨まれ続けるなど学園都市の男二人は踏んだり蹴ったりだったが、なんとか凌ぎ切ることが出来た。
「それでは、よろしくお願いいたしますね」
オルソラの荷物を積んだトラックが発進した、あの中には五和達天草式のメンバーも一緒に乗っており、七惟はようやく彼らの視線から解放された。
「皆さんお疲れ様でした、長い間引きとめてしまって申し訳ございません」
「あ、いや。そんなことはどうでもいいんだけど。オルソラはこれからどうするんだ?俺達はホテルに行って観光に戻るんだけど、一緒に行くか?」
「あらあら。これからホテルへ向かうお三方についていけと仰るのでしょうか?それはまた、大人数な……」
「ぶッ!?」
「おいおい。なんて破廉恥なシスターだよ」
「ねーねー、とうま。大人数って何?」
「聞かなくていい!そして知らなくてもいいんだインデックス!」
ぎゃーぎゃー喚く上条とインデックスを微笑ましいように見つめるオルソラ、対して七惟は呆れ顔だ。
「こちらもロンドンでのお仕事を休ませてもらっている身ですし……それに」
「それに?」
「これから、キオッジアにお別れをしなければなりませんので」
「あ……」
彼女はロンドンへ引っ越すと聞いている、直線距離にしてどれ程あるのかわからないが、この故郷にまた帰ってくるのはいつになるかわからないのだろう。
いや……そんなことではない、か。
何時戻れるか分かるにしろ分からないにしろ……故郷から離れるというのは、感慨深くなってしまうのは当然だ。
「あ、ああ。悪いなオルソラ、気が効かなくて」
「いえいえ。別に金輪際キオッジアにやってこれなくなるという訳ではございませんから。ほらほら、そんな顔はしないでください。私はキオッジアと同じくらいロンドンという街も気に入っているのでございますよ」
逆にオルソラに気を使わせているあたり、へたれな上条だがおそらくこのオルソラという女性も上条によって陥落させられているのだろう。
五和にオルソラ、学園都市の外でもフラグを立てていると分かったのは、まだたったの二人。
あとどれだけいるのやら……両手で足りるんだろうな……。
「では、私はこれで。機会がありましたら、ロンドンのお部屋にも招待するのでございますよ」
「ああ。お前も、また日本に来ることがあったら」
「その前にとうまはお部屋を掃除しないといけないかも」
「……お、お元気で」
三人と一人、七惟達とは正反対の方向へ歩き出すオルソラ。
が、突如インデックスが顔を上げる。
「まさか……これって」
彼女は声を張り上げた。
「皆伏せて!」
その言葉で七惟は瞬時に状況を判断し、こちらに向けられている殺意を感じ取った。
何かの金属が噛み合うような音が聞こえたかと思うと、インデックスの口から呪文のような謎の言葉が放たれる。
「狙いを右へ!」
すると布団を棒で叩いたかのような籠った音が聞こえたと同時に、オルソラの持っていたカバンのとってがもぎ取られ宙に舞う。
「あら……?」
「とうまとりむはそこから離れて!」
オルソラのカバンを破壊したのは弾丸のようだ、地面が不自然に丸く抉られている。
こんな場所で、どうして自分達の命が狙われるのか理解出来ないがとにかく今はそんなことより襲撃者を見つけるのが先だ。
レーザーポインタのような照準がオルソラに向けられていることに気付いた上条が叫び、オルソラを突き飛ばすも放たれた弾丸は上条の肩をかすめた。
「ッ糞ったれ!何処から!」
奇襲に弱い七惟の能力では居場所を突き止めることは出来ない、周辺は4、5F建てのアパートメントや家が立ち並んでいるため、こちらを狙うポイントなどいくらでもあるのだ。
「とうま!」
「ッ!?」
インデックスが叫んだかと思うと、上条が今度は海へと引きずりこまれる。
海にもどうやら敵が潜んでいたようだ、手には五和と同じような槍を握りしめておりこちらを殺処分する気満々のようである。
槍はこんな時間帯だと言うのに不自然に夕日のかかったオレンジ色に輝いている、普通ではないその様子に七惟も若干戸惑うがそれどころではない。
その凶刃がオルソラを一刺しにしてしまおうという瞬間、七惟は能力を発動し槍を持った男を外壁まで吹っ飛ばした。
「ぐふぅ……」
男はうめき声を上げたかと思うと、そのまま動かなくなった。
流石に持続60kmでコンクリートの壁に激突したら唯では済むまい、まぁ全身運が良くて複雑骨折くらいにはなっているだろう。
「狙撃のほうは!?」
海面から這い上がってきた上条が声を荒らげる、どうやら無事だったようだ。
「大丈夫、こっちはもう済ませたよ」
「済ませたって……何を?」
七惟と上条は理解出来ないが、遠くから悲鳴のようなものが聞こえるとやがてそれは苦痛にもがき苦しむ声だと分かった。
どうやったのか分からないが、身の安全は保障されたようだ。
「……!逃がすか!」
遠くで何者かが海へ飛び込もうとしたのが七惟の視界に入った、おそらく先ほどこちらを狙っていた狙撃主だろう。
彼は演算を行いすぐさまこちらまで転移させようとしたのだが、それよりも早く一人の人間が海に飛び込む時に生じる音より遥かに大きな轟音が周囲に響きわたった。
海が真っ二つに裂けたかと思うと、一気に海面が膨れ上がりそこから飛び出したのは一隻の帆船だった。
何処ぞのアニメよろしくな大航海時代のモノを想わせるその帆船は、見てくれこそ古めかしく帆船に見えるが色は半透明で青空で川を照らしたかのような色で作られている。
木材でもコンクリートでも鉄でもない不思議な物体……こんな巨大なモノ、いったい何処に隠れていたのか。
「おわッ!?」
巨大な帆船はまだこれが全体では無かったようで、海へと注ぐ運河にもその全長は及び、運河を形作るレンガを破壊しながらさらに浮上を続ける。
海面近くにいた上条とオルソラはそのまま帆船へと乗りあげられ、みるみる内に飛び降りられない程の高さへと持っていかれる。
「とうまー!」
「オルソラ!」
七惟は能力を発動し、連れ去られようとしている二人をこちら側へと転移させようとするが、彼らにいくら照準を合わせても転移させる物体は海水ばかり。
この船には偏光能力のような仕組みがあるのか……こんな時に滝壺が居ればと歯がみするが今更遅い、帆船は浮上し終えると運河を破壊しながら凄まじいスピードで去っていく。
時間距離も幾何学的距離もあの帆船をロックオンすることが出来ず、取り残されたインデックスと七惟はその場で立ちすくむしかなかった。