とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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犬猿の仲-2

 

 

 

 

 

「……」

 

「いやぁ、料理上手いなオルソラ!」

 

「これだったらレストランに入らなくて済むんだよ!」

 

「いえいえ、もっとちゃんとしたモノを本当は作れるのですが……これはこれで喜んで頂けたなら嬉しい限りでございますよ」

 

 

 

 

 

今七惟と上条、インデックスとオルソラはちゃぶ台を4人で囲んで昼食を取っていた。

上条とインデックスはオルソラの料理を大絶賛しており、確かにこれは美味しいと七惟も思う。

 

しかし、背後から突き刺さるような天草式の連中の視線があるせいで落ち着かない。

 

 

 

「あの七惟という男、先日牛深さんと香焼さんを殺そうとしたらしい……!」

 

「まさかッ!?そんな奴とあのお方がご友人だとでも!?」

 

「嘘と思うなら五和に聴いてみるんだ、彼女のその現場に居合わせたと聞いているッ」

 

 

 

天草式の少年少女達は七惟に向かって敵意以外の何物でもないモノを向けており、それを背中一つで受け止めなければならないこの状況はかなり辛い。

 

上条にも天草式と七惟が敵対するような事態が起こったとは伝えておらず、それにこんな和んでいる上条相手に横から茶々を入れるのは悪い。

 

「あ、あの。これおしぼりです、どうぞ」

 

「あ、あぁ。ありがとう」

 

五和が上条の横からおしぼりを差し出す、オルソラにインデックスと続き・・そして。

 

「……」

 

「……」

 

七惟は最後のおしぼりを握りしめている五和を無表情で見つめた。

 

自分の分まで用意してくれているあたり、まだマシなのだろうが彼女がそれをこちらに持ってきてくれる気配はない。

 

それもそうだろう、もう既に七惟と五和は命のやり取りを2回もやっているのだ、しかもついさっき。

 

そんなことをした人物と今更ちゃぶ台囲んで仲良く食事などおふざけにも程がある。

 

だがこのまま七惟だけに渡さなかったら上条に七惟と五和は何かあったのではないか?と疑われるに違いない。

 

先ほど天草式と上条がいる前で七惟は『攻撃はされたが、それは威嚇のようなものでもう誤解は解けている』と両方に伝えたが、天草式は明らかに疑いの眼差しを向けていたため全くこちらを信用していない。

 

「……どうぞ」

 

「……どうも」

 

仕方なしに五和がおしぼりを七惟に差し出し、七惟も一応の礼を述べそのおしぼりを受け取った。

 

おしぼり一つ受け取るだけでこうも色々と考えなければならない世界がこの世にあるなんて、なんて窮屈なものだろうか……。

 

「七惟さんは、お味のほうはいかがでございますか?」

 

「あ、あぁ……凄く、美味しいと思う」

 

「そうでございますか、それは良かったでございます」

 

満面の笑みをこちらに向けるオルソラに、七惟は身体が硬くなる。

 

相手の好意は嬉しいのだが、それにどう答えればいいのか分からない。

 

前にはオルソラ、後ろには殺意の波動を感じさせる天草式、横にはジト目でこちらを見つめている五和と七惟は完全に四面楚歌の状態だった。

 

「うめぇー!」

 

「おかわり!」

 

七惟のそんな心の悲鳴など考えもせずに食事にがっつく二人が、この時ばかりは本当にぶっ飛ばしたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仲良くちゃぶ台を囲んでいた七惟達は、食事後再びオルソラの引っ越しに取りかかっていた。

 

七惟も当然手伝いを行っている、数カ月前の彼ならば『誰がするか』などと啖呵を切って飛び出していただろうに、我ながら恐ろしい程の変わりっぷりである。

 

今の彼は常人並みの思考回路をちゃんと回せるようにはなってきているので、昼食を御馳走してくれたならば、この場合ギブアンドテイクで手伝わなければならないと把握していた。

 

しかし此処で一つの問題があった、それはオルソラ家の面積だ。

 

オルソラの家は日本のアパートメントの一室と大差ない程の大きさだ、つまり小さな面積に天草式+上条御一行が居るということは人口密度もかなり高い。

 

何処に行っても天草式の人間と面を合わせるのは容易に考えられることで、眼と眼が合う度に凄まじい殺気を彼らは飛ばしてくるのだから、とてもじゃないが落ち着かない。

 

五和は殺意だけではなく『何で貴方が此処に居るんですか』『邪魔です』と言った副音声を一言一言に混ぜてくるのだから余計に性質が悪く、最悪だ。

 

上条やインデックスと一緒に居れば幾分かそれらは弱まるのだが、相変わらず上条は一級フラグ建築士のスキルを思う存分発揮しており、早速天草式の少女にフラグを立てようとしていた所を、インデックスに噛みつかれるなど、一緒に居ることが困難な状況だ。

 

否応なしに七惟は誰も居ない場所へと追いやられる、オルソラにベランダの掃除をしようかと尋ねたところ承諾され、今はデッキブラシでコンクリートを磨いている。

 

オルソラにベランダの掃除を提案した時も大変だった、とにかく彼女の微笑みが苦手なので極力目を合わせないように、顔を見ないようにとしているが、それが失礼に値することすら頭がごちゃごちゃして分からなくなる始末。

 

どもりまくって気まずい沈黙すら作ってしまったが、彼女は快く頷いてくれた、オルソラのような人をシスターと言うのだろう。

 

隣に居候している暴飲暴食シスターとは大違いだ。

 

アパートメントのベランダから見渡せる風景は、それこそメディアが提供していた映像そっくりで、綺麗な海と洋風の建物の間をたくさんの水路が走っている。

 

学園都市は水路など目には見えない場所にあるか、原子力機関が乱立している第10学区に行かない限り見ることは出来ない。

 

科学の街も素晴らしいが、自然と一体化している街も悪くはないのかもしれない。

便利さは断然学園都市だが、心が癒されるのは後者だ。

 

こういう場所に世界各地の金持ちはリゾートや別荘を購入するのだろうか、自分とは無縁なだけに何だか自然とため息が出る。

 

 

 

「七惟さん?どうなさいましたか、ため息などつかれて」

 

 

 

ため息で召喚されたのは、人の不幸が許せない少女オルソラ・アクィナスだった。

 

思わず顔が引きつる七惟、そんな彼を余所に彼女は相変わらずの微笑みを顔に浮かべ、ベランダ用のスリッパを履き、柵に寄りかかっている七惟の隣へとやってくる。

 

身体が硬直するのが分かる、今七惟は人生最大のピンチを迎えていた。

 

思い返してみても、今のように相手を倒すことも逃げることも適わない状況に陥ったことはない。

 

魔術師と戦った時も、超電磁砲と私闘をした時も、一方通行と殺し合いをした時も、天草式と対峙した時も、何時だって必ず『逃げる』という選択肢は存在していた。

 

だが今回は違う、相手は戦う意思など更々ないし、相手の善意を無碍にして、無視して逃げだすなどもっての外のはず。

 

七惟は相手の気持ちをくみ取るなど高等なコミュニケーション能力は出来ないが、相手の気持ちを踏みにじるような行為はなるべく避けるようにはしているのだ。

 

ミサカに髪飾りのプレゼントを渡した時に、彼女は無表情ながらも、思案することなく一瞬で髪飾りを付けてくれ、それが何とも言えない満足感を自分に与えてくれたことを鮮明に覚えている。

 

あれをもし断られたならばきっと満足感とは反対の何かが自分を蝕んでいたのだろう、だからそれは避けたい。

 

「貴方様とはゆっくりとお話する機会もございませんでしたので、場所も良いですし此処でお話を致しませんか?」

 

「……」

 

避けたい……のだが、此処に留まっても彼女の善意に応えられるかどうかは定かではない気がしてきた。

 

「ベネチアは良い所でございましょう?日本の巡りまわる四季も素晴らしいのですが、地中海から吹きわたる風はベネチアが世界随一と行っても過言ではございません」

 

「……」

 

……。

 

留まった所でコミュニケーション能力が欠如してしまっている自分は会話すらままならない、彼女のような善人とは会話すらまともにしたことが無かった七惟にとって、どう接すればいいのか分からない。

 

16年間暗部組織で狂った人間達と関わり、此処数カ月は表の世界の変人と関わってきたのだがオルソラはどちらにも所属していない、頭の引き出しを開けても対処法は見つかりそうにも無かった。

 

自分は何時から距離操作能力者から無口能力者になってしまったのか、と思うほど黙りこんでしまう七惟の様子をオルソラは不思議そうな瞳で見つめていたが、やがて何かを思いついたかのように表情を変え、七惟の隣から正面へと移動した。

 

オルソラが正面に来たということは、今七惟の視界にはオルソラが否応にも入ってくるということで、それを避けるためには顔を逸らさなければならないのだが、そんな失礼なことは二度もやりたくはない。

 

いったいどうすればいいのか見当もつかない、笑顔を作ろうにも笑った経験が此処数十年皆無な自分にはそんな芸当は出来ない。

 

もう距離操作でオルソラを屋内へと転移させてしまおうかと考え始めた時、彼女が口を開いた。

 

「無理に私に合わせようとする必要はございません、貴方様のペースで」

 

「……、と、初対面の、ひ、人と話したり……コミュにけーション取る、の苦手なんで」

 

何とか絞り出せた第一声、相変わらずどもりまくり噛みまくりで恥ずかしい限りだが、これでもかなり進歩したのではないだろうか。

 

そんな七惟の失態を笑うことも、馬鹿にすることもなくオルソラはゆっくりと話し掛ける。

 

「お話は苦手……ということでしたら、目と目を合わせてみませんか?」

 

「目と……目?」

 

「はい、日本語の諺にもございます通り、目は口ほどにモノを言うとよくこちらでも言われるのでございますよ。お話が苦手でしたら、目と目でお話を致しませんか?」

 

会話をするときは気まずくて相手の目を見ることは出来なかったが、ただ相手の目を見るだけならばどうということはない。

 

「それ……なら、何とか」

 

「はい、それでは」

 

七惟は視線を上げてオルソラの瞳を見る。

 

彼女の瞳は吸い込まれそうな程に澄んでいて、暗部に足を突っ込んでいたり、コミュニケーション能力が足りていない自分と違っていて、綺麗なモノだった。

 

対するオルソラも柔和な笑みを浮かべてこちらを見つめている、どうして自分のような人間にそんな笑みを向けてくれるのか、知りたいぐらいな笑みを。

 

「七惟さん」

 

「……?」

 

「貴方様が今まで何をしてきたのか、私は知りません」

 

これは暗に天草式が七惟に向ける視線のことを言っているのだろうか。

 

確かにあれだけ露骨な態度を取られれば、本人はもちろんオルソラだってそれに気付く。

 

「ですが、貴方様は今綺麗な瞳をしていらっしゃいます。自分に自信を持ってあげてください。もしその瞳に澱みが出るような事がありましたら、また私と目と目でお話を致しましょう」

 

七惟はその言葉を黙って聞いていた。

 

此処まで言ってくれる彼女を突き動かすものとはいったい何なのだろう?

 

もし自分が、彼女の善意を全て蹴るような人間だったならば、彼女は空しくなるだけだろうに。

 

オルソラは上条と似ている気がした、上条も相手の理由や感情などお構いなしにとにかく首を突っ込んできて、その人をいつの間にか助けて行く。

 

無償の、無心の精神で誰かを助けると言った感情を持つ者だけが、『ヒーロー』になれるのかもしれない。

 

自分には到底無理だろうと思いながら、オルソラの言葉に静かに頷いた。

 

 

 

 

 


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