とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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天草式十字凄教

 

 

 

 

 

「上条当麻……ねぇ、アレがどうかしたのか」

 

「か、彼に連絡を取ってください!天草式十字凄教の五和と言ってくれれば分かるはずです!」

 

五和は追い詰められたこの状況で、もしやと思い機転を利かせてみたのだがそれが見事に上手くいきそうだ。

 

正体不明・術式不明の襲撃者がやってきて、切り札である地脈を使った攻撃すら破られた時はどうなることかと思ったが、もしかしたら助かるかもしれない。

 

それに彼がローマ正教の人間でなく科学サイドの人間だと言うのならば、魔術と科学の均衡を保つためにも此処で自分達を殺害したりすることはないはずだ。

 

少なくとも自分や仲間達を拘束しているこのロープは解いてくれるだろう。

 

「……お前、アイツといったいどんな繋がりなんだよ」

 

「そ、それは……以前共闘した同志なんです」

 

「そもそも天草式十字なんたらってなんだ、えらくオカルト臭いがお前らいったい何者だ」

 

「十字教の教えの一派なんです、日本に根付いた宗教です」

 

「宗教……?」

 

先ほどから彼は魔術関連のワードに対して疑問符を浮かべるばかりだ、おそらく魔術サイドに関して全く知識がないのだろう。

 

これは根本から説明していく必要があるが、とにかく彼の疑問の雲を振りはらわなければいつ殺されるか分かったものではないし、上条当麻に連絡を取ってもらうのが最優先だ。

 

「上条当麻さんなら、分かっていると思います!だから!」

 

「……はッ、そこまで言って奴が『天草式の五和など知らない』って言ったらどうなるかわかってんだろうな」

 

そう愚痴りながら少年は携帯電話を取り出した、五和は祈るような気持ちであの少年が電話に出てくるのを待つ。

 

『はい、上条です』

 

スピーカーから彼の声が聞こえたのを五和の耳が感じ取った、それと同時に全身に走っていた緊張が一気にほぐれて行き力が抜ける。

 

「おぃサボテン」

 

『七惟か?お前どうしたんだよこんな時間に、競技も途中から出てなかったみたいだし』

 

「今野暮用で学園都市の外にいるんだが、そこで妙な連中に会った。ソイツはお前の知り合いとか言ってな、『天草式の五和』とか言ってんだが……知り合いか?」

 

『あ、天草式!?お前アイツらと今一緒にいるのか!?』

 

「まぁな、武器を持って俺を攻撃してきやがった。挙句ガスライター使って発火能力者まがいなこともやってのける、コイツら何者なんだ」

 

『それは……その』

 

「……はッ、そういうことかよ」

 

『お、おい七惟』

 

「言いたくねぇんだろ、別に無理強いするつもりじゃねぇしな」

 

『悪い……』

 

「とにかく知り合いなんだな、コイツらは。じゃあな」

 

上条から七惟と呼ばれた男は通話を切り、こちらに視線を戻す。

 

「どうやらホントに知り合いみたいだな……いったいどんだけアイツは女に手を出せば気が済むんだ?」

 

少年はため息をつき更に呆れたまなざしで五和を見つめると、ロープで縛った3人を見やる。

 

「良かった……」

 

「何を安心してるんだか、俺はまだお前らを逃がすとは言ってねぇ」

 

「……!」

 

再び五和の身体に緊張が走る。

 

確かにそうだ、いくら彼と交友関係のあった上条当麻の知り合いだからと言って、それが此処で五和達を逃がす口実にはならない。

 

こんなところまでやってくるなんておそらくこの少年はプロの人間だ、もし自分達にとって有害だと分かれば即処分してしまうに違いない。

 

「私達は学園都市を攻撃するつもりなんて、ありません!別の組織が学園都市を含む世界を危機に陥れようとして、それを防いだ際に使ったこの場所の後処理に来ただけなんです!」

 

幾分か誇張された言いようだが、少なくとも言っていること全てが間違いではないので気にしない。

 

とにかく今は彼を納得させるように喋らなければ……。

 

「別の組織……か。まさかな、お前ら『魔術』と呼ばれる側の人間なのか」

 

「……!」

 

魔術に関して全く知らないと思っていたが、まさかこちら側の情報を少しは持っているのか。

 

「こういうことやってるとそういう情報だって流れてくるモンなんだよ。魔術というのは科学と敵対する勢力だと聞いててなぁ、益々お前らを此処で野放しにするこたぁ無理になってきたな?」

 

確かに魔術と科学は敵対する勢力同士だが、今はその二つの勢力が微妙なバランスを保っているので世界は比較的平和な状態と言われている。

 

もしここで小さないざこざが起きたとして、その小さなわだかまりはまるで雪だるまが坂を転がるようにドンドン騒ぎは大きくなっていく。

 

少年が五和に近づいてくる、彼女も今はロープで縛られている身だ、もしここでこの少年が攻撃してくればそれを防ぐ手段はない。

 

「お前らが魔術と呼ばれる側の人間だとして……本当に学園都市に対して攻撃を行うつもりが無かったか、吐いてもらおうか」

 

少年がぬっとその右手を伸ばす、身体が恐怖でひきつり、目をぎゅっと閉じる。

 

「や、やめろ!」

 

遠くから目を覚ました香焼が叫ぶと、少年は近くにあった木片を香焼の土手っぱらに飛ばし、それがめり込むと同時に彼は再び意識を手放す。

 

今から行われるであろう拷問を考えれば考える程嫌な汗がだらだらと流れる。

 

「お前、心の距離って知ってるか」

 

「心の……距離?」

 

その意味が分からず、どういうことだと考えてみるが……。

 

辿りついた答えに鳥肌が立った。

 

肉体的な拷問ではなく、精神系の拷問を行おうと言うのか。

 

「俺が操るのは『距離』だ、その距離は二点間距離・時間距離じゃなくて幾何学的なモノも操ることが出来る。例えばお前と上条当麻の心の距離を、お前と俺で再現したりとな」

 

「ま、まさか……!?」

 

「お前はだいぶあの馬鹿を慕ってたようだが、そいつと同じくらいの距離に位置する人間に、嘘がつけるか?」

 

少年の右手が五和の頭の上に置かれると同時に、目の前の少年が一気に自分の心を表層を食い破って深層まで入ってくるのが分かった。

 

相手の目を見ると、もう何もかも彼に話してしまおう、きっと彼なら分かってくれる、などという甘い考えが脳を支配させる。

 

目の前にいる男が、あのツンツン頭の少年のように優しく語りかけ、自分の頭をゆっくりと撫でているような錯覚に陥った。

 

自分がふぬけた顔になっていくのが理解出来る、本能を必死に理性が押さえつけようとしているがその力も時間が経つに連れてドンドン薄れて行く。

 

これ以上のことがあればもう我慢し続けるのが無理なことがはっきりと分かる程、五和は少年に気を許してしまっていた。

 

「五和。学園都市を攻撃しようと思っていたか?」

 

「そんな……わけはない……です」

 

自分達を襲撃して、香焼を壁まで吹き飛ばし牛深を5M程の高さから落下させ、3人をロープできつく縛りあげている男に心を開こうとしている自分。

 

そんな自分にいら立つどころか、もっと心を開いて良いと、開きたいと脳が告げている。

コレほどまで効果的な拷問を、未だかつて五和は聞いたことがなかった。

 

意識が朦朧とし目の焦点がずれ、今自分を拷問にかけている少年の輪郭すらその眼で捉えることが出来なくなってきた。

 

「それは天草式全体の意思か?」

 

「……教皇代理も、学園都市を……攻撃しようだなんて、思っていません」

 

「…………」

 

次の瞬間、すっと七惟の右手が五和の頭から離れたと思うと、目の前の男がしっかりと確認出来、一気に心の装甲を閉じる。

 

「な、何をやったんですか!?」

 

「さあて、な……」

 

数瞬の間をおいて、少年は五和を縛っていたロープを解いた。

 

「これは、どういうつもりなんですか」

 

「そのまんまの意味だろ、もう俺の用は済んだ。好きなようにすりゃあいい」

 

少年は右手をひらひらと振りながら背を向けて外へと出て行く、状況を理解出来ない五和はただそこに佇むだけだったが、ようやく自分達が助かったのだということは理解することが出来た。

 

「距離を、操る……心の距離を」

 

距離を操る能力者。

 

もし彼が本気になれば、自分が上条当麻に抱く感情以上に距離を縮めることが出来たに違いない。

 

そうすればもっと根本的なことを色々聞き出せたはずだ、天草式の目的から十字教の存在意義、そして天草式のアジトのことなど。

 

しかしそれをしなかった、プロであるはずのあの少年がそこまでしなかったのは、何故なのだろうか。

 

「七惟……」

 

五和は最後に襲撃した少年の名をふっと零した。

 

そして数分、彼が歩いて行った方向を見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、七惟じゃないですか。超遅かったですね、そんなに手ごわい相手だったんですか」

 

 

「知るか、散々相手してやった挙句唯の骨折り損だったんだ、気分が悪いからひっついてくんじゃねぇよ」

 

 

「まさか超皆殺しですかッ」

 

 

「んなわけあるか、胸糞わりぃ。帰んぞ絹旗」

 

 

 

 

 


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