とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
大覇星祭。
それは学園都市が1年に一度、学園都市を外部に開放して行う一大イベントだ。
その内容は各学校の能力者、つまり生徒達が競い合う運動会のようなもので、科学の頂点に立つ学園都市が威信をかけて行うのでその規模も半端ではない。
いつもは閉鎖的な空間であるはずの学園都市に部外者が唯一足を踏み入れることを示しており、世界中から観客がやってくる。
2週間かけてやるだけに経済効果も凄まじく、これの恩恵を受ける日本政府はさぞにやけが止まらないことだろう。
とある昼下がり、七惟理無が通う学校では今日はその学園都市の威信にかけた一大プロジェクトの準備が行われるため、授業が午前中で打ち切られた。
「大覇星祭……ねぇ」
机の突っ伏して七惟は気だるげに呟いた。
当の参加者である七惟理無はあまり乗り気ではない、彼はこういう人が大勢集まるイベントが好きではないのだ。
「七惟、帰ろうぜ?」
「ななたん、そんな顔してると将来皺がよるぜい」
彼に声をかけてきたのはクラスメートである上条当麻に、金髪頭の土御門だ。
最近七惟は彼らとよく一緒に行動している、1学期では考えられないほど彼らとの距離は縮まったのではないかと実感していた。
これも、あの夏休みに様々なことを経験した賜物かもしれない。
「あぁ、わあった」
七惟は荷物を纏めて彼らの後に続く。
大覇星祭……それは学生の家族も大勢応援にかけつけてくる。
そんな中、家族どころか生みの親の顔すらも知らない七惟にとってある意味このイベントは苦行なのだ。
浮かれている学生の隣で、無機質な表情のまま淡々と競技を今まではこなしていたが、今年はそれすらヤル気が起きない。
上条や土御門も当然両親が来るのだろう、言葉には出せないが……羨ましいという感情を七惟は抱いていた。
せめて顔だけでも、死ぬまでには拝んでやる。
それが今までは七惟の生きる原動力だった。
*
七惟の学校ではバイクによる登校が認められていないので、彼は仕方なく毎日徒歩で登校している。
しかし彼の性格を考えれば『そんなルール知ったことか』と言わんばかりにバイクで登校しそうなものである、駐輪場さえあれば七惟もその思考に辿りついていたであろう。
「おーし、じゃあ今日はお疲れさんだにゃー。そろそろ大覇星祭の時期だし頑張ろうぜい」
「はぁ、このイベントに何かとんでもない不幸イベントが待ち構えてそうで上条さんは怖くて仕方がないわけですよ」
「てめぇは何もなくても毎日不幸イベントの連続だろうが」
「そうでした」
寮に辿りつき、エレベーター側から土御門、上条、七惟理無の順番である。
エレベーターを降りて土御門が家へ入った後、七惟と上条は一人の少女が七惟の自宅の前で佇んでいるのに気付いた。
その人間は上条は全く知らない人物だったが、七惟理無は知っている人物で、なるべく関わりたくない部類に入る人間だった。
「あー、もうどうして私がこんな超面倒くさいことしなきゃならないんですか。フレンダの奴ぶっ殺しますよ超本気で」
肩まで届かない茶髪のショートヘアーに、そこらへんの女子中学生・高校生が驚くほどのミニスカート。
容姿は小学生にしか見えないが実は年齢は中学生、『超〜』を口癖にしており、とてもやかましい。
「だいたい七惟理無の監視だなんて超意味無くないですか、麦野は何を考えてるのか超理解出来ないです」
暗部組織アイテムの一人、絹旗最愛がそこには居た。
「あ……もしかしてもじゃなくて超七惟ですか!?」
絹旗がこちらに気付いた、名前を呼ばれた七惟は無表情のまま無視を決め込むことにした。
「……お前の知り合いか?」
上条が見るからに不審者を見る目で絹旗に視線をやる。
あんなのと知り合いと思われたくない七惟は、首を横に振る。
「さあな、俺はあんな糞餓鬼知らねえな。つうか中学生から好かれんのはお前の特権じゃねぇ?」
「いや何を言ってるのかわからん!」
「はン、まあ精々そのフラグ体質で身を滅ぼさねえように気ぃつけんだな」
「ちょっと待ってください七惟さん、上条さんは全く何のことかわかりませんのことよ!」
絹旗を無視し続ける七惟と上条、そんな光景を彼女が黙っているはずもなく。
「何私を超無視してやがんですか!」
絹旗の怒声が寮に響き渡る、耳が痛いとばかりに七惟と上条は手を耳に持っていく。
「……やっぱお前の知り合い?」
「……お前家ん中入ってろ、コイツ黙らせておく」
七惟は上条を家に押し込むと、大きなため息と共に目の前にいる少女に話しかけた。
*
「で?糞餓鬼。お前はいったい何をしに来たんだ」
「まずその糞餓鬼を訂正してください、それは私の中じゃ超NGワードなんで」
絹旗最愛はアイテムの一員で、麦野の右腕のような存在だ。
そんな奴がこんな真昼間から七惟の目の前に現れるなんて余程大きな理由があるに違いない、七惟は警戒心を強めながらさらに言葉を重ねる。
「知るか、見るからに小学生だろお前。こんな昼からお前みたいな暗部の人間が動くなんざどういうことだ」
「しょ、小学生……!?超馬鹿にしてくれますね七惟……!」
なんだか煽ったら煽った分だけ怒り始める体質、ドコぞの超電磁砲とそっくりである。
しかしそれならばこのままでは会話が進みそうにも無いので七惟は必要以上におちょくることは止めておいた。
「はン、じゃあ絹旗最愛。何の用だよ」
「……別に理由はこれと言って超無いんですけどね」
「さっき言ってたのは俺の監視とかだったな。麦野からのご命令か?」
「そんなところですかね、ちなみに数日前から監視は超やってましたよ」
「道理で何だかまどろっこしい視線を感じたわけだ。監視してどうすんだ?不意をついて攻撃ってわけでもねぇんだろう?」
「だったらこうやって家の前で超ぼけーっとしてないですよ」
「……つうか監視なら俺に見られて不味くねえのか」
七惟はもっともな意見を述べる。
監視というのは対象に監視されている、ということを気づかれては何ら意味がないということだ。
七惟は上条を未だに監視し続けているが、相変わらず彼はそんなことには気づいていないし最近七惟自身もそのことを忘れつつある。
「別にもう見られちゃっても超構わないんですよ、麦野から言われたのは『七惟理無』の交友関係の捜査。見た感じでは暗部の人間とは何も関わってないみたいですし」
「……俺の交友関係なんざ10人いねぇよ。麦野に言っとけ、俺をアイテムに加入させてぇんだったら垣根を倒したほうがまだ効率的だってな」
「七惟、超忘れちゃったんですか?私達は暗部の人間ですよ、貴方がこちら側に来るように精神に揺さぶりを掛けてくるくらい超分かってますよね?」
要するに力技ではなく、人質か何かをとってそういう心理状況にさせるわけか。
やはりこう言ったところはあの麦野らしい、目的を達成するためならば手段を選ばない。
「……でも、そういう手段も何だか牙が抜けちゃった七惟を見るとヤル気超出ないんですよね」
「んだと?」
「前の七惟なら、隣人と一緒に歩いて帰宅するわけがないし、ましてや超電磁砲と喋ったり、そのクローンと一緒に買い物だなんて……超変わりましたね」
「さあな、俺は俺のやりてぇことやってるだけだ」
「まあそういうことなんですよ。でも監視はまだ続けろって麦野が言ってるんで、もう隠れてやるよりこうやって直にみちゃおうってことです」
隙を見て攻撃……ということは考えられない、要するに絹旗と接する機会を増やさせて、彼女との交友関係を利用しようというわけか。
絹旗がそれに気付いているのかわからないが、これは裏で間違いなく麦野の意思が働いている。
「やってろ」
「それじゃあ早速七惟の家に超お邪魔します」
「死にてぇのか」
「おぉ、超怖いこと言ってくれますね。でも今の七惟に自室で人を黙らせることなんて出来ないって麦野が超言ってましたし、私もそう思うから全然怖くないですけどね」
七惟の制止を無視して絹旗はドアノブに手をかける。
彼女の能力は窒素装甲、七惟がいくら拒んだところで無理やり家に入ってくるに違いない、今ここで七惟が少しでもこの場を離れる仕草を見せたらおそらく『じゃあ先に家で超待ってますね』とか言いだしてドアをぶち破って入って行くに決まっている。
そんな彼女を黙らせる方法は七惟は持っていないし、ここでの必要以上のいざこざは避けたい。
「……ったく」
一応七惟も上条を監視している身でありこれ以上彼に自身の素性を怪しまれるような展開は好ましくは無い、しぶしぶドアのカギを開けると、ズカズカと絹旗が遠慮なく足を踏み入れる。
もう今日何度目になるかわからない大きなため息と共に七惟も自室へと入っていった。
「むむ、案外綺麗に片付いているんですね」
「最初の感想がそれかよ」
絹旗は七惟の部屋を一通り見終わったらしい。
どうやら彼女が求めていたような目ぼしいモノのは何もなかったらしく、期待外れと言ったところだろう。
「前に仕事で第1位の部屋に行ったことがあるんですが、あそこはもう超汚かったですね」
「同じレベル5だからってあんな糞野郎と一緒にすんじゃねぇ」
「何を言ってるんですか、七惟はもうレベル5じゃないですよ?」
「……」
喧嘩を売っているのかこいつは……。
「だいたいその年でエロ本が無いなんて超おかしいですよ、七惟はそういうのに超無関心なんですか?」
「知るか、てめぇで判断しろ」
絹旗が来る前に七惟の家に泊っていたのはミサカ19090号。
彼女が押入れで発見したブツはもうとっくに処分していた、ミサカにみられるのも嫌だがコイツに見られるのは数倍苦痛が伴う。
主に精神的な面でだが、この口煩い少女が七惟の性癖について知ったならばそれはもうアイテムどころか暗部の連中全員に知られかねない。
七惟は立ちあがると冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぐ。
家に絹旗を客として招いた訳ではないのだが、一応マナーだろうと思い絹旗の分も用意して彼女に渡すと、絹旗は目を丸くして驚いた。
「ちょ、超意外です……!七惟が私に麦茶を注いでくれるなんて!?これはもしや裏に何らかの意図が超あったりするんですか!?」
「ねぇよ、ねぇから黙ってさっさと飲みやがれ」
「やっぱり超納得出来なーい!七惟って超絶対こんなキャラじゃないですよ!?」
普段より余計に超超入れているあたり絹旗は驚いているのだが七惟はそんな絹旗に構わずテレビのスイッチをつけた。
「んで?てめぇは此処にいて何をするつもりなんだよ。俺と一緒に衣食住でもするつもりか」
「あ、よくわかりましたね。流石は超七惟。でもそんなことしたら私が七惟に超襲われるかもしれないんで、却下です」
「誰がてめぇみたいな水平女に欲情するんだ、教えろ」
「す、水平!?私の何処が超水平って言うんですか!」
「知るか、でも尻は出てるな。安産型で良かったじゃねぇか」
「な、な、七惟ー!」
絹旗は窒素装甲を展開して七惟に飛びかかる。
七惟は面倒そうに横目でそれを見やると距離操作を行い飛びかかってきたところで絹旗を玄関まで転移させた。
「うげッ!?」
年頃の少女らしくない気持ちの悪い声と共に絹旗が廊下にズシン、と落ちて部屋全体が揺れる。
「くぅー……超忘れてました、七惟にはこれがあるんでした」
とぼとぼと歩いてくる絹旗、ちなみに窒素装甲を展開していたので衝撃はあったが痛みは無い。
七惟もそこらへんを考慮して飛ばしたあたり、こんな奴相手に手加減するなどやはり自分は変わったのだと思っていた。
「結局どうすんだよ」
「まぁ、麦野がどういうつもりか知りませんが基本的に監視を超続けますよ」
「ホントに一緒に生活するつもりかお前は」
「それこそ超まさかです。近くに私も家を借りてるので夜は基本そこですよ、昼間の時間帯は此処に着ますけど」
「……なんつう迷惑な輩だ」
「むしろ麦野がこれくらいで済ませてくれたことに超感謝すべきですよ七惟、その気になれば麦野は貴方と一緒にいた隣人を殺処分することくらい超朝飯前ですから」
「ッチ……」
七惟は視線をテレビ画面に戻し、つまらないトーク番組をぼーっと眺めていた。
今までは監視する側だった人間が突如として監視される側の人間になってしまうとは呆れたものだ。
そこである疑問が浮かんだ。
七惟が今監視している上条当麻と彼は同じ学校に通っており、昼間も問題なく監視出来る。
しかし今回七惟を監視するであろう人物の絹旗最愛は学生ではなく、昼間学校に居る七惟を監視出来るとは到底思えないし、この問題をクリアするためには絹旗自身が七惟達の通う学校に入学しなければならないのだが、彼女はどう見ても中学生だ、肉体的に無理がある。
まぁ昼間だけ自由を楽しむとするか、と七惟は考えていたわけだがそんな彼の思考を読みとったらしく絹旗が声をかける。
「あ、ちなみに学校では他のアイテムメンバーが七惟を超監視してるんで」
「ぶッ!?」
考えを読みとられた七惟は口に含んでいた麦茶を吹きだしそうになり慌てふためる。
「今回のために特別入学させたんですよ」
「ホントにお前ら何でもアリだなおぃ」
「何を超今更、って感じですけどね。七惟だって1年前までは結構深い場所に居たじゃないですか。高校に入ってからは裏の比較的浅い部分で活動してたみたいですけどね」
七惟は1年前、つまり一方通行に敗れる前までは絹旗達と同じようにかなり暗部の深い部分に足を突っ込んでいた。
しかし、敗れた後はどういうわけか彼に入ってくる指令は以前に比べて簡単なモノになっていき、やがては下位組織に降格され、最終的には上条の監視以外の命令は無くなった。
理由として考えられるのは、この学園都市にやってきた時から七惟の能力開発に携わっていた男が、一方通行の実験にオールレンジを使おうと提案したこと。
提案通り実験は行われたが、その結果男の思い通りの数値を出せなかった七惟は怒りを買い、そして男も周りの研究者達から馬鹿にされ、その腹いせに組織から追放されたのだろう。
おかげで高校の1学期は暇を持て余して頭がはげそうだった記憶は今でも鮮明に残っている、今ならば上条や土御門と何かしたり、ミサカをバイクに載せたりとしていたかもしれないが、あの時期の自分は相当に暇人だった。
「誰が来んだよ、麦野とかマジで止めろ」
「麦野が来るわけないでしょ?まぁ誰かは明日の超お楽しみですよ」
そう言って絹旗はウィンクを飛ばしてきた、見た目小学生の子供から誘惑されているようで七惟はぞわぞわと鳥肌が立つ。
「気持ち悪いから二度とすんじゃねぇ」
「なっ!?超失礼な!」