とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
日常生活-1
ようやく残暑も弱まってきたかと思われてきた9月の日曜日、七惟はミサカ19090号が外出許可を貰ったと言う話を聴き、二人で外に出かけることにした。
彼女はどうやら『ファッション』というものに非常に興味を持ったらしく、今はセブンスミストの中を行ったり来たりしている。
「こういうものはどうでしょうか、とミサカは貴方の意見を求めます」
「ああいいだろうな、お前がそれを着て公衆の面前に出られるってんなら俺は止めやしねえよ」
「ミサカはこれは貴方の前で着ようと思っていたのですが……」
「ぶッ!?何考えてんだてめぇ!」
このように今日の七惟は完全にミサカに振りまわされっぱなしである、七惟の中では彼女はもうちょっと大人しいイメージがあった気がしたのだが今日はかなり活動的だ。
あれはどうでしょう?とミサカは走っていく、七惟はそんなミサカを見ながら軽くため息をついた。
ミサカと自分が二人で揃って買い物に出かけるなど、昔の自分からは全く考えられない行動だ。
何しろ自分は一人が大好きで俗に言う孤独が大好きという痛い部類の人間だった、それに誰かのためにお見舞いや買い物に付き添うなど……
七惟理無という人間の根本は変わってはいない、しかし彼を司る中の何かが変わり始めているのは確かだった。
そしてその変化にまんざらでもない自分がいる、初めてできた友達の存在は彼が思っている以上に大きな変化をもたらしたのだった。
「だからどうして貴方はまともに取り合ってくれないのとミサカはミサカは一方通行を糾弾してみる!」
「そンくらいで糾弾されるンだったら日本の司法は大忙しだなァ」
となりの売り場から幼女の声と、何処かで聞いたことがある口癖で、耳に入るだけで苛々してくるトーンの声を七惟の聴覚が捉える。
「むー!またそうやって軽く馬鹿にしてる辺り許せないかも!」
「あァ、分かってるあたり前よりかは頭が良くなったンじゃねェかァ?だいたいスクール水着を着てお前はどうするつもりなンだよ」
「え?貴方はこういうモノが好きなんじゃないの?ッてミサカはミサカは貴方の趣味嗜好にあったものを選んでるつもり!」
「はァ!?」
その声は段々と近くなり、やがて七惟とミサカがいる売り場のすぐ近くで聞こえるようになり……。
「……よう糞野郎」
「……てめェ、こンなとこで何してやがる」
開口一番に飛び出したのは当然相手を罵る言葉以外の何者でない、とうとうご対面してしまった七惟と一方通行だった。
一方通行は小さな女の子を連れており、いったい彼がどういう趣向でこんな子供を連れているかは知らないが今はそんなことはどうでもいい。
二人の間に目では見えない緊張が走る、この二人が出会ってから何事も無く終わったことなど今まで一度も無いだけに、事情を知っているものが周囲に居たならばすぐさま間に割って入っていただろう。
「へぇ……てめぇがそんな糞餓鬼と一緒に買い物に来るなんてな。それにその杖とチョーカーはなんだよ?新しいファッションか?」
「……」
一方通行は黙ったまま何も答えない、それをいいことに七惟はさらに畳みかける。
「杖なんざついてまるで老人だな、さっさと死んじまったほうが世の中のためになるな」
「ちょ、ちょっと!そんな言い方ないじゃない!ってミサカはミサカは一方通行のために怒ってみる!」
「ミサカ……だぁ?」
七惟は凄味を効かせた顔で一方通行の隣に居た幼女を睨みつけるが、その幼女はまるで怯えもせずに必死に一方通行を擁護する。
そんな幼女を守るように一方通行は彼女の前に立つと、あの操車場で戦った時よりも鋭く光る眼光で七惟をにらみ返した。
「俺が何しようがてめェには関係ねェ。だがなァ、この糞餓鬼に手を出すような真似しやがったら……」
七惟としては幼女はどうでもいい、これまで一方通行を見たら罵声を浴びせ続けていただけに彼の口から出るのはいずれも一方通行の神経を逆なでする言葉ばかり。
それは一方通行だって同じだが、まるで今日の奴は動物園に閉じ込められた檻の中のトラのように大人しく、張り合いがない。
となりにいる幼女がそれ程に大切なのか、彼女の前では残虐な自分を見せたくは無いのか……。
「上位個体、こんなところで何をしているのですか?とミサカの頭では疑問が渦巻きます」
ミサカが異変に気付いたのか、こちらにやってきていた。
ミサカの此処にやってきた瞬間、一方通行の表情が一瞬だが苦いものへと変化したのを七惟は見逃さなかった。
七惟はミサカを一方通行から守るように背後へと移動させる、何せ一方通行は実験の実行者でミサカ達を殺してきた張本人。
またいつ気が狂ってサカを手に掛けるか分かったモノではない。
「って貴方こそどうして此処にいるの!ってミサカはミサカは逆に突っ込んでみたり!」
上位個体……?それにミサカ……?
七惟は再度目の前にいる幼女の顔をよくよく見つめ気付いた、その容姿はミサカと美琴を幾分か若返り……というよりも幼くしたようなモノの気がする。
もしかして、この幼女は……。
「おィ、オールレンジ。てめェどうしてソイツと一緒にいンだ」
「俺がコイツと一緒にいちゃ悪いか?もやし野郎」
七惟は何処まで挑戦的な姿勢を崩しやしない、傍から見ればなんてコイツは命知らずな奴なんだろうと思われるだろうが七惟もそんなことは百も承知だ。
ただそれでも七惟は一方通行を見るだけでむしゃくしゃしてくるし、許せはしないのだ。
「ミサカは今日七惟理無と一緒に買い物に来たのです、と事情を説明します」
「私達も同じだよ!ってミサカはミサカは一方通行の腕をぎゅっと握ってみる!」
そう言って幼女は躊躇なく一方通行の腕に飛びつこうとする……。
「何してんだこの糞馬鹿!」
七惟は咄嗟に幼女が伸ばした手を引っ張る。
「むー、どうして邪魔をするの!ってミサカはミサカは憤慨してみたり」
「憤慨だぁ……!?腕一本粉々にするつもりかてめぇは!」
いくら幼女に悪意がなくとも、一方通行の反射装甲はその行為を行った者の意思など関係なく全てを反射してしまう。
軽い衝撃だっただろうが、幼女も見た目は10歳無い程の身体だ、跳ね返ってきた衝撃は容赦なくその身体をズタズタにしてしまうだろう。
「あー、そういうこと!貴方はミサカの心配をしてくれたんだね、ってミサカはミサカは貴方の優しさに涙ぐんでみる!」
そう言って今度はがっちりと、七惟の制止を無視して一方通行の腕を掴んだ。
当然無意識化で行われている反射で幼女の身体は吹き飛ばされるものだろうと思ったが……。
「……どういうことだこりゃあ」
少女は今でもちゃんと一方通行の腕にしがみついている、どうやら杞憂に終わったようだ。
「チッ……行くぞ打ち止めァ」
「あ、待ってよ!ってミサカはミサカは貴方を呼び止める!」
七惟に考える暇を与えずに一方通行と幼女は人ゴミの中へと消えて行った。
「大丈夫ですか?ミサカはオールレンジの心境が気になります」
「……調子が狂うなったく」
七惟は最後に小さくなった二人の背中を一瞥すると、彼らとは反対方向へとスタスタと歩いて行く。
一方通行と幼女の組み合わせに、電極が着いたチョーカーと松葉杖、そして行われなかったベクトル変換。
それらが何を意味するかはわからなかったが、一つだけ分かることがあった。
「あんな子供いるとはな」
それはあの幼女が、一方通行にとって何か特別な存在であるということだけだった。
結局この後七惟はミサカが欲しがっていた露出度の高い衣服を買ってやり、唯でさえ借金に喘ぐ自身をさらに苦しめるハメとなった。