とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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Friends-3

 

 

 

 

 

駐輪場までやってきた七惟はバイクの状態を確かめながら先ほどの上条とのやり取りを思い返していた。

 

だいたいアイツは隠し事が多すぎる、信用したくても信用出来ない要素のほうが明らかに多くてその気を根こそぎ奪ってしまう。

 

「先ほどから貴方は何処か表情が冴えていません、とミサカは貴方の心情を気に掛けます」

 

「よくねえよ、良くみえるかコレが」

「見えません、とミサカは同意します」

 

少なくとも七惟は上条の事を気のおける知人と思っていたし、数少ないコミュニケーションを取れる人間だった。

 

上条が七惟の事をどう考えているのかは知らないが、課題を訪ねてきたり偶に登下校を共にしたりと悪くはなかったはずだ。

 

しかしあのステイルとかいう男が上条と自分を襲ってから歯車が狂いだした。

 

どうも上条はあの日以来一人で七惟と向き合うとそわそわし始める、特に少し前の事を離すと苦笑するばかりで話してくれない。

 

隠し事をしているのは明らかだ、1年以上監視を続けていたのだから七惟はすぐに異変に気付いたというのに。

 

「上条当麻との関係が良好ではないのですか?」

 

「さあな。あのサボテン本人に訊けよ」

 

七惟はボディやタイヤ、チェーンのチェックを終えるとエンジンをかける。

 

「乗れ、って……お前はコレに乗るのは2度目か?」

 

「はい」

 

ミサカ19090号は防災センターでの対戦の直前に、七惟の家から此処までの移動に一緒に乗った。

 

あの時はミサカは緊張していたのかどうか分からないが無言で、こちらも話し掛ける余裕がなかったため訊きそびれていたことがあった。

 

「お前バイク好きか?」

 

「好きです、とミサカは間髪いれずに答えて見せます」

 

「へえ、そうかい」

 

七惟はうっすらと笑みを浮かべてバイクを走らせた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

七惟とミサカを乗せたバイクは途中であの公園へと立ち寄った。

 

理由はただ単純に七惟の靴紐が解けたのを直すだけだったが、ミサカは七惟が結び直す間興味津津にバイクを見つめている。

 

そのあまりの目の輝きように七惟はふと声をかけてみる。

 

「運転してえのか?」

 

「……違います、と言えば嘘になるかもしれませんとミサカは答えます」

 

表情の変化に乏しいミサカの顔付きが普段と違っているのは明らかだ。

 

そこまでしてコレに惚れて込んでいるのだろう、七惟としては悪い気はしない。

 

「……やるか?」

 

「何をですか?」

 

「運転」

 

あのような表情でバイクを見つめられていたら七惟としてもその思いを無碍にするのは気持ちが良いことではない。

 

それにコイツらの望みは、今まで虐げられてきた分出来ることならば可能な限り叶えてやりたいという気持ちが少なからずあった。

 

自分のように無駄に生きているような奴でさえ好きなことが出来ているのならば、苦しみながらでも生を勝ち取ったミサカ達が好きなことが出来ないのはおかしいだろう。

 

「いいんですか、とミサカは嬉々とした表情で詰め寄ります」

 

「あ、ああ……別に構いやしねえよ。その代わり駐車場の中だけだぞ」

 

流石に無免許のミサカを公道で走らせるわけにはいかない、ジャッジメントやら何やら色々出てきたら目も当てられない。

 

「ありがとうございます、とミサカはお礼の言葉を述べます」

 

「じゃあまず乗り方だ」

 

七惟はミサカに二輪車の運転をレクチャーし始める。

 

当然ミサカは原付にすら乗ったことがないので教えるのに苦労したが、教え初めて30分少しでミサカは乗れるようになっていた。

 

こういう辺りはオリジナルである御坂美琴と同じで呑みこみが非常に早いのだろう。

 

「これは凄いですねとミサカは驚嘆します」

 

「あぁ、まあ此処だと時速30kmがやっとだが公道だと100kmくらいざらだな」

 

そこは免許取ってから、と七惟は付け足しておいた。

 

ミサカが駐車場内をぐるぐる回っているのを見ながら七惟はモノ思いにふけっていた。

 

昔の自分ならば、自分の半身のような存在であるあのバイクを誰かに運転させるわけがない。

 

しかし今は運転させるどころかこうやってレクチャーまでしてバイクを運転させている。

 

……こういうものが、友人関係というものなのだろうか?

 

「変わったのか?」

 

御坂美琴と出会ってから、自分の中の何かが変わった。

 

面倒だったコミュニケーション、相手のことなど一切考えずに動いていたあの頃が今では遠い昔のように感じる。

 

美琴と面と向かって対戦し、何やらわけのわからない炎の巨人と男に襲われ、ミサカを助けるために自分の命をかけて一方通行に挑んだりと様々なことが七惟の中身に変化をもたらしたのだろう。

 

まだ美琴と出会って数週間しか経っていないというのに、ただ漠然と上条を監視し続けていたあの生活にはもう戻れないような気がした。

 

「あの短パンにもお礼を言わなきゃいけねえのかもな」

 

誰かに聞こえるわけではない独り言、それが自然と口から零れた。

 

美琴、一方通行、そしてミサカと戦ったあの日の出来事を思い出していた七惟はふとあることが脳裏に過った。

 

それは自分の能力のことに関するものだった。

 

二点間距離を操る能力は常に七惟を原点として発動するため当然本人は動くことは出来ないし対象も一つにしか絞れなかった。

 

この致命的な弱点を美琴に見破られ、砂鉄の雨のような攻撃に関しては回避行動しか取ることが出来ない。

 

あの時も砂鉄を点として、点と点同士の移動が可能ならばもっと効率的にあの雨を防げていただろう。

 

しかし現時点の七惟ではそんなことは到底不可能だ。

 

七惟の距離移動能力は原点となるモノが止まっている必要がある。

 

あのように舞い上がった砂鉄が止まっているはずがない、もし止まっているのならば点と点同士の移動も可能かもしれないが……。

 

いや、そもそも何故自分は移動させる対象は一つが限界なのだろう?

 

原点は確かに止まっていなければダメだ、そうしなければこの距離能力の根本が揺らいでしまう。

 

しかし二点間距離は原点と点を結ぶことしか出来ないと誰が定めた?そんな規定はないはずだ、ならば……。

 

一つの結論に思考が行きついた時、ミサカがバイクから降りたのが見えたので七惟は立ち上がるが……。

 

 

 

「ミサカ!?」

 

 

 

バイクから降りたミサカは力なくその場から崩れ落ちた。

 

最初は何かの冗談かいつものようにおふざけなのかと思ったが起き上がる様子がない。

 

幸いフルフェイスのヘルメットで顔は守られているが、明らかに異常な倒れ方だ。

 

少なくとも人間は倒れる時に手やら何かで地面に先に手をつくはずだが、完全に顔面と地面が勢いを殺すこと無くぶつかっていた。

 

七惟はすぐさま駆けよりミサカのヘルメットを取り容体を確かめる。

 

「おい!」

 

「……」

 

ミサカは顔を真っ青にしたまま答えず、口元をぴくぴくと動かすだけだった。

 

見たことの無いミサカの異変に七惟は狼狽を隠せない、それに先ほどまで元気にバイクを運転していたというのにこの変化はなんだ?

 

「ミサカは……クローニングと急激な成長により身体のホルモンバランスが非常に不安定です。よって活動期以外は培養機でメンテナンスを行っていましたとミサカは説明します」

 

ようやく口を開いたミサカだったがその眼はもはや閉じかかっており、口を動かす筋肉ですら満足に動かせていない。

 

「どういうことだ……!?」

 

脈絡もなく話されたのは彼女の身体に関することだ、もしや……。

 

「よって長期間放置していれば自身の身体の調整力が通常の数倍のスピードで劣化し、臓器などへの負担は増加し、最後には死に至ります」

 

「なッ……!?」

 

彼女の口から放たれたのは絶望の言葉だった、瞬間目の前が反転したかのようにぐらっとゆらつく。

 

 

 

待て、長期間……!?なら自分でとっくに限界が近いことくらい……!

 

 

 

「元々培養機から出て数カ月で処理される予定であったミサカ達は……」

 

息も絶え絶え、今にも絶命しそうな程ミサカからは生命力が感じられない。

 

このままでは……いや、もう間近にまで『死』は近づいている。

 

「それ以上喋んじゃねえ!くそったれが!」

 

七惟はヘルメットを放り投げ、バイクの鍵もつけっぱなしでミサカを背負い死に物狂いで走り始める。

 

向かった先はあの脊髄損傷を起こした自分ですら簡単に治療してしまったカエル顔の医者の許。

 

公園を出て、坂を駆け下りて行く間にみるみるミサカの腕の力が弱まっていくのか分かる。

 

もう意識を失ってしまっているのか、それとも命の蝋燭が燃え尽きてしまったのか……

 

「くそ!どうして、てめぇは何も言わねえんだ!」

 

後者のことなど考えたくも無い七惟はとにかく無心であの病院まで走り続ける、人命救助には全くもって役に立たない自身の能力に血管が切れそうだった。

 

あの公園から病院までは走って10分かかるかかからないかだが、背負っている分スピードが落ちもうどれ程走ったかわからない。

 

「この糞餓鬼!なんでさっさと……!」

 

「……」

 

ミサカは何も答えない、動かない。

 

頭の中が真っ白になっていくのが分かる、とにかくミサカが死ぬという恐怖以外の何物でもない感情が脳を支配していく。

 

視界がぼやけ、いよいよ自分が混乱の極みを越え始めているだろうと自覚し始めた時、頭の片隅ではある映像が流れていた。

 

それは、同じような場面に遭遇した過去の自分がやってきた行い。

 

目の前で冷たくなっていく人間を見ることに吐き気を覚える七惟だったが、『助けられるかもしれない』の状態にある人間ですら『目の前でくたばらなかったらどうなろうと関係ない』と切り捨てていた。

 

他人など、自分と全く関係がないのだから見えないところでさっさと死んでしまえばいいと。

 

昔の自分は、絶対にこんな人助けなどしなかったのだ。

 

誰かのためにこうやって汗水たらしながら背負って病院に向かうようなヒーローは不相応だ、それこそ今まで一度もやってきたことはない。

 

確かに人が目の前で死ぬなんて光景は大嫌いだ。

 

しかし目の前でなければそれで良かった、自分の見知らぬところで誰かが死んでいくのならばそれで構いやしない、今までそのスタイルを貫いてきた。

 

今回だって、いくらミサカが七惟の知人だっだとして助けてどうなる?と言ったところだ。

 

放っておけば勝手にくたばっていくだろう、それを見たくないのならば自分は遠く離れたところでコーヒーでも飲んでればいい。

 

直接的に手を下していないのだから、今まで人を見捨てても罪悪感も何も感じたことがない。

 

そんな自分本位で身勝手な人間、それが七惟理無という人間だったはずなのに!

 

「死んで欲しく……ねぇ!」

 

何かが変わった、自分の中ではっきりとそれが自覚出来る。

 

もっとコイツと一緒にいたい、もっと一緒に喋っていたい、もっと一緒に・・笑っていたい!

 

誰かと一緒にいたいだなんて考えたことも無かった、しかし……今はそれを欲している自分が確実に存在している。

 

口の中が乾き始め、酸素を欲して呼吸が上がる。

 

それでも構うものかと、この大切な……大切な……

 

「大切なッ……はァッ……!」

 

一緒に居たいと願うこの少女を、死なせたくないと思う。

 

一方通行に殺されそうになったミサカ10010号を助けようとした時と似ているようで、違う衝動。

 

あの時七惟は彼女を死なせたくは無い、と思ったが、一緒にいたい、などと考えもしなかった。

 

しかし、このミサカは……このミサカ19090号は違う。

 

一緒に居たいと心の底から願い、欲している。

 

彼女は自分にとって……生まれて初めての……。

 

 

「友達・・だからなぁ!」

 

 

 

 

 


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