とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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白黒の舞台から、世界の夢を見る-ⅳ

 

 

 

 

「おー、起きてんじゃねぇか。なら話は早い」

 

 

 

弱りに弱った五和に声をかけてきたのは七惟だった。

 

今会話をしたくない人トップ5に入る人である。

 

彼に応えようと起き上がろうするが左手に力が入らず断念、仰向けになったままこちらを覗き込んでいる無礼な男を見やり、状況を飲み込む。

 

 

 

「七惟さん……無事だったんですね、と言ってもとても五体満足じゃなさそうですが」

 

「はン、そんなこと言う余裕があるんだったら大丈夫だな」

 

「でも、無事で本当に良かったです。最初にアックアに撃たれた時は回復魔法を反射されてしまって……ダメかと思いましたが、今回は効果があったみたいなので」

 

「俺のこと気にしてる場合か。状況は?」

 

「……すみません、七惟さん。せっかく貴方が作ってくれたチャンスを、私達天草式は活かしきれませんでした」

 

「……」

 

「見ての通り、です……。私の身体強化の魔術を行っていた仲間たちはほとんどやられてしまって……もうアックアの高速戦闘に私はついていけません」

 

 

 

五和が倒れている間に天草式の仲間たちは次々とアックアによって息の根を止められていく、やはり神裂一人だけではあの男を押さえつけることは到底出来ない。

 

彼女の身体強化の魔術はもちろん効果が薄れており、今ではもはや聖人たちの戦場についていけなくなっている。

 

アックアを唯一倒すことが出来るであろう聖人崩し、その切り札を持つ自分とそれを支える術式が崩れ去ってしまった今では……もう。

 

 

 

「アックアを止めることは……出来ませんでした」

 

 

 

唇を噛みしめながら吐き出した言葉は、完全なる敗北の弁。

 

呆然と見つめる先には孤軍奮闘している神裂の姿、しかし一度アックアに痛めつけられた身体では劣勢は否めない。

 

奴を倒す術は……もう、ない。

 

 

 

「そうか」

 

「そう、って」

 

「正直な話、奴の強さは俺達の常識を逸してる。今この状況は八方塞って言っても過言じゃねぇな」

 

「……」

 

 

 

首を傾け彼の顔を見る。

 

その表情は何時も通り無表情だった、悪く言えば状況を把握出来ていない、良く言えばこんな追い詰められた状態で冷静だと思える。

 

「でもな、そうなってしょうがないで納得する程俺は素直じゃねぇんだよ。俺は捻くれまくってるからな」

 

「……」

 

「此処で諦めて、その後どうする?正直な所俺一人じゃ何も出来ねぇ、神裂みたいに足止めなんざ到底無理だ」

 

 

 

それは自分も同じだ、七惟や神裂がどうにも出来ない敵を何の強化術式も組み上げられていない自分で押さえつけることなんて到底不可能である。

 

 

 

「それは……」

 

「でも諦めてねぇ奴らがいるだろ、ほら来たぞ」

 

「え?」

 

 

 

直後、凄まじい爆発音と共に神裂がこちらに飛んできた。

 

どうやら爆音は七天七刀の鞘が吹き飛んだ音らしい、鞘で受け止めた攻撃を殺しきれず弾かれ、彼女の身体は五和が倒れている真横までノーバウンドで吹き飛んできて、彼女はぎりぎりの所で踏みとどまった。

 

 

 

「が、はッ……七惟理無……!?まだ動けたんですか……それよりも、五和」

 

「は、はい」

 

 

 

見たところ神裂はもはや意識が朦朧としているようで、その眼には何時ものような力が感じられない。

 

不味い、本当にどうしようもないところまで自分たちは追い詰められてしまっている、八方ふさがりとは正にこのことか……。

 

 

 

「まだ聖人崩しの術式は、大丈夫ですね?何とかスキを作ります、そこを捉えてください……」

 

 

 

無理だ。

 

全ての条件を鑑みて、彼女の優秀な頭脳はその答えを一瞬にして弾き出した。

 

しかし彼女がその否定の言葉を口にする前に、隣に佇んでいた男がこういった。

 

 

 

「あぁ、分かってる」

 

「……貴方には言っていません」

 

「はン、とにかく神裂。俺に策があんだよ」

 

「策……無謀な策ですか?」

 

「さぁな、此奴次第だ」

 

 

 

そう言って七惟は五和を一瞥すると、話を進める。

 

 

 

「ッ、アックア来やがったか。単刀直入に言うぞ。五和の身体強化だが身体の強度を限界まで上げて、それ意外は全部捨てろ。そして俺とアンタと残りの天草式で死ぬ気であの糞ったれの動きを止める。此処まで言えばアンタなら分かんだろ?」

 

「……五和を弾丸に?」

 

「そうだ」

 

「どのくらいの速度で打ち出すんですか」

 

「最大出力、これ以上は作戦会議してる暇はねぇ!」

 

「ッ!そのようですね。貴方の策が何かは察しがつきました、五和の判断に任せます!」

 

 

 

二人の会話が終わる前にそれを遮るかのごとくアックアの魔術が炸裂する。

 

神裂がもはやほとんと普通の人間になってしまった五和と七惟を抱きかかえ、回避行動に移り安全な位置で二人をおろし再びアックアとの戦闘へ戻っていった。

 

アックアの大地を飲み込む濁流、迫りくる圧倒的な暴力。

 

そんな恐ろしい光景を見ながらも五和の脳裏には先ほどの神裂と七惟の会話が脳裏から離れない。

 

自分を……弾丸に?

 

どういうことだろうか、話についていけない。

 

目先では再びアックアと神裂の激しい戦闘が繰り広げられる、刀とメイスの鍔迫り合いで火花が飛び散るような激突が何度も起こり、衝撃が響き渡る。

 

しかしそんな騒音の中でも、五和の視線は七惟に釘付けである。

 

 

 

「五和、時間がねぇから一回で理解しろ」

 

「は、はい」

 

「今からてめぇの身体の強度を限界まで上げて、俺の可視距離砲の最大出力で射出する」

 

「……」

 

「お前の槍でアックアを貫け、俺達でアイツの動きを鈍らせる」

 

「え、えっと」

 

「おそらくチャンスは一回切りだ、それ以上は天草式と俺達にはアイツの動きを封じられない」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「なんだよ」

 

 

 

まだ自分の頭が七惟の言葉を全て理解出来ていない。

 

要するに、自分をピストルの弾丸として打ち出すということか……しかし。

 

ピストルと違うのは、弾が生身の人間……というか自分であることと、二発目はないということ。

 

おそらく七惟はこれを最後のチャンスと考えているということだ、そして神裂もその七惟の案に同意し五和に決定権を委ねたということはそれを理解している。

 

つまりこれを失敗したら、皆死ぬ。

 

自分も、神裂も、天草式の皆も、そして七惟も。

 

『死』の一文字の凄まじいプレッシャーが、五和の肩に圧し掛かる。

 

そんな重大な作戦の要を自分がだなんて……。

 

 

 

「わ、わた……私には出来ません!」

 

 

 

何も考えられなくなった頭で咄嗟に出てきた言葉は、これだった。

 

 

 

「あぁ……?どういうことだ。聖人崩しの術式はお前の槍に組み込まれてんだろ」

 

「で、でも」

 

「身体強化の術式もお前の身体を考えて構成されてんだろ?」

 

「そ、そうですけど!私には無理です!」

 

「なんでだよ」

 

「う……」

 

 

 

七惟の表情は別段怒っているようには見えない、何時もの鉄面皮であったが今はその見慣れた表情ですら彼女にとっては直視出来ない。

 

そしてそんな七惟の表情や怒り、苛々など関係なく五和の心はこの重役から逃れたいと全力で訴えてくる。

 

 

 

「理由は」

 

 

 

理由なんて、理由なんて……あるに決まってる!

 

自分には皆の命を背負いきれない、もうこれ以上の責任は背負いたくない!

 

 

 

「無理なんです!私にそんな大役、絶対に無理です!出来ません!実際に此処までやってきて全くアックアに及ばなかった、きっと理論上は私の身体は聖人クラスにまで強化されていたのに!」

 

「お前」

 

「限りある、というかラストワンチャンスの作戦ならもっとベテランの人間に頼んで下さい!それこそ教皇とか、教皇代理とか……もう私は……嫌なんです!」

 

「嫌って、何が」

 

「ッ……皆の期待に応えられない自分が……嫌なんですよッ……!」

 

 

 

今迄アックアを倒すべく多くのことをやってきた、学園都市に入る前の下調べから上条との同行、七惟の戦闘参加の是非を問い、天草式との連携はもちろん、聖人崩しの術式や身体強化の器作り、出来ることは全部やった。

 

それが全て通用しなかった、これが悪夢であったらどれだけいいことか戦いながらずっと考えていた。

 

でも目の前に広がっている光景は悪夢なんかじゃなくて、避けられない現実。

 

一人で出来ることが無さすぎる自分だから、二人や三人、いや何十人もの力を束ねて向かった戦場。

 

それでも駄目だった、自分の中に持てる全てを研ぎ澄まし全力でぶつけてこの状況。

 

嘘になって欲しいこの結果が、皆の期待に応えられないこの惨め過ぎる有様が、皆から向けられる落胆の瞳と絶望の表情が脳裏にこびりついて何時までも離れることはない。

 

もうこれ以上……そんな思いはしたくない!誰かに責任を擦り付けて楽になってしまいたい……!

 

 

 

「なるほどな、そりゃそうか。俺だってきつい」

 

 

 

七惟はこれだけ自分本位な理由しか述べなかった五和に対しシンプルな言葉を漏らした。

 

 

 

「お前がそんだけ取り乱すってことは、それだけプレッシャーがあるってことだろ。こんな場面でも色んなこと真剣に考えてお前は糞真面目な奴だ」

 

「別に……私は、真面目じゃない、です」

 

 

 

真面目な人間なら、きっと此処で最後までその役割を全うすべくう立ち上がるのだろう。

 

だが自分はそれが出来ない、心が弱いから?自己中心的な考えしか出来ないからか?……自分がかわいいから?

 

 

 

「きっと……上条さんなら、此処で立ち上がれると思うんです。っでも私には無理です!」

 

「まぁ上条と同じだったらそれはそれで俺はお前のこと見る目がかわっちまうぞ」

 

 

 

上条なら、きっとあの人ならこの戦場の中で誰よりも早くこの作戦の弾丸役を名乗り出る、彼はそんな人だ。

 

だからこそ皆が憧れるヒーローになれる、皆から頼りにされあれだけの人望を集めることが出来るし、何時だって彼は皆の中心。

 

しかし自分は上条ではない、そんな器ではない。

 

 

 

「それで?お前はそれでどうしたいんだ?」

 

「え……」

 

「誰にやらせるつもりだ?聖人崩しの術式は道具に組み込まれているからまだしも、身体強化の術式なんざお前の身体を中心に術が組み上げられてんだろ?誰が代わりになるんだ?」

 

「それは……」

 

 

 

言葉に詰まる、五和の理由なんてはっきり言って論理的ではない、いわば感情論である。

 

そんなめちゃくちゃな感情論が通る相手ではないのだ、七惟理無は学園都市第8位の頭脳の持ち主なのだから。

 

 

 

「やれる奴なんざいねぇだろ、ソレとも何か?上条でも呼ぶのか?」

 

「ッ……どうしてそうなるんですか」

 

「お前がそういう顔してたからだ」

 

 

 

何も言えない、現に今自分が考えていることはそうなのだから。

 

 

 

「此処までずたぼろに言うのも、七惟さんらしいです。でも……今の私には」

 

 

 

七惟にこれだけ言われたというのに、五和の心が再起することはなかった。

 

それを見越していたのか、七惟はこんなことを口にした。

 

 

 

「まぁ、お前一人じゃ無理だろ。だから俺達が隣で支える」

 

「それでも……」

 

 

 

もう、この重役からは解放されたいのだ。

 

どうせ自分なんかが何をやっても無駄だ、今までがそうだったのだから。

 

 

 

「さっきお前は上条を引き合いに出したがな、アイツと比べること自体おかしな話だろ」

 

「え……」

 

「アイツはな、一人で出来ることが多すぎんだよ。人を集めて戦えば出来ることはもっと多くなる、それが今までの戦果だろ」

 

「それは」

 

「お前は上条と同じくらい仲間から期待されてる」

 

 

 

そうだった、期待されていた。

 

その重圧が大きすぎて、自分には耐え切れないくらいに。

 

 

 

「そんなことは分かってます!でもその期待には全然応えられないんです!」

 

 

 

叫ぶように反論する自分、こんな苦しくて辛い期待ならば無いほうがどれだけ楽だったことか。

 

 

 

「だが上条とは違う。そうだろ」

 

「当たり前です!」

 

「あぁそうだ、当たり前だ。アイツはポジティブの看板ぶら下げてるような奴でいつでも前向いて歩いて、突き進む。そんなアイツに皆惹きつけられて戦って、アイツは神話の中の英雄みたいな奴だ」

 

「そうですね、上条さんはそういう人です……!」

 

 

 

神話の中の英雄、確かに彼は何時もそうだ。アニェーゼ部隊と交戦した時、キオッジアでの戦闘、テッラとの戦い、その中で彼がやったことは御伽噺に出てくる英雄のようなものだ。

 

そんな人間と比べられて、同じことを出来るような器じゃない、自分は。

 

此処にいるのが自分じゃなくて上条ならどれだけよかったことだろうか……。

 

 

 

「そんな完璧な人間みたいなこと、俺やお前みたいな凡人じゃできねぇよ。だから」

 

「だから……?」

 

「天草式が、神裂が、俺が居るだろ?」

 

「七惟……さん?」

 

「俺達はお前を寸分の違いもなく信じてる。お前が突き進めねぇなら俺達が支える」

 

「か、勝手に信じて……皆の期待を背負って、力を借りた結果がこれなんですよ!?」

 

「自分が信じられねぇのか?」

 

「し、信じるも何も……現に出来ていない……」

 

 

 

張り裂けそうな心を守るため必死に逃げようとする五和だったが、その言葉を遮るかのようにぐっと七惟が五和の両肩をその手で掴んだ。

 

取り乱す五和から七惟は一切目を逸らさない、その瞳から感じられるのは期待でも怒りでも呆れでもなかった。

 

 

 

「信じろ、自分を」

 

「む、無理です……」

 

「別に誰もお前がそう易々と作戦を成功するとは思ってねぇはずだ、思ってるなら気持ちが切れて最初のアクションが失敗した時点でお前の身体強化の術式は切れてる。それが切れてないってことは、お前をまだアイツらは信じてる」

 

「……」

 

「お前ならやってくれると、信じて待ってる。信じて任せてる。仲間っていうのはそういうもんなんだろ」

 

「でも……」

 

「俺もお前を信じてる、あれだけのことやって互いを疑いまくって深く知った結果だからな。だから信じろ」

 

「信じる……?」

 

「自分を信じろ、ラストチャンス、それを託される自分を疑うな」

 

「七惟さん……」

 

「お前がやってきたことを、信じろ」

 

そう言って七惟が手を差し伸べた。

 

自分を、信じる。

 

自分を、疑わない。

 

自分を信じて、進むしかない。

 

目の前で自分を信じてくれている人のためにも……。

 

その言葉に、切れかけていた五和の心に再度戦いの火が灯った。

 

差し出された七惟の手をしっかりと握り、立ち上がる。

 

その手の向こうに、この白黒の色褪せた世界の先が見えた気がした。

 

 

 

「そのかわり、俺が失敗した時はお前が支えろよ?俺もそんなに強くねぇからな」

 

「ふふ……七惟さんがそんなことを言うなんて、珍しいですね」

 

「だろうな、多分こんなこと言ったのお前が初めてだ。周りには言うなよ」

 

「考えときます」

 

「ったく……」

 

 

 

先ほどまで恐怖で蹲っていた自分が嘘のよう。

 

身体の震えは収まり、今は視界もクリアにはっきりと見え彼の声もしっかりと聞こえてくる。

 

七惟と自分の瞳が重なる、寸分の狂いもなく二人の視線は噛みあい二人の息遣いが重なり、青の巨人の敵を見据える。

 

「私は……どうすればいいんですか?」

 

「俺と天草式でアックアの動きを止める、そこでお前を可視距離移動砲で発射、アックアを槍で貫け。動きを止めるまでに残った身体強化の術式を全部防御に回すようコントロールしろ」

 

「転移のほうが確実では?」

 

「転移じゃ無理だ。俺は座標をくみ取ってその空間を丸ごと転移させるんだが、槍の切っ先がアックアの体内に入るような微調整は正直かなり難しい、現実的じゃねぇ。それよりかは瞬間の速さで仕留めるほうが確実だ」

 

「どのくらいの速度で?」

 

「最大出力だ」

 

「わかりました」

 

「さあて……やるぞ五和!」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 


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