とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
「まだそんなつまんねぇことを言う余裕があるんだ?どうやら骨まで溶かして溶解させなきゃ分かんないみたいね。もしくは舌引っこ抜いて喋れなくなってみるとか?」
「言ってろ、てめぇのヒステリーにこれ以上付き合うのはわりぃがお断りだ。俺は一刻も早くてめぇを片付けて行かなきゃならねぇ所があんだよ」
「行かなきゃならないところねぇ?愛しのフレンダちゃんの墓前にお祈りでもしにいくつもり?」
「何言ってやがんだか、まだフレンダは死んでねぇだろ……そんなシケた場所じゃねぇよ、お前は想像もつかねぇだろうがな」
「ふぅん……保身を第一に考えてたアンタが逃げずに行きたい場所ね。人を見殺してナンボの奴が言う台詞?」
麦野の声色と、彼女の身体から発散される並々ならぬ殺意の波動に明らかな変化が生まれた。
それはまるで、本心を表しているかのような……心の深層にある言葉を紡ぐような。
深く、重い言葉が彼女の口から零れた。
「……結局アンタは、そういう奴か」
意味が分からない麦野の言葉に、七惟は戸惑う。
先ほどまでの憎らしげな声と撒き散らしていた怒りはいったい何処へ飛んでしまったのか。
今迄見たことがない麦野の表情に意表をつかれたその瞬間だった。
「ま、そんな下んねぇふざけたことは私にはどうでもいいんだけどさぁ!」
再び麦野が息を吹き返したかのように吠え、原子崩しを行うのは。
光の波動が周りに巻き散らかされ、無差別で攻撃が行われていく。
高熱で溶かされた橋の装飾物は異臭を放ち、アスファルトはめくれ上がり街灯は衝撃でガラスが割れて破片が飛び散る。
高熱を帯びた破片が七惟の身体に数本刺さり七惟はもう、もだえ苦しむことしか出来ない。
数年前の抗争から始まった二人の因縁の物語りはどうやら此処で終点だ。
それは七惟と麦野のどちらかの死というレールを進み続けて、最後はどちらが先に終点にたどり着くのか。
もうこれ以上、二人が出会ったり喋ったりする記憶は作られない、そんな未来は有り得ない。
思えばここ最近は全てがおかしかった、狂っていた。
どうして殺し合いをした麦野と一緒の組織に入り、彼女と仕事をしていたのだろう。
あれほど蔑み合った二人が、価値感も行動基準も、性別も歩んできた経歴も全てが違いすぎるのに、互いが互いの闇の部分を知り過ぎているのに、あんなにも近くに居たことが間違っていたのだ。
終わらせるしかない、これ以上自分の歩む道が狂ってしまわないように、永久に二人が出会うことなどない未来を此処でつくる。
それが自分の死によってなのか麦野の死によるものかは分からないが、此処で自分が死ぬならば麦野も道連れだ、こんな奴を此処で野放しにすることなど出来るか。
もう人を疑うことを止めることはない、と心に決めたがそれも限界だ。
相手はこちらの声を聞こうともしないし、攻撃も一切やめることはない。
初めからコイツはフレンダ達や、垣根とも違う土俵に居たのだ。
あの一方通行と同じ土俵、全てを捨ててでも自身が思うがままの結末を手にするため、自身の欲求を満たすためならば躊躇なく破壊の限りを尽くす。
どういった過程でこんな化け物になってしまったかは分からないが、もう分かる必要も無い。
自分と麦野は永久の別れをこれからするのだから。
しかし覚悟は決まったものの七惟にはもうこれ以上は足掻こうにも能力を行使するだけの体力も精神力もほとんど残っていない。
既に満身創痍状態なのだ、もう体力もメンタルも限界だ。
フレンダには最後まで足掻き続けろなど偉そうなことを言っていた癖に、今の現状を鑑みてみれば自身に呆れるところか怒りさえ感じる。
「さぁて、そろそろメインディッシュといこうかにゃん。ね、なぁーなぁーいぃー」
麦野の声が聞こえる。
今から自分はコイツに殺されるのか、アイテムのことを利用出来るだけ利用して、使い捨てた最低の人間に。
ウマが合わないのは分かっていたのに、こうなることは最初から分かっていたのに、絶対に自分と麦野が手を取り合う未来なんてないと知っていたのに何故コイツに協力してしまったのだろうか。
思い返せば麦野との関係を放棄するチャンスは無かったのかもしれない。
滝壺を人質に取られ仕方なくアイテムに臨時の構成員として加入はしたものの、その後七惟のバックにあるメンバーがまさかのアイテムとの共闘路線を取ってしまった。
あの時七惟は完全に麦野との関係を断ち切るチャンスを失ってしまった。
そこからは徐々にスクールとの小競り合いが増えていき、アイテムだけでなくメンバー自体も垣根達から狙われ、小さな衝突は一気に大きなうねりとなってアイテム・メンバー二つの組織は崩壊へと向かった。
スクールと正面衝突するには分が悪すぎるためアイテムとの共闘路線を続けるしかなったのが現実だった。
だが共闘はしたものの志までコイツと同じになったつもりはない。
こんな屑野郎と同じだなんて、誰にも思われたくない。
自分には、此奴と違った想いがある。
そこまできて、七惟の心に再び火がともった。
麦野沈利にくれてやる程自分の命は安くない、もちろんフレンダや滝壺、浜面だって同じだ。
自分たちは、こんなところで終わりやしない。
玉砕覚悟だった気持ちにもう一度『生きる力』が宿り彼を振いたたせる。
「はン……食われるのはてめぇのほうだ!」
倒れていた身体を無理やり起こし、ありったけの力を込めて目を見開いた。
膝は笑うどころか、もう半ばから折れてしまったような形、右肩から流れる大量の血は手首まで伝い、それは地面に落ちて紅い点を作る。
「そんな満身創痍の状態で何強がり言ってんの?ココ、おかしくなった?」
麦野は下品な笑いを浮かべながら人差し指で自身の頭をツン、と叩く。
言っとけ、と七惟は吐き捨て懐を探る。
胸の内ポケットには、五和から貰った槍のスペア部分……槍頭を持った接着部分だけが唯一残っている。
これを麦野の急所に刺し、決着をつけるしかない。
問題はどうやって槍頭を麦野にぶち込むかだが、もうその算段はついていた。
この闘いは麦野沈利という人間を終わらせることが至上命題、自分の身体の心配等その後にすればいい、死にさえしなければ何とでもなる。
「さぁな、……くたばれ!」
七惟は先ほどと同様、可視距離移動砲の弾丸として麦野を再びサロンの壁に向かって射出する。
速度は時速250km程、風圧で骨がへし曲がってもおかしくないこの状況で、麦野はまたもや原子崩しをロケット噴射の用量で使用し、背後の壁を全て破壊しノ―ダメージでこちらに切り返してくる。
「おいおい、さっきと同じじゃないこれじゃ。もちょっとこっちを楽しませてくれないもんかねぇ!」
ぎゃはは、と笑いながら麦野の両眼が光り始めた。
原子崩しだ、七惟の身体では回避行動は取れないし防御に回ることも出来ない。
この速度ならば麦野の座標を捉えることも出来ないし、他の何かを麦野に向かって飛ばそうにもそれら全ては原子崩しで跡形も無く消し飛ばされてしまうだろう。
勝った、と確信の笑みをその顔に深く刻み、引き避けるような不気味な表情となった麦野が原子崩しを発動させようとしたその瞬間だった。
七惟は懐から槍頭を取りだすと、それを麦野に向かって距離操作の用量で打ち出した。
「あぁ!?このペテン野郎、そんなもんで原子崩しを倒せると思ってんの!?」
麦野はそんなモノはお構い無し、という表情で原子崩しを発動させた。
直視出来ない程の眩い光が辺りを照らす、それは街灯の柔らかい温かみのある光ではなく全てを無に帰す殺人光線の明かり。
それを見た七惟はにやりと口端を上げると、距離操作で射出した槍頭を『慣性の力を殺さず』に麦野の真横へと、最後の気力を振り絞って転移させた。
死んでいない運動エネルギーは、そのまま真っ直ぐ麦野の死角となっている脇の下あたりを目掛け、時速250kmで飛んでゆく。
目の前が光で埋め尽くされる、だが必ず槍頭が原子崩しの発動よりも先に麦野の身体を貫き射撃の照準がズレて着弾点は七惟から外れる。
五体満足ではいられないかもしれないがそれと同時に麦野沈利という人間の命も終わる。
下手をすれば相打ち、死ぬ直前だというのに、今までのように能力の暴走はない、ただ頭の中が真っ白になり何も考えられなくなった。
ただ、まるで死ぬ間際の走馬灯のように脳裏に浮かんで来るたくさんの顔……絹旗、五和、滝壺、ミサカ、上条と多くの人間の笑った表情が浮かび消えて行くのを感じ、目を閉じたその時だった。
「七惟!?」
「あぁ!?浜面!?」
浜面の声と、麦野の声が頭に響いた。
七惟は浜面の位置確認など出来るわけもないが、瞬間麦野がそちらに気を取られたため若干原子崩しの照準がずれて発動される。
ということは即ち麦野の態勢も変わっているということだ、麦野の心臓を貫く一撃と化した槍頭は外れるということになる。
余計なことを、と七惟が毒づく時間も考える時間も与えられなかった。
足元に直撃した原子崩しは完全に橋を崩落させ、動けなくなった七惟と一緒に川底へと落ちて行く。
視線を上へと上げる七惟、崩壊していく橋の上を麦野がロケット噴射で飛んでいく姿を最後に確認出来た。
浜面が現れたのはおそらく橋の先だ、つまり陸地側ということになる。
何故あの場に浜面が居たのか分からないが、考えられることは唯一つ。
おそらく電話をかけた時から今の今までまだサロン周辺に潜伏しており、誰かの目から逃れていたのだ。
そしてその目から逃れ、轟音を聞きつけて近づいてみたらそこに自分達がいたと。
なんだ、滝壺をもう病院に届けているころだろうと思っていたのにまだサロン周辺に居たのか……。
崩壊が始まった滝壺は無事なのだろうか、絹旗はちゃんと生きているのか?右腕を失ったフレンダはどうなったんだ。
もう何もかもが分からない、何も考えられない、言葉通り思考停止に陥った七惟はそのまま落下していく。
サロンの周辺は深い堀だ、普段は景観を良く見せているはずのその水がまるですべてを呑み込むような黒い渦のような異様な恐怖を湧き立てる。
そして七惟は全く足掻くことも、受け身をとることも出来ず着水の衝撃で彼の意識は深い水底へ沈んでいくのだった。