とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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復活の言葉-ⅳ

 

 

 

 

 

上階から轟音が響く。

 

足元が揺れ豪奢なシャンデリアが頼りなく左右へ大きく揺れ今にも落ちてきて潰されてしまいそうな錯覚に陥り、それがリアルなイメージとして浜面の精神を削り取っていく。

 

絹旗と別れてから5分くらいか、あれからエレベーターホールを目指して走っているのだが、どの階も階段からホール内に入るにはパスが必要で、そんなものは当然持っていないし、解錠ツールでこじ開けようとしたが電子制御されているせいか、無駄足だった。

 

よって受付のエントランスとなっている25階を目指して浜面は七惟を背負い、滝壺と一緒に走っているが、乳酸菌が堪った両足が悲鳴を上げ、息もまるで42kmのフルマラソンを走り切った選手のように上がり切っている。

 

そんなぎりぎりの状態の浜面は、更に自身を追いこむ事態に直面する。

 

先ほどとは比べ物にならないほど建物全体が揺れると同時に、上方向から凄まじい爆音と衝撃が撒き散らされて、浜面達が走っていた廊下のLED灯が全てダウンした。

 

何事だ、と見渡すと次の瞬間には浜面達が走っていた周辺にある部屋が恐ろしい程の圧力で潰され、部屋と廊下を区切っていた壁がまるで砂で出来た城のように崩れ落ちていく。

 

次に起こったのは最初の衝撃から若干威力が弱められた揺れ、しかしその威力に耐えきれなかったのか浜面達の上方にあった壁の底が抜ける。

 

 

 

「垣根だ!」

 

「く、くそ!こっちだ滝壺!」

 

 

 

浜面は必至の形相で走るが、未元物質にとってこんな距離なぞ射程距離内も同然だ。

それに気付いたのは七惟だけだったが、彼がそれを伝える前に、浜面にとって恐怖の対象でしかないあの男が目の前に舞い降りた。

 

 

 

「よぉーよぉー、えらく逃げ回ってくれんなぁ。その子もオールレンジも」

 

 

 

上階とこの階を別つ壁をまるで泥船のように軽々と吹き飛ばし、硝煙の中から現れたのは垣根帝督。

 

部屋の明かりが照らす僅かな光でもしっかりとその存在を確認できる。

麦野は、絹旗はどうなったのかという疑問が浮かび上がるが、そんなことは聞く必要すらないように思えた。

 

 

 

「く……!」

 

 

 

追い込まれた、浜面は苦い表情どころでは済まず絶望に近い顔となる。

 

いや、最初から希望などなかったのだからその落胆はあまりなかったのだが、やはり死が目前にまで迫っているのを感じれば、もはや人は彼と同じ表情をするのだろう。

 

蛇に睨まれた蛙の気持ちが初めて分かった。

 

 

 

「しぶといぜオールレンジ、もうそろそろ死んじまったほうが格好がつくもんだ」

 

「……はッ、わりぃが俺は自分が思っていたよりも未練たらたらな奴だったんだよ」

 

「そうか、納豆みてぇな人間だなお前は」

 

「そいつはどうも」

 

「ま、無能力者に背負われてる時点でお前はお荷物野郎なんだよ。そしてそれくらいの力しかお前にはないってことだ」

 

「だろうな、自覚してる」

 

「おいおい……さっきから喋ってて違和感しか感じねぇんだが、てめぇ本当にオールレンジか?」

 

「ソイツは……これで分かんだろ!」

 

 

 

七惟は服の内部に仕込んでいた槍を目にもとまらぬ速さで取り出したかと思うと、可視距離移動でその槍をぶっ放した。

 

金属同士がぶつかり合う嫌な音が響くと同時に垣根が大きく仰け反り隙が出来た、すぐに七惟が口を開く。

 

 

 

「下ろせ浜面、もうこうなっちまったら俺がコイツを止めるしかねぇ。今の俺でも死ぬ気でやりゃあ3分くらいは止められるはずだ」

 

「お、お前……!でも俺は絹旗から」

 

「あのな、後輩は先輩の好意を快く受け取るもんだろ?」

 

「なーない、でもその身体じゃ」

 

 

 

浜面だけではなく滝壺も反論する。

 

自分が助けた男がこうも簡単に絶命するのが嫌なのは分かる、それは浜面だって同じだ。

 

だが、彼女よりも先に今この状態で取るべき行動を見いだした浜面はそれを実行した。

 

七惟理無が此処までの覚悟を決めて、自分と滝壺を守ってくれると言ってくれているのだ、それに疑問を投げかけるのはこの男の気持ちに失礼だろう。

 

 

 

「七惟、お前の転移で下の階まで頼む!」

 

「移動している最中に粗方この建物の地図は頭に入った、25階まで一気に飛ばすぞ」

 

「なーない!」

 

 

 

次の瞬間、七惟の目の前から二人の姿は綺麗さっぱり居なくなり残ったのは滝壺の悲鳴のような残響と垣根提督のみだ。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「ってぇなぁー。おいコラ、てめぇ覚悟は出来てんだろうな。自分の足で立つのもやっとのような状態の人間が」

 

「自分の足で立てなくてもな、俺の能力使えば問題ねぇだろ」

 

「それはそうだな、だがお前の常識は俺の未元物質に通用するか?」

 

「やってみねぇと分かんねぇよなぁ……!」

 

 

 

白煙に埋め尽くされた空間を一瞬で浄化した垣根が、実際の脅威となって七惟の前に降り立つ。

 

七惟の眼前には今麦野沈利を超える学園都市のレベル5がいる。

 

そして、七惟にとっては一方通行よりも強敵で、彼の中では学園都市最強のレベル5として認識されているのがこの男、垣根帝督だ。

 

 

 

「しっかし、お前ホント昼間会った時とは別人みてぇな反応ばっかりだな。あの糞野郎との闘いで何かに目覚めたとか、そういうメルヘンな展開は勘弁だぜ?」

 

「安心しろ、メルヘンはてめぇの専売特許だって俺も認識してる」

 

「そいつは良かった、学園都市に8人しかいないレベル5に2人もメルヘンが居たら大変だからな」

 

「はッ……それよりも俺とこんなふうに雑談してる余裕はあんのかよ?滝壺が逃げちまうぞ」

 

「あぁ、それに関しては心配すんじゃねぇ。俺が本気を出せばお前頑張って1分持つか持たないかだ」

 

「……はッ、言っておくが火事場の馬鹿力舐めねぇほうがいいぞ垣根!」

 

 

 

垣根の言っていることは間違ってはいない、今の七惟が全力を出したところで高度な演算である転移はもはや数回が限度だろうし、可視距離移動だって通常の何分の一の出力しか出せない。

 

『壁』を作るのにはまだ何とかなるようだが、時間操作や幾何学距離操作はかなり難しい。

 

だが今はそうこう言っている場合ではない、何もかもが暗くなって何も見えなくなってしまった状態で見つけた、光なのだ。

 

それだけは失って堪るか、という七惟の決心は垣根の生み出す未元物質にだって貫けはしない。

 

 

 

「表の世界に行って、ホント変わったなオールレンジ。俺たちが絶対に持ってないようなモンも手に入れて、ソイツは弱さじゃなくて強さだって俺も認識してる。それがまさかこれ程だったとはおもわなかったぜ!」

 

 

 

垣根を中心に正体不明の爆発が起こる、全方向にこの世の物理法則では考えられないほどの質量が生み出されるが、七惟はそれを壁を使って防ぎ、攻撃に転じる。

 

どうせ今の自分では到底垣根を倒すことは出来ないのだ、ならば出来るだけ時間を稼いで、最終的に吹き飛ばされるほうがまだ得策だ。

 

周囲一帯に散らばっている瓦礫やガラスの破片を無作為に垣根に向かって投げつける、だがやはり垣根には届かない、またもや爆発が起きそれらはまるで紙飛行機のように爆風に煽られてあらぬ方向へと消えて行く。

 

垣根から台座のルム、神裂から感じた同じような力の波動を七惟はキャッチした。

 

おそらく壁に気付いて、この世の理から外れた未元物質を使って攻撃しようとしているのだ。

 

霧ヶ丘女学院の素粒子研究所で戦った時と同じだ、あれを壁で防ごうものならば神裂の唯閃の時のように簡単に貫かれてしまうだろう。

 

七惟は身体を無理やり動かし、ごつくなった右肩をそれでも庇いながら立ちまわる。

七惟が元居た場所に煌めく破片のようなモノが無数に突き刺さり、有り得ない熱とエネルギーを撒き散らして壁を、カーペットを無残にも溶かしていく。

 

垣根の能力はこの世の森羅万象全てを殺人兵器へと変化させる未元物質、今もうこの世界は七惟の常識は通用しない、垣根の常識だけが通用する世界だ。

 

 

 

「ちょこまかと逃げ回ってくれるなよオールレンジ、こっちも予定が詰まってんだ!」

 

「ならもう少し俺と戯れる時間をスケジュールに組み込んどけメルヘン野郎!」

 

「わりぃがお前は一方通行の糞野郎にぶち殺される予定だったからな!生憎死人に時間を避ける程俺は善人じゃねぇよ!」

 

「そんなこというてめぇの口は死者への敬意が足りねぇんじゃなねぇのか!?墓前に捧げる祈り方でも教えてやろうか!」

 

「科学の街で死者への敬意とお祈りとはふざけんのも大概にしろオールレンジ!」

 

 

 

口ではこう言っているが、もう七惟の身体は限界だ。

 

はっきり言って垣根相手に最初の1撃、そして2撃目を防げただけでそれはもう奇跡に近い。

 

奴が言った通り本気を出せば、この場全体を未元物質によって摩訶不思議な世界に変えてしまうことも不可能ではないだろうに、それをしないのはもしや心理定規から何か余計な入れ知恵を受けて、手間取っているのか?

 

それはこちらからすれラッキーだ、あの女が自分のことを思って何か垣根に吹きこんでくれたとは到底思えないが、それでも奴が自分を消すことに多少躊躇っているのは間違いないはずだ。

 

それでも、このホテルから吹き飛ばすならば何のためらいも無いだろうが。

 

 

 

「実際戦ってみると、お前のほうが第4位の奴より全然面白いぜ!嬲り甲斐があるってもんだ!」

 

「俺はアイツみてぇに切れたりしねぇぞ、挑発してんだったら諦めろ!」

 

「ばーか、褒めてんだよ、このアマちゃん野郎が!」

 

「アマちゃんか、そのアマちゃん野郎に足元掬われんじゃねーぞ!」

 

「そいつはそうだ!そろそろくたばれ!」

 

 

 

二人の攻撃と、言葉と、意思と、願いが交錯する。

 

七惟は闘いながら、垣根が扱う微弱な『この世とは違う世界の無機』へ辿りつくための、逆算を行っていく。

 

垣根が放つ力の一部は、ルムや神裂が放つ力と同じモノ。

 

そしてそれらは、0930事件で『界を圧迫する力』に直接結びつく。

 

ここで逆算を終えてしまえば、対神裂戦同様の、あの莫大な力が得られると思って間違いない。

 

しかし……。

 

 

 

「力場の力が少なすぎる……!」

 

 

 

そう、垣根は学園都市で生まれた天使のように常時その力を発散させているわけでもないし、ルムのように頻繁に業を使うわけでもない、神裂のように一時の膨大な爆発力を持っているわけでもないため、あまりにも辿るための力が弱すぎて、逆算を終える前に全ての足跡が消え去ってしまう。

 

 

 

「悪党舐めてんじゃねぇぞ!オールレンジ!」

 

「一方通行みてぇなこと言うな、てめぇは!最低のゴミ屑野郎同士仲良くくたばってろ!」

 

「あぁ、俺は最低な人間だ!だがな、同じ糞溜まりにいるてめぇにゴミクズって言われる筋合いはねぇよ!」

 

「ハッ……ずっと糞溜まりで蹲って上を見上げることしか出来ねぇお前に何が分かるってんだ!」

 

「言いたい放題言ってくれるじゃねぇか!ソイツは実力が伴ってる奴だけが言える特権だぜぇ!?」

 

 

 

徐々にだがこの世の理から外れた力の色が濃くなっている。

 

未元物質の爆発的な拡散が起こると同時に、神裂達が放っている謎の力も膨大な量へと上昇していくのが分かる。

 

しかし場のAIM拡散力場が0930事件と同じ条件に満たされるにはまだまだ垣根の力の上昇を待たなければならないが、それを待ってる間に自分が先に死ぬ未来しか見えてこない。

 

 

 

「ッ、んの野郎!」

 

「そろそろゲームオーバーになってろ!」

 

 

 

散々逃げ回った七惟に対して遂に垣根が仕留めに入る。

 

左肩からは正体不明の白い、見た目だけならば神々しい翼が生えていた。

 

 

 

「メルヘン野郎がッ」

 

 

 

翼は、自分が暴走した時のあの翼と同じで『見た目だけ』であり、実際はあの聖人すら易々と粉砕する恐ろしい破壊兵器。

 

恐るべき一撃を誇るであろうその翼が横に薙ぎ払われた。

 

その動きを知覚した七惟は全力で回避行動に出る、この一撃に対しては可視距離移動も不可視の壁も何もかも役に立つとは思えない。

 

しかし実際はその翼はダミーだった、あまりにも強烈過ぎる一発に七惟の注意力全てがそちらに向けられる。

 

七惟は気付いていなかった、何故垣根は右肩からは羽を生やしていないのか、何故片方だけの翼しか具現化させていないのかを。

 

 

 

「あばよ!オールレンジ!」

 

 

 

垣根の声と共に、垣根の左肩から一気にもう一翼の翼が生え七惟の居た空間に叩きつけられる。

 

 

 

「がああぁぁ!」

 

 

 

それはこの高級サロンの壁や床を吹き飛ばしたモノと同等の威力だ、直撃はしなかったもののその余波を受けた七惟は砕けたサロンの壁の上を飛んでゆき、そのまま窓ガラスを割って外の世界へと放り出されていった。

 

 

 

 

 

 








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