とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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Live a lie - ⅳ

 

 

 

 

冷たくなった名無しの少女を抱えた七惟は第10学区へとやってきていた。

 

第10学区は、学園都市全体の発電を賄う大規模な原発や火力発電所だけでなく、学園都市唯一の墓地がありそのためか少年院や実験動物の殺処分場も点在している物騒な土地だ。

 

墓地と言っても、第10学区にある墓地は日本人が連想するようなお墓ではない。

 

エレベーターを使った立体駐車場のような仕組みで、射撃演習上のパーティションで区切られたブースに、それぞれ死んだ人間の骨が納められているのだ。

 

だが、七惟はそんな形だけの墓には一目もくれずに、墓地施設の横に流れている川に視線を集中させる。

 

本当なら此処で土葬や火葬をしてあげるのが一番いいのだろうが、今はそうもいかない。

 

この学区は原子力開発機関も乱立している、ということは当然立地条件も海に近く、この川はそのまま海へと流れ出るはずだ。

 

……ここで、いいか。

 

七惟は土手を駆け下りて川沿いへと近寄る。

 

よくよく見てみれば川底は意外に深く、小さな子供では溺れ死んでしまうかもしれない深さだ。

 

流れも早くて、此処ならば数分もすれば河口に辿りつき海へと少女の体を大海へと誘ってくれるだろう。

 

こんな都市のど真ん中を流れる川だというのに、その水は都会の川とは思えない程澄んでいて、そのギャップがまるで仲間を裏切り死んでいった少女が最後に見せた表情と血の化粧をしている今の顔と重なり、視界が自然と霞んだ。

 

 

 

「……俺は、人の気持ちとか、くみ取るのが苦手なんだ」

 

 

 

七惟は膝に水が浸かるまでの深さまで足を進める、少女は両腕で抱えたままだ。

 

 

 

「だから、どうしてお前が裏切ったとか……俺を助けようとしたとか、そういうことの理由はわからねぇし、考えたところで解答なんざ見つけられねぇ」

 

 

 

少女の体を下ろし髪が水面に揺れる、水面に揺れる少女の髪が、まるで生き物のように動き、聞こえてこない鼓動が再び動きだすのではと疑うくらいだ。

 

こうして身体全体を見てみると、一方通行に食い破られた腹以外は本当に綺麗で、とても死んでいるようには思えない。

 

空洞になっている腹からはもはや出血はしておらず、血まみれになった服にだけ彼女の生きた赤い紅い血が付着している。

 

顔に、赤黒い痣のようなモノがついていることに七惟は気づき、それを水で洗い流した。

 

自分の頬に着いた少女の血は、洗い落とさなかった。

 

 

 

「俺は上条みてぇな善人でもねぇし、今まで人殺しをしたことがないような奴じゃない。てめぇのことも、滝壺や五和みてぇに特別に考えてたコトは無かった」

 

 

 

真実だ。

 

一方通行に少女を殺された時、初めて気づいた、気付くのが遅すぎた。

 

自分がこんなにもこの少女に対して気持ちを向けていたということに。

 

自分はこの少女も他の暗部の人間のように唯の『人数合わせ』とか、『駒』だとしか見ていないと思っていたのに。

 

自身の気持ちを理解していなかった、その代償がこういう残酷な結果を招いてしまったのかもしれない。

 

最初からこの少女をどうにかしたい、という自分の奥底の気持ちと正面から向き合っていたのならきっと今とは違った結果が自分を待っていただろう。

 

でも、彼女の心の告白があったから……彼女を唯の駒だとは思えてなかった自分の気持ちをより一層意識してしまって、悲しいという感情や、自分の行動の自責の念とか、後悔とか……色んなものが湧き上がってくる。

 

名無しの少女は、七惟理無のことを『好きだ』と言ってくれた。

 

自分を大切だと言ってくれた人間なんて……自分に特別な感情を向けてくれる人間なんて、生まれて初めて見た。

 

こんな屑みたいな人間を、コミュニケーション能力が皆無な人間を、人の気持ちを考えることすら出来ない人間を、『好き』だなんて言ってくれる大馬鹿野郎に会うなんて思っても居なかった。

 

 

 

「だけどな、あんな意味がわかんねぇことばっかやりやがったお前でも死んだらそれで終わりだとか思えるわけねぇだろッ……」

 

 

 

彼女と過ごした数週間の記憶がよみがえる。

 

最初に出会ったのは雑貨屋で人間サンドバックをやっていた時だったか、そこから彼女をきまぐれで助け出して、気がついたら何故かメンバーのシェルターに居た。

 

そこから奇妙な関係が始まって、距離操作能力のアドバイスを行ったり、生きて行くための術を教え込んだり。

 

馬場の秘書の仕事に汗水たらしている少女を見ながら、下らなそうにそれを見たり。

熱を上げている査楽と楽しげに喋っているように見えた少女を見たり。

 

あの時過ごしていた時間は、彼女がグループのスパイとして作りだした全て偽物の記憶で、一声あればそれは脆くも崩れ去るモノだった。

 

でも、作られた偽物の思い出だとしても……その時生まれた感情は本物だったと少女は訴えたのだ。

 

あの時、あの場所で、少しでも自分が彼女のことについて尋ねていたらこんな結末は回避できたかもしれない、少女は死なずに終わりは無かったのかもしれない。

 

少女はきっとあの時助けを求めていたのではないか?

 

あと一歩を踏み出していればその手で彼女の命を繋ぎとめられていたかもしれないのに。

 

どうしてそんな結末しか与えることが出来なかったのだろう?

 

どうしてもっとちゃんと少女に対して向き合うことが出来なかったのだろう?

 

彼女はオールレンジがからっぽの自分にたくさんのモノを与えたと言って微笑んでいたが、最後に与えたモノがこんなものでは、とてもじゃないがその微笑みを見つめることも出来そうにない。

 

ステレオタイプを持ちだして暗部の人間は皆一方通行のように救いようがない奴だと決めつけていた自分、そこから一歩を踏み出さず唯少女の行動を待っていた自分。

 

そして少女が死んでから気付いた心の空洞。

 

きっと自分は、少女のことを五和達のように無意識レベルで仲間だと思っていたのだ。

だからこそ、あれ程の激情が体を駆け巡った。

 

何も出来なかった、少女の儚い薄幸の笑顔と腹を食い破られた瞬間が何回もフラッシュバックして赤い何かが頬から零れ落ちる。

 

七惟理無は償いをしなければならない、自分のミスに対してではなく、少女の死と心の告白に。

 

彼女の気持ちを考えることが出来ず、また気持ちをくみ取ることも出来ず暗部組織の人間としての思考を行いその結果一人の生を奪ったという罪、この罪を償わなければならない。

 

ではどうやって償えばいいのか?

 

謝ろうにも、もう少女はこの世にはいないし、査楽も死んでしまった。

 

それどころか既にメンバーである博士や馬場にも連絡は通じない、彼女の流した情報によってグループに始末されてしまったと考えるのが妥当だ。

 

誰かに償うにはもう遅すぎる程事態は急速に進んでしまっている。

 

ならば……七惟の気持ちは、怒りは、悲しみは、罪は、何処へ向かっていくのだろう。

 

これが罪の味なのか……?身を焼き尽くすような痛みだ。

 

 

 

「……ごめん」

 

 

 

もうそれ以上七惟は何も言えなかった。

 

氷のように冷たくなった少女の体を離し、川の流れにそっとのせる。

 

すると少女の体はまるで落ち葉のように、静かに川を下っていく。

 

流れゆく少女の姿を見えなくなるまで七惟は見つめた、いつものような無表情ではなく奥歯を噛みしめるような、涙を堪えるような苦しみの表情を浮かべて。

 

もう、七惟が償うべき少女の命も、身体もこれで名実ともに消え去った。

 

メンバーは垣根の言う通り、グループにしてやられて壊滅、博士にも馬場にも連絡は付かない。

 

下位組織であるカリーグに電話しても、全く音沙汰無しときた。

 

完全に七惟は孤立した、アイテムとの繋がりも、カリーグもメンバーも無くなってしまった今では、自分と彼女達を繋ぐパイプも無い。

 

それでも、一人取り残された状態でも、七惟は目的を見失うことは無かった。

 

 

 

「一方通行ァ……」

 

 

 

敵を見定めていた。

 

 

 

「てめぇだけは……俺が」

 

 

 

あの男を生かしておいてはならない。

 

暗部の世界で誰かが殺されたから、殺した奴を憎むなど、周りに居る連中に笑われるのがオチである。

 

毎日が殺し合いの彼らにとってそんな悠長なことを言っていては、次に殺されるのは自分だと言われるのだ。

 

だが、七惟にとってそんな暗部の慣習など今となってはどうでもいい。

少女の気持ちをくまずに、向き合わず、追い詰めてしまった自分にも当然非があるのは分かっている。

 

だがそれ以上に、最後の最後まで少女をコケにした態度を取ったあの男だけは。

 

自分を好きだと言ってくれた少女の気持ちを踏みにじるような行動を取ったあの男だけは……!

 

 

 

「始末してやるしかねぇよなぁ……!」

 

 

 

憎悪に染まった顔に、赤く染め上がられた血の化粧が深く刻まれる。

 

その血が求めるのは、誰の血か。

 

赤と黒の禍々しいジャケットを羽織り、殺戮の限りを尽くすために動きだす。

 

ズボンに染みる赤と黒の点は、彼の怒りと絶望の表れだ。

 

先ほどまで身体中に渦巻いていた悲しみも、後悔も、怒りという絶対的な感情の前では無いも同然。

 

もう、七惟を止める者は誰も居ない。

 

彼は携帯を取り出し、暗部の最後の繋がりであるであろうアイテムの司令塔となっている女への番号をプッシュした。

 

手段は選ばない、唯今はこの手であの男の首を取る。

 

復讐に駆られ、誰からも救いの手を差し伸べられない哀れな少年の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、アンタから電話だなんて初めてね。オールレンジ、どうしたのかしらん?」

 

「どうしたもこうしたもじゃねぇ……一方通行の居場所を教えろ」

 

「一方通行の居場所……?変なこと聞くのね、アンタたちの今の目標はスクールでしょ?」

 

「メンバーは一方通行を追ってんだ」

 

「へぇー、アンタ以外全員死んだのに?麦野にそのことはちゃんと伝えてるわよ、だから勝手な行動は慎んだほうがいいんじゃないかしら?」

 

「……別に一方通行じゃなくてもいい、アイツが連れてる超電磁砲の小さいクローンの居場所、どっちかを教えろ、今すぐにだ!」

 

「すごい感情的ね、第8位?」

 

「お前に事情を話す必要性はないだろ、今メンバーが俺以外全員死んでんなら俺がメンバーのトップだ」

 

「そ……。そうね、ならとっておきの情報」

 

「あぁ……!?」

 

「一方通行は調度今貴方が居る学区……第10学区の少年院に向かってるわね、理由はグループの一員であるムーヴポイントが関係してる」

 

「移動手段は?」

 

「さぁ?映像で見たところ何時ものボロ車よ……って、勝手に切ってコイツときたら!アンタから聞いてきた癖に……。ま、博士の遺産がこの一年でどれだけ強くなったかは……興味があるけどね」

 

 

 

 

 


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