第七章 上洛
それから数日後浅井・織田・松平連合軍は六角が居城構える観音寺城を攻撃。数、質共に勝る連合軍の前に六角軍は成すすべもなく敗北。その後六角家は断絶され近くの寺で尼になり隠居するよう命じられた。ここに南近江六角家は消え、南近江は織田領となった。
そして今は京を目指して行軍中。
「どうした長政?」
オレの隣には姉上がいた。
「いや~、今日はいい天気だと思いまして」
「そうだな」
姉上もオレにつられ空を見る。それは雲ひとつない青空が広がっていた。
「このような日の空をなんというかご存知ですか?」
「バカにしているのかお前は? 青空、蒼天(そうてん)などだろ」
「もう一つあります」
「ん? なんだそれは?」
「蒼穹(そうきゅう)」
「蒼穹とな?」
「蒼穹の【蒼】は青色のこと、【穹】は空を指します」
「だからなんだ」
「姉上のような心をした空模様だと思いましたな」
「ばっ、バカかお前は!?」
すると姉上の顔が耳まで赤くなっていた。
「報告いたします! 前方に三好軍!」
「はぁ。またか。今回はオレにまかせてもらいますよ」
「好きにしろ」
ある意味すねた感じで言う。
「聞け! 浅井の兵(つわもの)達よ! これより我らは死地に向かう。だが恐れるな! 来るものを殺せ! 逃げる者も殺せ! さもなくばお前らが守りたい者の笑顔が、そして、その者の明日がないと思え! これは我らだけの戦ではない! その者たちを守る戦だ! 我に続け! 勝利を我らの手に!」
そういうと浅井軍の兵士は一気に三好軍の兵士に飛びかかった。
SIDE信長
長政は相変わらずいい鼓舞をして兵士たちの士気を高める。そして浅井軍の兵士たちもそれに応えようとしている姿は頼もしいばかりだ。そして前線で戦う浅井軍総大将はもう言葉で語ることができない。いや彼を言葉で語ること自体がおこがましい。
だが、
「なぁ元康」
「は、はい。何でしょう姐様」
「私のことを世間では魔王と呼んでいるよな」
「え、えぇ」
そう私は魔王と呼ばれている。だが、ここ最近長政率いる浅井軍の戦振りを見て私は最近こう思い始めた
「私の率いる軍は確かに苛烈と自負している。だが長政率いる軍はなんというか・・・」
「苛烈を通り越してすさまじいといか言いようがありません」
そう。それは織田や元康の軍の兵士ではまずあり得ないほど壮絶だった。
浅井軍の連中はある者は剣を迷わず相手の顔に刺し、ある者は腕を切り裂き、ある者は足を、我らが軍、いや古今東西探してもこれほどの軍勢はまずあり得ないほど強烈なものだった。
もともと尾張の兵は東海一の弱者などといわれている。一方元康の三河武士は東海一二を争うほどである。
そして浅井が治める北近江の兵は江北の雄といわれるほどの強者ぞろいだ。そんな兵を率い宮古湖近辺の兵が勝てるわけもない。
「で、魔王と言われているが、私よりも長政の方が似合っているんじゃないのか?」
「いえ、姐様。長政様の二つ名を思い出してみてください」
元康がそう言ったので私は長政の二つ名を思い出した。
「北近江の鬼神」
「はい。鬼です。しかも鬼の神様。つまり最強と言うわけです」
「鬼のようにか。確かにその二つ名に恥じぬな」
だが私はもう一つの彼の二つ名が分からなかった。
それは心優しき鬼神。なにが? この戦を見てどこが優しいのか?
毎回戦を終えると先に行っているためその後のことはよく知らない。だが、毎回長政は戦が終わるたびに遅れて追いついてくる。
「(ふむ。今回はその様子見てみるか)長政? 終わったのか?」
「あぁ、先に行っていてくれませんか?」
「いや、今回は私も残る」
「そうですか。全軍気をつけ!」
すると、浅井軍は一斉に背を伸ばしそして、
「死者へ黙祷!」
すると、長政はむろんそれまで戦っていた浅井の兵士皆が頭を下げ黙祷をし始めた。
これには私はむろん織田、松平問わず驚いていた。
それからどれ位経っただろうか長いような短かったようなそのような時間に、
「止め」
すると、兵士たちも一斉に頭を上げた。そして次に出した指示は、
「穴を堀り、死者をそこへ!」
それに従い口に手拭いを当てた兵士どもが大きく掘られた穴へ死者を次々と入れていく。また別の兵士は近くの寺へ赴き坊主を呼びお経を読ませる。死者すべてを穴へ入れると火をつけ、火葬を行う。なぜそこまでするのか。
「では参りましょうか」
「まて」
私はそういって長政の襟元をつかむ。すると、
「うげぇ」
「あ、すまん。と言うよりあれは何なのだ?」
「黙祷ですが?」
「違う。なぜ敵対して、殺し合っていた者に黙とうをささげたのかとい聞いているのだ」
「死んだ者に罪はない。その生きざまに敬意を示し、この兵士の生きざまを後世につなぐため生きるはずだった命、オレが代わりに生きると伝えたまでだ」
その言葉を聞いて私は全てを理解した。あぁ、そうか。私はこいつの武士としての生きざまに惚れたんだ。私はそう思わざる得なかった。彼こそ真のもののふだ。
私は彼のような本物の武士として生きたい。そう思った。
END
その後連合軍の邪魔をするものはなくすんなりと上洛を果たした。
だが、オレが最初に見た京は、
「これは酷い」
あちこちが破壊されていた。もはや雅(みやび)な都と言う美しい響きの物ではなく廃墟と言う荒んだものでしかなかった。
「応仁の乱か」
さて、ちなみに言っておくが信長は用意も何も無く上洛を果たしたのではない。室町幕府十三代将軍足利義輝が三好三人衆と松永弾正に殺害された。たまたま京にいた明智光秀がまだ幼さが残る足利義昭を連れ岐阜に戻るとこれを好機とみた信長は帝に上洛することを決意。さらに帝から綸旨(りんじ)(簡単にいえば上洛して帝を助けろという命令書)を大義名分にし、上洛した。
「まぁこれを見たらそりゃそうなるわな」
さて、今オレたちがいるのは姉上が京の時によく使う寺。そうあの有名な本能寺だ。
そのご連合軍は京復興の部隊として治安維持や建造物の建築などやることを急がせた。ちなみに資金などは朝廷、貴族から無理やりださせた。
そして今オレはと言うと、
「まさか貴族衣装に身を包むことになるとは」
「しかし御似合いですよ。兄上」
「はい。政元の言うとおりです長政様」
市と政元もどうやら仲良くしているらしい。共通の話題はオレらしいが。
「ほぉ、なかなかにあっているじゃないか」
そこに来たのは姉上だった。と言うか姉上、あんた反則だ。
「きれー! 姉さん!」
「はい。姉上、おきれいです」
姉上は十二単を来ている。簡単に言うと御雛様みたいな恰好。
「そ、そうか?」
なんかオレの中の信長像が音を立てて壊れていく。だが、オレはこっちのほうが好き!
すると、姉上がこちらをチラチラと目線を向けてきた。
(ほら、兄上。姉さんに何か言ってあげてください)
(だ、だが、オレはそういのに・・・・)
(思った子を言葉にすればいいのですよ)
「(そうなのか?)あ、姉上?」
オレも緊張のあまり声が裏返ってしまった。
「そ、その、お、おきれい、ですよ。何と言うか、その、それ以外の言葉が出ないぐらいに・・・」
すると、姉上と政元、市も唖然としていた、すぐに姉上以外が、
「兄上もこういう姿を見せるのですね」
「なんか新鮮です。近江の鬼神も女性の前では唯のとこというわけですか?」
「お、お前ら!?」
その言葉にオレは驚愕したが、姉上は、どこか浮ついた状態だったが、その直後すぐに立ち直り。
「で、では行くか!」
オレも姉上を追って廊下に出ると、その後ろ姿はかなりの上機嫌であった。
さてオレたちが向かったのは天皇がいる御所。といっても女尊男卑の世界のため天皇も女性らしい。だが、貴族の中には男もいるらしい。
どうせ金で買った冠位だろうがな。
「こちらになります」
そういって案内された場所はさすがに小谷城とは比べ物にならないほど広い大広間だった。左右両方には男女ほぼ同じぐらいの貴族たち。ていうかお歯黒に白化粧って気持ち悪!
上座には簾がかかっているが影だけだが天皇もまだ幼いみたいだ。
「織田弾正よ、浅井備前守。此度の活躍御苦労だった」
すると一番帝に近い人間がそう言った。
「いえ。私なんかにはもったいないお言葉」
「織田弾正よ。貴殿に正一位太政大臣の座を与える」
「要りませぬ」
姉上は何ともきっぱりと答えた?
「では、義昭公を助け副将軍か管領にでも?」
「いいえ。私は今のままでいいです。今のままで成すべきことをするまでです」
「成すべきこと?」
帝が珍しく問いを投げかけたのか周りの人間が困惑している。
「はい。家族を大切にしたいと思います」
「!?」
姉上の言葉にオレは驚いた。おそらくオレの言葉を借りたのか、はたまた、オレが彼女に影響したか。まぁどちらにしてもうれしい。
「家族?」
「はい。ここにいる長政は我が弟です。そして妹、家臣。全てを守れるものになりたいのです」
「ほぉ。立派な」
オレは姉上の言葉に心底感心している。だが、だからこそ怖い。なるべく早くあの出来事回避せねば。
「して、長政よ」
「は、はい」
まさかこっちに振られるとは予想外。
「男の身でありながら北近江一国を収める力。立派よ。そしてこれだけの立派な姉を支える男もそうはいまい」
「ありがたきお言葉。オレなんかにはもったいない」
その後堅苦しい会議も終わりオレは本能寺に戻るとその場にいたのは織田家最強の柴田勝家と松平家最強の本田忠勝がいた。
「おや、これは御館様に長政殿」
勝家殿はこちらに気付くと一礼し、忠勝殿も一礼した。
「そうじゃ長政。お前二対一であいつらと勝負しろ」
「・・・・はぁ?」
「良いから早く早く!」
まるで駄々をこねる子みたいにせかす。
「では、少しお待ちください」
そういってオレも着替えを済まし身動きが取れやすい服を選んできた。
「では、はじめ!」
そして今日一日忠勝、勝家との勝負に付き合わされた。
そして翌日、朝の始まりは不機嫌な顔をした姉上からだった。
「いかがなされた姉上?」
だがその問いの答えは帰ってこなかった。代わりに長秀殿が、
「朝倉が信長様の上洛し従属の意を示すように申しつけたのですが返事が」
「まぁ、大体予想はした。ですがもし越前を攻めると言うのであれば我らはこのまま小谷に戻ります」
「なんで?」
そう怒った顔しなさんなって。
「我らと朝倉は盟友。されど織田家とも同盟を結んでいる身。なればどちらかに加わるより中立を貫いた方がどちらの義にも叶います」
「なるほど」
そのことを聞いた信長は少し考え、
「仕方ない。若狭攻めだけで済まそう」
「ほっ」
しかしもう一つ大きな問題が残っていた、
「延暦寺はどうします?」
「あの糞坊主どもか。だれか何かいい案があるか?」
「ふむ。なら正覚院(しょうかくいん)豪(ごう)盛(せい)を呼びじかに話し合うべきかと」
オレの出した結論に誰もが仰天した。なぜなら、
「それは無理だな。あ奴らと私たちは敵対関係。どうやっても――」
「なら仲介役にオレが行こう。あと近衛殿にも来てもらうか」
そういってオレは今日にある近衛邸に向かい豪盛を本能寺に呼んでもらった。
「本当に来たんだ」
「近衛殿と浅井長政のお呼びなら仕方あるまい」
そこにいるのは一人の尼さんだった。
そこから今すぐ武器を捨て、普通に念仏唱えてろと姉上が言うと、豪盛は身を護る上で絶対に必要といいはる。どっちもどっちだが、いい加減あきた。
「ふわぁああ~」
オレが大きな欠伸をすると、二人がこっちを睨んできたので。
「お前らはガキか」
と言ってしまった。
「なに!?」
「長政どういうこと?」
豪盛は完全に切れ、姉上は笑顔でこっちを見る。
「豪盛、異教徒であるお前らがなにほざいてんの?」
「異教徒だと!? 由緒正しき――」
「ほざくな!」
オレは覇気を込め豪盛に言い放った。
「我が国の元来の宗教は八百万の神々に感謝する神道! にもかかわらずその教えを解かず大陸の渡り宗教を広めるとは何事か!? ましてや信長公はその神道における天照大御神様の御子孫である帝の命を受けた方! その方の命を背くことどのように思うか!?」
「うっ・・・」
「キリシタンを異教徒と呼ぶのであればお前らも異教徒であろう! それ以前に仏の教えに人を殺めることは禁止行為であろうが!? それを行う武器を僧が持つとはその教えに反する! 延暦寺を創った創設者に現状を見たら嘆くぞ!? なぜこのように人道離れた弟子を持ったのかとな!」
その言葉に豪盛は何も言わずただただ反省ばかりしていた。
「今すぐ武装を解き仏の教えを説くことのみに集中せよ!」
「だ、だが?!」
「い・い・な!?」
するとオレの周りの気温が一気に下がりまだ冬になっていないにもかかわらず皆震えていた。
「はい!!」
「なら早々に戻り武装を解け!」
そういうと豪盛は急いで延暦寺に戻りといた武装をすべて連合軍に寄贈したのはこののちの話。
「お前、容赦ないな」
「この世で一番怒らせたらいけないのはもしかしたら姐様より長政殿だったりして・・・」
そう思うと織田家家臣たちは浅井家家臣たちを見て、
『お前ら苦労してるんだな』
と、憐みの目で見たらしい。そしてそれに反してオレたちの家族は、
『もう慣れました』
と言わんばかりの眼をしたらしい。
その後、市が加わり市の特等席(オレの膝の上)に座り、再びのんびりとお茶の時間が来た。
翌日、夜明けと共に浅井家臣と織田家臣が姉上の一言によっておこされた。そこには一枚の報告書が姉上のもとに書状を渡されていた。
「ふむ。やはり朝倉は邪魔だな。排除しよう」
「・・・え?」
姉上? 昨日に言った言葉と矛盾していませんか?
「朝倉は私の再三の上洛を拒否した。これは十分宣戦布告に値する」
「お、お待ちください! 姉上。同盟条約では我らの盟友朝倉を攻めることはないと!」
「そうも言えんなった。朝倉が私が占領していた若狭の城を攻撃した。これは明らかな宣戦布告だ」
姉上は京上洛後若狭にいる一揆衆を攻めるため昨日京を出立後一夜にして若狭一国を占領した。その後朝倉と国境を交えることになったためオレは急遽、朝倉とは戦を起こさないよう懇願し姉上はこれをよしとした。
「・・・・」
にもかかわらず朝倉は織田を攻撃した。オレは朝倉と言う人間が分からなくなった。今織田の持っている城を攻撃すればどうなるか分かっているはずだ。下手をすれば浅井を敵に回す。
「長政。お前は中立でいろ」
「・・・というと?」
「小谷に戻れ。そして私が良しと言うまで兵を動かすな。良いな」
「御意」
姉上がそう言うなら仕方ない。オレはそう思い翌日兵を整え北近江、小谷城に向かい出立した。