第六章 同盟と婚姻
オレたちは再びある者たちとにらみ合いをしていた。
「・・・・」
「はぁ、また侵攻ですか?」
「今回は違うぞ?」
「ほぉ。どのように?」
「長政、共に私と上洛しろ」
「・・・・はぁあああああああああああああああああああああ!?」
時を数時間前にさかのぼる。
場所は小谷城。
「平和ですね~」
「そうだな~」
ずずずー
「いい天気ですね~」
「せやな~」
ずずずー
今ここにいるのはオレ、政元、清綱、清貞、直経、綱親、高虎、三成、半兵衛だ。
ちなみにここ最近賊討伐も終わり北近江一帯はいっときの平穏に包まれていた。
そして今は久しぶりの休みを満喫している。ちなみにさっきから音を立てて飲んでいるのは緑茶。どうやら生産に成功したらしい。
「で、綱親。常備兵はどれぐらい集められた?」
ずずずー
「はい。全部で五千です」
ずずずー
これは信長が行った兵農分離をオレがパクらせてもらった。こういうとき常時動かせる兵がいるといないとでは違う。だが、数が少ない。
「ん~。我が領土ではこれが限界じゃな」
ずずずー
「そうですね。主、もともと我が領土は多いですが人口が少ない。やはり農地改革に力を入れるべきかと。直経殿御茶のお代わりなどはどうかな?」
「・・・ありがとう。清貞の言うとおり。田畑が増えれば人も増え蔵も潤う」
「ん~。そうだな。そろそろ本格的に動く――」
そういって農地改革に力を入れることを宣言しようとしたとき、
「な、長政様ー! い、一大事ですぞー!」
そこに来たのは阿閉だった。確か今は脇坂と横山城警備で織田の監視を指していたはずだが。
「おぉ。どうした阿閉? お前も茶どうだ?」
「あ、いただきます。ってそれどころじゃないんです!」
おぉ、関西出身でもないのに、ノリ突っ込みを習得していまか!?
「ん? あれ、お前なんで甲冑・・・まさか!?」
「そのまさかです! 織田が動きました!」
「ついにか。清貞、直経すぐに常備兵を動かせ。横山に向かうぞ」
「御意に」
「・・・わかった」
「お前らも準備をしろ。政元、高虎、三成は小谷をまもれ。良いな?」
「「「御意」」」
そして、今に至る。
「それでどうしてオレとあんたが? それに我が盟友である朝倉氏とお前らは敵対関係。下手すればオレはあんたと戦うことになる。後ろからグサリなんてない話じゃないと思うが?」
「するつもりか? 義と仁の旗を掲げるお前が?」
「・・・さぁ? 時と場合による」
またにらみ合い。そこの空気は気らかに重く冷たく、ひしひしと痛い。
「だからだ。お前に私の妹を嫁がせる」
「・・・・・信長よ」
「なんだ?」
「風の噂で聞いたがお前は妹大好き野郎。失礼。お前は男じゃなかったな。大好きっ子だろ。その大切な妹をオレにと継がせると?」
まぁ史実ならそうだろう。市と長政の結婚は明らかに政略結婚だ。だが、それでも中睦まじいと書かれている。まぁオレがそのとおりにするとは思えんがな。
「そうだ。目に入れてもいたくない手塩にかけた我が最高の宝をお前にやるのだ!!」
その目は輝きに満ちていた。あれ、信長ってこんなにシスコンだったの?
「その妹を貴様にくれてやるのだ。どういう意味かわかるな?」
お、おぉ。信長さんの目が戦の時より怖いってどういうこと!? 戦の勝利より妹ですか!?
「・・・いかがなさいますか?」
「はぁ、仕方ない。おい信長」
「なんだ?」
「お前は今この北近江を攻めることはないんだな?」
「あぁ、無論だ。これが嘘でもし攻撃しようものなら私の首くれてやる」
そういって信長は自分の首を指した。
「仕方ないか。全軍小谷に戻る! 先行は清綱! 全員回れ右!」
すると兵士は一糸乱れず回れ右をし、
「全体、小谷に向け進め!」
ザッザッザッとこれまた一糸乱れず足を前に進め真横から見てもおそらく乱れず右、左と行進しているだろう。
「さて、信長殿。なら我が居城小谷まで御案内しよう」
そういってオレも後に続く。
SIDE信長
「光秀、元康。あいつらをどう見る」
私は目の前にいる行進している軍勢を見て唖然とした。
「一糸乱れぬ動き、どのような訓練をすれば・・・」
光秀はどうやら訓練方法に秘訣があると考えているらしい。だが私も同じ考えだ。
「あの動き、あの時もしあのまま浅井と戦になっていたと考えるとゾッとします」
元康が言うように確かにあの時の軍勢がこれならば数が多いと言えどおそらく我が軍は負けていただろう。事実あの後数で勝る六角と長政は戦をして勝っているのだ。
「敵にすれば怖いが味方に回せばこうも頼もしいものはない。最低でも敵味方どちらにもつかない中立にさせておかねば」
「確かに。あれで逆に攻められていたら尾張、美濃、三河がどうなっていたことか」
だが、それよりも気になっていたことが私はある。それは、
「光秀、元康、猿」
「はい?」
すると後ろから駆け足で猿こと木下藤吉郎が来た。
「あの旗の意味はわかるか?」
そう、青い旗に仁、白い旗に義と書かれた旗の意味。何かの暗号なのか? いやあの旗は常に長政の下にある。と言うことはいわば馬印だ。
「明の旗を用いていますが意味までは・・・」
となると本人に聞くまでか。
「私は長政の下に行く。はっ!」
急いで馬を長政の隣まで行かせる。
「お、御館様!?」
「あ、姐様!?」
その後に続くのは秀吉と元康。光秀はどうやら予測していたらしく兵士たちに指揮を出していた。
「ん? おやこれは信長殿。それに後ろからは松平殿に木下」
「ぜぇ、ぜぇ」
「はぁ、はぁ」
「なにやらお疲れのようですな。どうぞ」
そういって長政は後ろの二人に水筒を手渡した。
「それで何が用か?」
渡し終えると目をこっちに移す。しかし、立派な馬だ。
「で、なんです?」
「あの旗の意味は何だ?」
「あぁ、白義蒼仁のことですか?」
「なんだそれは?」
「あの旗の意味は白き純粋な心に義の心が宿り、海のように広く青空のように澄んだ青い心には仁の心が宿る。それを我が旗印として戦っているのです。っとお話はまた別の時に。小谷につきましたよ」
周りを見ると確かに小谷の城下町だ。だが、岐阜などと違い、いや全国津々浦々探してもこのご時世にこれほどにぎわっている町など無い。民たちに笑顔があり、市場には活気にあふれている。そしてそれを買う側、売る側ともに笑顔だ。
「これが本当に戦国の世の町なのか?」
「す、すごい・・・」
元康と秀吉が言うようにこれは私でもできない。光秀なんかは鋭い視線で街を観察している。おそらく情報を纏め岐阜で実現させようとしているのだろう。
「お帰りなさいませ長政様。おやそちらは?」
「美濃の信長殿だ」
「おや、あの」
私を見てなに思わないのか?
「信長さまよ。ここでの戦を起こせばこの民すべてを敵に回すことだということお忘れなきように」
そいってくるのはおそらく政元だろう。
だが周りを見ると確かに政元の言うにこの街は長政やその家臣たちによってここまで成長したのだろう。もしそれに刃を向ければここにすむ全てを敵に回す。それがどれほど恐ろしいか。
「あと、ここでは兄上であろうと我々であろうとただの一人の人。皆一つの家族なのです」
そういうと政元は私に向け微笑んだ。『家族』。そんな言葉を聞いたのはいつ以来だろうか。私もこの輪の中に入りたい。
END
さて、場所は小谷城の大広間。そして上座にはだれも座らず左右に分かれ織田・松平と浅井と別れていた。
「さて、詳しい話をお聞かせ願いましょうか信長殿。なぜ我らと共に上洛を?」
「その前に一つ聞かせろ」
「はい?」
「なぜ上座に座らない。そして座らせない?」
「簡単です。小国であれ大国であれ一国の領主と言う立場には変わらない。背負っているのは人の命。なれば立場は対等でしょう?」
「なるほど。納得した。それから先ほどのお前からの質問に関してだがそれは簡単だ。お前は北近江だけで終わる人間ではない」
「左様で」
そういってオレは茶を啜る。
「興味ないのか天下に?」
すると、煙管を吸っていた半兵衛が、
「我が主君は天下には興味がないそうだ」
「お前は。竹中半兵衛か」
「いかにも」
「しかし長政殿。天下に興味がないとは?」
光秀聞いてきた。おそらく理由は半兵衛が聞いてきたように男は慾深いということからだろう。
「半兵衛。説明よろしく」
「分かった。実はな―――」
と、説明し始めた。いや~茶がうまい。茶の生産させようかな。でも茶よりもまず農地改革だな。
「なるほど。長政殿、あなたは欲が無い方ですね」
そういってきた元康だが、この問答も以前したな~。
「そうか? オレも人間で男だ。人並みにはあるぞ?」
「色欲とかか?」
「ぶふぅー」
飲んでいた茶を吹き出してしまったじゃないか! て言うかなにいってんの!?
「で、何人に手を出したんだ? 妹とかそこの家臣とか?」
「バカか!? 第一こいつらは家族だ」
「家族? あぁ、政元のことか」
「違う。ここにいる浅井家のものたちだ」
「半兵衛たちのことか?」
勝家殿がそう聞いてきたのでオレは素直に首を縦に振り布で口と床をふく。畳にカビが生えたらどうすんだ。
「こいつらは家来だろ? なぜ家族と?」
「血のつながりなど関係ない。どれだけ相手を理解し、どれだけ相手の子と思い、互いに助け合い、相手の欠点を補いあうかが問題だ。その点から言うと家臣とは四翼たちみたいなことだ」
「ほぉ。ではその家族の一員に我が妹を加えてくれないか? 市、市!?」
すると信長殿は部屋を出ていった。
『・・・・・』
我が家族たちはあまりの信長殿の性格の変わり振りに目が点となっていた。
「気にしないでください」
「姐様はいつもこうです。それより長政殿!」
するとずずっと元康殿がこっちに来た。
「なんでしょう?」
「あなたのその兵法はどこで学んだのですか!?」
「え? というと? あぁ、半蔵にでも聞いたか?」
『!?』
そういうと、オレは、
「そこだ! て、いるわけ――」
「見事」
でてきたのは恵比寿の仮面をかぶった忍者。あれ、こないだは狐じゃなかったか?
「種類、多い方がいい」
「なるほど。あと勝手に人の心を読むな」
「?」
「あぁ、もういい。と言うか、まさか勘で言ったのがあたるとは」
「ならばなおさら見事」
「と言うか長政殿はあそこに半蔵がいたのを知っていたのですか?」
「まぁなんとなく。それこそあそこに異質が一人でもいれば感じる」
「異質?」
「あそこには浅井家の人間と六角連中しかいない。にも関わらず別の家のものがいれば異質だろう。それを感じ取っただけだ」
「はぁ」
「兵法について聞きたかったんだっけ?」
「はい!」
「簡単に言うと兵法の書はあくまでも知識とし学びそこからの応用は自分の頭で改造、改築した。つまりオレ一人の策だ」
「なんと!?」
「元康殿もそれができれば信玄公にも勝てるかもな」
「本当ですか!?」
「あくまでも相手の策にはまらなければな。あと、時間をかけて戦うことぐらいか」
そういって元康にいろいろとアドバイスしていると、廊下からドドドドッと誰かさんに引きを取らない足音を鳴らしてこっちに来た。そして襖をスパンと勢いよく開けると、
「これが私の自慢の妹だ!」
そういって連れてきたのは茶色がかった短い髪に青空のように澄んだ青い瞳。一言で言うなら綺麗だ。
「その方がお市殿ですか?」
「そうだ!」
「・・・・・」
だが肝心のお市殿はだんまりだ。
「お市殿。一つ聞かせて下さい」
そういって笑顔でお市殿に話しかけた。
「なんでしょう」
おやおや警戒心マックスだ。
「あなたはオレと婚姻の儀をするのは嫌ですか?」
「な!? そんなことはないよな市?」
「信長殿少し黙っていてください。オレは信長殿の妹としてお市殿に話しかけているのではないのです」
「?」
お市殿も信長殿も、そしてその場にいた人間全員が頭に?をつけていた。
「オレはお市殿と言う一人の人に聞きたいのです」
「!」
するとお市殿はその口を開いた。
「私は嫌です」
「市!?」
「だって私は姉さんと共に岐阜にいたい! 私は姉さんから離れたくありません!」
おやおや、姉思いに妹思いですか。美しき姉妹愛。あぁ。茶がうまい。
「だが、この儀がかなえば・・・」
「姉さんは天下と私どちらを取るのですか!?」
「・・・・」
すると今度は信長殿が言葉に詰まった。
「はぁ。信長殿婚姻の儀は無かったことにしましょう」
「長政!?」
ちょうど茶が空になったし時間としてもちょうどいいか。
「ただし同盟の件は御受けしましょう。清綱と高虎、半兵衛は兵の食料準備を。直経は六角の動きを探れ。残りのものは兵を集めよ。信長殿の上洛を見るとしよう」
「え?」
そういってオレはその場を去ろうとしたとき、
「待ってください!」
「ん?」
お市殿が声をかけた。
「なぜですか? なぜ、婚姻の儀をしないのに姉さんと同盟をするのですか?」
「ん~。いいものを見せてもらったことかな」
「?」
「姉妹愛とでも言うべきかな。家族を大切に思うのであればそれに越したことはない。あなたが信長殿を思う気持ちを見れただけでも十分ですよ」
そういってオレはお市殿のもとへ行き、そっと頭をなでた。そしてなるべく優しい声で相手を落ちつかせるように、
「お市殿。あなたにとって信長殿は大切な姉。その気持ちはよくわかります。オレにも妹がいますからね」
「ですが、それでは理由になりません!」
「無理に好きでもない相手と婚姻しても先は破局という未来。ならあなたの好きな相手と結ばれ未来永劫誓い合った方がいいのではありませんか?」
「・・・・」
「それはオレでもなければ信長殿が進める相手でもない。自分自身で見つけなければならない。あなたの未来は誰ものでもない。あなたのものなのですから」
「しかし、時代は――」
「ならオレが時代を変えてみせましょう」
「え?」
「時代が許さないなら変えればいい。歴史がそれを阻むのであればそれを壊せばいい。伝統が邪魔するのであれば伝統と言う物を無視してもいい。新しい理を作ればいい。それだけです」
『・・・・』
その言葉に皆が驚いていた。
「所詮そんなものは飾りにすぎません。人の人生はその者の物です。誰かによって阻まれてはいけません。誰かによって奪われてはいけません。市の人生は市のですよ」
そういってお市殿の頭から手を離した。
「・・・長政様」
「どうした?」
「・・・六角条約破棄」
「・・・バカが。すぐに戦の準備だ。徹底的にたたきのめす」
そういってオレも戦の準備をするために甲冑着替えようとしたとき、後ろから服を引っ張る感覚を感じた。
「ん? どうかいたしましたかな、お市殿?」
「・・・・」
お市殿の顔を見ると顔が耳まで真っ赤だった。
「あ、あの~、お市殿?」
「市でいいです。長政様」
「では市!」
さっきまで落ち込んでいた信長殿がいきなり復活した。
「私の名は市。未来永劫、長政様の妻として恥じぬよういたします」
そういって頭を下げる。
「え、あ、はい。こちらこそよろしくお願いします!」
そういってオレも勢いよく頭を下げた。なにこの恥ずかしいシチュエーション。
「いやぁー! 今日はめでたい日よ!」
信長殿がそういうが、オレは結構焦っている。
「信長殿一応――」
「長政よ。私は今日からお前の姉だぞ?」
「へ?」
「お前は妹の市を娶った。つまり?」
「はぁ、姉上とでもお呼びしましょう」
「うむ。よきにはからえ」
かなり満足げな顔をしていた。
その後はと言うと浅井・織田・松平三国同盟が締結された。
その後オレは急いで甲冑に身を纏い攻めてきた六角を徹底的にたたきのめし来た近江から追い出した。
その後、戻って来たオレは同盟国と今後の予定を話し合う会議を開いた。すると広間には日本列島の地図が中央に敷かれていた。
「さて、では今後どうするかと言うところですね。姐様」
「うむ。当分の目標は六角と伊賀か」
「伊賀は問題ないかと。こちら側に多くの仲間がいます。それよりもまずは六角と延暦寺と本願寺。まぁ、本願寺は傭兵集団である雑賀衆を金でこちらに引き込めば怖くはないですね」
「となると問題は延暦寺か。だがなぜだ?」
「一向宗としては大きく敵に回せば恐ろしい。仏を背に戦っていますから」
「信仰者がそのままそっくり敵になるというわけか」
「策はあるのか?」
「半兵衛」
「うむ。我が考えるにまず六角を倒し上洛を果たす。後はなるべく帝に取り入れば万事解決よ」
「なぜだ?」
「いくら一向宗とはいえ帝に逆らえばどうなるかぐらい分かる。鶴の一声がかかればいくら敵対している各大名と言えど逆えまい。逆らえば朝敵よ」
「なるほど。となるとどれだけ素早く上洛するかが問題」
「なぜですか?」
オレの意見を完全に疑問形で聞いてきた元康。いやこっちこそなぜって聞きたくなるのがわからん。
「武田、上杉、北条がどう動くかがわからん」
東にはこの三傑がいる。一角でも動けば姉上不在の岐阜はたやすく落ちる。そう考えたのだが上回る回答がすでに撃たれていた。
「ん? それなら大丈夫だ」
「は?」
「武田とは同盟を済ませた。北条、上杉は武田が抑えよう」
「た、武田と同盟をしたんですか!?」
「あぁ」
あの甲斐の虎と? 信長、いや姉上すげぇ。
「なら明日にでも」
「あぁ」
「では今宵は小谷の客室を貸しましょう。半兵衛、綱親、三成皆を部屋に」
「「「御意」」」
夜、酒宴も終わりオレは天守にて一人月見酒を愉しんでいた。
「おや、客人か?」
「よっ」
「お邪魔します」
そこにいたのは姉上と市だった。
姉上は片手をあげ軽く挨拶し、市は少し頭を下げた。
「ほぉ、ここから見る月はまた格別だな」
「今宵は満月。美味い酒と月があればそれで十分。余計な肴があったら壊します」
「おひとつ」
「済まない」
市はオレの御猪口の酒が無いことに気付くと酒を注いでくれる。本当に気の利いた娘だ。オレにはもったいない。
「姉上もいかがですか?」
「いただこう。初めての弟からの酌だ」
そういって杯に酒を注ぐ。
「市も」
そういって市にも注いだ。
「しかし、綺麗ですね。ここの月は」
「もっと綺麗なのはあそこだ」
そういって二人を手招きして琵琶湖を指す。そこにあったのは湖面に浮かぶ満月。
「ほぉ」
「きれい」
そういってオレは酒を飲む。
「なぁ長政」
「はい」
「お前は本当に天下に興味はないのか?」
「理由は先ほどお話ししたと思いますが?」
「そうだが、お前ほどの人間なら」
「なら天下は姉上にお任せします。オレはそれを支えるとしましょう」
「ほぉ。言うな。なら私はお前の夢をかなえる。お前の夢は何だ?」
「皆が笑って暮らせる世を創る。それだけです」
「ほぉ。変わった夢だな。あと敬語やめろ。私たちは姉弟なのだから」
「そうですね。ではお言葉に甘えて。コホン。これでいいか?」
「あぁ。それでなぜお前はそのような夢を語る?」
「簡単だ。この日の本で笑っているのはごくわずかだ。民が笑って暮らせる世を創る。簡単そうで難しい。だが、叶えられるなら叶えてやりたい。唯それだけだ」
「本当にお前は欲がないな」
「本当に。でも皆さんが言ったようにお優しい方です」
「・・・だが、結果は矛盾している。オレは何人もの人間を殺め悲しみを増やしている。結果的に守れた者もいれば、殺めた者もいる」
「分別をつけろ。お前が護りたい者のために。そしてお前が護りたい者を守り続けるためにな」
「あぁ。だからオレは闇を背負って生きていくと決めた。たとえこの手が血に染まっても」
そういってオレは空に孤独と浮かぶ月を見た。
「オレにとっての闇夜を照らす一つの光。それが姉上と市なのかもしれんな」
そういって二人を見た。
「なっ・・・」
「軟派野郎と思われても結構。ですがそれが事実なのかもしれない。闇とはすなわちこの戦乱の世。光とはそれを終焉に導く者」
「・・・ならなってみせよう。その光とやらにな」
そういって杯を交わした。
翌日市はオレによく甘えるようになった。まるで政元が二人いるようだ。なぜかわからないが政元とも意気があっていた。
「ん~。御館様よ。それはどうかと思うぞ?」
「主よ。あたしも清綱さまと同じです」
周りからの視線がいたい。ただ、姉上と半兵衛は大笑いで腹を抱えていた。なぜかというと、オレが胡坐をかいていると(比喩じゃないよ)その中に政元と市がすっぽりと収まっているのだ。
「あの、お二人さん。そろそろ?」
「ん~」
「ふにゃ~」
二人ともオレの胸に猫が甘えるようにほほをなすりつける。なにこの可愛い生き物。
「はぁ、好きにしてください」
こうして一時の平和な時間が流れる。本当に一時の家族団らんだ。