第二章 近江の鬼神
「なに、それはまことか!?」
翌日、北近江から来たという使者がオレにであって伝えたことは、
『小野様危篤状態。猿夜叉丸様は至急北近江に戻られたし』
と、伝えられてきた。
そのことを義賢に伝えたが、まぁ帰ってきた返事は予想通り。
『お前は人質なのだ、例えどのようなことがあってもだ! それが生みの親であろうともな!!』
と怒りの表情で使者を送り返したという。
「さて、どうしたものか」
空を見上げそうつぶやいた。まがいなりにもオレを産んだ産みの母親。これが母か家臣たちが画策した策なのか、はたまた真実なのかは定かではない。だが、これがもし本当なら。
「いかがいたしますか?」
「う~ん。今回は難しいぞ・・・。なにせオレを北近江に戻せば六角はオレが軍を率いてくるとも考えるだろうしな」
「でしょうな。しかし、小谷に戻る絶好に機会ですしな」
「ん~・・・」
すると、
「長政様、六角からの使者が来ました」
「六角から? はて、どのような用だろう。とにかく通せ」
そういってオレも部屋に向かうとそこにいたのは後藤賢豊だった。
「おや、後藤殿ではありませんか。今日はどのような用で?」
「うむ。実はな―――」
後藤の話によると、どうやら織田信長が今川を桶狭間で破ったらしい。さらに美濃で道三と義龍が家督をめぐり、戦を起こすと信長は義母である道三に加担し、その勢いそのままに斎藤義龍治める美濃を平定し岐阜と改名した。
「勢い任せだな」
「うむ。だがその勢いは計り知れぬぞ。事実斎藤道三は義龍と戦かったさい敗北はしたものの生き残った少数を率いて尾張に逃げ込んだそうだからな」
え、今何って言った?
「ご、後藤殿? 道三が尾張に逃げ込んだというのは本当か!?」
あまりのことにオレは驚愕し声を大にして叫んでしまった。
「あ、あぁ・・・。そうじゃ。戦った場所が美濃と尾張の国境際じゃったらしくてな。どうやら信長が知恵を働かしたのか、あの美濃のマムシが入れ知恵をしたのかはわからぬ」
バカな。斎藤道三は長良川の戦いで息子である義龍に敗れ死んでいる。にもかかわらず今生きているだと? それに歴史が動く速度が速すぎる。本来なら信長が桶狭間で戦ってすぐに美濃平定は行っていない。家康と同盟を組み4年後ぐらいにようやく平定しているのに、歴史が変わりすぎだ。
「それに、今このままだとわしらも危ういのだ。賢政」
「どういう意味ですか?」
「信長がその勢いのままこの近江を平定しようとしているのだ」
「! ・・・・なるほど。その信長討伐の指揮をオレに、と言うわけですか」
「そうじゃ。信長を討てばそのまま美濃、尾張を平定できる。なぁにただのうつけだ。今までの功はまぐれ。美濃平定は道三がおったからじゃろ」
そういって高らかに余裕と言わんばかりに大笑いをしている後藤。だがオレはその笑いをみて、あぁ、六角家は終わったなと思った。
「分かりました。ですが、兵力はどれぐらいでしょう?」
「五千といったところじゃな」
「ん~・・・」
「どうした、賢政」
「いやそれだと少ないと思いまして」
「少ないだと?」
「はい。仮にも相手は信長。いえ、正確に言えば美濃のマムシ道三。五千と言えど相手も策を用意しているはず」
「確かに。ではどうすれば?」
「浅井家に救援を要請してください。ですが六角家ではなくオレの名を使って」
「なるほど。初陣を飾るには家族にも見せておかねばと言うわけか。良いじゃろ」
なぜここで初陣と言う言葉が後藤から出てきたかと言うとオレは六角に対し一揆鎮圧は全てオレの家臣が行いオレは寺で酒を飲んでいたという嘘の情報を送り、オレの力をごまかしていたのだ。故に六角家でオレの実力を知る者はいない。
「あと、一度本家に戻ってもよろしいでしょうか?」
「それはならぬ!」
「ですが、後藤殿。策も立てず闘うことこれ即ち無謀。その名の通り謀(はかりごと)もなく闘うことは意味の無いことです。浅井本家との連携もなしに道三に勝てるとは到底思いません」
「・・うっ、確かにそうじゃな」
オレは後藤が考えどうするかを考える姿を見て、止めの一言を言いたす。
「それにもし浅井家との連携なしに織田が勝てば北近江はむろん南近江も危うい。なぁに御安心くだされ後藤殿。本家との戦の終了の確認が終わり次第すぐにこちらに戻って報告いたしますので」
「そ、そうか? なら安心じゃ。よし、わしから義賢様に言っておこう」
「ありがとうございます」
そういって後藤は寺を後にした。
「ははっ・・・・」
思わずオレは笑いがこみあげてきた。なぜかって、理由は二つだ。一つはこうも歴史が変わりすぎていること。そして、もう一つは
「ハハハッハッハ! ようやくここまで来た。もう少しだ。もう少しで浅井家の再興の時は近い!」
誰かに見られていたらドン引きだろう。だが、幸いにもここにはだれも――
「主よ。いくら嬉しいとはいえ、それは・・・」
・・・あれ?
「あぁ、そうじゃな。儂でも引くぞ」
・・・おっや~。おかしいな。オレの目に四人が・・・・
「長政様。おいたわしや」
まて、綱親、なぜそこで泣く!?
「・・・長政様。ないわ~それ」
直経!? お前戦国の人間だよな!? なんで現代風に言う!?
そういってオレは顔を赤面させ、床にのの字を書きながらかなり落ち込んだ。その後、四人に慰めながらもオレの態度は部屋の隅で膝を抱え子供みたいにツ~んとすねた態度でいたが、いつまでもこうしているわけにはいかず、すぐに話し合う態度に戻った。
「しかし、驚きました。主よ」
「何がだ?」
「以前お話ししたではありませんか。主が今恐れている人物三人を!」
「あぁ、確かに話したな。だがそれがどうかしたか?」
「儂も驚いたぞ。唯(ただ)のうつけと世間も思ってた者が、かの有名な海道一の弓取り今川義元率いる大軍を破るなんぞ誰が想いましょうか!」
「あれは完全に今川のバカが油断していただけだ」
「い、今川をバカとは・・・」
オレが完全に今川のことをバカと言うとそこにいた全員が引いていた。
「考えても見ろ。獅子(しし)は兎(うさぎ)を狩るにも全力を尽くすというし、油断大敵ともいうだろ」
「え? どういう意味ですか?」
「簡単に言えば獅子のような猛獣でもたかが兎を狩るときでも全力をつくす。と言うわけです」
と、分かっていなかった清貞に対し綱親が横から説明の補足をする。
「今川は織田を弱小だと侮り油断した。結果がこれだ。それに今回は織田には斎藤道三もいる。油断をすれば完全に織田に噛み砕かれるのは目に見える」
「確かに。ではどうすれば」
オレはその言葉を待っていたかのように、手で、四人をオレの近くに来るように指示を出した。
「そこでだ。オレにはある考えがある」
「ほぉ。で、その策とはなんじゃ?」
「それはな、・・・を・・・すれば・・・・・だろ?」
「えぇ!? で、ですが!」
「それでは・・・・・が・・・・・に・・・・ですよ!?」
「・・・でも、試してみる価値はある」
「直経は賛成みたいだな。では直経には・・・・の・・・・を・・・くれ」
「・・・御意。必ずやってみせます!」
すると直経は目を光らせ急いでどこかへ出かけていった。
「しかし、国友村であれを生産させてどうするのですが? まぁそのような部隊は浅井軍にもありますが」
「信長は歴史や伝統をいとも簡単に壊すやつだ。となれば?」
「今回も・・・なるほど、それを凌駕し扱える者を今から鍛えさせれば!」
「とりあえず当面は織田の近江進行を食い止めること。そしてもう一つの方だ。そして、明日にでもここを去り小谷に戻る」
『御意!』
そして、翌日。
オレたちは六角の許可をもらい浅井家の本拠地小谷城に戻って来た。
そしてそこの門前で待っていたのは。
「お帰りなさいませ。兄上」
身長は一五〇前半ぐらいだろうか。少し茶色がかったショートヘアーに紅い瞳をもつ女の子。それはオレの妹の浅井(あさい)政元(まさもと)だ。
文武両道でかなりできた妹だ。だが、やはり女尊男卑の社会。先に産まれ長男たるオレよりも後に産まれた政元を浅井家の当主に置こうと四翼の連中が動いた。そしてオレは六角家の人質に出された。
「戻った。皆もよく政元を支えてくれた」
そういってオレは門をくぐる。
その後オレたちは小谷城の広間に呼ばれた。
その広場にいるのはオレと妹の政元、そして清貞、綱親、清綱、直経。そして四翼の磯野員正、野村定元、大野木国重、三田村秀俊。全員がもう典型的な日本人で、歳は大体清綱と同じぐらいだ。
そして、政元の家臣の二人だ。ちなみにこの二人の名前はまだ聞いていないため知らない。
そして、この評議の内容とは・・・
「巫山戯(ふざけ)るな!」
「今の世が分かっていないのか! 賢政!?」
「小野様が無くなった今当主になるのが誰かなど既に決まっている!」
そう。オレが浅井家を引き継ぐといった。まぁ簡単に言うとオレが浅井家当主になると宣言したのだ。あと、母が死んだことは事実だったらしい。
「分かっていないのはお前らじゃないのか四翼?」
オレに対し異論を申し出てきたのは、まぁ当然のことながら四翼の連中だ。
「ぬかすな! 今の御時世男は女の下。にもかかわらず男である賢政が当主となれば浅井家は終わる」
「然(しか)り。今の御時世ならば当然のごとく浅井家の当主につくのは政元様だ!」
「なら聞くが磯野、その浅井家は今どのような立ち位置にいる」
静かに、冷たく、それは羽虫を見てうざったがるようにオレは四翼を見下した。
ちなみに上座にはオレと、妹の政元が座っている。
「・・・なに?」
「浅井家の独立だ、六角からの離反だといってなぜ行動を起こさないとオレは聞いているんだ!?」
その発言と同時にオレは覇気と殺気を周りに飛ばし、その場にいた家臣団全員が息をのんだ。ただその気に慣れていた赤尾や海北といったオレの傍にいた人間はすがすがしい顔でその光景を見ていた。
「そ、それは、賢政様が・・・・・」
「ほぉ、磯野。お前、前言と矛盾していないか?」
「・・・!?」
そう、磯野は前言で女が上といったような発言をした。だが、今の発言はそれと明らかに矛盾していることをオレが指摘すると、金魚のように磯野は口をパクパクしていた。
「都合のいい時だけ様呼びか。さっきまでオレを呼び捨てにしていたやつが。いいか、よく聞け。オレは人質出された身。それに浅井家の悲願のためなればオレの命など考えずに行動を起こすのが普通。お前らの主張を借りるのであればその後政元を当主におけば何ら問題ない。しかしお前らは行動を起こさなかった。なぜか。簡単だ、己の保身に走ったゆえだろうが!?」
すると、四人とも焦りはじめ、違うだの誤解だのと弁明をし始めた。何ともみっともない。しかし、国重が何かに気付き、反論し始めた。
「だ、だが、お前だって保身に走っただろうが!?」
「ほぉ。申してみよ」
「お前が元服をしたとき元服の名を義賢からもらったそうではないか! それにお前はどうやら義賢の重臣である平井定武から娘をめとったと聞くが!?」
すると、妹がオレの方をジトーとなにか汚物を見るような感じで見てきた。
「では聞こう国重。その平井殿の娘はオレが城に戻って来たときにいたか?」
「・・・・いや。だが、あっちにおいてきたと」
「ほざけ!?」
「ひっ」
「平井定武は六角の家臣。その娘を娶(めと)るという意味が何を意味するかオレが分からなぬと言うか!?」
「だが、結果は娶ったのだろうが!」
「否! 平井の娘は娶らずそのまま返上したわ」
「なら、なぜ賢政と名乗る!」
「このバカ者が! そうでもしなければこの浅井家がどうなるか分からぬというか!」
そうオレが言うと、政元の隣にいた狐目で白色の髪を後ろで団子にして縛っていた女性が、何かに気付き、
「なるほど。賢政様は秀才ですな」
と、いってきた。ちなみにもう一人は金髪のショートヘアーの子で身長は政元と同じぐらいだ。
「お前は何かを分かったようだな。して、名は」
すると、その女性はオレの前に来て頭を下げてこう言った。
「ウチの名は藤堂(とうどう)高虎(たかとら)言います。今は、妹君である政元さまの下で働かせていただいております」
と、少し関西弁交じりで言う。しかしオレはそれよりも名前の方で驚愕した。
「(と、藤堂高虎と言えば有名な築城家じゃないか! そんな奴が・・・。あ、そうか。最初は浅井家に仕えてたんだっけ)そうか。ではお前の考察を聞こう、高虎」
と、半ば冷静に言うが心の中ではかなり焦っていた。オレはいずれこいつに築城命令でも出そうかとも悩んでいた。
「はい。では説明させてもらいます。まず、先ほど言ったように浅井家と六角家は明らかに対等ではありません。無論浅井家の方が立場は弱い。おそらく義賢もさらにそれを強固なものとするため賢政様の元服の名前、さらには妻を用意したのでしょう。ですが、六角家の家臣の娘をめとれば我々は六角家の家臣とほぼ間違いなく位置づけられるでしょう。名だけならまだしもこのようなことになれば浅井家は終わりです。独立という悲願は夢物語で終わりましょう」
と、すらすらと高虎はオレの実行したことをまるでその場にいてみてきたかのように言い続けた。
「それにそれだけではありません」
そういって金髪の子も何やら話し始める。
「高虎様の説明に補足を加えるなら、もし賢政様がこの両方を拒否すれば六角は間違いなくこのことを理由に北近江に進軍してくると思います。ですから賢政様は平井の娘は娶らず名だけをもらったと推測します」
その内容にオレは、「ほぉ」と思わず感心してしまった。
「それに賢政さま。あなたは赤尾さま、海北さま、遠藤さま、雨森さまに対し別の名で呼ばれているのではありませんか?」
そういって高虎は左に座らしているオレが信頼する人たちを見た。うっすらとその狐目を動かして。
その発言と光景にオレは思わずニヤッ笑ってしまった。さらにいうなればその光景に政元やオレの家臣、四翼の連中は気味が悪かったに違いない。
「政元」
「は、はひぃ!」
いきなり自分が呼ばれるとは思っていなかったのか声が裏返っていた我が妹。
「よい者を引き入れたな」
「は、はい!」
その顔は本当にうれしかったのか満面の笑顔だった。やべぇ、オレの妹超可愛い! シスコンと言われようと知ったことか!
「ふん。そんなでた―――」
そう、定元が言おうとしたとき清綱が、
「長政様よ。そろそろ結果を言ってはいかがかの?」
「長政? 誰のことだ清綱」
「はぁ、定元、お前、とうとうそこまで落ちたか」
「な、なにぃ!?」
「長政様とは我らが御館様のことよ!」
その言葉に全員が黙った。
「オレの名前は浅井長政。この名の意味分かるな。我らはこれより六角から独立する戦をしかける。お前らが行動しなかった分、オレがそれを夢物語から実現させる!」
だが、それを聞いた磯野はあることを聞いてきた。
「なら先日書状で国友に鉄砲五百丁用意せよ言ったがあの予算はどこから出す!? 無謀なことに金を使う愚かな当主など――」
「簡単だろ」
オレはそのまま四人を見下しこう言った。
「お前らの給金を鉄砲の料金が支払い終わるまで当分半分以下に抑える」
「なに!?」
「貴様今までの我らの武功を――」
「黙れ!」
その一言で四人は再び跪いた。
「今までの武功に胡坐をかき、さらには今の状態で良しと成すものは浅井家に要らぬ! それだけでなくお前らが推挙した候補である政元を支え戦を起こすわけでもなく今の今まで何もしなかった者に拒否する権利があると思うな!」
「だが、それはお前を助けるために戦力を温存・・・」
「ではなぜオレが出陣する戦の再三の援軍要請に対し全て無視をした!?」
『・・・・・』
すると四人は黙り込んだ。
「本来ならここでお前らを討ち首にしてさらすものとしたいが現状はそれを許さん。時に助けられたな」
『・・・・・』
「よいな。お前らはこれよりオレの家臣だ。オレへの絶対の忠義を誓え。もし裏切りでもしてみろ」
そういって刀を鞘から抜き四人の前にさらけ出す。
「分かってるだろうな?」
『ぎょ、御意!!』
その後浅井のすべての家臣を呼びオレが浅井当主となったことを言った。
そしてその後、オレに用意された部屋はオレが人質に出されるまでオレが使っていた部屋だ。
「懐かしいな。この部屋も。机、書物、へぇオレがよく使っていた木刀もまだある」
その部屋はオレが出ていったときのまんまだが、よく清掃が行き届いていた。
すると、襖があきそこにいたのは、
「・・・・・」
政元と高虎、そしてもう一人の政元の家臣だった。
そして、政元は、
「お帰りなさいませ! 兄上!」
オレの懐に飛び込んできた。
それをオレは受け止め、抱きしめ、頭をなでた。
昔に戻ったみたいだった。
「あぁ、ただいま。政元」
そう。オレが政元を怨めなかったのはこの性格ゆえだろう。
この女尊男卑という社会風潮のなか例え兄とはいえ『男』と言う存在。
たとえ武の才能、軍略の才能があろうとも『男』である以上は家督を継げない。
そして母である小野と家臣団はこういう。
――あぁ、なぜこの子は男として産まれたんだ。
と。
そして次に産まれたのが妹である政元。彼女は武の才能はオレに勝らずとも劣らない軍略、政務はオレを抜く勢いだった。家臣団からも次期当主と声が高かった。
だが、父久政はオレに後を継がせたかったらしく政元を次期当主と置く家臣や母と何度もぶつかった。
結果オレは六角家に人質と出された。
だが、それまでの間政元はオレになついてくれいつも『兄上、兄上』とオレの後ろから来て共に遊んだ。
その笑顔に何度助けら、オレも笑顔でいられたか。そのおかげでオレは妹をうらむことはなく、むしろ感謝している。
「しかしオレがいない間より一層甘えん坊になったな」
「兄上以外に甘えません。兄上の胸の中はあったかくて落ち着きます」
そういってまるで猫が主に甘えるかのような姿だった。
「それに高虎と、そう言えばお主の名を聞いていなかったな。貴殿名を」
「石田三成と申します。以後お見知りおきを長政様!」
「へぇ、三成・・・・・三成!!!??」
「は、はい」
オレのあまりの驚きように他のものもどうしたものかと思っていた。
「(三成って豊臣の家臣じゃなかったか? 確かに産まれは近江だけど)あ、いや。気にするな。しかし高虎に三成よ。なぜ政元に仕官しようと?」
そういうと二人が顔を見合わせ何をいまさらとい感じで、
「我らは浅井家に仕官したんですよ?」
「長政様の武勇。近江だけでなく北は奥州、南は九州まで轟いております」
「んな、あほな」
と、二人を少し小馬鹿にした。
「え? 自分の名を知らないとおっしゃるのですか!?」
「この方、大物なんか、バカなんか分からへん」
三成はオレ自身のことなのにその本人が知らないことに驚愕し、高虎は小さくため息をつき、やれやれといっていた。
「おい。当主に向かってバカはないだろバカは」
と、いったが、オレも少し気になる。
「さっき言ったことは冗談抜きでそう思っただけだ。考えてもみろ。オレが戦ったのはこの近江一帯だ。なのになぜ奥州や九州まで響く」
「はい。ですからボクも驚いたのです」
「長政さまの武勇は『心優しき鬼神』だの『近江の真の守護者』とも言われています。民からの名声は何者よりも信憑性が高い。せやからウチらも信用してるんです」
「民がねぇ」
「それに、政元さまのその態度を見ればお優しきお方と思います」
そういって三成は政元の方を見た。
「して、長政さまよ。ウチらは今後どのような行動を起こすんで?」
そういってキランと目が光ったようにオレを見る高虎。
「織田が今川を討ったことは知っているな?」
「はい。その後義元は確か駿河にある寺に封じられたとか」
「まぁ姫武将だったから殺されることはないと思うがな」
そう、この時代の武将は敗れても殺されるのは男。女は尼になったり、血筋が良いと養子、あるいはある程度の国土を保たれ封じられるかだ。
「兄上は織田がこちらに来ると?」
「あぁ。六角の家臣、後藤からきいた話によると織田はその後の勢いを持って美濃を平定。美濃のマムシこと斎藤道三を傘下に置いたとか」
「あ、あの美濃のマムシを!?」
「え、えらいこっちゃ!?」
その話を聞いた政元、三成、高虎はかなり驚いていた。
「まぁ策が無いわけではない。綱親、説明よろしく」
「御意」
そういうと綱親は寺でオレが策をこの場にいる皆に教えた。
「なんと・・・・」
「すごい。ボクもそんな策があるなんて思いつきませんでした」
「なに三成は若い。綱親、三成に兵法とはなんたるかを叩きこんでやれ」
「い、良いんですか!?」
「あぁ。お前はもう浅井家の家臣だ。と言うよりかは家族だな」
「え?」
「良いか。オレと政元、そしてこの場にいる全員が家族だ。オレはそれを護るために武を磨いて知を磨いて、そして戦場(いくさば)で振るっている」
「家族のため・・・」
「そうだ」
「し、しかし、長政さまと政元さまは当主! 我々は家臣ですぞ!?」
「いかにも。だが、家臣、当主、それを除けば我らは『人』。喜怒哀楽があり、ときには悲しみ、憎しみ、怒り。また時には喜び、楽しみ、幸せ。オレはそう言ったものを分け合いたい」
「と、いいますと?」
「その者が悲しみ涙を流すというのであれば、それを共有し共に悲しみ共に泣く。さすればその者の悲しみも多少はいやされる。また、嬉しいことがあれば共の喜びあえばその喜びは倍となる。と言うことだ」
「おぉ。素晴らしいですね」
そういって三成は感激したのか目をキラキラと輝かせていた。
「そう言えば長政様」
そういってきたのは清貞だった。
「ん? なんだ?」
「前々からききたかったのですが戦に出かけるときにかげていたあの明の旗をまねした旗は何なのじゃ?」
「あぁ~、あれ」
オレがいつも戦場で掲げている旗。それは、
「・・・確か青い旗に『仁』。白い旗に『義』」
「あれは以前からどういう意味だったのか気になってな。良い機会じゃから聞いてみようかと」
「あ。それはあたしも気になっていました」
「確かに私にもあの意味は理解できません」
すると今までオレと共に戦場を経験したことがなかった三人はどんな旗? と聞いてきているようだった。
「百聞は一見にしかず、持ってくるか」
そういってオレは倉庫から一本ずつ旗を出してきて再び部屋に戻った。
「これだ」
そういって旗を見せた。
「確かに明のような旗」
「ですが、これにはいったいどのような意味が?」
「それはな、何にも染まらない白き心を持つ者には義の心が。海のように広く青空のように澄んだ青い心を持つ者には仁の心が宿る。と言う意味からもらってきている。それが白(はく)義(ぎ)蒼(そう)仁(じん)と言う言葉の意味」
「あ。だから青い旗に仁。白い旗に義と書いているんですね」
「そう。これを御旗にオレは戦っている」
この言葉もまた爺ちゃんに教えてもらった言葉だ。
「それから三成」
「は、はい!」
「綱親から軍略を学んでおけ。お前は前線で戦うよりも軍師の方に向いている」
「・・・はい」
そういってシュンっと少し小さくなる。まぁそりゃそうだろうな。軍師より花のある武将として前線で活躍した方が目にも見える。
「はぁ、三成よ」
そういってオレは席から立ち三成ものとへ行きポンと頭に手を置いた。
「前線で活躍することが戦ではない。策を考えより損害を少なくし相手に打撃を与えるかが重要だ。その仕事担う者、つまり軍師の八雲目も重要だということ分かるな?」
「はい。それはむろん。ですが――」
「結果は目に見えにくい。確かに武将の活躍によって戦果は左右される。だがそれ以前にその武将たちも策なしでは戦えない。これもわかるな」
「はい」
「つまりみっちーよ」
「み、みっちー?」
「仇名や、仇名。長政さまはな、互いに互いを補わなければ戦はできんといっとんねん」
「ボクも役に立てるでしょうか?」
そういって真剣でまっすぐな目でオレを見てきた。
「何とも言えん。だがお前の頑張りしだいでそれは分かれる。サボれば当然破滅。頑張れば上に上に、さらなる高みに行ける。どちらかを選ぶかはお前だ」
「ならボクは高みを目指します!」
三成がそう言った瞬間オレは少し乱暴に三成の頭をなでた。
「ならやることはわかるな?」
「はい!」
そういって三成は綱親の方を見て、
「海北様。ボクに兵法を教えてください! 絶対に浅井家の役に立って見せます!」
すると、綱親は。
「綱親でいいですよ。三成さん。良いでしょう。私も頑張って教えますね!」
「はい!」
「しかし主よ。一つ気がかりもあります」
「なんだ、清貞?」
「織田が斎藤だけを率いて北近江に来るでしょうか?」
「どういう意味じゃ清貞?」
「確かに気になる発言やな。でもいっとることはわからんでもない」
「確かに。道三が下ったとはいえ所詮少数の兵だ。となると」
そういって列島の地図を出しあることに気付いた。
「(歴史が動くのが早すぎる気もするが、もうオレの知る歴史はここにはない。となると)松平か」
「松平ってあの三河の?」
「・・・あり得ます。今川を討ち、独立を手助けしたようなもの」
「つまり従属先を今川から織田に?」
「だが、厄介じゃな。軟弱な尾張兵と違って三河兵は精強ぞろいじゃ」
だが、オレは逆にそれが愉しみで仕方なかった。
「そうか。精強な兵士か。三河武士とは」
「は、はぁ・・・!?」
その場にいた全員の背中におそらく冷たいものが流れただろう。なぜならオレは空を見ながら気味の悪い笑みを浮かべていたからだ。
「(強者と戦える。なんだか嬉しい。なんだかんだ言ってオレもバトルマニアか)織田の知雄と三河武士。これほど心躍るものはない」
そしてオレは再び政元たちを見て、
「いいか。この戦いに浅井の命運がかかっている。絶対に勝ち、北近江に再び三つ盛亀甲の旗を掲げる」
『御意!』