白義蒼仁~浅井長政伝~   作:楽一

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第一章 長政誕生

 

 

第一章 長政誕生

 

 

「しかし、まぁ、あれから何年になるんだ?」

 

 オレの名は浅井猿夜叉丸。と言う名をもらって早何年になるのだろう。

 

 以前のオレの名は浅井良一(りょういち)。オレの名字に『浅井』とあるからといってオレは浅井家となんら所縁(ゆかり)も関係も無い。理由は簡単だ。オレが住んでいた場所は近江、今の滋賀県ではなくそこから遠く離れた場所北海道札幌に住んでいたからだ。まぁ、過去を探れば何らかの関係があるかもしれないが。

 

 あと、はっきりしていることはオレがこの時代の人間ではなく未来から来たということだ。

なぜかって? 簡単だ。現代知識、まぁこの時代から見れば未来の知識を持っているからだ。

 

 だったら徹底的に歴史を変えてやろう! と志している。まぁ、もう一人のオレとも約束したしな。

 

 だが、ここではオレが知っている知識が通用しないみたいだ。

 

「猿夜叉丸様! 猿夜叉丸様~!」

 

「ん? あぁ、綱(つな)親(ちか)。どうした?」

 

 水色の髪のショートヘアーにルビーのような紅い瞳。そしてどこかまだあどけなさが残る女性武将の名前は海北綱親(かいほうつなちか)。浅井家の重臣の一人で猿夜叉丸ことオレの重臣中の重臣だ。といっても、

 

「その、『様』と呼ぶのはやめてくれないか?」

 

「いえ、猿夜叉丸様はいずれ浅井家を継ぐ方。そうおいそれとは」

 

「その後継者に兵法のなんたるかを教えている海北先生が何をおっしゃいますか」

 

 そう。綱親はオレに対し戦(いくさ)の兵法をしえている先生。そしてオレはその生徒と言う関係だ。上下関係で言えば主君であるオレなのだが、モノを教えてもらう立場でもあるため、そういった『様』付けでは何かと不便だから呼び捨てでいいと言っているのだ。

 

「い、いえ! 本来であれば私ではなく赤尾様が教えるのが筋なのですが、あの方は・・・」

 

「まぁ、そうだろうな」

 

 そういって、二人揃ってしんみりした顔をしていた。だって赤尾こと清綱は先の戦で――

 

「まて、御館様よ。儂なら生きとるぞ!?」

 

「知ってるよ。と言うか先の戦でけがをしたと聞いているが大丈夫なのか?」

 

「無論じゃ!」

 

 そういっていつの間にか自分が知らない間に亡き者にされそうになっていることに驚いているのが赤尾(あかお)清(きよ)綱(つな)。祖母浅井亮政(すけまさ)から使える老将にして重鎮だ。若くしてその才を認められ祖母に登用された。だが父である久政には天下はおろかこの北近江すら治める力はなく自らオレの下に来てくれた。

 

「しかし赤尾様。軽傷で済んだとはいえ、まだ動かぬ方がよろしいのでは?」

 

「馬鹿を言うな! そんなことをすれば清貞や直経に戦の手柄を取られるではないか! 儂はまだ若いのじゃからな!」

 

 とはいえ、祖母の代から使える武将。さらに一人称が儂ときた。オレが推測するに彼女はかなりいいと――

 

「御館様よ。余計なことを考えるではないぞ? とくに歳のこととかな」

 

「・・・ハイ・・ワカリマシタ」

 

 あまりの恐怖にオレは片言になってしまった。だって、怖いもん。彼女の顔。いや~女の年齢については語るもんじゃないな。

 

「しかし前回の戦はすごかったですね。六角氏の命令じゃなければさらに良かったのですが」

 

 そう。今の北近江浅井家は六角の配下、もっとひどく言えば六角の傀儡みたいなものだ。

 

 父が六角氏に戦で負けて以来、浅井家は六角氏の思うように使われてきている。浅井家の独立はいわば悲願ともいえよう。

 

「で、その清貞と直経はどこじゃ?」

 

 清貞とは雨森清貞(あめのもりきよさだ)のことでオレに対し武術を教えている。見た目は黒色の長髪に黒色の瞳をもつ。まぁ、典型的な日本人である。

そして直経とは遠藤直経(えんどうなおつね)のこと。彼女は伊賀の忍びを指揮している武将で浅井家にとって貴重な諜報部隊を任されている。見た目は金色の瞳を持ち、長い黒髪をツインテールにしている。

 

「直経さんは本家小谷城にもどり、清貞さんは六角氏に呼ばれて今は確か観音寺城にいます」

 

「直経もかわいそうにな。またあの四翼に何か言われとるわい」

 

 四翼とは浅井四(あさいよん)翼(よく)といって磯野員正(いそのかずまさ)、野村定元(のむらさだもと)、大野木(おおのぎ)国重(くにしげ)、三田村(みたむら)秀俊(ひでとし)といった浅井家の重臣達のことで祖母の代から仕えている。だが、彼らはなにぶん頭が固くオレの言うことを無視している。

むしろ母である小野殿によく従っている。

 

 なぜここで父久政ではなく母小野殿かというと、この世界がオレの知っている歴史とは大きく異なっているからである。まぁ簡単に言うとパラレルワールドとか性別変換など言われている世界に来ている。これがオレの知っている日本史の知識が生かせない理由の一つだ。だってオレが知っている日本史は出てくる武将全員が男でおっちゃんだぜ? それがオレと同じか少し上のそれも極上の美人さんの女性ときた。

 

 だが、この世界では男尊女卑(だんそんじょひ)の逆、女尊男卑(じょそんだんひ)という社会風潮もある。そのため男のオレの言うことをいくら家臣とはいえ聞く耳を持たないという現状である。

オレの母親である小野も妹が生まれると父である久政と対立していた。

 

 そのため歴史のところもちょくちょくおかしな部分が産まれている。

 

 浅井家は基本分裂するのは織田信長の妹と婚姻するときに朝倉からの独立か朝倉との同盟維持で別れる。だが今もうこのときに小野派かオレ派かですでに分裂している時点でもうおかしくなっているのだ。

 

「しかし、あの四翼、どうしたものかな」

 

「無理もありますまい。猿夜叉丸様のお考えは今までにない考え方故、混乱しているだけと思われます」

 

「それに男性の地位向上と言われてもあの頑固者たちは男の中から自分たちの地位を脅かす連中が現れては困るとも考えとるんじゃろ」

 

 そういってフンっと清綱は鼻で笑った。そう、浅井家の重鎮の中で唯一オレの考えに共鳴したのは清綱のみなのだ。

 

「子は女のみでは作れぬ。男と女がおってようやく一人の子をなす。さらに言えば戦をするときになれば将は女、兵は男。数が必要になるのは必然的に男だ。それを卑下にすればどうなるかぐらい考えればわかるだろう」

 

 そういうオレだが、今オレがいるのは六角氏が治める領土内にある一つの寺だ。そこに自分が最も信用する将四人と暮らしている。

理由としてはこの時代では珍しくない人質だ。かの江戸幕府を開いた徳川家康も織田家と今川家に人質に出されたことがあると言われている。

 

「(そう考えると信長や家康、秀吉も女性なのか?)しかし月日が流れるのは早いですな~。かれこれ十四年。来月でオレも十五ですか」

 

 オレがしんみり目を細めて空を見ていると、寺の縁側に忍び姿のものが一人現れた。

 

「お帰り。直経」

 

 そこにいたのは黒髪に金色の瞳。そう遠藤直経だ。

 

「・・・ただいま戻りました猿夜叉丸様」

 

 そういって静かに直経は言った。彼女は本当にクールだな。この冷静さはオレも見習わなければ。

 

「ん。本家はどうだった?」

 

「・・・はい。やはり猿夜叉丸様の案は聞き入れないといっています。それにかなりきつい一撃が」

 

「なんじゃ? もったいぶらずに申してみよ」

 

 そう清綱が言うと、

 

「唯一の抑え役だった久政様が竹生(ちくぶ)島(しま)に追放され隠居を強要されたと」

 

「・・・・」

 

 そのことを聞いたオレは何も言わず澄んだ青空を見上げた。この世界に来て真っ先に思ったことはオレが知っている現代と違って空が広い。昔は空が嫌いだった。だって狭いじゃん。あこがれも何もなかった。だがこの世界の空は遮るものが無い。広く、すんだ色。初めてこの世界の空を見たとき感動すら覚えた。だからオレはこの世界の空が好きだ。

 

「さ、猿夜叉丸様?」

 

 急に黙ったのを不思議に思ったのか綱親が声をかけてきた。

 

「いかがなされた御館様?」

 

「時がまた動いた―――か」

 

 そうまた歴史が変わった。本来なら長政となるオレが父である久政がこれを行うはずだった。

 

「時はもうすぐこちらに動く。その時までの辛抱だ」

 

『はっ』

 

「それよりも遅くないか、清貞のやつ?」

 

「言われてみれば確かに」

 

 そういうと廊下からドドドドッとまるで騎馬兵がこちらに向かってくるような音がした。

 

「どうやら戻ってきたみたいですね?」

 

 と、音の鳴る方を見て苦笑する綱親。

 

「みたいだな」

 

 オレは直経の頭をネコか犬の頭をなでるように撫でていた。

 

「・・・ん~~~」

 

 それを直経は気持ちよさそうに目を細め幸せを味わっていた。そのためかその足音なんぞは右から左に聞き流していた。

 

「うむ。じゃが、あのバカめ、何度言えば分かる・・・・」

 

 小さく「はぁ」とため息をつく清綱。

 

「あ~る~じ~!!!」

 

 すると、その足音の主は縁側にたどり着くとキキィーと急ブレーキをかけるようにオレの目の前で止まった。

 

「あ、主よ! い、一大事ですぞ!?」

 

 彼女が雨森清貞でオレにとって武術における師範だ。見た目はさっきも言ったが典型的な日本人だ。だが、ここにいる四人はみんな美人の部類に含まれるだろう。

 

「清貞! あれほど廊下を走るなと何度もいっとるのが分からんのか!? このバカ者が!」

 

 と、まぁポジション的にオレたちの母代理の清綱が清貞を一括する、

 

「それどころではありません! 母さん!」

 

「誰が母だ!?」

 

 おや、オレの心を清貞に詠まれた?

 

 まぁ、それはさておき彼女は、はぁはぁ吐息を切らせながらオレの前に膝をつくと、一枚の書状を渡した。

 

「なんだ、これ?」

 

「六角(ろっかく)義(よし)賢(かた)からの書状です」

 

「義賢から?」

 

 そういってオレはその書状を読み始め、その書かれた内容に憤りを感じた。

 

「・・・・清貞」

 

「は、はい!」

 

「義賢は他に何か言ってきたか?」

 

「い、いえ。ただこれを主に渡せとしか」

 

 ギリッ

 

『ひっ!?』

 

 オレが立てた歯音にその場にいた全員が小さく悲鳴を上げその表情に恐れさえ抱いていた。だが、この時オレはそんな事なんぞ全く気付いていなかった。なにせその内容に憤りを感じていたからだ。

 

「(何たる覇気。これが齢わずか十四の男が出す覇気か!?)い、いか、いかがなされた、御館様・・・」

 

 すると、オレがなぜこうも不機嫌なのかを重鎮である清綱が訪ねてきたのでオレはその原因を作った書状をそのまま何も言わず清綱に渡した。

 

「? ・・・・・!?」

 

 すると、清綱もオレ同様に憤りを感じたのを不思議に思った残りの三人もその書状を見た。

 

「こ、これは・・・」

 

「巫山戯ている!」

 

「・・・こんなの浅井家を侮辱している!」

 

 綱親も清貞この書状の内容に怒りを感じ、珍しく直経も声を荒げて怒っていた。その書状の内容とは、

 

 

 

 

 

 

 

『――猿夜叉丸

 お前も来月で十五。元服である。

 そこでだ、我が名の一文字である賢を取り賢政を用意した。

 あと、我が重臣の平井定武の娘をお前の正室として向かえよ。

六角義賢』

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、そうだな。オレも浅井家に生を新たに受けた身。何らかの形で親孝行したいと思ったさ。だが、毎回親父もお袋も考えるは越前の朝倉だの六角からの独立だの言っているものの実行に移さない。そんな姿を見てオレは両親に失望した。だからオレは両親には何にも期待をせずただオレに忠誠を誓ってくれたこいつらのため、近江の民のために武を振るうと決め必死にあがいてきた。この書状はそれを侮辱するようなものだ。

 

 さて、この状況をどう受け止めるか。オレは恐らくこのまま歴史が『オレの知っている

歴史』通り動いてくれるのであれば織田信長の妹お市と婚姻するはずだ。

だが、オレはすでに歴史を一つ変えている。さてはて、どうするか・・・・お!

 

「・・・・あぁそうだ、そうすれば。ふむ。試してみる価値はある」

 

 ニヤッ

 

「・・・(主が笑っている?)」

 

(猿夜叉丸様。なぜ笑っているのですか?)

 

(なんかいやな予感がする・・・)

 

(・・・不気味すぎる。こういう時に限って何かを起こす。だが、)

 

『(それは必ず良い方向に導くのがこの方だ)』

 

「綱親!」

 

「は、はい!?」

 

「すぐに使者として後藤(ごとう)賢(かた)豊(とよ)の元へ行け」

 

「後藤の元へ・・・ですか?」

 

「そうだ。それから清綱は礼服の準備をしろ」

 

「え?」

 

「これより義賢の元へ赴き今回の礼を言う」

 

『・・・・・』

 

 すると、四人はこの発言に呆気取られていた。

 

 おいおい、そんなに口をあけていると美人が台無しだぞ?

 

「なにをしている? 支度をしろ」

 

『ハァアアアーーー!?』

 

 そして四人の叫びがその場に広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

観音寺城(かんのんじじょう)

 

「いやぁ、しかし猿夜叉丸殿が直々に義賢様にお礼を申し上げるとは」

 

 この老将は六角家における重臣後藤賢豊。唯一六角家における男の武将で知将でも知られている。しかも部下や同僚からの信頼も厚く主君である義賢からもその信頼の度合いは群を抜いている。

 

「さて、つきましたぞ。義賢様。猿夜叉丸様がおこしになりましたぞ」

 

「うむ、通せ」

 

 そういって襖をあけると、そこにいたのは大人の艶とでもいうのだろうか。清綱とはまた違う大人の魅力を持った女性がそこにいた。

見た目は清貞と同じ典型的な日本人だ。

 

「お久しぶりです義賢様」

 

「うむ。久しいな猿夜叉丸、いや、賢政。それに綱親」

 

「はい」

 

 そういってオレと綱親と静かに頭を下げた。そして、オレは、

 

「義賢様もご機嫌がよろしいようで」

 

「そうじゃな。して、なにか私に用があると後藤からきいているが?」

 

 そういって蛇が蛙を睨むようにオレを睨みつける。だが、所詮はその程度。別に大したことではない。

 

「はい。何でもこの賢政の名をオレの元服のために用意してくれたとか」

 

「あぁそうじゃ。お前の活躍には我が六角家でも大助かりじゃからな」

 

「(だったら少しは兵をよこせよ。一揆が起こっている理由を本当にこいつ知ってんのか?)あと、平井定武様のご息女までオレのために用意してくださったと」

 

 いま南近江では一揆衆が武器を持ちオレや六角との内戦が続いている。そのほとんどの理由が六角による重税と圧政。まぁこのご時世だから何かと金がかかる。だが、こいつのは、あまりにも酷すぎる。しかもその鎮圧にオレとオレが率いてきた少数の兵士でやらせるから苦戦する。結果浅井家の力をそがれると言うわけだ。

 

「お前も来月で十五。となれば妻の一人や二人おらねばおかしいじゃろ。だから私が用意してやった」

 

「そのことなのですが平井定武様の御息女との婚姻の儀はお断り致そうかと」

 

「なに?」

 

 おやおや、やはり怒りましたか。まぁ予想の範ちゅうですがね。

 

「いえいえ、決して嫌がっているわけではございません。恐れ多いと思ったことです」

 

「ん? どういうことじゃ?」

 

 義賢はどうやらオレの言っている意味が分かっていないのか「なぜじゃ?」と聞いてきた。

 

「平井様は後藤様と並ぶ六角家において重鎮中の重鎮。そのような方の御息女をオレのような若輩者、ましてやオレは浅井家の人質。元服の名を義賢様から頂けただけでも恐れ多いことなのにさらにそこに平井様の御息女までいただくわけには恐れ多くて成りませぬ」

 

「ほぉ。そこまで思っておったのか」

 

 その言葉を聞いて気分を良くしたみたいだ。

 

「はい。平井様の御息女はオレのようなものよりも、もっとふさわしき者が想われます」

 

「では、その者の名を申してみよ」

 

「蒲生(がもう)賢(かた)秀(ひで)様などがよろしいかと」

 

「賢秀か。うむ、確かにあ奴はこれから楽しみな奴よ。では賢政よ。我が名だけで元服の祝いは良いのじゃな?」

 

「はっ」

 

「うむ。良い返事じゃこれからも期待しておるぞ」

 

「ははっ。ありがたきお言葉」

 

 猿夜叉丸改め賢政は部屋を後にし、寺に戻っていった。

 

 そしてその道中。

 

「お見事です。猿夜叉丸様!」

 

「いや、その幼名で呼ぶのはやめてくれないか。オレももう来月で元服だ」

 

「ですが、六角からもらった名で呼ぶのは少し抵抗があります」

 

「ふむ、そうだな。なら」

 

 ここで歴史を動かすのもまた一興か。なら、

 

「それなら今後オレのことは長政と呼べ」

 

「長政ですか?」

 

「あぁ。以後オレは浅井長政だ」

 

「はい!」

 

 その後、賢政をさらに改め長政と名乗ったオレは何もすること無くてらに戻った。

 

「なるほど。主はだから義賢と出会ったわけですか」

 

「・・・しかし、なぜ元服の名はそのまま拝命したのですか?」

 

「うむ。そうじゃな。じゃがおそらく御館様のことじゃ何か考えたのじゃろう」

 

「さすが清綱だ。理由は主に二つある」

 

「二つですか。一つは?」

 

 そういって綱親が真剣なまなざしで聞いてきた。

 

「綱親。オレと義賢の関係は何だ?」

 

「失礼ながら申し上げると勝者と敗者です」

 

 この勝者と敗者とは浅井家は何度も六角家と戦を広げ最終的に父の代に浅井家は六角家の従属となることで滅亡を逃れた。

 

「そうだ。そして今オレは人質だ。そして、義賢が今一番恐れているのは?」

 

「えっと、そうか! 謀反!」

 

「そう。おそらくだが重臣である平井氏の娘にこう言い含めていたかもしれない。『長政が変な動きをすれば迷うことなく殺せ』とな」

 

「確かにありうる話ですな。主は間違いなく浅井家をしょってたつお方。つまり義賢からすれば目の上のたんこぶ」

 

「・・・それだけではない」

 

 珍しく報告以外で口を開けた直経。それに皆ちょっと驚いていた。だが、それだけ直経はオレのことになると真剣になる。

 

「・・・おそらくここ最近の長政さまの武功をみて焦っているのだと思う」

 

「どういう意味だ?」

 

 それはある意味オレが一番びっくりした言葉だった。

 

「・・・長政さまの武功はおそらく近江一、いや天下一といっても過言ではない。家臣ならこれほど心強いことはない。だが敵とすればこれほど恐ろしいものはない」

 

「でも、あれはたしかオレの武功ではなくお前らの武功にしているはずだが?」

 

 そう、オレは寺にこもり酒を飲む怠け者だと報告している。そう報告し相手を油断させて独立戦争の際にこちらが有利に運ばせるようにさせておかねばならない。

 

「確かにそうじゃな。じゃが御館様は近隣諸国からは近江の鬼神とまで言われとるほどじゃ。六角はどうかは知らんがおそらく頭の切れる奴ならもうすでに御館様の実力は周知のことだと思うぞ」

 

「それマジなの?」

 

「はい。御存じなかったのでございますか?」

 

 そう。オレは産まれたときから人殺しの戦国時代に来ていた。最初こそ恐怖を覚えた。だがその時に実の祖父影(かげ)雅(まさ)爺ちゃんに言われた言葉を思い出した。

 

『良一よ。世界は広い。お前はおそらく人殺しをすることはなかろう。じゃが、そういった世界に行った時、自分の決意を表すためや志を貫くために命あるものを殺(あや)めたなら、後悔をするな。だが、もし後悔をするのであればその者の命をたたえ黙祷をせよ。そしてその者たちに誓え。己が殺めた者たちの分まで生き、その命の価値をまっとうすると!』

 

 影雅爺ちゃんはオレに武術の全てを教えくれた恩師だ。その知識と体術を覚えていたからオレはここまで強いのだろう。さらに言えばそれに清綱や清貞の武術を教えてもらった。最強の師範三人にみっちり教えてもらったからオレは戦場で死なずに済んでいる。

 

 だが、戦場では殺すか殺されるかだ。だが、オレは自分たちを殺そうとした者、他者を、弱者を何人も殺した者。そのどちらにも当てはまるもの。その者たちに頭を下げる。

オレは人を殺めたことに後悔しないなんてことはできない。だからその人たちの分までオレは命をまっとうする。そう誓うためにオレは頭を下げ黙祷する。

 

「それに、長政様の死者への心遣いは民衆の心もつかんでおります。心優しき鬼神とも言われています」

 

「ん~、それ矛盾してねぇ?」

 

「あたしはしてないと思います!」

 

 そういって元気よく手を挙げたのは清貞。それを見たオレ心の中で「学校の優等生みたいな挙手の仕方だな」と思ったことは内緒だ。

 

「なぜだ?」

 

「戦場では心を鬼にして戦い、死んだ者には慈悲の心で弔う。最初に言った心を鬼にすることは簡単ですが、後者は誰にでもできることではありません!」

 

「うむ。そうじゃな。よう言った、清貞!」

 

「はい!」

 

 そういって二人して何かを分かりあっていた。

 

「長政様。話がそれましたが二点目は?」

 

 そういって脱線していた話を修正する綱親。ん~、やっぱり最低こういう人間が一人は必要だな。その点綱親はよく気がつく。

 

 オレはその褒美に綱親の頭をわしゃわしゃと撫でながら、

 

「二点目は浅井家と六角家の主従関係をはっきりと明確にすることだ」

 

「なに!?」

 

「・・・そうか。長政様の妻になられる予定の方は義賢様の家臣の娘。となれば家臣の娘と婚姻したら・・・・」

 

「結果的にオレも家臣と言うわけだ。となれば浅井家がそうは思っていなくても北近江の民は浅井家が六角家に完全服従したのだと思うだろうな」

 

「なんと卑劣な!」

 

「まぁ、よくある話だ。だからオレは断った。だが、明らかに言ってしまえばオレはそこでこれよ」

 

 そういって自分の首が切られるという様を見せた。

 

「だから、ああやってごまかしたのですね」

 

「ん? 綱親よ。長政様はどうやってごまかしたのじゃ?」

 

「はい、実は――」

 

 そういって城であったことをそのまま言うと。

 

「ふふっ、ははははっ!」

 

 すると、清綱は腹を抱え、手を床にバンバンと叩きながら大笑いしていた

 

「あ、あの、六角は、愚かか?」

 

「そこまで笑うことか?」

 

「い、いや、その、じゃな」

 

 まだ笑っている。

 

「・・・長政様の知略はさすがですな。この直経感服でございます。それに人質の身でありながらそのような知略を振るうとは長政様は怖いもの知らずですね」

 

「そうでもないぞ。オレにだって怖いと思う者ぐらいいる」

 

「ほぉ。御館様が恐れる人物とは誰じゃ?」

 

「全部で三人。一人は甲斐の虎、武田信玄だ」

 

「おぉ。となるもう一人は越後の龍上杉謙信公か」

 

「ご名答」

 

「しかし、そうなるとあと一人が分かりません」

 

「確かに。信玄公と謙信公は予測していましたが、あと一人は」

 

「・・・今川? 違う。・・・まさか!?」

 

「お、直経は分かったみたいだな」

 

「・・・い、いや、でも。ありえない」

 

「本当か!? だ、誰じゃ!」

 

「直経さん! 教えてください」

 

「確かに、あたしも気になる!」

 

「・・・尾張のうつけ」

 

「・・・あの織田じゃと!?」

 

「長政様! それはまことですか!?」

 

「あぁ。もうじき時は動く」

 

『・・・はぁ』

 

 そういって四人はオレの言ったことをあまり信用していなかったのかそれはないみたいな感じでその話は終わった。その後今日あったこと談笑しながら一日が過ぎて言った。

 

 翌日オレたちの運命を大きく動かす早馬がくるとは知らず。

 

 


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