虚無とギアス   作:ドカン

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タルブ

 

「お二人とも、今日はウチに泊まっていって下さいね」

 御者台で手綱を引くシエスタは心底うれしそうだ。後ろの馬車には、ルイズとルルーシュが乗っている。

 ルル―シュが、シエスタの故郷にある遺跡を見たいと言い出したためだった。自分が帰るヒントになるかもしれないという使い魔の願いを、ルイズは仕方なく許可したのだった。

 

「これは……」

 シエスタの故郷、タルブの村の近くにある洞窟の奥に、その遺跡はあった。

「何よこれ、……扉?」

 ルイズが見上げたそれは巨大な扉のように見えた。なにやら紋様がたくさん刻まれており、中でもひときわ目立つ中央に描かれた大きな紋章は、なるほどたしかにルルーシュの手にある紋章と似ている。

「言い伝えによりますと、この遺跡は数百年前にこの村を訪れた賢者様が作られたものだそうです。賢者様は村に様々な知恵を授けてくださったかわりに、村人にこの遺跡を造る手伝いをさせました。賢者様が授けてくださったのはワインの作り方などですね、今でもこの村の名物なんですよ。それで、賢者さまは遺跡が完成すると、一人でこの洞窟にこもられ、それから賢者様の姿を見た者はいません」

 シエスタが遺跡の説明をしてくれている。わざわざ村の年寄りに話を聞いてきてくれたのだ。

「悪いわね。わたしの使い魔のワガママに付き合わせて」

「い、いいえ! お二人の力になれてとても光栄です。それじゃあ、私はお先にもどって夕食の準備をしていますね! 田舎料理ですが楽しみにしててください!」

「ええ、ご家族にもよろしくね」

 そんな二人をよそに、ルルーシュは遺跡を熱心に調べていた。

「ルルーシュ、何か分かったの?」

「ああ、思った通り、使えそうだ」

 そう言って、扉に触れる。すると、突如として扉が赤く輝きはじめた。

「ルルーシュ、何よこれ!」

 ルルーシュが扉から手を離すと、自然と輝きは消えていった。

「これは見たまま扉だ。俺のもっているこの紋章を鍵に開く、な」

「扉? この向こうになにかあるってこと? もしかしてあんたが言ってた元の世界に繋がってるってこと?」

「いや。この扉から行けるのは、思考エレベーターという場所だ。思考エレベーターとは、『Cの世界』という人の意識の集合体にアクセスするための装置だ」

 ルイズにはさっぱり分からなかった。だが、さっきから自分の左目がひどくうずくため、これがギアスにも関係のあるものだとは分かった。

「それで、これが何の役に立つの?」

 ルルーシュはこの遺跡の機能をルイズに説明した。彼が言うには、思考エレベーターは扉がいくつもある大きな部屋のようなもので、好きな扉から出ることが出来るそうだ。仮にこの世界に他にも遺跡があった場合、思考エレベーターを通せば一瞬で移動できるという。

 ルイズはすごいじゃない、と関心したが、ルルーシュの思惑はそことは少し違うところにあった。

 それは、もし『この世界のCの世界』と『元の世界のCの世界』が繋がっているとしたら、元の世界に帰る扉としても使えるのではないか、ということだった。

「安心しろ。約束しただろう、お前が死ぬまではこっちに居てやると」

 ルイズが不安そうな顔を見せる前に、ルルーシュが言った。心の中を見透かされたようで、ルイズはまっ赤になって言い返す。

「ば、馬鹿にするんじゃないわよ! あんたが帰ったって一人でやってけるわ、だいたい『居てやる』って何よ、えらそうに」

「分かった分かった」

 

 シエスタの実家は父母にシエスタを含めた八人兄弟という大家族だった。出された料理は確かに普段学院で出るものと比べれば田舎っぽいものだったが、素朴でおいしいものだった。遺跡の話でも出てきた、賢者伝来のワインというのも見事な味だった。

 シエスタはルイズが自分を助けてくれた時の話をこれでもかというほど大げさに語った。もうルイズの背中には翼でも生えてるんじゃないかというほどの誇張ぶりだったが、実際彼女にとってはそういう風に見えたのだろう。家族から何度も礼を言われ、ルイズはしどろもどろになっていた。

 

 次の日、学院に帰る前に、ルイズとルル―シュはシエスタに連れられて村の近くの平原に来ていた。ただのだだっ広い平原だが、草木が生い茂りところどころに花が咲いている豊かな草原だった。

「本当に楽しかったです。ルイズ様たちをここにお連れできて……」

「わたしも楽しかったわ。料理もワインも美味しかったしね」

「ありがとうございます」

 シエスタは半ば涙ぐんでいた。シエスタが大げさなのはいつものことだが、今日は何か様子が違った。

「……どうしたの? シエスタ」

「ルイズ様。実は私、モット伯に目をかけていただき、お屋敷で奉公をさせていただくことになったんです」

 その言葉に、ルイズは蒼白になった。好色で有名な貴族の名だったからだ。平民や貧乏貴族の娘を何人も妾にしているという噂だ。

「……そうか、寂しくなるな」

「明日、直接お屋敷に向かうことになっています。ですから、帰りの御者はお願いできますか? ルルーシュさん」

「任せてくれ。その……、元気で」

 ルルーシュはモッド伯の人となりを知らなかったが『目をかける』という言葉で漠然と事情を察していた。

「シ、シエスタ、いいの? 分かってるの? モッド伯のところで働くってこと」

 ルイズは今にも泣き出しそうな表情をしていた。シエスタにとってルイズが自分を助けてくれた英雄なのと同じように、ルイズにとってもシエスタは特別な存在だった。ルイズがちょっとしたきっかけで助けただけで、これ以上ないほどの敬意を向けてくれた。シエスタを見るたびに、貴族としてしっかりしないといけないと思うのだ。貴族の誇りを気づかせてくれた教師のような存在なのだ。

 ルイズは、左目にある呪いの力を意識した。これを使えばシエスタを止めることができる。

「そ、そうよ。まだ学院で働けばいいじゃない。モッド伯なら、わたしがなんとか……」

「もう、決めたんです。ルイズ様」

 シエスタの表情は穏やかなものだった。それを見て、ルイズはギアスを使うに使えなくなった。こんな堅い意志を、ねじ曲げるなんて出来ない。

 豊かな草原を、穏やかな風がなでていた。その風を、シエスタは腕を大きく広げて全身で受け止める。

「ルイズ様。私、この村が好きなんです。村のみんなも大好きなんです」

「シエスタ、何言って……」

「ワインなどが良い値で売れますから、わりと豊かな村です。でも、不作の時もあります。病気が流行るときだってあります」

 栄養管理や衛生状態が完璧ではないハルケギニアでは、平均寿命は短い。それは主に、大人になれずに死んでいく子供の数が多いせいでもある。

 振り返り、村の方を見る。

「私が帰ってきたときに、弟や妹が減っていた。そんなのを見たくないんです。ぶしつけな話ですが、モッド伯のところでのお給金は学院よりもずっと高いんです。私が頑張れば、それだけ弟や妹が大きくなれるんです」

 疫病・不作・災害、ちょっとしたことで農村の生活は圧迫される。そんなとき、外部で金を稼いでいる者がいれば大きな助けになる。

「ありがとうございます。ルイズ様。最後にご一緒に旅が出来て、私は果報者です」

 

 帰りの馬車の中、ルイズはずっとうつむいていた。

「どうして、どうしてよ。なんであんな顔ができるの?」

 ルイズにはシエスタのことが理解できなかった。御者台に座ったルルーシュが言う。

「シエスタは自分の義務を果たそうとしているんだ。お前がいつも言ってる、貴族の義務と同じようなものだ」

 その言葉に、ルイズがきっと顔を上げる。

「訂正しなさい! ルルーシュ! 貴族の義務が身体を売ることと同じだと言うの!」

 ルルーシュが睨み返す。

「家族を守るために金を稼ぎに行くんだ。民を守るために戦いに行く貴族とどこが違う。お前こそ、シエスタの覚悟をそんな下世話な言い方で二度と言うんじゃない!」

 家族、という言葉に、ルイズは頭を抱えてうずくまってしまった。

 ルイズは自分の下の姉を思い出していた。水の秘薬を毎日のように飲んでいたちい姉様。それを当たり前のように考えていたが、平民には一日分ですらおいそれと出せる金額ではない。

「あの幸せそうな家族を守りたいと、そうシエスタは考えたんだ。弟や妹を守る、それは兄や姉の義務なんだ」

 ちい姉様は、身体が悪いのにいつも自分にやさしくしてくれた。魔法が上手くできなくていじけている自分を、お父様やお姉様に叱られて落ち込んでいる自分を、いつも励ましてくれた。あの笑顔に、どれだけ救われたか分からない。

 貴族と平民という違いではなかった。末妹と長女。その意識の差だった。シエスタは家族を支える長女で、ルイズは家族に守られて育った末の妹だった。

「ルル―シュ……わたし、立派な貴族になるわ。シエスタに負けないくらい立派に。いつかあの子と再会できたら、また誇りに思ってくれるくらい立派な貴族に」

 

 


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