虚無とギアス   作:ドカン

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舞踏会

 

 学院の一室、『フーケとの戦いで大けがをした』ミス・ロングビルが運び込まれた部屋。

 ルイズとルルーシュの主従は、フーケと対峙していた。フーケには杖もなく、怪我も治りきっては居ない。それでも、女盗賊は不適に笑った。

「で、あたしをどうしようってんだい」

 利用されるくらいなら舌を噛む。それくらいの気迫が伝わってきた。窮地にあってもさばさばとした態度を崩さないのは、さすがにトリステインを騒がせた土くれのフーケといったところだ。

 ルイズはそれに負けぬように、背筋をぴんと伸ばした。

「土くれのフーケ。いえ、あえてミス・ロングビルとお呼びします。二度と盗みをしないと誓うなら、わたしは貴女を見逃そうと思っています」

 甘いかもしれないが、それがルイズの出した答えだった。

「貴族がそんなことしたって知れたらタダじゃ済まないよ。さっさと引き渡して勲章でももらった方がいいんじゃないかい、お嬢ちゃん」

「あなたがただの盗賊ならそうでしたでしょう。……そういえば、ミス。ロングビルはアルビオンに行ったことがありますか?」

 その言葉で、フーケの表情から余裕が抜けた。

「わたしは子供のころに一度、家族での旅行でした。空に浮かぶあの雄大さは今も目に焼き付いていますわ。やはり先住の力で浮いているのでしょうか? たとえば……エルフのような」

「……腹芸をするつもりはないよ。単刀直入に言いな」

「自分の生き方を貫くか、大切なものを守るか、という話です」

 自分の何倍も濃密な人生を送ってきたであろう女性とにらみ合う。姉や父親とはまた違ったプレッシャーだ。ルイズは冷や汗が止まらなかったが、先に視線を外したのはフーケの方だった。その視線の先にはルルーシュがいた。

「……あんた、あのときあたしをコソ泥と言ったね。安っぽい自己満足だって」

「そんなこと言ったの、あんた?」

 ルイズはジト目で使い魔を見やった。当の本人は相変わらず涼しい顔で隣に控えていた。

「分かっちゃいたんだよ、八つ当たりでしかないって。でも、あたしには感情をぶつける場所が必要だった。別に貴族でもなんでも良かったんだ。……そうしないと、あの子を、何の罪もないあの子を、憎んでしまいそうで、怖かったんだ」

 淡々と語るフーケの表情は、どこか憑きものが落ちたようだった。おそらく今の表情こそが、フーケでもロングビルでもない、マチルダ・オブ・サウスゴーダの顔なのだろう。

 ルイズたちが思っていたよりも、フーケはあっさりと納得してくれた。自分の情報についてどうやって知ったかだけは何度も食い下がったが、ルイズは黙秘を通した。

「ま、いいさ。こっちはあんたらに命握られてる身だ。しばらくは大人しくしてやるよ」

 

 ロングビルを見舞った二人は、その足で学長室に向かった。

 部屋にはすでにタバサとキュルケが来ていた。ルイズたちが付くと、オスマンは『破壊の杖』を取り返してくれた礼を言った。

「ですが、杖はもう使えませんし、フーケも取り逃がしてしまいました」

「いいんじゃ。どうせ思い出の品ということでしかなったんじゃし。フーケによって悪用されるよりはずっといい」

「確かに、あの威力は悪用されたらシャレにならないわよね」

「同感」

 風竜の上から『破壊の杖』の力を間近に見た二人が言った。

 ルイズたち三人には精霊勲章が授与されることになった。ルルーシュとロングビルには何もないのを、キュルケが訴え出た。

「学院長、あんなにぼろぼろになるまで戦ってくれた二人に、何もないというのも無体な話ではありませんか?」

「分かっておる。勲章の類はないが、ワシが個人的に報奨金を出そう。治療費も満額学院で負担する」

 治療費、の下りでルイズが手を挙げた。

「あの、オールドオスマン。治療費はわたしに出させて頂けないでしょうか。ミス・ロングビルの怪我はわたしをかばってのものです」

「いや、生徒を守るのは職員として当たり前のことじゃ。それでおった怪我は学院が負担するのが当然じゃ。気持ちだけはありがたく受け取っておこう」

「……そうですか、わかりました」

 オスマン老はぽんぽんと手を打った。

「さて、今日は『フリッグの舞踏会』じゃ。このとおり『破壊の杖』も戻ってきたし、予定通り執り行う」

 キュルケの顔がぱあっと輝く。

「そうでしたわ! フーケの騒ぎで忘れておりました」

「今日の舞踏会の主役は君らじゃ。用意しておきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」

 三人は礼をするとドアに向かった。ふと、ルイズは立ち止まり、ルルーシュに視線を向けた。

「先に行っていて下さい。私は、少しお話がございますので」

「……そう。早く来なさいよ。あんたにはわたしのエスコートをしてもらうんだから」

「かしこまりました」

 ルイズが出ていったあと、部屋にはルルーシュとオスマン老、そしてコルベールだけになった。

「さて、私になにか聞きたいことがあるようじゃな」

「あの、『破壊の杖』は私がもともと居た場所の武器です。学院長の個人的な品だとお聞きしましたが、あれをどこで?」

 オスマン老は溜息をつくと、懐かしそうに話し始めた。

 三十年ほど前、オスマン老が森でワイバーンに襲われたところを、破壊の杖の持ち主が助けてくれたのだという。だが、その人物は怪我をしており、治療の甲斐無く亡くなった。破壊の杖は二本あり、オスマン老は片方をその人物の墓に埋め、もう一本を形見として宝物庫にしまいこんだ。

「彼はベッドの上で、死ぬまでうわごとのように繰り返しておった。『ここはどこだ。ニッポンに帰らなくては』とな。きっと、彼は君と同じ世界から来たんじゃろうな」

「なるほど。他にはなにか気づいたことは?」

「そうじゃのう。えらく趣味の悪い黒い服を着ておったのう。なんだか軍服のようにもみえたの。あと、たしか騎士団がどうとか言ったおった。しかし本当に趣味の悪い服じゃった」

「……そ、そうですか」

 なぜかルルーシュは顔をひきつらせていた。

「あと、おぬしのルーンじゃが」

「ああ、これですね」

 前髪を上げて刻まれた紋を晒す。オスマン老はそれを見て、しばし口をつぐんだあと、話し始めた。

「これなら知っておるよ。ミョズニトニルンの印じゃ。伝説の使い魔の証じゃよ」

「伝説、ですか」

「神の頭脳と呼ばれておる。ありとあらゆる魔道具を扱うことができたそうじゃ」

「伝説、ですか。この身がそんなたいそうなものだとは思えませんが」

 ルルーシュが額の紋をなでて言った。

「やはり、そう思わない方もいるでしょうね。お嬢様の姉君もずいぶんと関心をもっておられました。伝説の使い魔、ということは気づいていない様子でしたが」

「エレオノール嬢か……、それは災難じゃったな」

 オスマン老とコルベールが渋い顔をみせる。どうやらエレオノールもこの学院の出らしかった。

「おぬしがどういう理由でこの世界に来たのか、私なりに調べるつもりじゃ」

「ありがとうございます」

「何も分からんでも恨まんでくれよ。なあに、こっちの世界も住めば都じゃ、嫁さんだって探してやる」

 遠慮しておきますよ、と笑ってルルーシュは部屋を辞した。

 

 アルヴィーズの食堂の上の階は大きなホールになっている。舞踏会はそこで行われていた。中では着飾った生徒や教師たちが、豪華な料理がもられたテーブルのまわりで歓談している。

 ヴァリエール家の令嬢で『破壊の杖』を取り返してきたルイズはこのパーティの主役であった。上級生や他国の大貴族を押しのけ、ほぼ最後に入場してきたルイズの手を引いていたのは、使い魔の青年だった。

 真っ白なパーティドレスに身を包んだちいさなルイズ。黒いタキシードをまとった長身のルルーシュ。相反するような二人は会場のだれもが見とれるほど絵になっていた。ルイズの歩幅を意識させないくらい優雅なルルーシュのエスコート。それを当然であると言わんばかりの堂々としたルイズ。やがて音楽が鳴り始めても、誰も二人に声をかけることができなかった。

 一通り踊ったあと、ルルーシュは一人でバルコニーに出てきていた。

「ルルーシュさん。こんばんわ」

「ああ、君か」

 メイドのシエスタが、料理とワインを持ってきてくれていた。

「素敵でしたね。ルイズさま……あ、もちろんルルーシュさんも。お二人とも、歌劇の役者みたいでしたよ」

 シエスタは恍惚とした表情で目を輝かせていた。彼女にとってルイズはまさしく、物語の主役のようなものなのだろう。ならば、自分はそれを導く賢者か、それとも破滅に誘う悪魔なのか。

「そういえば、ルルーシュさんのその手」

 シエスタが、右手の紋章を指す。

「これがどうかしたかい?」

「いえ、私の村にある遺跡に、同じような紋章が刻まれていたものですから、ちょっと気になりまして」

「……詳しく聞かせてくれないか」

 

 


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