虚無とギアス   作:ドカン

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ロングビル

 

 ルルーシュはコルベールにこの世界の文字を教えてもらっていた。

 文字以外にも、ハルケギニアという世界についてのことを教わることもある。コルベールも忙しい身のはずだが、毎日のように時間を割いてくれる。彼としても、ルルーシュと話をするのは楽しいようだ。

 コルベールに教わったことや、この学院での生活を通して、ルルーシュはこの世界の情勢をおぼろげながらに理解していた。ルルーシュがいた世界に当てはめれば中世から近世のヨーロッパに酷似している。トリステインは絶対主義に近いようだが、それにしては諸侯の権力が強めのようだ。まあ、世界が違えば違う進歩をするのは当然だろう。なにしろ、魔法という分かりやすい違いがあるくらいだ。

 コルベールはルルーシュのいた世界のことをことあるごとに聞いてくる。特に、貴族ではなく平民が行う政治である、民主主義には強く関心を持っていた。この教師は、貴族でありながらかなりリベラルな考えの持ち主だった。

 ルルーシュ自身はかつて、復讐者として貴族体制に反逆した過去がある。しかし、ルルーシュは腐敗した貴族を否定していたのであって、貴族体制そのものを否定していたのではなかった。むしろルルーシュは民衆というものをあまり信用していないので、民主主義というものには懐疑的ですらあった。

 そもそもこの世界には民主主義はまだ早い。産業や思想など、民主主義に必要な要素が足りなすぎる。そのことを説明すると、コルベールは残念そうにうなだれた。

 次にコルベールが興味を持ったのは自然科学だった。こちらは、主義がどうこうというよりは研究者としての性のようだ。毎日なにかと時間を見つけてはルルーシュと話そうとしてくる。

 自然科学は本分ではないので勘弁してくれ、とはコルベールに伝えていた。もちろん、ルルーシュの世界では一般教養レベルの科学知識でも、この世界にとっては十分に革命的なのだろう。だが、それによってこの世界にもたらされるものは発展ばかりではなく、紛争や公害といった弊害も生み出すはずだ。

 進歩には弊害がつきものだ。犠牲なくして得られるものなどない。それは分かっている。だが、この世界を焼く資格があるのは、この世界に生まれ、この世界に絶望した者だけだ。異なる価値観を持つ、異邦人にはその資格はない。

 それに、革新的な発想は『異端』と見なされることもあるだろう。かのガリレオ・ガリレイも宗教裁判にかけられたという。

(ああ、もしかしたらガリレオは未来人か異世界人だったのかもな……)

 ルルーシュは、その馬鹿な妄想に思わず苦笑した。

 

 ミス・ロングビルは頭を抱えていた。目当ての宝物庫が、鍵は魔法の通じない特別性、壁はスクウェア・クラスのメイジによる固定化という、隙のない堅牢な作りになっていたからだ。これでは、ゴーレムによる力押しという最終手段でも突破出来ないかもしれない。

 そう、学院の眼鏡美人秘書ロングビルとは仮の姿。その正体はちまたを騒がす盗賊、土くれのフーケなのである。貴族の屋敷から次々と宝物を盗み出す謎の怪盗。強力な錬金と巨大なゴーレムを操る土のメイジ。

「でも、これはちょっとお手上げかねぇ……」

 そう独りごちたとき、ロングビルは階段を誰かが上ってくる音を聞いた。すぐに杖をしまい、眼鏡をして、いつもの美人秘書に戻る。

「おや、ミス・ロングビル。こちらで何を?」

 やってきたのはコルベールだった。

「ええ、宝物庫の目録を作っているのですが、肝心の鍵を借りるのを忘れてしまいまして。借りようにも学院長がご就寝中だったのです」

「ああ、それはお気の毒に。あのジジ……いや、学院長は寝ると置きませんしな」

「……ところでミスタ。お連れの方は?」

 コルベールの後ろには一人連れがいた。黒い服を着た青年で、確かヴァリエール公爵令嬢の使い魔の青年だ。彼は学院では使用人か従者のように振る舞っている。コルベールとは何かと仲が良いようだが、今はロングビルに遠慮してか使用人としての分をわきまえた態度をとっていた。

「ああ、ご存じでしょうが、ミス・ヴァリエールの使い魔をやっているルルーシュ君です。こちらにまだ不慣れだということで、文字などを教えてあげているのですよ」

「まあ、ご立派ですわ。ミスタ」

「コルベール先生には、大変お世話になっております」

 横でルルーシュが控えめな態度でそう言った。

「そんなにかしこまらなくてもいいんですよ。わたしは貴族の身分を無くした身なのですから。立場としては貴方と同じ平民です」

「そうなのですか。いえ、やはりこの学院の職員の方ということは、お嬢様がお世話になっている方ですから、そう気安くお話するわけにもまいりません。……ですが、たまに愚痴に付き合って頂けると助かります。お嬢様はその、気むずかしい方ですから」

「まあ。ミス・ヴァリエールに言いつけてしまいますよ?」

 そう言って笑い合う。ルイズを立てつつも、少しばかり冗談のネタにして笑いをとる。そんなやり過ぎない忠勤ぶりが好印象だった。

「その、ミス・ロングビル」

 二人に割って入るようにコルベールが口を開いた。その表情はどこか照れくさそうだ。

「もしよろしければ、なんですが……、昼食を一緒にどうですかな。その、これからルルーシュ君と食堂に行くところだったので……」

「ええ。私がまだこちらのことに無知なので、コルベール先生に色々とお話を聞かせていただいているんです。よろしければミス・ロングビルもご一緒していただけませんか? コルベール先生は大変博識なのですが、少し世間離れしているところがありまして……」

「おいおい、ひどいなルルーシュ君。まあ否定はできないがね」

 四十路男のつたないアプローチに、すかさずルルーシュが助け船を出す。こういう、気の付きすぎる男というのはちょっと好みではない。しかし、コルベールとの組み合わせはどこか微笑ましく、つい首を縦に振ってしまった。

 

 昼時には少し早いこともあり、食堂には人気がまばらだった。人気が多いとルルーシュが同席するのに良い顔をしない者も居るだろうから、よいタイミングだった。

 二人との会話は思ったよりも楽しいものだった。コルベールの豊富な知識を、ルルーシュの独特な着眼点で見るからだ。ルルーシュが聞き上手なのもあっただろう。自分の場合も同じで、思わず普段は話さないようなところまで話してしまうことがあった。

「そうだ。宝物庫の目録を作るのなら、ルルーシュ君に協力してもらってはどうですかな?」

「あら、なぜです? たしかにとても知的な方だとは思いますが、魔法に関しては素人のようですし……」

「それがですね。ルルーシュ君は使い魔の恩恵として……」

「コルベール先生」

 それまでずっと聞き役に徹していたルルーシュが、初めてコルベールの言葉を遮った。

「もうしわけありませんが、そのことについてはあまり他言するなとお嬢様から言づかっておりまして」

「あ、ああ。そうだね。私が浅はかだった。いや、すまない。つい話に夢中になってしまってね」

「あら、なんですの、二人だけで。ここまで聞かされては気になって夜も眠れませんわ」

 にっこりと笑いかけた。コルベールはごまかそうとしていたようだが、ルルーシュは少し考えたあとに、口を開いた。

「仕方ありません。ミス・ロングビルのような方なら大丈夫でしょう」

 そう言って、自分の能力の事を説明してくれた。なんと、彼はマジック・アイテムならば何でも触れるだけで使い方や効用がわかってしまうというのだ。

「すごい能力ですね……、たしかに秘密にしておこうというミス・ヴァリエールの気持ちも分かります」

「ご理解いただけたようで何よりです」

「ですが、ほんとうにルルーシュさんが居てくれれば宝物庫の整理はぐっとはかどりますね」

「そ、そうでしょう! なにしろあそこときたら、宝物とは名ばかりの使い方も分からないガラクタも放り込まれていますからなあ。はっはっは」

「もちろん、学院長やお嬢様の許可がいただければ喜んで協力いたしますよ」

「そ、そうかね! ありがとう。学院長には私から話を通しておくよ」

 先ほどの失態をごまかそうとしているのか、コルベールの声はやけに陽気だった。

 

「そういえば、ミスタ・コルベールは宝物庫にもお詳しいんですよね、たとえば……『破壊の杖』をご存じ?」

「おお、あれは奇妙な形をしておりましたなぁ」

「破壊、とはまた物々しい名前ですよね。どういった品なんですか?」

「いや、私自身説明の仕様がないのです。筒状の形をした奇妙な杖なんですが、使い方が誰にも分からないんですよ」

 ロングビルの瞳が光った。

「しかし、宝物庫はさすがに堅牢な造りになっていますわね。あれなら、かの土くれのフーケが来ても安心ですわ。もちろん、ミスタ・コルベールのような頼りになる方がいらっしゃるのでそんな心配も要りませんけど」

「いや、ははは。確かにメイジには開けるのは不可能でしょうな。スクエアクラスのメイジが数人がかりであらゆる呪文に対抗できるように設計したそうですから」

「メイジには、というと、なにか隙があるような仰りようですわね?」

「個人的な見解ですがな、あの宝物庫は物理的な力に弱いと思うのですよ。たとえば巨大なゴーレムなどを使って……」

 コルベールは自慢げに自説を語って見せた。聞き終わったあと、ロングビルは満足げにほほえんだ。

「大変興味深いお話でしたわ。ミスタ・コルベール」

 

 食事を終え、二人と別れて歩いていたロングビルは、駆け足でやってきたルルーシュに話しかけられた。

「どうしました。まだ何か?」

「いえ、差し出がましいお願いなのですが……また色々お話を聞かせていただけますか?」

「へ?」

 ああ、美人は大変だ。さっきのコッパゲもそうだが。この青年もいきなり使い魔として召喚されて色々不安なところに、自分のような知的な美人に優しくされてはすがりたくなるのも仕方ない。まあコッパゲと違って見た目も悪くないし、もう少し優しくしてやっても……などとロングビルが考えていると、ルルーシュが続けて言った。

「失礼かもしれませんが、貴族の身分を無くした、ということは色々大変な思いもなさったと思います。そういった、貴族とは違った視点での話が聞きたいのです」

「……」

「お嬢様は最近、色々思うところがあるらしく、貴族としてのあり方に悩んでおいでです。お嬢様には、ミス・ロングビルのような方のお話も、きっとためになると思うのです」

 ロングビルはルルーシュの主である公爵令嬢を思い浮かべた。魔法が使えず、ヒステリックな言動が多いとは聞いていた。直接面識があるわけではないが、好きには慣れそうにないタイプだと思っていた娘だ。

「……分かりました。その代わりと言っては何ですが」

「何でしょう?」

「宝物庫の整理の手伝いは、しっかりやってもらいますよ?」

「それはもちろん」

 優雅に一礼して去っていく。その後ろ姿を見て、ミス・ヴァリエールはけっこういい使い魔を引き当てたのかもしれない、そう思ったロングビルだった。

 


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