虚無とギアス   作:ドカン

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ギアス

 

 藁束の中で目覚めると、否応無しに自分の状況を思い出さざるを得ない。まだルイズは眠っており、ルルーシュは言いつけられたとおり洗濯をするべく外に向かった。

 女子寮の外に出ると、同じように洗濯物の山を抱えた使用人が目についた。

「ああ君、すまない。洗濯はどこですればいいのかな?」

 使用人の少女はきょとんとした顔をした。

「えっと、新入りの方ですか? 洗濯は私たちの役目なんですけど……」

 ルルーシュのことを新しく入った使用人と勘違いしているようだった。それも仕方ない。今のルルーシュの格好は白と黒を基調とした学院の使用人のものだった。ルイズが、農民そのままな服装をいやがって着替えさせたからだった。

「ああいや、俺は……」

「ああ! もしかしてミス・ヴァリエールが召喚されたという平民の方ですか?」

 ルルーシュのことはすでに使用人の間でも噂になっているらしかった。シェスタと名乗った少女に連れられ洗濯場に向かう。洗濯機も洗剤もない洗濯というのは初めてだったが、運動神経が絶滅している代わりに、妙に小器用なところがあるルルーシュなので、わりとすぐにコツをつかむことができた。

「助かったよ。洗濯なんてしたことがなかったから」

「いえ。困ったときはお互い様ですから。使い魔なんて大変だと思いますけど、何かあったら遠慮なくおっしゃってくださいね」

 シェスタと別れたあと部屋に戻ると、ルルーシュの主ははちょうど起きたところだった。起きたときに側に居なかったことをあれこれ言われたが、洗濯に行っていたことを言うと渋々納得したようだった。

「じゃあ、服。お願い」

 服を着せろ、という意味だとすぐに理解した。自分自身、幼いころはそうやって服を着せてもらう立場だったこともあるからだ。指示されたとおりに、タンスの中から制服を取り出し着せていく。ほっそりした肩や柔らかい髪を見ていると、身体が不自由だった妹のことを少し思い出す。

「なんか、手慣れてるわね。どっかで使用人でもやってたの?」

「いいや。妹がその……、体が少し不自由だったんだ。こうやって服を着せてやっていたことがあった」

 さすがに妹が年頃になってからは使用人にやってもらっていたが、幼いころ、世界には自分と妹しかいないと思っていたあのころはルルーシュの仕事だった。

「そう……妹がいるの。体が弱いのね」

「……?」

 何か思うところがあったらしく、ルイズは黙りこんでしまった。

 

 支度を終え、部屋を出たところで、別の女生徒とはち合わせた。赤い髪と豊満な肉体が印象的な女性である。ルイズはいやな奴にあった、と言わんばかりに顔をゆがめていた。

「あら、おはよう。ルイズ」

「おはよう。キュルケ」

 挨拶もそこそこに彼女―キュルケは後ろに控えていたルルーシュをぶしつけにじろじろと眺め回した。

「ふうん。本当に人間なのねえ。あっはは、おもしろいじゃない。さすがはゼロのルイズ」

 ルイズの白い頬に、さっと朱がさした。そこで、ルル―シュは一歩前に出た。幼い頃に仕込まれた貴族の礼をもって頭を垂れる。

「はじめまして、ミス。ルイズ様の使い魔をさせていただいているルルーシュと申します。以後、お見知りおきを」

「あら、ヴァリエールの使い魔にしては礼儀がなってるわね。あたしはキュルケ・フォン・ツェルプストー。キュルケでいいわ」

 じゃあね~と言って、キュルケは去っていった。巨大なトカゲがそのあとに続いていく。あれが、一般的な使い魔なのだろう。尻尾に火がついている以外は思ったより普通だ。

「ちょっと、ちょっっとあんた!」

「ん? どうした」

「何よ、さっきのは。ツェルプスト―にやってた態度は。わたしにしてるのとずいぶんな違いじゃない」

「従者としての義務を果たしただけだ」

「じゃ、じゃあわたしに対してももっと従者らしくふるまいなさい!」

「周りに人がいるときはそうするが、二人のときは別だ。貴族も平民も関係ない。敬意を払われたければ、それにふさわしい人間だと見せてみろ」

 ルイズは悔しそうに顔をゆがめたあと、ぷいとそっぽを向いて歩き出した。

「見てなさいよ! そのうちわたしの名前を聞いただけで靴をなめたくなるように躾けてあげるんだから!」

 

 ルイズはルルーシュを連れて食堂へとやってきた。『アルヴィーズの食堂』の豪華さを見れば、少しはこの生意気な使い魔が驚くかと思ったのだが、ルルーシュはいつも通りの澄ました顔であたりを眺めていた。

 一瞬、床で粗末な食事を与えて立場というものを分からせてやろうか。という気になったが、さっきのルルーシュとのやりとりを思い出して、すぐに思い直す。

「ルルーシュ、この食堂は貴族専用なの。だからあんたは厨房に行って賄いをもらってきなさい。わたしの名前をだせばいいわ」

「かしこまりました、お嬢様。それでは、失礼いたします」

 慇懃無礼な態度で頭を下げて去っていく。使い魔の態度は腹立たしかったが、その様子を少し羨ましそうに見ている女生徒がけっこういたのは、悪い気はしなかった。

 ルルーシュは黙っていれば端正な顔立ちをしているし、背も高くスタイルもいい。勘違いする女の子がいてもまあ、おかしくはないだろう。ルイズのような大貴族の出の者からすれば、大量にいる使用人はあくまで空気のようなもので、そういう風に考える感覚がいまいちぴんとこないのだが。

 

 朝食のあと、ルイズとルルーシュは合流して授業に向かった。教室に入ると、先にきていた生徒達がくすくすと笑いはじめる。明かにルイズをあざ笑ったものだったが、ルイズは慣れた様子でずかずかと席に向かった。

 ルルーシュは何も言わないで教室の後ろに向かおうとしたが、ルイズに呼び止められた。

「どこいくのよ。ちゃんとご主人様のとなりに座りなさい」

「ですが、平民のわたしが座っていては他の方達に反感を買うのでは? 通路に立っていても座っていても邪魔になりますし」

「いいのよ。他の連中だって使い魔を連れてきてるんだし、文句は言わせないわ」

 使い魔は一瞬だけ普段の目つきでルイズを見たが、すぐに慇懃無礼な仮面を被って席に座った。

 ルルーシュは表面的には取り澄ました従者の顔を崩していなかったが、内心はもうパニック寸前だった。なにせ、神話や伝説にしかいなかった怪物が教室のあちこちにいるのだ。もともと不測の事態には弱いタイプなので、管理されている使い魔のはずだから大丈夫だと分かってもなかなか落ち着かなかった。

 そんなルルーシュをよそに授業は始まった。教師は中年の女性だった。紫色のローブに身をつつみ、帽子をかぶっている。ふくよかな頬が優しい雰囲気を漂わせている。

 彼女は教室を見回すとほほえんで言った。

「皆さん、春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、さまざまな使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」

 ルイズはうつむいてしまう。

「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」

「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いていた平民を連れてくるなよ!」

 その声とともに、教室が爆笑に包まれる。ルイズが立ち上がって、まっさきに馬鹿にしてきたふとっちょの少年に向かって怒鳴り散らす。

「違うわ! ちゃんと召喚したもの、こいつが勝手に来ちゃっただけよ!」

「嘘つくな! サモン・サーヴァントができなかったんだろ、ゼロのルイズ!」

 ゲラゲラと教室中が笑う。

 たまりかねたルイズが、怒りと羞恥にゆがんだ瞳でふとっちょの少年をにらむ。

「二度とその名前でわたしを侮辱するんじゃないわよ! 風邪っぴき!」

 その瞬間。ルイズの瞳に、羽ばたく鳥のような紋章が浮かび上がる。呪いの瞳が、ふとっちょの少年の瞳へと羽ばたいていく。

「あ、ああ。わかったよ。ルイズ」

 さっきまでの勢いが嘘のように、ふとっちょの少年は大人しくなり、席に着いてしまった。もはやルイズの方を見ようともしない。

 その急な変化に、教室の中の全員があっけにとられた。先頭にたって騒いでいた者が急に黙ってしまったので、教室の中はしんと静まっていった。

 

 

 授業のあと、ルイズとルルーシュは爆破された教室の残骸を片付けていた。

 授業の最中、教科担任に当てられたルイズが、『錬金』とかいう魔法を実演してみせることになったのだ。ルルーシュはまだ魔法というものをあまり見たことがなく、ルイズの魔法も初めて見るので期待していたのだが、その結果としてこの惨状だった。魔法を失敗して教室を半壊させてしまったのだった。幸いけが人は出なかったものの、ルイズは罰として教室の掃除を命じられたのだった。

 同時に、ゼロのルイズ、という二つ名の理由も分かってしまった。魔法の出来ない、成功率『ゼロ』のルイズ。ギアスを使う、『ゼロ』、これほどの皮肉があるだろうか。

「ゼロか……」

 ふとこぼれたつぶやきに、ルイズがきっとにらみつける。

「そうよ! 悪かったわね、どうせ、わたしはゼロよ! ちいさいころから、ずっと、ずっと頑張ってるのに、どうして一回も成功しないのよ……」

 魔法という、分かりやすい基準で平民と貴族が区別されるこの世界で、魔法が使えない貴族というのは惨めなものだろう。

「今は、そんなことはどうでもいい」

「そ、そんなことですってぇ!」

「言っただろう。貴族か平民か、魔法が使えるか使えないかなど、俺にとってはささいなことだ。それよりも、さっきのことだ」

 その言葉に、ルイズがはっとした顔になる。

「さっき、おまえをからかっていた奴を黙らせただろう」

「だ、だって、あいつ、いっつもわたしを馬鹿にするんだもの」

 ルイズは目を背けて、そう言い訳をする。たしかに魔法が使えないことが屈辱なのはわかる。日常的に嘲笑を受けてきたのも分かった。その鬱憤をついぶつけてしまったのも、理解はできる。だが

「それで、何の解決になるんだ?」

「……」

「いくらあの小太りを黙らせようが、お前自身は魔法が使えないままだ」

「……うるさい」

「そうやって、おまえを馬鹿にするやつらを全員ギアスにかけていくつもりか?」

「うるさい! うるさいうるさいうるさーい!」

 うずくまって黙り込んでしまう。こうなるともうどうしようもない。仕方なく、ルルーシュは黙々と片付けを続けた。

 ルイズはしばらくすると、ぽつりぽつりと語り始めた。

「……魔法が使えないからって、ずっと馬鹿にされてたわ。ずっと周りに認められたかった」

「認められたい。そう思うのは悪いことじゃないさ」

「でも、こんな力を使っても、むなしいだけだわ。いつかすごい魔法をつかって、風邪っぴきをぎゃふんと言わせるつもりだったのに」

 ついカッとなって、他者の精神を曲げてしまった。その事実をルイズは重く受け止めているようだった。昨日、精神を操る魔法が禁止されていると言っていたし、犯罪を犯してしまったような意識でいるのだろう。

「結局、わたしは自分で自分を認めないと、意味がないんだわ」

「自分には、嘘がつけないからな」

 そうね、とルイズは自嘲気味に笑う。

 

 まだ少ししか見ていないが、ルイズという少女は未熟で危うい部分が多い。公爵令嬢としてのプライドと魔法が使えないというコンプレックスが同居しており、そのジレンマを癇癪のような形ではき出してしまう。その部分をどうにかしないと、貴族や公爵として人の上に立つなどとうてい無理だろう。

 だが、魔法が使えない貴族というのは、力なき平民の立場でものを見ることも出来る、ということでもある。もちろん、彼女がそう望めばの話ではあるが。

 彼女の願いは、「立派な貴族になりたい」というものだ。ギアスを与えてしまった以上、その望みをかなえてやるのが、自分の義務なのかもしれない。

 

「ってか、あんたほんっっとに体力ないわねー、この役立たず!」

「ゼェ……ゼェ……、もとはと言えば、おまえの、尻ぬぐい、だろうが」

 


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