「な、何? 今のが、コントラクト・サーヴァントなの? で、でもこの力は……」
無理矢理キスをしてきた少女が、自分の身に起こった変化にうろたえていた。少女はすぐにルルーシュの視線に気づく。
「お前……一体自分が何をしたのか分かっているのか?」
「あ、あんたが原因なの、これ?」
少女は左目に羽ばたく鳥のような紋章を浮かべて見せる。
「なんなのこれ……、先住魔法?」
「……それは、ギアスといって、俺の……一族と契約すると使えるようになる力だ」
「先住魔法を与えるって……あんた精霊?」
「精霊? ……違う。というかここはどこだ? お前は誰だ? ああもう……」
ルルーシュとルイズがお互いに困惑していると、禿頭の男が近づいてきた。物腰からいって、この場の責任者に違いない。
「おい、とりあえずその力のことは誰にも言うなよ」
「あ、当たり前じゃない。こんな先住もどき、下手したら異端扱いされちゃうわよ」
異端? 先住? なんのことだ。ルルーシュは問いただそうと思ったが、その前に禿頭の男が話しかけてきた。
「ふむ、サモン・サーヴァントは何度も失敗したが、コントラクト・サーヴァントはきちんと出来たようだね」
「相手が平民だから出来たんだろー」
「当たり前だろ、竜や幻獣じゃできっこないって」
周囲で遠巻きに見ていた子供らは、何やかんやとはやし立てている。どうやら、目の前の少女をネタにして楽しんでいるらしい。
学校、か? それにしても妙な服装だ。それにちらほらと見える怪物は一体……。もはや疑問に思うのも面倒になってきたそのとき。
「が、ぁああああ?」
ルルーシュの体に原因不明の激痛が走った。思わずその場にうずくまる。
「な、何を、した」
「使い魔のルーンを刻んでいるのよ。すぐに済むわ」
「な、なんだ、それは……」
ルルーシュは並大抵のことでは死なない(正確には死ねない)不老不死だが、痛いものは痛い。
(使い魔? なんらかのギアスの力か? しかし、ギアスに関するものはほとんど抹消したはずだ)
そんなルルーシュをよそに、禿頭の男が子供らに指示を出している。
「さて、皆は先に教室に戻りなさい」
周囲にいた少年少女が、いっせいに宙に浮かんだ。遠くに見える石造りの建物に向かってとんでいく。ルルーシュは激痛の中で呆然とそれを見送っていた。
「飛んでいる……ありえない」
ギアスは物理的な効力を持つわけではない。彼の義弟が使っていた絶対停止の結界も、時間を止めるのではなく、その時間の知覚を人から奪うギアスだった。どんなギアスでも空を飛ぶようなことはできない。どこかのの変態科学者が何か造ったのかとも思ったが、そういう風にも見えない。
「空くらい飛ぶわよ。メイジだもの」
彼のつぶやきに少女が応える。
「……すまない。まだ混乱しているようだ。ここはどこかなのかと、俺はなぜここにいるのかを教えてくれないか」
「だ・か・ら! あんたをわたしが召喚したの! 今日からあんたはわたしの使い魔。それでここはトリステインの魔法学院。びっくりしてるのは分かるけど、わたしも我慢するから、あんたも我慢しなさいよね」
「えっと、トリステイン、というのは国家の名前なのか?」
「当たり前でしょ、どこの田舎の出なのよ、あんた」
聞いたことのない名である。細かい地名ならともかく、国家として成立している名称なら自分が知らないわけがない。それにあの飛んでいた子供たちは……
「ああ君、ちょっとすまない。そのルーンを見せてくれないか」
禿頭の男が、ルルーシュの額をさして言った。
「ルーン?」
「ああ、自分では見えないね。君の額に刻まれたルーンのことだよ」
とりあえずそれに従って右手で髪をかき上げる。禿頭の男はなにやら複雑な紋様をスケッチしていった。
「ふむ。珍しいルーンだね……ん? これは……、何かね?」
「あ、ああ。これは私の一族に伝わる風習のようなもので……」
ルルーシュは、右手の手のひらに刻まれていた紋章を隠すようにして言った。真実ではないが、まったくのウソというわけでもない。手のひらにある羽ばたく鳥のような紋章。コード。持つ者に不老不死を与える、呪いにも似た紋章だ。
「ほう、手のひらに刺青を入れるのか、変わっているね。東方かどこか未開の……あ、いや。すまない。君の一族を侮辱するつもりはないんだ」
「いえ、気にしていませんよ」
ルルーシュは、禿頭の男をしっかりと見ながらいった。自分の顔を相手によく見えるようにしながら。
「ああ……いかんな。私は熱くなると周りが見えなくなってしまってね。君も混乱しているだろうに、すまない」
しかし、禿頭の男はルルーシュの顔を見ても何も驚かなかった。
それが何を意味するか。自分の顔は、世界中の教科書に載っているはずなのだ。ブリタニア最後の悪逆皇帝として。第一、この男くらいの年齢ならあの時代の記憶があって当たり前だろう。だというのに、ルルーシュの顔を見てなんの反応もないというのは、どういうことだろうか。
「なにぶん異例のことでね。ミス・ヴァリエール、このあとの授業はいいから、彼としっかり話をしなければね。よければ私も同伴しよう」
「お心遣い、感謝します。ミスタ・コルベール」
(なんなんだ次から次へと……)
うんざりとしながら空を仰ぎ見る。
「……ああ」
そこには、どうしようもない現実が存在していた。薄くなってきた色の空に、くっきりと浮かび上がった二つの巨大な夕月が。
ルルーシュはルイズと名乗った少女とともに、禿頭の男の研究室だという部屋に通された。部屋の中はなるほど、研究室というだけあって雑然としていた。
信用してもらえないだろうとは思ったが、とりあえず自分が異世界から来たのだということを主張してみた。自分のいた世界にはメイジも魔法もなかったし、月も一つだけだった。トリステインやゲルマニアという国の名前にも聞き覚えがない。
ルイズの反応は予想通りのものだった。
「はぁ? あんた何言ってんの。メイジがいない? 月が一つ?」
「いや、俺も正直何が起きているんだか……」
自分自身、ギアスやコードという超常の力には縁があったし、神根島や思考エレベータのことで、どこか他の場所に跳ばされるという現象にも経験があった。それでも異世界という事実には困惑しているのだ。ルイズが信じられないのも無理はない。
だが、コルベールと名乗った禿頭の男は、別の反応をしてみせた。
「こ、これは? ルルーシュ君、この時計をちょっと見せてもらっていいかい?」
ルルーシュが左手に付けていた腕時計だった。言われた通り、外してコルベールに渡す。アナログ式のどうということのない時計だったが、どうやらこの世界には過ぎた技術の代物だったようだ。平民の一日二日の給金で買える物だと告げると、さらにコルベールは仰天していた。
コルベールが熱心に時計を調べている間、ルルーシュは部屋の中を眺めていた。石造りの室内には、見事なまでに機械類が全くなかった。机の上にある羽根ペンとインク壺はどう見ても実用されているようだし、、鑞がたっぷりこびりついている燭台も同様だった。当たり前だが、天井には電灯などついておらず、蝋燭から出たすすで黒ずんでいた。
二つの月で確信はしていたが、こうやって生活臭のある光景を見ると、改めてここが異世界なのだと実感できた。
そうこうしているうちに、コルベールが時計から顔を上げた。
「なるほど、君の話を信じよう。ルルーシュ君」
「ミスタ・コルベール? 冗談でしょう?」
ルイズが反論するも、コルベールは時計を見せながら問い返す。
「しかし、ミス・ヴァリエール。君はこんなに小さく、かつ精巧な時計を見たことがあるかね? 私が持っているゲルマニアの最新式でもこの三倍は大きい。それに、この帯の部分の素材を見たまえ。私はこんな素材は見たことがない。少なくとも、彼が我々がまるで知らない遠い場所から来たというのは間違いないだろう」
実物を見せられては、この少女も反論はできないようだった。
「でだ、ルルーシュ君。君の国にはメイジがいないという話だが、この時計を平民……ああ、こういう言い方は君には適当ではないのか、その、魔法を用いないで作ったということかね? それにこの帯は何で出来ているんだい? ああそれと……」
話を進めてくれるのかと思っていたコルベールが、未知の技術に興味を惹かれたらしく矢継ぎ早に質問攻めにしてきた。さきほどのルーンの件といい、やや好奇心が強すぎる人間らしい。
「すみません。できれば、こちらの世界のことをまず説明していただきたいのですが……特に使い魔などのことを」
ルルーシュがそういうと、ようやくコルベールは我に返って、恥ずかしそうにしてルイズに説明を促した。ルイズによって使い魔の契約の詳しい説明を受ける。
「帰る方法が、ない?」
主と使い魔は一心同体。どちらかが死ぬまで契約は切れることがないという。そして、還すための魔法は存在しない。
「うむ。我々の知っている国ならば直接行けば良かったのだが……」
「そうですか……」
「だ、だいたい勝手に帰るなんてわたしが許さないわよ! あんたはもうわたしの使い魔なんだから」
その物言いに、つい目線が鋭くなる。
「勝手に呼びつけておいて、ずいぶんな言いぐさだな」
「そ、それはだって……、メイジは使い魔を選べないんだし、仕方ないじゃない。わたしだってホントはドラゴンとか幻獣の方がよかったわよ。あんたみたいな平民じゃなくて」
言い様は横柄だったが、その顔には精一杯の虚勢が見て取れた。使い魔に弱みを見せまいと必死なのかもしれない。そんなルイズを見て、それ以上何かを言う気がなくなってしまう。
帰る方法が分からない以上、当面の間の生活をどうにかしなければならない。ぶっちゃけた話、ルルーシュは食事を取らなくても死にはしないのだが、それでも寝床くらいは必要だ。それに、帰る方法を探すためにも必要なものはたくさんある。よく分からないが、この世界では縁故もない平民が働ける場など肉体労働しかなさそうだ。はっきり言ってルルーシュは肉体労働に向いていない。ならば、この少女の使い魔をしつつ帰る方法を探すというのが現実的だろう。
「……よし、分かった。おまえの使い魔をやってやる」
「ほ、ほんと? ……って何言ってるのよ、当たり前じゃないの。ま、まったく」
「ただし、条件がある。もとの世界に帰る方法を探すのに協力することだ」
「……帰る方法が見つかったら、すぐに帰るつもり?」
「それは安心しろ。少なくともおまえが死ぬまでは付き合ってやるさ」
どうせ、自分を待っている人物などは一人しかない。あいつなら、数十年程度は待たせても大丈夫だろう。心中で緑髪の少女に詫びつつ、目の前の桃髪の少女に向き直る。
(こいつにギアスを与えてしまった責任もあるしな……)
コード保有者であるルルーシュは、ギアス所有者の気配を察知することができる。目の前の少女には、確かににギアスが発現していた。
「それで、俺は何をすればいいんだ? ご主人様?」
さきほど、使い魔については説明を受けていた。使い魔の役目というのも一通り聞いたが、ルルーシュにはどれもこなせそうにないことだった。感覚共有は仕方ないとして、物資の採集や護衛などは畑違いにもほどがある仕事だった。
「ま、とりあえずは従者扱いでいいわ。わたしの身の回りの雑事でもしてもらうから」
「……それが使い魔の仕事なのか?」
「だって、あんた弱っちそうだし。使い魔として使えないなら従者くらいはやりなさい」
渋々うなずくと、ルイズは満足そうにしていた。
それから、コルベールの発案で、ルルーシュにこの世界のことを教えてくれることになった。ルルーシュが尋ね、ルイズがそれに答えるという形で話は進んだ。これから主人と使い魔になるのだから、会話をしっかりするべきだということらしい。ルイズの返答に、所々でコルベールが補足を加えてくれた。
ルルーシュは、社会体制・文化・産業・魔法……、ありとあらゆることを尋ねた。ルルーシュの質問はこの世界の人間にはない視点からのものも多いのか、コルベールは何度もメモをとっていた。
「では、ルイズやコルベール先生も、こういったものを作れるんですか?」
机の上の液体が入ったガラス瓶を指して言う。そういうと、なぜかルイズはさっと顔をそらしてしまった。ルルーシュは少し訝しく思ったが、すぐにコルベールが質問に答える。
「いや、ミス・ヴァリエールはまだ学生の身だから無理だ。私もこんな透明度の高いガラスの器は作れないな。私の専門は『火』だからね。せいぜいくすんだガラス玉ていどさ。土のメイジでも、こんな瓶を簡単に作れるのは専門の職人だけだと思うよ」
「なるほど、魔法といえども万能というわけではないのですね」
そう言って、何気なく瓶を手に取る。すると、何をするわけでもなく、自然とその瓶の中身の液体の効用や使い方が理解できてしまった。
「なんだ、これは……?」
突然のことに驚いていると、何故かルイズも驚いた声を上げた。
「あ、あんた。額、額! ルーンが光ってる! コルベール先生、なんですかこれ!」
「ふむ。使い魔の契約は使い魔に特殊な能力を与えることがあります。ルルーシュ君、何か体に変化はありませんか?」
「はい。瓶を手に取っただけでこの中身の薬品の効果や使い方が分かったんですが、これはそのルーンの効果なんでしょうか?」
「へえ……、マジック・アイテムの鑑定能力ってわけ? あんた、意外と使えるかもね。どんな薬だったの?」
「疲労回復に使う薬のようだな。眠気覚ましの効果もある」
「おお! やはり人間を使い魔にした場合はまた未知の能力が現れるようだね!」
コルベールが嬉々として部屋にあったマジックアイテムの数々をルルーシュに渡してくる。そのつど高価や使い方を当ててみせた。ルイズも自分の使い魔がタダの平民ではないとわかり満足げだ。
「……はっ!」
そんな調子で、ルルーシュが机の上にあった小瓶を手に取ると、コルベールはさっと顔色を青くした。ルルーシュの手から素早く瓶を奪うと、戸棚の奥に隠してしまった。
「こ、これはとある研究所に勤める友人から譲ってもらったものでね。まだ実験段階のものであまり情報が出回るとまずい物なんだ。な、なので口外はしないでくれるかな? ルルーシュ君」
「そ、そうなのですか。すみません、わたしの使い魔が考えなしに……」
「……い、いや。こんなところに置いておいた私が悪いのだ。君らが気にすることではないよ」
そのやりとりに、瓶の中身を知っているルルーシュは苦笑せざるを得なかった。何を隠そう、その中身は養毛剤だったのだから。
コルベールの部屋を辞すると、ルルーシュの農民くさい格好に我慢がならないらしいルイズが、使用人用の服を調達してきた。明日からこれで過ごすことになるようだ。
自室だという女子寮の一室に入ると、早速ルルーシュに問いただした。
「で、この力はいったい何? あんた何者?」
自分の左目を指さして言う。
「言わなかったか? その力はギアスと言って、俺と契約したことで使えるようになる力だ。どんな力が使えるようになるかは人それぞれだがな」
「魔法じゃないのよね……」
なぜか、残念そうにルイズが言う。
「俺のところには魔法なんてなかったからな。ところで、どういう能力だ? 自分で分かるだろう?」
ルルーシュもそうだったが、ギアスは手に入れた瞬間に効果と使い方が分かる。細かい制限については自分で調べないと分からないこともあるが。
「命令をきかせる力みたい。直接相手の目を見て使うようね」
「……それは」
かつて、ルルーシュが持っていたのと同じ力だった。どんな相手にでも命令をきかせることの出来る、絶対遵守の力。
「言っておくが、その力を気軽に使うとろくなことがないからな」
「……分かってるわよ」
意外だった。せっかく手に入れた力なら使ってみたいだろうに。魔法がある世界だし、そんなにギアスも物珍しいものではないのだろうか? そう聞くと、ルイズはものすごい剣幕で怒鳴り散らした。
「いい! あんたは知らないだろうけど、こんな杖もマジック・アイテムも使わない魔法は先住魔法って言ってね、エルフたちが使うような異端の技なのよ。系統魔法でだって、人の精神を操るような魔法は禁呪よ禁呪。き・ん・じ・ゅ! 分かる? 使ったのがばれたらタダじゃすまないんだから」
「ああなるほど」
さすが魔法がある社会だ。社会通念に反する魔法を取り締まる規則も存在するのか。それに加えて異端という宗教的な理由。法律と宗教のダブルで禁止されていては、おいそれと使えないだろう。
この世界では、ギアスについてはそれほど心配することもないのかもしれない。そうと分かると、次は自分のこれからのことについて考えなければならない。
「では、使い魔としては業務内容を聞きたいのだが」
「雑用って言ったでしょ」
そう言うと、ルイズは当然のように服を脱いで寝間着に着替えだした。
「じゃ、これお願いね」
上着やスカート、下着までもが押しつけられる。洗濯しておけ、という意味だろう。従者扱いだとは分かっていたが、ここまで露骨だとは。
「……俺はどこで眠ればいいんだ?」
「それ」
ルイズはベッドの上から部屋の隅を指さす。そこには藁束がたっぷりと敷き詰められていた。呆然としているうちに、ルイズはさっさと眠ってしまったので反論もできない。
(床で寝ろ、か……)
なんだか少し懐かしくなってしまったルルーシュであった。