ルルーシュは第二工場に個人的な事務室を与えられている。仕事で学院に帰れないときはここで休むことが多いが、ここにもベッドはなく、あるのは応接用のソファだけだ。藁束と比べればずいぶん文化的だが、眠る場所ではない。先日、ルイズの実家ではちゃんとしたベッドが割り当てられたのだが、逆にベッドの柔らかさで上手く眠れなかった。本格的に使い魔じみてきたな、と苦笑したものだ。
さて、そのルルーシュの寝床であるところのソファに、今はエレオノールが座していた。テーブルの上には工員の名簿が広げられている。ルルーシュとエレオノールは、ラ・ロシェールにつくる予定の新しい工場の計画を話し合っていた。
調べたところ、トリスタニアと違って人口の少ないラ・ロシェールには定職についていないメイジというのが少ない。そのため、まずトリスタニアで新しい人員を募集し、工場で研修をさせてから現地に向かわせるという計画になっていた。
エレオノールの考えた計画はほぼ完璧なものだったが、ルルーシュはそれに物足りなさを
感じていた。これはエレオノールが悪いわけではない。この物足りなさは、ルルーシュがずっと感じていたことだった。
「何か文句があるなら言ってごらんなさい」
「はい?」
「貴方のその、いつも一歩引いたような態度は正直カンに障るのよ。たまには言いたいことを言ってみても良いんじゃないかしら?」
エレオノールは苛立たしげに言った。さすがに、何ヶ月も顔をつきあわせて居れば、気づく人間は気づくものだ。
「そうですね、では……」
ルルーシュは、観念したように話し始めた。
「エレオノール様、新聞というものに興味はございますか?」
「はぁ? 新聞? 新聞というと、あの新聞のことよね」
ハルケギニアでは定期的に、不特定多数の人間に読ませるような新聞は存在しない。政変や戦争など、民衆に不安が広がるようなときは情報を広く流布するために発行されるが、平時に置いてはそういったものはない。
「はい、その新聞です。エレオノール様好みの話だと思いますよ。お嬢様にはまだ早いかもしれませんね」
マスメディアの持つ力は絶大である。民衆を効率よく支配するには、これ以上ないといっていいくらい有効なツールだ。そのことをエレオノールに、婉曲にわかりにくく説明した。
「なるほどね……」
エレオノールはルルーシュがわざとわかりにくく言っていることに気づいたようだが、話の内容については興味深そうに聞いていた。
これは、エレオノールとヴァリエール家に対するごほうびのようなものだった。公爵もエレオノールも、ルルーシュに対して公平な態度で接してきた。あえて取り込もうとせず、あくまでルイズの使い魔だという姿勢を崩さなかった。それに対する義理立てだった。
無論、それだけではない。新聞はただプロパガンダを流すだけでなく、広告媒体としても優秀である。新しい市場に製品の情報を浸透させるのにはうってつけだ。
マーケティングの基本は、価格・流通・製品、そして広告だ。最初の三つはハルケギニアにもあるが、広告という概念は薄い。プロモーションと言えば、もっぱら口コミのような受動的なものに限られている。広告のような、積極的なプロモーション活動はほとんどないと言ってもいいだろう。
問題は識字率だ。シエスタに聞いたところそれほど低くはないようだ。少なくとも、一つの集落に一人も字の読める者がいない、などということはないらしい。あとは印刷技術だが、平民がちょっとした贅沢で本を買える程度には発達している。しかも魔法をほとんど使用しない、つまりルルーシュの世界と同じ技術が発達しているので、平民を使うことができる。これは将来的にルイズも喜ぶ企画になるだろう。
新聞に付いての話を終えると、エレオノールが思い出したように切り出した。
「そう言えば、殿下がいらっしゃるのはもうすぐね」
「そうですね。お嬢様は本当に楽しみにしています」
ルイズはちょっと行き過ぎなくらい張り切っていた。色々あった反動なのかもしれない。ルルーシュは、工場全体を飾り付けて緋毛氈の絨毯を用意しようとしていたルイズをなだめて、応接室を豪華にした程度でガマンさせていた。
「ルルーシュ。貴方、マザリーニという名前を知っている?」
「枢機卿猊下ですね。大変ご立派な方だと伺っています。もちろん、噂程度の話ですが」
「そ。そのご立派な枢機卿猊下についてのお話よ」
エレオノールは眼鏡をコツコツと指で叩いた。
「貴方は権力と距離を置きたくて、それにふさわしい振る舞いも出来るかもしれないけど、ルイズは違うわ。枢機卿や、老獪な宮廷雀の相手をさせたらすぐに取り込まれるに決まっています。私と貴方でその辺りのフォローをするのでそのつもりでいなさい」
当日、到着した王女の一行を、従業員達は一斉に杖を掲げて迎えた。生産ラインを止めているわけではなく、非番や休憩中の者たちが自主的に集まってきたのだ。
ここの工場で働いているのは、ほとんどが職にもありつけなかった下級貴族のドットメイジである。王族を迎えるという栄誉に与るなどほとんどなかった者たちだ。工場をあげての大騒ぎになるのも当然だった。
エレオノールとルイズの姉妹が、工場を代表して一行を出迎えた。ルルーシュは従者として後に控えていた。
エレオノールは挨拶だけを済ませると、ルイズに案内役を任せた。
「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ。宮廷で懐かしい名前を毎日のように耳にするもので、居ても立ってもいられずに来てしまいました。ご活躍のようですね」
「姫殿下。わたし共の工場にお越し下さり、光栄の至りでございます」
「ふふ。ゲルマニアからのお客様が、トリスタニアでは駅舎にまでガラス窓があるのかと驚いておられましたよ。わたくしも鼻が高かったわ」
「ありがとうございます。本日はわたしが案内役をつとめさせていただきます。では、こちらへ」
かしこまった声でルイズが答える。遠くから見ても、その背中は喜びに打ち震えているのがわかった。
ルルーシュは微笑ましくそれを見守りつつも、冷静に周りを分析していた。幼いころに遊び相手を務めていたとはルイズから聞いていたが、それを王女殿下がこうして衆目の前で口にしてくれたのは大きい。カリスマ性の高い王女と親交があったという過去は、そのままルイズのカリスマ性を高めることもつながる。従業員たちからの支持も上がるだろう。
さて、王女殿下は品位を崩さないレベルで親しげに接してくれているが、ルイズはまだ硬い。もう少し打ち解けさせた方がいいか、このままの方が好印象なのか……
ルイズにばれたら吹き飛ばされそうなことを考えながら、ルルーシュは王女一行の後ろについて行った。
「これが、トリスタニアの窓を塗り替えた秘密なのですね」
ドットメイジたちが分担して大量のガラスを造っているのを、アンリエッタは感心しながら見つめていた。
「秘密などというほどのものではございませんわ、殿下。たとえるなら試験と同じです。全ての科目で満点をとるのはとても難しいですが、他を捨ててどれか一つだけ勉強すれば、けっこう取れてしまうものです。何人かで分担すれば全科目満点も出来てしまう、ということですわ」
「まあ、ルイズったら」
ルイズとアンリエッタは仲むつまじく工場の中を見ていった。ちなみにルイズが出したたとえはルルーシュのパクりである。何度説明しても分業の概念を理解しないルイズやギーシュに、なんとか理解させようと考えだしたものだった。
「ルルーシュ、ちょっと」
「どうかされましたか? エレオノール様」
声をかけられ振り返ると、エレオノールは僧服の男性を伴っていた。僧服の男は髪も髭も真っ白で、指もすっかり骨張っている。
「こちらはマザリーニ枢機卿猊下。経営のことについてご質問があるそうだから、お答え申し上げなさい」
「かしこまりました」
打ち合わせの通りである。ルイズではなくルルーシュに興味を向けさせるという方向で話をすることになっていた。ルルーシュは、一を尋ねた問いに対して十を答える勢いで話していった。
「はい。各部門の責任者はあくまでその部門の中でしか権力はありません。これは命令系統をはっきりさせるためです。いくつもの命令が通るような状態では現場が混乱します」
「ふむ。位の高い貴族などから文句のでそうなものだがね」
「私共の工場ではエレオノール様たちをのぞけば、大貴族の方などはほとんどいらっしゃいませんので。ですが、もし大貴族の方がいらっしゃったとしても同じです。職務上の権力と身分は関係ありません。現に、平民である私の下に付いている貴族の方も居られます」
「君の下にかね。君はここでどういった立ち位置に居るのだね」
「人事と経理、あとは細かい雑用のようなことをさせていただいております。これは全部門に関しての決定権が私にあります。先ほどの話と矛盾いたしますが、これは人事や経理といった仕事は全体を通して考える必要があるためです。組織では、こうやって仕事の種類ごとに命令系統を使い分ける必要がございます」
マザリーニの質問は組織の体系についてのものが多かった。ルルーシュたちの用いているシステムは権力をトップマネジメントに集めた集権型組織である。王家と諸侯に権力が分散した貴族制の元では奇異に映るであろう。
ルルーシュの話した印象では、マザリーニはただの疲れた老人だった。巷で噂されているような、老獪な野心家という感じはまるでしない。そう見せかけているだけなのかとも思ったが、ルルーシュに聞くだけ聞くと、あっさりと行ってしまった。税金をふっかけられることくらいは覚悟していたのだが、そういったこともなかった。
すぐにやってきたエレオノールと小声で話す。
「首尾はどう?」
「意外とあっさりと引き下がりました。かなり専門的な話をしたので、私に興味はもたれたようですが、特に何も言われませんでした」
「そう。もしかしたらお父様が何か働きかけてくれたのかもしれないわね」
何にせよ、二人が危惧していたようなやっかいごともなく、つつがなく視察は終わるかのように思われた。
だが、真のやっかい事は別の方から持ち込まれることになる。
ルルーシュは紅茶を用意して応接室に入った。中に居るのはアンリエッタ姫殿下とルイズだけである。護衛の者も入るはずだったのだが、アンリエッタ自身が「友人と会うのに護衛は不要」と追い出してしまったのだ。マザリーニはまだエレオノールが工場を案内している。
「ああ、ルイズ、ルイズ。懐かしいルイズ!」
「ひ、姫様。私ごときのことをそんなに思って頂いていたとは……」
「そんな堅苦しい行儀は辞めてちょうだい。あなたとわたくしはおともだち。おともだちじゃないの!」
「もったいないお言葉にございます。姫殿下」
二人は入ってきたルルーシュにもまるで気がつかないほど盛り上がっていた。
「やめて! ここには枢機卿も、お母様も、あの友達面をしてよってくる宮廷貴族もいないのですよ! ああ、もうわたくしには心をゆるせるお友達はいないのかしら。昔なじみの懐かしいルイズ・フランソワーズ。あなたにまでそんな態度をされては、わたくし死んでしまうわ」
「殿下……」
ルルーシュはあっけにとられて二人の様子を見ていた。どうやら姫殿下は宮中でかなり窮屈な想いをしているようだ。前王亡き後、唯一の世継ぎとして育てられた身ではそれも仕方ないだろう。どこかの皇族のように、皇子や皇女が百人近くいて骨肉の争いをするのも困りものだが、たった一人しかいないというのもまた面倒なもののようだ。
(それにしても……)
歌劇か何かのように大仰に再会を喜ぶ二人を見て、ルルーシュはあることを確信していた。
苦手なタイプだ。
ルルーシュは、何をするにもまず計算してから行動する。それ故に、理屈の通用しない相手――感情で動くタイプの人間が苦手だった。感情で動く人間はルルーシュの計算を乱す。目の前ではしゃいでいるお姫様は、間違いなくそのクチである。
(……まぁ、俺には関係ないか)
ここでは一平民に過ぎないルルーシュと王族に接点などあるはずがない。今日は色々あってへこんでいたルイズが元気になって、それで終わりだ。そのはずだ。
話が一段落したところで、ルルーシュは紅茶を二人の前に出した。そこで初めて気づいたように、アンリエッタはきょとんとした顔でルルーシュを見た。先ほどまで枢機卿と小難しい話をしていた男が使用人のようなことをしているのが不思議なのだろう。
「姫さま。これはわたしの使い魔でルルーシュと申します」
「使い魔? 人にしか見えないわ」
「人です。姫さま。ルルーシュはメイジではないのですが何かと知恵が回るのです。ここの工場も彼が居なくてはなしえませんでしたわ」
ルイズはどこか誇らしげに自分の使い魔を紹介した。それに合わせ、ルルーシュは深々と頭を下げた。
「はぁ、ルイズ・フランソワーズ。あなたって昔から変わっていたけど、相変わらずね」
そう言ったあと、アンリエッタは深々と溜息をついた。
「姫さま、どうなさったんですか?」
「いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね……いやだわ、自分が恥ずかしいわ。あなたに話せるようなことじゃないのにわたくしってば……」
そんなやりとりと繰り返す二人を見て、ルルーシュはアンリエッタの話術に舌を巻いていた。人心をつかみ、自分に有利に話を進める術を理屈ではなく本能で理解している。さすがに権力を知っている大人にはまだ通じないだろうが、志あふれる若者ならば簡単に落ちるだろう。見目麗しい姫君という仮面を十二分に利用している。もしこれが全て計算尽くなら、意外と王に向いているのかもしれない。
「私は席を外しましょうか?」
「いえ。あなたがもしルイズの言うような知恵者ならば、是非とも一緒に聞いてください」
「……かしこまりました。この部屋は商談用に用いる部屋です。外部に一切音が漏れないように仕掛けが施してあります」
逃走不可。まあ、舞い上がったルイズに出来もしない約束をされるよりはましかと、ルルーシュはアンリエッタの話に耳を傾けた。
「わたくしは、ゲルマニアの帝室に嫁ぐことになったのですが……」
「ゲルマニア! あんな野蛮な成り上がり共の国に!」
隣国であるアルビオンで革命が起こり、それに備えるために同盟の象徴として、アンリエッタはゲルマニアに嫁ぐらしい。アルビオンの政変もゲルマニアとの同盟も、ルイズには寝耳に水だったらしく驚いている。
ルルーシュは同盟の話は初耳だが、アルビオンでの革命については知っていた。ロングビルの昔のつてなどを用いて、各国の情勢についてはそれなりに情報を集めている。たしかに王不在で不安定なこの国に、革命軍などが攻めてきたらひとたまりもない。大国と手を組めばつかの間の安寧は得られるだろう。代償として、トリステインは今の国体を維持することは難しくなるだろうが。
王妃のツケが娘にきているのだ。国のためを思うなら喪に服すなどと言わず、さっさと即位して王配を迎え、新しい子供を作るべきだった。もしアンリエッタに弟なり妹がいれば、ここまで状況が逼迫することはなかっただろう。
「礼儀知らずのアルビオンの貴族たちはこの同盟を望んでいません。……わたくしの婚姻を妨げる材料を血眼になって探しています」
「も、もしかして姫様の婚姻を妨げるような材料が?」
ルイズが顔を蒼白にして尋ねると、アンリエッタは悲しそうに頷いた。
「おお、始祖ブリムルよ。このような不幸な姫をお救い下さい……」
そういって大仰に床に崩れ落ちる。
「姫さま、いったい姫さまの婚姻をさまたげるものはなんなのですか?」
ルイズも興奮した様子でまくし立てる。アンリエッタは両手で顔を覆い、苦しそうにつぶやいた。
「わたくしが以前したためた一通の手紙なのです」
「手紙?」
「そうです。それがアルビオン貴族の手に渡ればわたくしは、いいえ! トリステインはおしまいなのです!」
泣き崩れるアンリエッタから、ルイズが少しずつ事情を聞いていく。その手紙というのは、渦中のアルビオンのウェールズ王子にあてられたものらしい。色恋には疎いルルーシュだが、さすがにアンリエッタの様子から、その手紙の内容を察することができた。小娘の恋文一つで同盟が破棄になることはないだろうが、外交の場で不利なカードであることはたしかだ。
「ルルーシュ、何か知恵はない?」
ひとしきりアンリエッタを慰めたルイズが、ルルーシュを見た。アンリエッタも、涙で潤んだ瞳でこちらを見ている。
「そうですね……」
さすがに条件が厳しい。ルルーシュは自分の取り分の金をバラまいてトリスタニアのチンピラに顔が利くようになっているが、手駒として使うには心許ない。正面からアルビオンに向かって手紙を奪還するというのは至難の業になるだろう。リスクをなるべく抑え、確実に結果を出すには……
「では、殿下がしたためた手紙と同じものを大量に作るというのはどうでしょう」
ルルーシュが出した策に、ルイズとアンリエッタはあきれたような顔を見せた。
「……は?」
「へ? ……えっと、ルルーシュ? 何言ってるの?」
ぽかんとしている二人にルルーシュは順序立てて説明をする。
「まず、我々の目的はなんでしょうか?」
「手紙を取り戻すことです」
アンリエッタが答える。
「違います。それは戦術的な目標でしかありません。姫殿下。本当の目的はトリステインを戦火の脅威から守ることです」
「そ、そうですわね」
「つまり、手紙を取り返さなくとも、手紙が同盟の邪魔をしない状況を作り出せばいいのです」
「は、はぁ」
気押されたようにアンリエッタが曖昧に頷く。
「姫殿下の手紙が一通だけならば人はそれが本物だと思うでしょう。ですが、似たようなものが何百とあればどうでしょうか? どれが本物か分からず、真実味が薄れるというものです。
たとえばそうですね。姫殿下が登場する演劇をするとしましょう。その土産物として手紙を売り出せば、もはや完全に手紙に価値などなくなります。あくまでお話の中のものになるのです。あとは姫殿下が堂々としておられれば、誰も手紙のことを真実だとは口にしないでしょう」
情報戦を制するのは速度、そして物量だ。木を隠すなら森の中。手紙を隠したいのなら、大量の手紙の中に埋没させてしまえばいい。
「え、ええっと……」
ルルーシュの奇策に、二人はさらにあっけにとられた顔になった。ルルーシュとて好きで奇策を使うわけではない。人員も物資も限られた状況で出来ることと言えば奇策くらいなものなのだ。
「この方法ならば低いリスクで手紙の意味をなくすことができます。ゲルマニア皇帝とて、市井の噂に目くじらを立てるほど狭量ではないでしょう。……なにか問題でも?」
「あるに決まってるでしょうがこの大馬鹿者ぉぉぉ!」
ルイズが思いっきりルルーシュの向こうずねを蹴っ飛ばす。地味だがあとに引く激痛が走る。
「姫さまが心を込めて書いた恋文をそんなふうに扱えるわけがないでしょうが! 不敬にもほどがあるわよ!」
「い、いや。お前。恋文とかは本人が言ってないんだから……」
うずくまって痛みに堪えていたルルーシュが指摘する。見ると、アンリエッタがまっ赤に頬を染めていた。
「あ、あの……そんなに分かりやすかったかしら」
「い、いえ、そのですね。それだけ姫さまのお気持ちが強いというだけで……」
ルイズがしどろもどろになって弁明するが、もはや後の祭りだった。そしてルイズは、恋い焦がれるウェールズはまもなく死に、ゲルマニアへと嫁がなければならないということに気づいたようだった。
「……お気持ち、お察しします」
「ありがとう。ありがとう、ルイズ、わたくしのおともだち。わたくしを本当に理解してくれるのはあなただけだわ」
二人はしっかりと抱き合った。
「わたしにお任せください。姫さま。アルビオンへと赴き、皇太子殿下より手紙を頂いて参ります。それがわたしの、おともだちへ出来るせめてものことです」
「ああ、これが誠の忠誠と友情です。感激しました。わたくし、あなたの友情と忠誠を一生忘れません。ルイズ・フランソワーズ!」
ルイズは、アンリエッタから離れるとくるりとルルーシュの方に向き直った。まっすぐにルルーシュを見つめて言う。
「アンタの言いたいことは分かるわ。危険だし、成功するかどうかも分からないって言いたいんでしょう? たしかにそうだわ。内戦中のアルビオンなんて何が起こるか分からない。国のためを思うなら、アンタの策をとった方がいいってのも分かる」
「だったら」
「でも! 姫さまはこれから国のためにお嫁に行くのよ。わたしたちみんなのために犠牲になるのよ! その姫さまのために、何かしたいって思うのはいけないこと?」
「……いいえ。その気持ちはとても立派なものです。お友達のためとはいえ、そこまで出来る人は中々いません」
興奮が少しおさまったルイズはちいさく礼を言った。
いざとなればルイズ一人なら確実に守る手段は存在する。ルルーシュとしてはあまり使いたくない手ではあるが。むしろ心配なのは、今のルイズに内戦中の国というのは刺激的すぎるかもしれないことだった。
アンリエッタはルイズとルルーシュのやりとりに感激し、ルルーシュの手を取って言った。
「頼もしい使い魔さん。これからもわたくしのおともだちをよろしくお願いしますね」
「かしこまりました、殿下。先ほどは殿下のお気持ちもお汲みせず、無神経な物言いをしてしまい申し訳ありません」
「いいのです。それよりも、これからもそのお知恵を拝借できますか。枢機卿は確かにすばらしい方ですが、他の方の意見も聞きたいのです」
そういって、すっと左手を前に差し出した。ルルーシュは跪き、恭しくその手に口づけをした。
「御心のままに」
ルルーシュがキスをした瞬間、部屋が一瞬ぐらぐらと揺れたかと思うと、突如床が割れて轟音とともに何かが飛び出してきた。
「な、なにごとです?」
「姫さま、お下がりください!」
「姫殿下ぁぁあぁぁ! その大役、このギーシュ・ド・グラモンにもお命じ下さいぁぁぁぁぁぁい!」
飛び出してきた馬鹿はギーシュだった。どうやら使い魔に地面を掘らせ床の下で聞き耳を立てていたらしい。泥だらけで造花を掲げてポーズをとっている。ルルーシュとルイズはあまりの馬鹿さ加減に頭を抱えた。
「……ルイズ、姫殿下に説明をしておけ。
さてギーシュ。貴様は今日、自ら警護を買って出たはずだったな。将来は騎士団を率いる自分がやるのが当然だと言って。それがなぜここでモグラの真似をしている」
「ふっ……知れたこと。寂しく咲く百合に、寄り添い咲くのが薔薇の使命というものさ」
こいつも俺の計算を乱すタイプだ。感情で動くとかどうではない。単に馬鹿なのだ。
よく考えてみれば、ロングビルに防音対策などの魔法をかけさせたとき、床下は計算に入っていなかった。地面の下から盗み聞きする馬鹿がいるとは思わなかったのだ。
「ギーシュ・ド・グラモン……俺は今日ほど貴様に失望させられたことはなかった。
運送部の宴会で経費を使い込んだときも、賭場でぼろぼろに負けて身代とられて泣きついてきたときも、総務の女子に手を出しまくってタコ殴りにされていたときも、俺は耐えてきた。
だが、今日という今日はガマンの限界だ」
「ル、ルルーシュ、顔が怖いよ」
「当たり前だ。ことによっては俺は貴様を殺さなければならない」
その言葉に、ギーシュはようやく事態を察したらしい。王族の密談に聞き耳を立てるなど言語道断だ。ルルーシュは判断を促すようにアンリエッタに視線を向けた。
「グラモン? あのグラモン元帥の?」
アンリエッタはようやく落ち着いたのか、そう言った。
「息子でございます。殿下」
すがりつくようにアンリエッタの前に跪く。
「もし私を任務にお加えくださるならば、身命を賭して殿下のお力になりましょう」
「ありがとう。お父様も立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を引いているようね。ではお願いしますわ。この不幸な姫をお助けください。ギーシュさん」
名前を呼ばれた僥倖に、ギーシュは感極まって倒れてしまった。ルルーシュは軽くギーシュを小突くと、アンリエッタに言った。
「……お言葉ですが、姫殿下」
「なんでしょう。ルルーシュさん?」
「ご自分を不幸とお嘆きですが、お嬢さまの友情や、グラモン様の忠誠では不足でしょうか。微力ながら、この私も尽力いたします。ですから、そうご自分を哀れまないでください」
「……そうね。こんなにすばらしい友人に恵まれたのに、不幸だなんて言っては罰があたってしまいますね」
そう言って、アンリエッタは涙を拭いた。