ここ最近、ルイズとギーシュが一緒にいるのがよく見かけられるようになっていた。授業が終わると二人でいそいそと図書室に向かい、二人で熱心に話し込んでいる。それだけでなく、ルイズの部屋からフラフラになって出てくるギーシュの姿もたびたび目撃されていた。しかも、ルイズの部屋に居候しているはずの使い魔の姿がなぜか見えなくなっている。
このことに、うわさ好きの少年少女たちは沸き立った。あのギーシュがついにゼロのルイズに手を出した。逢瀬の邪魔だからと使い魔は暇を出されたのだ。女生徒の中には、ルルーシュがルイズと付き合っていなかったのだと喜ぶ者もあった。
さて、ここで面白くないのが噂のギーシュと恋仲であるモンモランシーである。少し前に下級生との二股騒ぎがあったため、周囲が腫れ物のように自分を扱うのがさらにカンに障る。
ご禁制の惚れ薬でも作ってあの馬鹿に飲ませてやろうか。いや、まずは浮気の現場を押さえて謝らせないと気が済まない。それにしてもあのまな板ルイズめ、いつもキュルケのことを色欲魔だのなんだの言ってるくせに、自分もずいぶんな泥棒ネコじゃないの。
二人が連れ立ってルイズの部屋に入るのを、歯ぎしりしながら追う。ここでしばらく待ったあと、部屋に乱入して現場をつかんでやるのだ。
「あら、モンモランシー? 何よこんなとこで……ははぁ、なるほどね?」
ルイズの隣の部屋から、キュルケが出てきて茶々を入れる。
「何よ、関係ないでしょ。あんたには」
後ろで楽しそうに見ているキュルケを無視。ずかずかと扉に向かった。
「アンロッ……ああもう、まどろっこっしい! ドアごと吹っ飛ばしてやるわ!」
呪文でドアを吹き飛ばすと、モンモランシーは部屋の中に駆け込んだ。
「御用改めである! 神妙にお縄をちょうだいせい!」
テンパってワケの分からないことを言いながら乱入する。事と次第によってはギーシュに一発呪文をお見舞いして……
「あら?」
モンモランシーとついでにキュルケが見たのは、たくさんの鉱石や粉末を並べた、まるで実験室のような室内だった。
「なぁにしてくれてんのよ、このカエルロール! せっかく集めた材料がむちゃくちゃじゃない!」
「いや、ルイズ。いくらなんでもカエルロールはどうかと思うよ?」
「えっと……つまり、新製品の企画を二人で練っていたのね?」
「そうよ。あと頭が高いわ。喋るときは語尾に『部屋を壊して申し訳ありませんでしたルイズ様』と付けるのよ」
「……部屋を壊して申し訳ありませんでしたルイズ様」
「あっはっは。モンモランシー、女は嫉妬深いとダメよ。悔しくったってどーんと構えてれば男の方から謝ってくるんだから」
一人だけ関係ないキュルケが笑いながら言う。
「まったくもう……」
「まあ、ルイズ。モンモランシーも悪気があったわけじゃないんだ。そのくらいで許してやってくれないか」
「元はと言えばアンタが悪いんでしょうが! ちゃんと説明くらいしときなさい!」
「いや、それはだね。秘密にしておいて驚かそうかと……」
「二股の前科がある奴にそんなコトを言う権利はないわぁ!」
ガラスの販売が軌道に乗ってきて、かなりの利益が出てきていた。ルイズはその金でシエスタを身請けするつもりだったのだが、出資者であるエレオノールが、事業の拡大を命じて来たために、新しい工場やらなんやらで出来なくなってしまったのだ。腹の立つことにルルーシュも同意見だった。
「俺たちのやっていることは特別な技術や資源が必要なわけではないからな。少しすれば必ず真似をするところが出てくる。その前に事業を拡大しておけば俺たちは市場でリーダーシップをとり続けることができる」
なまじルルーシュの指導のもと、経営者としての感性を鍛えられてしまったため、ルイズは反論できなかった。
そして、事業の拡大をするついでに、新しく別の分野にも乗り出すことになったのだ。これにはルイズも同意見だった。ガラス一本ではそのうち頭打ちになるだろうと考えていたからだ。
そして、その新製品を考える役目をルイズが任されたのだ。
「マーケティングの基本は教えただろう。それと今まで教えた経営管理を総合して考えてみろ」
「えっ、えっと……」
「意地をはるなよ。自分の能力を理解して判断するのも、大切なことだ。出来ないと言うことも立派な仕事なんだ」
「……いいえ。出来るわ。任せておいて」
「そうか。では、悪いがロングビルはしばらく新工場の指導で手が離せない。当面の間はギーシュを補佐に使ってくれ」
「ええー……」
そんな訳で、ルイズはギーシュと一緒に日夜研究に没頭していたのだ。ギーシュがふらふらになっていたのは、錬金で試行錯誤を繰り返していたため。ルルーシュは新しい工場を造るに当たって人員の整理などで忙しく、学院を離れていたのだ。
「ああ、そういや最近トリスタニアにガラス窓が増えたなあって思ってたのよ。あんたたちの仕業だったのね」
キュルケが感心したように言う。トリスタニアでは安く売り出されたガラスを我先にと買い求め、窓を改修する家が後を絶たなかった。すでに大工や建具屋などとも提携しており、ガラスの生産が追いつかないほどだ。
「そうよ。それで新しい商品開発をまかされたの。見てなさい、これが成功したらお姉さまには口出しさせないんだから」
だが、ルルーシュのガラスのようなアイデアはなかなか出てこなかった。ガラスと同じように、平民には手の届かなかった物を安価で売りたいのだが、そもそもルイズは平民の実生活をほとんど知らないのだ。使用人達に聞いて回っているが、これといった発見はなかった。シエスタが居れば相談出来ただろう。そう考えると、ルイズは暗い気持ちになる。
「あれ……、これって」
壊した部屋の片付けをしていたモンモランシーがつぶやいた。
「何よ」
「あ……いえ、何でもないです部屋を壊して申し訳ありませんでしたルイズ様」
「あー、もうそれいいわ。何か気がついたことあったら教えて」
モンモランシーが指さしたのは、割れた瓶からこぼれていた粉末だった。ガラスを造るときの材料の一つだ。
「これ……たぶんわたしが石けんを造るときに使うものと同じだと思うんだけど」
「石けん……? それよ!」
ルイズは、部屋を壊されたことも忘れて、モンモランシーの手を取って踊り出した。
「ふむ……石けんか。確かに平民には贅沢品だ。製造過程もそれほど難しくない。この、香油で香りを付けるというのは女性ならではの発想だな。俺では出てこないものだ。もっとも評価すべきは一部とはいえガラスと同じ材料を使えるという点だ。新しいことを始めるに当たってコストが安くすむ。……すばらしい! 条件はすべてクリアされている。パーフェクトに近いぞルイズ!」
ちなみに、モンモランシーが気づいた石けんの材料は、ルルーシュのいた世界ならばソーダ灰と呼ばれていたものだった。
「じゃあ」
「採用だ。もちろん細かい部分の調整は必要だがな」
ルルーシュの絶賛とも取れる評価は、経営を習い初めて初めてだった。思わずルイズの顔がぱぁっと明るくなる。
「……な、なによまったく。ご主人様にえらそうに」
「新工場がかなり大きな場所が取れたから、石けんはそっちですることになる。石けんは水系統のメイジが必要か……優秀な水メイジを顧問として雇う必要があるな」
ルイズの企画書を見ながら、ルルーシュはぶつぶつと考え始める。
「あの……ルルーシュ、ちょっと相談があるんだけど」
「ん? なんだ」
ルイズの相談は、石けんに使う香油のことだった。今回、石けんというアイデアをくれたのがモンモランシーだったので彼女の香油を使いたい、というものだった。モンモランシーは香水という二つ名を持つほど、香水や香油の類を造るのが上手いのだ。
「そんなことか、分かった。今度本人を連れてこい。細かい部分の打ち合わせをする。彼女一人が造る量では足りるはずがないから、恐らく香油の製法の使用料を払うか、もしくは買い取りになるだろうと伝えてくれ」
「分かったわ。ありがとう、ルルーシュ」
「気にするな。……友達は大切にしろよ」
「ふふ、なによそれ」
経営に関してはいつも厳しいことを言う使い魔が、急にそんなことを言い出したのが、なんだかルイズはおかしかった。