その① 昼食時、ミスロングビルと
「学院の給料だけだと仕送りがどうにも心許なくてねえ……」
「俺に言われてもな……」
「もちろん昔の稼業に戻るなんて気はないんだよ。でもねえ……」
「言っておくが俺は金を持ってないぞ」
その② 放課後、ギーシュと
「ルルーシュ。ものは相談なんだが、ボクと一緒に賭チェスにいかないか? ボクが乗り手になるから」
「ですから、お嬢様に許可を頂いてくださいと」
「あの堅物のルイズが許すわけないだろう! なぁ、良いじゃないかルルーシュ。男同士でたまには。な! モンモランシーの機嫌をとるためにほとんど金を使ってしまったんだよ」
「ええい! しつこいぞ、離せ!」
その③ ルイズ自室にて
「お金、お金をかせぐのよ! あの色欲魔からシエスタを取り戻すのよ!」
「未練たらたらじゃないか……」
「うるさい! あんたもなんか金儲けの方法を考えなさい! じゃないとアカデミーに売り飛ばすわよ!」
金・金・金。
貴族だろうとなんだろうと、先立つものは必要だ。それに、ルイズが金という現実的な力を意識し始めたのはいい傾向だ。
ルルーシュには以前から考えていたプランがあった。うまくすればちょっとした小金を稼げるはずだ。
「どいつもこいつも金・金とうるさいので事業を始めようと思う。それぞれこの指示に従ってくれ」
ルルーシュはルイズとロングビル、それにギーシュを集めてそう言った。ギーシュもいるが、もう面倒なので敬語は使わない。
「ルルーシュ……本当にお姉さまじゃなきゃダメ?」
ルイズが心底嫌そうな顔で言う。必要不可欠な要素だ、そう答えるとがっくりと肩を落とす。
「まあこれくらいならすぐにできますけど、それをミスタ・グラモンに教えろと?」
「頼む。技術的なことは俺にもルイズにも出来ないからな」
「あのー、ボクは何がなんだか」
「ギーシュ、君がこの計画の要なんだ。凡庸なドットメイジである君の協力が是非とも必要なのだ」
「そ、そうかい? なんだか照れるなあ」
冷静に考えればほめ言葉ではないのだが、ギーシュはへらへらと笑っていた。
一週間後、ルイズ達はトリスタニアにあるエレオノールの屋敷を訪れていた。
「で、なんの用なのかしら? おちび」
「は、はひ! お姉さまにしか、た、たのめにゃいお願いがございまして。ルルーシュ、お姉さまに説明して差し上げて」
ガチガチにおびえたルイズが横にいるルルーシュに話を振った。
「今回、私たちで事業をはじめようと思いまして、つきましてはエレオノール様にその出資者と後見人となって欲しいのです」
「はぁ? 何を言っているのかしら。事業? 学生と平民風情が?」
エレオノールのオーラに、ギーシュとルイズは縮み上がっていた。尊大な態度をとる貴族に、ロングビルの眉尻があがる。
「百聞は一見に過ぎません。私たちがしようとしていることをご説明します。もし、お気に召さなければ、私がアカデミーで働きます。どうでしょうか? 見るだけでも」
「……ふん。見るだけは見てあげるわ」
エレオノールはルルーシュの額のルーンを見て言った。おそらく、すでにルルーシュのルーンについては調べが付いているのだろう。
ルルーシュたちは持ってきた荷物をテーブルの上に広げた。中身はただの土である。錬金の材料にするものだ。
「まず、彼女にガラスを錬金してもらいます。彼女は土のトライアングルメイジです」
ロングビルが呪文を唱え、床に置かれた土の塊に向けて杖を振った。土の塊は一瞬で曇りのない透明なガラスに生まれ変わった。
「次に、同じことを土のドットメイジであるミスタ・グラモンにやっていただきます」
エレオノールの表情が怪訝そうなものに変わる。ガラスの錬金というのは意外に難しい。ガラスがそもそも不安定な物質であるためだ。ガラス専門のメイジと言えば、職人メイジというよりは芸術家メイジだ、などと言われるほどだ。事実、教会や城に使われるステンドグラスを作るようなメイジは、宮廷芸術家として召し抱えられることすらある。
やや緊張ぎみのギーシュが数度杖をふった。だが、土はガラスにならずに、いくつかの鉱石や粉末に変化しただけだった。エレオノールが文句を言おうとしたとき、ギーシュが再び杖をふった。今度は、そのいくつかの物質がガラスへと生まれ変わった。ただし、不純物がかなり多く、くすんだ色をしている。もう一度杖をふる。不純物が取り除かれ、ロングビルのものほどとは言えないが、かなり透明に近いガラスが完成した。
「このように、一度では難しい錬金も、いくつかの段階に分けて行えばドットメイジにも可能になるのです」
「だから何? たしかにガラスはできたけど、そこのボウヤはもうふらふらじゃない」
慣れぬ錬金の連発で、ギーシュの精神力は尽きかけていた。この一週間でロングビルに叩き込まれた付け焼き刃なのでしかたない。
「はい。ですがこれを、一段階ずつ別のメイジにやらせればどうでしょうか?」
「……なるほど。つまり、段階ごとの作業に特化させて効率化を図ろうというのね?」
「さすがの慧眼。恐れ入ります」
ルルーシュが提言しているのは『分業』という概念である。1から10の作業を全て一人の職人がしようとすると、一人の職人が完成するのに膨大な時間とコストがかかる。だが、1から10の作業を10人で分担すれば、かかるコストも時間もぐっと下がる。
この世界ではない場所で描かれた書物『国富論』では、一人の職人では一日にせいぜい一本しか針をつくれないが、針を造る工程を18に分けて、それを十八人で分担した場合、一人あたり千本の針を造ることができるとされている。
「たしかにこれはお金になるわ。それで、私にさせたいのは出資だけじゃないわね。ギルドへの根回しでもさせたいのかしら」
「はい。それと、職にあぶれたドットメイジを主に雇うつもりですが、彼らとて貴族、誇りというものがあります。平民や子供が雇い主ではいけません。ヴァリエール家長女のエレオノール様の威光をもってこそ、彼らの誇りを満足させることが出来るのです」
職に就けないメイジというのは為政者にとって悩みの種である。彼らは貴族という誇りにとらわれ、平民のように日銭仕事をすることもできない。結果として魔法による犯罪に走ってしまう。それは治安を悪化させ、平民の貴族不信を助長するのだ。
そういったメイジに職を与える、というのはヴァリエール家にとっても有益な話だった。雇用対策に力を入れているという評判が高まり、王家からの信頼や議会での発言力も増すだろう。職のつてを持たないような貴族にも人気が出るに違いない。
エレオノールの脳裏に数々の思惑がよぎる。彼女は研究者であると同時に、公爵家長女という政治的動物のサラブレッドだった。
「いいでしょう。詳しい事業計画を立てて持ってきなさい。その上で細かい部分については相談します」
「ありがとうございます」
エレオノールの支援を取り付けたルルーシュたちは、トリスタニア郊外の廃教会に工場を構えた。王都の近くということで金はそれなりにかかったが、輸送コストのことを考えるとこれは必要な出費だった。
まずは二十人のドットメイジを雇い入れた。最初だけはエレオノールに顔を出してもらった。形式というのは重要である。貴族ともなればなおさらだ。
ロングビルの指導のもと、雇い入れたメイジ達を大きく五つの班に分けていく。
① ガラスの錬金に適した材料を錬金する班
② ①で造った材料からガラスを錬金する班
③ ②で造ったガラスの純度を高める班
④ ③で造ったガラスを成形する班
⑤ 完成したガラスに固定化をかける班
以上五つの段階である。それぞれの段階でさらに細かい区分が存在する。⑤に関しては二名混ざっていたラインメイジの仕事である。この他に、平民を主にした資材を調達する班や運送を行う班なども存在する。
造るのは板ガラスとコップだけだ。大きさなどの細かい注文は外注、色ガラスもやらない。余計なことをしていては効率が落ちる。
「もうちょっと高くてもいいんじゃない? これじゃちょっと安すぎよ」
値段の設定を聞いたルイズが言った。
「いや、これでいい。ルイズ、お前はこのガラスを誰に売ると思っている?」
「へ? 誰って……、お客さん?」
「0点。我々のターゲットは平民だ。むしろ、貴族はドットメイジが造った中途半端なガラスは嫌うかもしれん」
ハルケギニアにおいて、窓ガラスは高価で一般的なものではない。王都であるトリスタニアですら、裏通りに一歩入れば窓ガラスではなく、羊皮紙を張っている家が多く並んでいる。ルルーシュの設定した価格は、平民でも少しの背伸びで買えるものだった。
ルイズたちが造ったガラスは、平民のための日用品として売り出されたのだった。
「ではルイズ。今まで教えたことから、これからの商会の問題点を考えてみろ」
「えっと、生産ラインごとに責任者をはっきりさせるべきだと思うわ。今はまだいいけど、もう少しひとが増えればそこは問題になると思う」
「そのとおりだ。では次に組織形態についてだが……」
ルルーシュはルイズに経営管理の方法を叩き込んでいた。ルイズはヴァリエール家で貴族教育を受けていたため、組織管理についての下地は出来ていた。もともと勤勉で頭が良い娘だ。ルイズはどんどんと知識を吸収していった。
ヴァリエール家を継ぐにしろどこかの貴族に嫁ぐにしろ、経営のノウハウは貴族として持っていて損はない。経営はまずルイズに考えさせ、それをルルーシュが添削するというやり方で行っていった。少しずつだが、ルイズは近代的な経営管理を理解していった。
ギーシュには、ルイズよりも一段階下、中間管理職としてのノウハウを教えていた。
彼はこのまま行けば学院を卒業したあと士官学校に入り、その後軍に入ることになる。そのときに役に立つような知識を与えていた。
「ボクは軍人になるんであって、商会の丁稚になるつもりはないだけどなあ」
そういってぼやくギーシュに、ルルーシュは丁寧に説明する。
軍だろうが商売だろうが『人』の使い方というのはどこでもあまり変わらないものだ。部下がやる気を出して働けるようにするのが上司の役目である。軍隊でもそれは変わらない。
ここでの経験は軍隊での予行演習のようなものだ。ガラスの運搬を指揮しているギーシュを見ていると、なかなかに筋がよい。生来お調子者で憎めない部分があるので、人を見る余裕を持てるようになれば、思ったよりもよい士官になれるかもしれない。
(基本的に空気が読めないお調子者なのに、玉城と違って人望があるのか……こういう差は一体どこから来るんだろうか……?)
ルルーシュはかつて軍組織の長だったことがある。軍だろうが企業だろうが、ヒト・モノ・カネの流れを管理するという点に置いては共通している。たとえば兵站(ロジスティックス)という言葉が、ルルーシュのいた世界では経済用語として定着しているように、上に立つものの修めるべき能力は、どんな組織でもあまり変わらないものだ。
分業と近代的な組織管理を持ち込んだ結果、ガラスは従来の十分の一ほどのコストで造れるようになった。規模を大きくしていけばさらなるコストカットが見込めるだろう。エレオノールがヴァリエール家の息のかかった商会に渡りをつけてくれたので、売り上げの方も順調だ。
「フハハハハ!、企業経営というのも楽しいものだな! なあルイズ! 独禁法も消費者団体もない世界ではやりたい放題だ!」
「あんた、キャラ変わりすぎ」
少し昔の笑い方に戻っているルルーシュであった。