「そうね。
私も一人暮らしだし」
「……微妙に意味が違うが……まあ、いい。
つまり、何が言いたいかと言うと」
「なに?」
「お酒は20歳になってからって事だ」
「どういうことなの!?」
SIDE 巴マミ
「……どうしてこうなった?」
私のマンション、そのリビング。
料理を前に、眼鏡を押し上げる群雲君が、静かに呟いた。
「天涯孤独、しかも家無し。
そんな子を夜に放り出す訳にもいかないでしょう?」
二人分の料理を準備し、席に座りながら、私はそう言った。
魔女を倒し、ビルを抜け出したのは日が落ちてからになってしまった。
そんな時の会話。
「群雲君は、今からどうするの?」
「ふっ、オレには<
キャンプ用品一式は、すでに確保済みなのだッ!」
「うん、色々ツッコミどころ満載ね」
「まあ、両親の残してくれたお金は、全額引き出した上で<
食事はそれでどうとでもなるから、後はテントを設置する場所だけだッ!」
「じゃ、私のマンションへ行きましょう」
「スルー……だと……ッ!
ちょ、行く、行くから、襟掴んで引っ張るのやめて!」
「とりあえず、連れて行くから。
今後の事も話し合いたいしね」
「わかった! わかったから!! まず手を離しましょうよ巴先輩!!
逃げない! 逃げないから!!」
……かなり強引だったわね。
まあ、今後の事を話し合いたいのも確かだし。
目の前の男の子を、テント暮らしなんてさせられないし。
「まずは、食事から。
しっかり食べないと、いざと言う時にまともに動けなくなるわ」
「そうでもないぞ?
毎日10秒チャージでも生きていける。
根拠はオレ。
実際、4年ほどそんな生活だったし」
「……群雲君……貴方は「まあ、契約後もめんどくさいんでそのままの食生活だけど」しっかり食べなさい!!」
どこまで本気なのかわからないわよ。
「大丈夫。
オレは嘘吐きだからね」
「安心できる要素がないわ」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
食事を終えて。食器を台所に置いておき、私はデザートの準備をする。
「水に浸けとくと、雑菌が繁殖して逆に不衛生だって知ってる?」
……先に、洗い物を済ませましょう。
ふと、視線を向けると、私のまとめていたノートを、白い棒を咥えながら、眺めている群雲君が
「な、なにしてるのっ!?」
「……ん?」
白い煙を吐きながら、顔を上げる群雲君。
俯いた状態だったせいで、眼鏡がずれてその左目と白い眼帯を覗かせる。
「ノート見てた。
巴先輩すごいな。
これまでの魔女との戦いや、魔法などの自己分析。
魔法少女巴マミの強さの片鱗を、見せ付けられた感が」
言葉の途中で、私は群雲君のタバコを取り上げた。
「まだ11歳なんでしょっ!!
なんで、タバコなんて吸って「一応、法律違反ではないぞ」馬鹿な事言わないで!!」
声を荒げる私に、群雲君は冷静なまま。それが、私の感情をさらに煽る。
「電子タバコだぞ、それ」
……え?
見ると、たしかにそれは本物のタバコじゃない。
「ニコチン0の、充電式。
ちなみに充電は切れている」
「で、でも……だからって!」
「まあまあ、巴先輩、落ち着け」
言いながら、群雲君はゆっくりと、私の方へ手を伸ばす。
でも、さすがに渡す気になれない私は、それをしっかりと握り締める。
溜め息をひとつ、群雲君は静かな口調で語りかけてくる。
「……水道、水が出っぱなしだぞ。
ちゃんと説明するから、まずは洗い物を終わらせたら?」
……それもそうね。
私は電子タバコをポケットに入れると、キッチンへ戻る。
「……返して欲しいんだけどなぁ」
群雲君の呟きは、聞かなかった事にするわ。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
ケーキと紅茶を用意して、私はテーブルの前に座る。
群雲君は、見ていたノートを傍らに置いて、正面から私を見据える。
もっとも、彼の姿ではその表情のほとんどが隠れてしまっているのだけれど。
「電子タバコ、返して」
「理由を聞いてからよ」
ついでに、話すまでケーキも紅茶もお預け。
そう言う私に、群雲君は眼鏡を外しながら答えた。
「修行の一貫なんだよ」
「……修行?」
「オレは、変身しないと魔法が使えない。
変身せずに使えるのは<
でもだめだ。それじゃあだめだ。
オレは、オレの為に魔法を使う。
そのオレが“変身しなければ魔法が使えない”のでは、意味が無い」
「それと、電子タバコがどう繋がるの?」
「巴先輩だって、最初から銃を編み出せた訳じゃないだろう?
ノートを見させてもらったけど、巴先輩の本来の魔法は“リボン”の方だ。
魔法を使いこなし、新たな魔法を編み出す。
その為には“魔法を使う経験”が必要なんだ。
ここまではいいよな?」
「ええ」
「魔法を使う。
オレの魔法は大きく分類して3つ。
“時間停止”“放電能力”“収納”に分けられる。
この内、時間停止に関しては、常日頃から使える種類の魔法じゃない。
そして、収納に関しては、変身しなくても使える。
ならば、残ったのは放電能力だ。
この力は特に、戦闘においてメインとなる能力なだけに、妥協する訳にはいかない。
そこでオレはまず、この力を”変身しなくても使えるようにする”事を目標にした。
その為に目をつけたのが、その“電池切れの電子タバコ”だ」
「……電池切れ?」
「電池切れ。
充電式のそれを“オレの魔法で機能させる”事で、放電能力のコントロールを上昇させる。
それが、理由なんだ」
……また、とんでもない事を思いついたものね。
「最初は、変身状態じゃないと使えなかったし、47本ほど力込め過ぎで壊れた。
だが、最近は変身しなくても使えるようになってるし、おかげで放電能力の使い方が広がった」
「たとえば?」
「オレの魔法のひとつに『
弾丸を電磁化して撃ち出すものだ。
さっきの戦いでは使わなかったけどね。
これは、力を込めすぎると勝手に飛んで行ったり、弾丸そのものが耐え切れなくなったりする。
逆に、力が足りないとボールを投げるより遅く、飛距離も威力も出ない。
魔女との戦いで実用化するには“しっかりとした放電操作”が必要になる。
その為に必要なのは慣れ。
<
「だから、電子タバコ?」
「金額的にも手が届き、簡単に持ち運べて、一応は法律にも抵触しない。
実際、おまわりさんに見つかって注意されたが、犯罪行為じゃない以上、オレを罰する事は出来ない」
「……倫理的に問題があるわよ」
「よい子はまねしないでね!
よしっ!!」
「よしっ!! じゃないわよ!!」
「まあ落ち着け。
生き残る為の行動。
魔女に負けない為の行動。
オレが、オレの魔法を使いこなす為の手段のひとつなんだから」
そう言って、群雲君は口の端を持ち上げる。
「他の手段が思いつけば、そっちにするけど。
なんかある?」
言われて、私は考えてみる。
電気を使って動く物。手軽に持ち運べる物。
「懐中電灯とか」
「昼間に懐中電灯持ち歩いてどうする?
明るい場所だと、点いてるかどうかわからんし」
「む……」
「とまあ、他に思いつかなかったんよ。
それなら、正常に作動してれば煙が出るしね」
「むむ……」
「代案がないなら、返してくれるか?」
「むむむ……」
……仕方ないわね。
しぶしぶ、私は電子タバコを群雲君に返す。
受け取った群雲君は、それを右手の<
「じゃ、真面目な話をしようか。
なんか、変な方向に脱線したし」
「私のせい?」
「まあ、琢磨が誤解を生む行動をしていたのも事実だしね」
「うん、サラッと現れて、ナチュラルに混ざるの止めようか、ナマモノ」
いつの間にか、キュゥべえがテーブルの傍らで顔を覗かせていた。
「ナマモノって……」
「いや、名前を知ったのが結構前でね。
それまでずっと“ナマモノ”って言ってたし、こいつも訂正しなかったし」
「僕は、どんな風に呼ばれようとも気にしないからね。
こちらも、琢磨の名前を知ったのは4ヶ月後だったし」
「……似た者同士ね」
「いやぁ」
「誉めてないわよ!?」
「わけがわからないよ」
いい加減、この子の扱いになれないといけないわね。
今日初めて会い、共闘した少年に抱く印象じゃないかもしれないけれど。
次回予告
対話は続く
少しずつ、だが、確実に
装置を動かす為の歯車が
組み込まれていく
七十八章 七転八倒