「……? もちろん」
「マジか」
人知れず、放置されたままの教会跡。
「……ここに、いい思い出なんて無いんだけどな」
かつて、父親が話をする為に立っていた場所で、佐倉杏子は呟く。
「喉元過ぎれば、熱さ忘れる……だったか?
割り切ってしまえば、多少はマシじゃないか?」
最前列の椅子に寝転びながら、眼鏡を外した群雲琢磨が言う。
「お前は……辛くないのか?」
「……痛くはないな」
珍しく、何も口にしていない二人は。
決して視線を合わせる事無く、会話を続けていた。
「そういえば、なんでここに教会があるって知ってたんだ?」
三人の魔法少女との邂逅から、数日。
さて、今日はどういう行動をするか。
そんな事を考えていた時に放たれた、群雲の何気ない質問から、会話は始まった。
しばらく躊躇するも、杏子はゆっくりと話し始めた。
「ここは、あたしの親父の教会だったんだ」
「真面目で、優し過ぎる人でね。
新聞を読んでは、どうして世界が良くならないかって、真剣に悩むような人さ」
「新しい時代にあった、新しい信仰をって、教義に無い事まで説教するようになって。
当然、信者は減り、破門された」
「あたしは、親父が間違ってるとは思わなかった。
皆が真面目に聞いてくれれば、きっと解ってもらえると思ってた」
「だから、キュゥべえに頼んだんだ。
“親父の話を、皆が真面目に聞いてくれますように”って」
「願いは叶い、自分でも浮かれてた。
親父が人々を導き、魔法少女になったあたしが、魔女から人々を救うってね」
「でも、そんな幸せも、長くは続かなかった」
「信者が増えたのは、親父の言葉が届いた訳じゃない。
あたしの、自分勝手な願いからなんだ」
「真実を知った親父は壊れた。
酒に溺れ、心が歪んで。
最後は一家無理心中さ。
あたし一人を、置き去りにして、ね」
辛いとも、悲しいとも取れる表情で、杏子は話し終える。
暫しの沈黙の後、今度は群雲が口を開く。
「馬鹿にするでもなく。
茶化す訳でもなく。
“羨ましい”と思ってしまったオレは、とことん狂ってるな」
「……羨ま……しい……?」
眼鏡を外し、椅子に横になった群雲の言葉に、杏子が呆然とした声を掛ける。
予想外の反応なので、当然だといえる。
「あぁ、羨ましい。
佐倉先輩にとって辛いし、悲しい事なんだろうけど。
話すだけの思い出があることが、な」
「……どういう事だよ?」
今度はこちらの番かな。
そう前置きして、群雲が話し出す。
「6歳の入学式に、家族が事故で死んだ。
たまたま、その小学校がバス通学で。
オレだけが先にバスに乗り。
両親は後から、車で向かうはずだった」
「……なんで、別々だったんだ?」
「もうすぐ、産まれるはずだったんだ。
オレの、弟か、妹が」
両方だった可能性もあるけどな。
そんな事を、間に挟みながら、群雲は続ける。
「無理する必要はないのに。
記念だからって、無理して入学式に出ようとして。
途中で交通事故」
「オレにとっては、文字通りの節目の日になった。
奈落の人生への一方通行だ」
「正直、あの出来事が大きすぎて……。
それ以前の両親の思い出が、すっぽり記憶から抜け落ちた。
両親についてオレが言える事は“6歳の時に死んだ”って事だけさ」
「もう、顔も名前も覚えちゃいない。
苗字が群雲だって事ぐらいで」
「だから、純粋に羨ましく思ってしまった。
きっと佐倉先輩には、今の話以外にも“家族の思い出”があるんだろうな……なんて」
そして、冒頭へと繋がる。
「まあ、過去は所詮過去。
どうにもならないし、どうしようもない」
暗い雰囲気を払拭するかのような明るい声で、群雲は立ち上がった。
「泣いて、喚いて、嘆いて、無かった事に出来るなら、皆そうする。
でも、無理、不可能、有り得ない」
外していた眼鏡を掛けて、群雲は言う。
「さらに言うなら、オレには“取り戻す可能性”があった。
ナマモノとの契約が」
家族を、生き返らせて欲しい。
それを、願い、叶える方法が、確かに群雲にはあった。
「でも、もう遅い」
契約は、既に交わされた後。
後の祭りだ。
「オレは、オレの為に願った。
それが、真実」
二人は、ある意味で真逆だった。
家族の為に願い、独りになった少女。
自分の為に願い、独りのままの少年。
二人は、ある意味で同類だった。
自分の為に、力を使う事を決めた少女。
自分の為に、力を得る事を叶えた少年。
「で、これからどうするよ、先輩?」
「まずは
互いに情けない話をしたせいで、穢れが増えてる」
「人のトラウマ独白を、情けないとか、ないわー」
「じゃ、浄化しないのか?」
「するけど、なにか?」
「うわぁ……ぶっとばしてぇ……」
「優しくしてね☆」
「うぜー。
チョーうぜぇ」
「相方に向かって、それはひどくね?」
軽口を叩き合いながら、二人は教会跡から外に出る。
話そうと、話すまいと。
結局、なにが変わるわけでもない。
「ほんと、琢磨といると気が楽だわ」
「なんだろう……褒められてる気がしねぇ……」
「褒めてないからな」
「たまには、誤報日が欲しいよ、おね~ちゃ~ん」
「明らかに字がおかしい。
そして、おねぇちゃん言うな、鳥肌が立つ」
「( ゚д゚ )」
「こっちみんな」
一日が始まる。
これは、そんなある日の一幕。
次回予告
魔法少女には、縄張りが存在する
故に、縄張り争いも、存在する
魔法少女は、魔女を狩る
されど、必ずしも使い魔を狩るとは限らない
魔法少女は生まれる
理を無視する、異生物の都合の為に
三十二章 一人増えてる