「恋愛感情は、研究に値するかもしれないね」
SIDE 巴マミ
「ただいま」
学校から帰って、私は玄関を開ける。
でも、いつものように「おかえり」の声が無い。
「皆、出かけているのかしら?」
呟き、中に入ろうとした所で。
「やあ、マミ」
外から、キュゥべえに声を掛けられた。
「キュゥべえ。
どうしたの?」
「君に、大至急伝えなければならない事があってね」
その言葉に、私は表情を引き締める。大至急という単語に、一抹の不安を感じるからだ。
「今、琢磨が単独で魔女と戦っている。
杏子やゆまでは、琢磨を助けられそうも無い」
「!?」
琢磨君が魔女と!?
私は持っていた鞄を玄関内に置いて、キュゥべえと向き合った。
「案内してちょうだい」
SIDE out
対峙する魔人、手に持つは日本刀。
刀と鞘を共に逆手で振るう魔人に対し、騎馬上から長槍を巧みに操って往なす。
群雲琢磨らしくない戦い方をしていた。
様々な武器を用いて、距離を選ばない戦いをする群雲。
その理由は“相手の土俵で戦わない”事で、自らの生存率を高める為である。
近距離には遠距離で。遠距離には近距離で。
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相手を粉砕する剛腕なんていらない。生き延びる為の足があれば良い。
強力な遠距離魔法なんていらない。回避する為の足があれば良い。
“Lv2”が、速度強化の方向へ進化したのは、もはや必然であると言えた。
長槍を持つ相手に日本刀で挑むのは、実に群雲琢磨らしくない戦い方である。
しかし、群雲琢磨には理由がある。
これは、魔女狩りじゃない。
これは、闘劇なんかじゃない。
自身の全てを費やすべき【愛死合】なのである。
対する魔女『オフィーリア』も長槍を駆使して、逆手二刀流状態の魔人を迎え撃つ。
魔女である。ここは魔女結界である。当然、使い魔も存在する。
しかし、オフィーリアは単独で迎え撃つ。白髪の魔人を、白い馬に乗って。
使い魔は行進している。
『二人』を見守るように。『二人』を称えるように。
決定打がない。日本刀も、切り裂けるようになった鞘も、オフィーリアの長槍の前に阻まれ。
時折、長槍が魔人を捕らえるも、それは命を奪うには至らない。
群雲琢磨には、治癒能力は無い。ゆまやマミのような“回復魔法”を持たない。
では何故、群雲琢磨が戦い続けられるのか。
その要因は二つ。
一つは“痛覚の遮断”である。
本来、痛みとは肉体の異常を知らせる、重要な役割を荷う。
痛みを感じるからこそ、人はその部分を庇い、無理をしないようにする。
痛みを感じなければ、変わらず使い続け、いずれは壊れてしまうだろう。
しかし、痛みという“感情”は、決して良いものではない。
痛覚を遮断し“痛みを感じない”事は、悪い事ではないのだ。
殊更、契約者にしてみれば。
もう一つの要因、これは群雲の偏屈な考え方にも起因するが。
肉体を“道具”だと、割り切っている事である。
群雲が行うのは“肉体の回復”ではなく“道具の修理”である。
魔法少女システムを知り、それを割り切った群雲が辿り着いた異常な結論。
【道具は直せば良い】
その思考が、回復に優れていない群雲に“自分にだけ適応する修理能力”を与えたのだ。
群雲琢磨にとって“都合の良い様に”作り替えられた『ムラクモカスタム』の中でも、異質にして最強。
それが“群雲琢磨”という名の“道具”なのである。
しかし、それが“勝利”に直結するほど、世界は優しくはない。
刀と鞘の逆手二刀流。騎馬と長槍。その実力はオフィーリアの方が上だったのだ。
「……やれやれ」
右肩を貫かれ、素早く後退した群雲は“道具を直して”一息。
槍を回転させながら、追撃せずに間合いをとるオフィーリア。
「搦め手無しの真っ向勝負。
もしも“こうなる前”に行っていても、戦局は変わらなかったのかもな」
そんな【戯言】を呟きつつ、それでも群雲琢磨は、らしくない戦い方を続ける。
そうでなければ、意味がない。そう在らなければ、価値もない。
しかし、現実は非常に非情だ。
たのしいたのしい逢瀬も、乱入者によって次のステップへと進む。
それでもなお。群雲とオフィーリアは戦い続けていた。
巴マミが、辿り着くその時まで。
『なあ、琢磨?』
『ん?』
『魔法少女でも、魔人でもなかったら。
あたしらは幸せになれたかな?』
『どうだろうなぁ。
オレの場合は不幸になるビジョンしかないし。
それに……』
『それに?』
『契約しなかったら、逢えなかったと考えれば。
やっぱ、不幸だったんだろうなぁ』
『……たまにお前、恥ずかしい台詞を平気で言うよな』
『少なくともオレは、逢えて、惚れて、幸せだと思うがね』
『…………ばか』
次回予告
余計なモノはいらない
オレはただ あたしはただ
愛し合うだけ 殺し合うだけ
だから だから
邪魔をしないで
百四十一章 真っ赤な嘘