無法魔人たくま☆マギカ   作:三剣

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「感情を持たない僕らからすれば」
「わけがわからない事だよね」


百三十九章 自棄

SIDE out

 

 最悪だ。最悪を通り越した言葉があるのなら、今の状況はまさにそれだ。

 群雲が内心、そう愚痴ってしまうのも仕方の無い事だろう。

 よりにもよって。ゆまの“抜け殻”に最初に到達していたのが、杏子なのだから最悪でしかない。

 

 横たわるゆまの“抜け殻”は、所々に汚れこそあるものの、明確な死因と言える外傷は存在しない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 杏子の右横に座った群雲が、冷静に自分を操作(コントロール)しながら、状況を整理する。

 

 しかし“時間”はそれを、悠長に待ったりはしない。

 群雲の視界に入ったのは、座り込んでいる杏子の手にしていたもの。

 “穢れきった結晶”に向けられる。

 

 相互関係。

 ゆまを確実に絶望させるには杏子を。

 

 

 

 杏子を確実に絶望させるにはゆまを(これが、目の前の現実)

 

 

 

 

 まだ間に合う。絶望はまだ孵化してはいない。群雲はその手をSG(ソウルジェム)に伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、群雲の手が届く前に、杏子は手元の魂を、傍らに放り捨てた。

 

 

 

「いらない……」

 

 どこか、怒りの込められた声色で、杏子は呟く。

 手を伸ばした状態で静止した後、群雲はゆっくり、ゆっくりと息を吐く。

 浄化の拒否。それが意味する事。

 ゆっくり、ゆっくりと群雲はもう一度息を吐くと、杏子の横に座り直した。

 

「怒らないのか?」

「何に対して?」

「そりゃ、色々とあんだろ……」

 

 電子タバコを咥えた群雲に、杏子がした質問は、質問で返された。

 色々。それに込められた意味。群雲が気付いていないはずもない。

 ゆまを独りにしてしまった事。それが招いた結末。

 SG(ソウルジェム)の浄化を拒否した事。それが招くだろう結末。

 自棄になっている。杏子はそれを自覚している。だがそれすらももはや、どうでもいい。

 

「結局、あたしは何も出来なかった。

 家族を救う事も。

 ゆまを救う事も」

 

 杏子にとって、ゆまはそれほどに大きい存在だった。

 亡き妹と重ねている。そう言われても仕方が無い。

 だが、魔法少女になった事で壊した家族とは違い、魔法少女として助けた、妹のような存在。

 ゆまの存在に、杏子の心は確かに救われていたのだ。

 

 ゆまが魔法少女になった事は、悔やむべき事ではある。

 だが、それを切っ掛けとして、群雲と再び出会い、マミと合流する事になり。

 過ごした時間は、掛け替えの無いものだった。

 姉のように感じていた巴マミ。妹のように懐いてきた千歳ゆま。

 

 だが、これが現実。今、ここにある残酷な事実。

 

 

 

 家族を“二度も自分のせい”で失って正気でいられるほど、佐倉杏子という魔法少女は“人間をやめていない”のである。

 

「随分と、自棄になってるんだな」

 

 群雲の言葉を否定出来るはずも無く。杏子は自虐的に薄く笑う。

 

「そんな、自暴自棄になっている佐倉先輩への、最後の戯言はいかが?」

 

 まあ、勝手に話すけどね。

 そう続けて、群雲は煙を吐き出す。

 あくまでも、冷静に。判断を誤る事無く。高速で回転する思考が、佐倉杏子の斜め上をいく。

 

「ゆまは、救われていたさ」

「ふざけんなっ!!」

 

 そして、一言目で逆鱗に触れた。

 杏子は怒りのままに、群雲の襟元を両手で掴んで立ち上がる。

 背は杏子の方が高い。結果として、宙吊り状態となる群雲だが。

 

「言っただろ、戯言だって」

 

 以前のように、そんな状態でありながらも群雲は平然と言葉を続ける。

 

「実際のところなんて、知る由も無い。

 だから、オレが言うのは“戯言にしかならない”訳だ」

 

 死人に口無し。ゆまは二度と動かないし、二度と話さない。何を思って生き、何を想って死んだのか。それを知る術は無い。

 だから、群雲は【戯言】しか話さない。だから、群雲は【戯言】しか話せない。

 掴み上げられながらも、冷静に話す群雲の左目を見つめ、杏子は手を離す。

 この少年が不気味で不可思議なのは、今に始まった事ではなく。

 この少年に、心奪われているのもまた、杏子は自覚してしまっていたからだ。

 杏子の手を離れ、群雲は再びその場に座り込む。少し後、杏子もそれに続いて座り、群雲の言葉を聴く。

 

「魔女結界に捕らわれていたゆまを、佐倉先輩が助けた。

 うん、ゆまは救われたね、物理的に」

 

 改めて電子タバコを咥え、群雲はゆまの亡骸に視線を向けながら、戯言を紡ぐ。

 

「だが、それだけじゃない。

 もっと精神的な部分でも、佐倉先輩はゆまを救っていたんだ」

 

 妬ましい。それが、群雲のゆまに対する感情。

 

「確かに、ゆまは死んだ。

 今、目の前にあるのが“結果”だが。

 所詮は【結果でしかない】んだ」

 

 過程も。結果も。原因さえも。群雲にとっては【どうでもいい】事。

 魔人として“今を生きる自分の為に”なるのなら、等価値にして無価値。

 

「もし、佐倉先輩がゆまを助けなかったら。

 オレに会う事無く、死んでいただろう【結果】は、容易に想像できる」

 

 どちらにしても同じ。

 【Answer Dead(死という結末)】に変わりは無い。

 

「オレは、嫌われていたが。

 少なくとも、佐倉先輩と一緒にいる時のゆまは“幸せそう”だったぞ」

 

 それは、群雲には出来無い事。ゆまのあの笑顔は、杏子だからこその笑顔。

 

「結果的には“少しだけ、死ぬまでの時間が稼げた”程度の事。

 だが“それまでの時間、ゆまは確かに幸せだった”のさ」

 

 佐倉杏子の為に願い、魔女になる(絶望する)事無く、その生涯を終えた。

 それは“契約者”としての、一つの“正しい終わり方”と言えるのだ。

 

「そしてそれは“佐倉先輩がゆまを救ったから”に他ならない。

 そしてそれは“佐倉先輩だから”に他ならない。

 佐倉先輩は、ゆまを救ったさ。

 佐倉先輩と一緒に、ゆまは確かに“笑っていた”んだからな」

 

 誰かを救い、誰かと笑いあう。そんな、幸せな光景。

 誰もが願い、誰もが求める、幸福の一つの形。

 それは確かに、そこにあったのだ。

 

「……ほんと、容赦ないよな、お前は」

 

 言いながら、杏子は群雲の背中に回り、覆いかぶさるように体を密着させる。

 内心飛び上がりそうな程に驚く群雲だが、それを表に出す事無く電子タバコをふかす。

 

「ゆまは、幸せだったのかな?」

「過去は知らんけど。

 少なくとも“オレの知る千歳ゆま”に、不幸だと呼べる要素はないな」

 

 誰かの為に願い、誰かの為に努力した時間。群雲には絶対に訪れない【時間】だ。

 だからこそ、群雲は言う。

 【羨ましくて妬ましい】と。

 

 しばらくそのまま、ゆまの亡骸を見つめ、今は亡きゆまを想う二人。

 

「……本当に」

 

 ふと、唐突に杏子が声を出す。

 

「容赦ないよな、琢磨は」

「……褒め言葉?」

「さあな」

 

 それでも、運命は変わらない。すでに定められている。

 自棄になっている杏子は、普段なら言わないような事を、平然と口にする。

 

「なんであたしは、そんな奴に惚れちゃったんだろうな?」

 

 伝える事による変化。それはある種の恐怖となり、言葉にする事を躊躇わせる。

 良い方向に行く変化か。悪い方向に行く変化か。それが不確定であるが故に。

 しかし、今の杏子には、躊躇う理由が無いのだ。

 

「今なら、琢磨の言ってた事が理解出来る」

「いや、狂った餓鬼の事を理解しちゃいかんでしょ」

「いいじゃんか。

 惚れた相手を知りたいと思うのは、当然だろ?」

 

 もはや、歯止めなど存在しない。その想いのままに、杏子は言葉を紡ぐ。

 

「まあ、今更言っても、仕方ないのかもしれないけどな」

「そうだねぇ」

 

 群雲の言葉に、杏子は自虐的に微笑むが。

 

()()()だったのなら、もっと早くに知りたかったかな」

 

 次の瞬間、驚愕に彩られる。

 

「いや、でも……告白ってどうやれば良かったんだ?

 佐倉先輩、知ってる?」

「聞くなよ、あたしに」

 

 以前、この教会で行われた二人の会話。

 その会話で、杏子は群雲への想いを自覚した。

 

 そして、それ以前から、群雲は杏子に想い焦がれていたのだ。

 だが“自分に恋人は相応しくない”という考えの群雲は、その想いを奥底に閉じ込めた。

 自身の魔法を総動員して“考えないようにしていた”のである。

 

 その防波堤が今、あっさりと崩れ去る。

 

「一目惚れって言ったら、佐倉先輩は信じるか?」

「はぁ!?」

 

 初めて会ったあの日。群雲は自覚していた。そんな、無自覚な一言。

 

 

 

『佐倉先輩は、どうする?』

 

 

 

 自分の為に生きる少年なのだ。そもそもこんな問い掛け自体がおかしい。

 返答の有無など気にせず、自分の為に生きれば良い。

 

 あの瞬間、群雲は確かに“佐倉杏子を中心に添えていた”のだ。

 

 それは『ここにいてもいいかい?』という、マミに対しての質問とは、意味を違える。

 マミに対する質問はあくまでも『群雲琢磨を中心』とした質問だ。

 “はい”だろうと“いいえ”だろうと、群雲は“自分を中心に動いていた”だろう。

 自分の為に“留まる”事も、自分の為に“立ち去る”事も出来た。

 

 だが、杏子に対しては違う。

 “はい”であるなら“佐倉杏子の望み通り”に、共に見滝原へ向かい。

 “いいえ”であるなら“佐倉杏子の望み通り”に、独りで見滝原に向かう。

 

 最初の邂逅でも、ゆまを連れた再会の時も。

 

 群雲は確かに“佐倉杏子を中心に添えていた”のだ。

 

「本当に、容赦なさすぎだろ、お前」

 

 今更。本当に今更である。後の祭りなんて比じゃない程に。

 

「いや、違うな。

 だからこそ、か」

 

 群雲琢磨に焦がれた、佐倉杏子。だからこそ、群雲の言葉を理解して、自らもそれを望んだ。望んでしまった。

 

「なあ、琢磨?」

「ん?」

 

 後ろから抱きついた状態のまま、佐倉杏子は。

 

「たった一度しか終われないから。

 たった一度しか死ねないんだから。

 あたしの全てを、お前のモノにしてくれないか?」

 

 最後の“望み”を告げた。

 

 

 

 

「佐倉先輩も、大概容赦ないよな」

 

 回された手に、自分の手を重ねて、群雲琢磨は瞳を閉じた。

 

『たった一度しか死ねないのなら。

 オレは、恋人に殺して欲しい』

 

 以前、この場所で。群雲琢磨の告げた言葉。

 魔人の“理想的な終わり方”を、佐倉杏子は望んだ。

 

「オレに、出来るかねぇ?」

「大丈夫だろ。

 あたしは、信じてるよ」

「……本当に、容赦の無いことで」

「おたがいさま、だろ?」

 

 本当に、本当に。

 なにもかもが、遅すぎた。

 

「なあ、琢磨?」

「ん?」

「あたしらが、デートするとしたら、どこに行く?」

「ん~。

 やっぱ、ゲーセンかねぇ」

「ムードも何も無いな」

「夜景の見えるレストランで『キミの方が綺麗だよ』とか、言った方が良い?」

「うわ、似合わねぇ。

 そもそも、ガキ二人でどうやってそんな場所に行くんだよ?」

「時間止めて、忍び込むとか」

「もはや、デートじゃないな、それ」

 

 もっと早く。想いを伝えられていたら。

 この運命は、違った結末を迎えたのだろうか。

 

「なあ、琢磨?」

「ん?」

「遊園地とかどうだ?」

「行った記憶がないから、よく解らん」

「マジか」

「乗るなら、観覧車かなぁ」

「お、意外とムードのある乗り物を選んだな」

「消去法。

 ジェットコースターとか、それ以上のスリルを普段から味わってるし。

 お化け屋敷なんて、目じゃないようなのと戦ってるし。

 メリーゴーランドとか、なにが楽しいのかさっぱり」

「前言撤回。

 やっぱ、ムードもなにも無いな」

 

 もっと早く、二人の想いが繋がっていたのなら。

 

「なあ、琢磨?」

「ん?」

「好きだよ」

「……よりにもよって、オレか」

「ああ。

 よりにもよって、お前さ」

「残念な事に、オレも杏子が好きなんだ」

「ああ。

 それは、残念だよ」

 

 きっと、幸せだったんだろう。

 

「なあ、琢磨?」

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE 群雲琢磨

 

 どれぐらいの時間、こうしていたのだろう?

 一分? 十分? 一時間?

 まあ、そんな事はどうだっていい。

 背中の温もりを、いつまでも感じていたい。そう想うのは、当然の事。

 だが、残念ながら時間切れ。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

 それでも、オレはしばらく、そのまま動かなかった。

 周りの、切り絵みたいな使い魔達は、襲い掛かってくること無く。

 奇妙な行進を続けている。

 

 いい加減、はじめないとな。

 そう思い、オレはゆっくりと立ち上がろうとして。

 背中の温もりが失われていくのを、はっきりと感じ取った。

 重力に逆らう事無く、支えを失い転がった【ソレ】は、二度と動いたりしてくれない。

 オレは【ソレ】を、ゆまの横に同じように並べる。

 

 ……なんで、そんなに安らかな表情なんだよ。

 

 その表情を見て、自分も笑顔になるんだから、オレはとことん狂ってるな。

 今度こそ、オレは立ち上がった。

 変身して、周りを見渡せば、赤い石畳の、深い霧の中。

 

「待たせたな」

 

 オレの言葉に合わせるように、視線の先で炎が燃え上がる。炎は煙を上げ、煙は霧となり炎を包む。

 霧の晴れた先、白い馬に跨る、煌びやかな着物を着た、人型の蝋燭。

 その手に持つ長槍は、どうしても【以前】を連想させる。

 

「では、闘劇を」

 

 いつものように、オレは告げ……ようとして、首を振る。

 そうじゃない。そうじゃないだろう?

 

 改めて。オレは【彼女】に向き合って、告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、()し合おうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なあ、琢磨?』

『ん?』

『あたしは、お前に会えて。

 お前を、好きになって。

 お前に、殺してもらえるんだから。

 きっと、幸せだよ』




次回予告














さあ、()し合おうか

















百四十章 らしくない戦い方

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