SIDE out
「いや~、死ぬかと思った。
いや、死んだのかもしれんけど。
あるいは、生きてないだけなのかもしれんけど」
見滝原の郊外に存在する、教会だった場所。
そこに向かいながら【
時は、僅かに遡り――――――――――
美国邸。織莉子が急いで駆けていった後、キュゥべえは群雲の遺体へと近づいた。
大量の水晶球は、その全てが群雲の頭部へ襲い掛かり。その質量は圧壊させるには充分すぎる威力があった。
“異物”と呼ぶに相応しい魔人を、死んだ後も有用する為に。回収目的で近づいたキュゥべえが見たのは。
頭部を修理している最中の群雲だった。
赤黒い肉が蠢きながら、粘着音を辺りに響かせる。魔法と言う名のファンタジーなんて存在しない、生々しい“修理”だった。
「なるほど。
キミ達の肉体は“魂と連動してはいない”からね」
キュゥべえも。美国織莉子も。見誤っていた。群雲琢磨という少年を。
この少年が、自らを“敵”としている相手の本拠地に。
素直に“
結晶化された魂。抜け殻となった肉体。通常であれば嫌悪感しかない事実。
それすらも“自分の為に使い潰す”のが、異物と呼ばれる所以。
それが群雲琢磨なのである。
「流石に、これほど大掛かりな“修理”は初めてだよ」
こともなげに言ってのけ、起き上がった群雲には“右目”が無かった。
収まっていたのは、義眼。それは“
「惜しい物を無くした。
同じ色の義眼って、めったに無いんだよねぇ」
「それのおかげで、生き延びたのだから良いんじゃないかな?」
「まあね」
白い眼帯を身に着けて、群雲は立ち上がる。変身を解除し、意気揚々と美国邸を去る群雲の右肩に、いつものようにキュゥべえが乗る。
「右目に眼帯をして、左半分の世界しかないオレに対する嫌がらせか?」
「わけがわからないよ」
そこが定位置であるかのように、右肩に乗るキュゥべえ。左目しか機能していない群雲にとっては、面倒な事この上ないのだが。そのような事に気を使うなんて、キュゥべえがする筈も無かった。
「それにしても、よく織莉子を出し抜けたものだね。
琢磨には本当に、驚かされるよ」
「出来もしない事を言うなよ。
しかし、その言い方って事は、やっぱり美国先輩の能力は“未来予知”で間違いはなかったか」
「琢磨も気付いたみたいだね」
「でなきゃ、こうして生きてないさ」
未来予知。その性質の過程と仮定。魔法少女に劣る魔人は、その異常な性質で事実を騙し抜く。
「織莉子の未来予知を、どうやって退けたんだい?」
「退けてはいないさ。
あの状況じゃ、どうにもならなかった。
だが“未来予知をベースに考えれば、出し抜く事は可能だった”ってだけさ」
群雲琢磨の敗北。それを予知した織莉子。
そこで“群雲琢磨の未来が終わる”のなら“さらにその先を予知したりしない”のではないか?
つまり“一度死んで
それが、群雲の狙いだった。
未来予知を的確に使いこなしている。それは群雲との戦い方から、充分に理解出来た。
だからこそ、群雲はその裏をつく。
使いこなしている。それは即ち“予知する方向を選べる”という事。
逆を言えば“見ようとしない未来は、見る事はない”という事。
死んだと認識した相手の“未来”を見ようとはしない。美国邸で死んだ群雲の未来を予知しようなんてしない。
なにかの切っ掛けで、織莉子は再び“殲滅屍が存在している事”に気付くだろう。
しかし、重要だったのは【今】【あの状況から】【脱却する事】であり。
群雲は、それを成し得たのだ。
「さて、ナマモノ」
「なんだい?」
見滝原の郊外に存在する、教会だった場所。
そこに向かいながら、群雲琢磨はキュゥべえに告げる。
「ゆまが呉先輩に殺されたってのは、マジか?」
「マジだよ。
僕は、それをしっかりと見届けたからね」
電子タバコを咥えて、深呼吸。衝動的にナマモノを殺したくなる気持ちを、群雲は無理矢理押し留める。
「一難去って、また一難か」
あるいは、すべてが繋がっているが故の、絶望ラッシュ。
時間が平等に、一定に流れるが故の、怒涛の困難。
「事実に違和感を感じるって事は……きっと“そういうこと”なのか」
「何の話だい?」
煙をふかしながら、群雲はキュゥべえの質問には答えずに、自らの情報をまとめていく。
事実に違和感がある。すなわち、事実に至る過程を“仮定できない”という事。かつて、佐倉杏子の過去に感じたモノと同質。ならば、疑うべきは前提。間違っているのは“どの前提”なのか?
群雲琢磨は考える。自分が美国織莉子と戦っていたのと、ほぼ同時期に起きていたであろう戦い。
だが“その戦いが起きている事こそに、違和感を感じる”のである。
「なあ、ナマモノ?」
もやもやとしたもの。それを自分の中で枠を作って形にする。その為に必要なのは……?
SIDE 群雲琢磨
ナマモノと別れて、以前は4人で進んだ道を、独りで進む。
まさか。まさかである。
ゆまが殺されているだなんて、想像の外だった。
有り得ない。ありえない。アリエナイ。
それが、起きて良い筈が無いのだ。
二人の先輩に対する言葉をどうするか。吟味しながら、オレは教会前に辿り着く。
残念ながら、戦闘の跡を読み取るなんて芸当は無理。ただでさえここで模擬戦やってたんだし。
しかしながら、目聡く“証拠”を見つけてしまうあたり、オレって最低だよなぁ。
ゆまの
「出来る事なら……もう少し仲良くなりたかったものだがな」
小指の爪より小さな、その欠片を拾い、オレは呟いた。
千歳ゆま。佐倉先輩に救われ、佐倉先輩を想い、たった一度だけの奇跡を、佐倉先輩の為に叶えた少女。
千歳ゆま。群雲琢磨を嫌い、群雲琢磨を倒そうとし、群雲琢磨に届かなかった、哀れな少女。
千歳ゆま。巴先輩に懐き、巴先輩に教えを受け、巴先輩に一緒に説教をされた、幼い少女。
「千歳ゆま。
やっぱりお前は『不合格』だよ」
死ぬなよ。何で殺されてるんだよ。オレを倒すんじゃなかったのかよ!!
オレは、お前に倒されるのを楽しみにしてたんだぞ!!!!
オレには出来なかった事。誰かの為に願った事。それが、どれだけ羨ましかったと思ってんだよっ!!!!
「出来もし無い事を、口走ってんじゃねぇよ」
言いながら、オレは咥えていたタバコを<
「硬っ!?」
仕方ないので、そのまま飲み込む。うぉっ!? 喉に刺さった!!
「げっ、げほっ!?」
痛覚は遮断しているので、痛くはないが、異物感パネェ!?
そんなにオレが嫌いか、ゆま。うん、知ってるけどね。
「あ゛~。
なにやってんだろうな、オレは」
馬鹿な事してますね。知ってますよ。
これで、ゆまの治癒能力がオレに宿ったり……ないか。
仮に、そんな事が出来るのなら、魔法少女狩りまくるぞ、オレ。
出来ないし、しないけど。
「……うん?」
ここに来て、オレはようやく気付いた。ここでゆまが殺されたのなら。
【ゆまの抜け殻は】【どこにいった?】
教会の扉を開けたオレが見たのは。
横たわるゆまと、その前に座り込む……。
『だから、キョーコと一緒に戦うもん!
ゆまだって、キョーコを守れるもん!!』
死んだら……誰も守れないじゃないかよ…………。
わかってるのかよ、ゆま。
「佐倉先輩」
次回予告
後悔 後から悔やむ事
どうすれば、この結末を回避出来たのだろう?
どうすれば、幸せな結末を迎えられたのだろう?
どうすれば? どうすれば? どうすれば?
後悔 後から悔やむ事
百三十九章 自棄