「この恋の形は、違っていたのかな?」
SIDE 佐倉杏子
深夜。二人っきりの時間。人知れず存在する、荒廃した教会。
あたしは、自分の
後ろにいる少年は、間違い無くそれを受け取っている。そんな確信と共に。
……そのまま、あたしはボロボロのステンドグラスを見上げる。
魔法少女システム。
かなり強烈で、残酷な内容だった。
琢磨が黙っていたのも当然であり、その事についてはもう、あたしは責める気は無い。
知る事を切っ掛けに、魔女になる奴がいても不思議じゃないほどの真実。
あたしは、乗り越えた。
乗り越えたと言うか……別の“感情”が、その絶望を押し流したというか……。
振り返ったあたしの視界にいるのは、電子タバコを咥えた、白髪の少年。
そうだ。こいつはいつだって。あたしの心を掻き乱す。
なのに……なんであたしは…………。
こいつに、惚れちゃったんだろうな。
「どした?」
首を傾げる琢磨に、あたしは首を左右に振る。
「なんでもねーよ」
あたしを不思議そうに見ながら、琢磨は煙を吐き出す。
自覚した今ならわかる。琢磨を見た最初の光景。あの時すでに、あたしは心を奪われてたんだ。
一目惚れなんて言っても、きっとこいつは信じないだろうけど。
打ち明ける気も無い。魔法少女のシステムを黙ってたって事は、琢磨はあたしを信じてないって事なんだから。
寂しいと思う。好きな人に信じてもらえないんだから、当然。
優しいと思う。結局、琢磨の“自分の為”ってのが“誰かの為に動く際の、自分への言い訳”にしか感じられないから。
だから“危ない”って思うんだ。
「なあ、琢磨。
少し付き合えよ」
そう言って、あたしは辛うじて原型を留めている椅子の一つに腰掛ける。
琢磨の事だ。あたしの絶望を紛らわせる為に、付き合ってくれるはずだ。
「まあ、断る理由は無いな」
ほら、な。
あたしの横に座った琢磨を見て、思わず笑みが浮かぶ。
そのまま、あたし達は会話をする事無く、時間が流れるのを感じる。
それでよかった。それだけでよかった。
群雲琢磨はこんなにも。あたしの心を占めている。
「なあ、琢磨」
「ん~?」
スティックキャンディを咥えたあたしと。電子タバコを咥えた琢磨。
「お前、恋人とか欲しいと思うか?」
「まさかのガールズトークかよ。
先輩達としなさいな、そういうのは」
「たまには良いじゃないか」
「むぅ」
同じように、咥えた白い棒を上下に揺らし。
他愛の無い会話をする。
もっとも、そんな状況でさえ。琢磨は斜め上を行くんだが。
「欲しい欲しくない以前に。
言いたい事の意味がわからない。いつもの事だけど。
深呼吸するように、煙を吐き出した琢磨は。
「オレは、オレの為に、オレを生きる。
自分のやりたい事を、やりたいようにやる。
そんなのと一緒になってみ?
泣くのが目に見えてるだろ」
そうだ。こいつはそういう奴だ。
自分が笑えないから、自分の望みを放棄できる。
恋人が欲しくても、その恋人を泣かせてしまうから。
だから、要らない。自分には相応しくない。
「寂しい奴だな」
「知ってる」
思わず漏れたあたしの言葉に、琢磨は苦笑して答える。
「仮定をした話をしよう。
群雲琢磨に恋人が出来た話だ。
仮に、オレと佐倉先輩が付き合っていたとしよう」
え、えぇっ!?
あ、あたしと琢磨が、つ、付き合ってっ!?
「……いや、仮定だからね?」
狼狽したあたしを見て、琢磨が苦笑する。
いや、唐突過ぎるわ。ほんと、あたしを掻き乱しすぎる、こいつ……。
早急に結論を告げる気なのか、琢磨は一気に言葉にした。
「付き合ってます。
当然、デートします。
『好き~!』『ガバァ!』『ちゅ~』『
どうよ?」
………………うわぁ。
「同じ立場ですら、こうなる。
片方が【純粋な一般人】なら、状況はもっと悪化する。
一般人の視点で言えば。
『仕事とあたしとどっちが大事なのよ、ぷんぷん!』
って感じだ」
「一々、言葉にネタを入れるな」
「オレだからね」
そうだな。琢磨だもんな。
しかし、琢磨の言いたい事がようやく理解できる。
『魔女を狩る』
これは、魔法少女である以上、避けては通れない道だ。
それが“生活の一部”であるあたしらと“まったく認知しない”一般人では、隔たりは大きい。
そして、琢磨は間違いなく“仕事”をとるだろう。魔女退治に平然と向かうんだろう。
だから、群雲琢磨に、恋人は相応しくない。
寂しい奴だな。だけど、それ以上に優しい奴だ。
自分が仕事を選ぶ。その事を琢磨は十二分に理解してる。
だからこそ、自分に恋人なんて勿体無い。
「苦労するな……」
「しないよ?
最初から“恋人をつくらなきゃいい”んだから」
「お前じゃねぇよ」
「?」
あたしだよ。小首を傾げた琢磨に、あたしは溜息をひとつ。
それでも、気持ちは変わらない。あたしの心を占めてるんだから。
ふと。自分の心に聞いてみる。それは、今まで出来なかった事。
家族を壊して。マミさんを裏切って。あたしは必死に逃げてた気がする。
随分荒れてた。犯罪行為も平気でやった。万引きに始まり、ATM襲撃なんて事もした。
きっとあたしは、このまま擦り切れていくんだろう。そんな風に漠然と思ってた。
そんな恐怖と、自分と向き合う事も無く。
ただ“魔法少女の役割”だけをこなして……。
「どした?」
相も変わらず、空気を読まない琢磨が、あたしに呼びかける。それに反応して、あたしは琢磨を見る。
白い前髪の間から、僅かに除いた黒い左目が、あたしを射抜く。
あぁ……だから、あたしは琢磨が“羨ましかった”のか。
自分がいずれ、化け物になる。きっと琢磨は“初めてあたしと出会った時には、既に知っていた”んだ。
でも、契約した事を。魔人である事を。
琢磨は、後悔していない。
たった独りの寂しい奴。でも琢磨は強い。
孤独に荒れていたあたしにはない“強さ”を、琢磨は持ってる。
同じ“独り”の筈なのに、こんなにも違う。
荒れていたあたしとは別物。それでも“笑う事が出来る”琢磨。
「お前は、さ」
こんなにも愛おしい。佐倉杏子は群雲琢磨を求めてる。
「もし、魔女になるとしたらどうする?」
だから、問いかけてしまった。きっとあたしは、琢磨の答えが解ってる。
「ガールズトークから、いきなりのガチシリアスね。
ま、いいけど」
あたしから視線を外し、琢磨はゆっくりと煙を吐き出す。
「魔人の場合は、魔女じゃなくて魔獣らしいよ。
見た事ないけど、まあ、魔女と同種なんだろうね」
そして、躊躇い無く言ってのけた。きっと琢磨はこう言うだろうと解ってたのに。
死ぬかなって。
「なる前に死ぬのが理想かな」
だって、笑えないからって。
「魔女みたいに、呪いと絶望を振りまくのって、笑えなさそうだし」
うん、そういう奴だよ、お前は……。
それでもやっぱり、斜め上を行くのが琢磨だった。
「まあ、未来がどうなるかなんて、今のオレには解らないし、知ったこっちゃないけど。
もし、魔獣になっちゃったら。
佐倉先輩に退治して欲しいかな」
……は?
「魔獣になって、見ず知らずの魔法少女に狩られるより。
佐倉先輩に殺して貰った方が、逝き方としては幸せだと思うんだが、どうよ?」
…………そんな風に考えてるのか。たった独りでそう考えてきたのか…………。
本当に、苦労するな、あたしは。
「前の話題に戻るけど。
ね? オレに恋人は“相応しくない”だろう?
答えは一つ。Answer Deadだ。
たった一度だけ。それがAnswer Deadだ。
たった一度しか死ねないのなら。
オレは、恋人に殺して欲しい。
ホント、我ながらに情けない。
そんなの、笑えるはずが無いって理解してるはずなのに、な」
それでも、あたしはこんなにも。
群雲琢磨に、恋焦がれてる。
次回予告
自覚してた想い
無自覚のままの思い
自分の為の言動
他人の為の行動
何も起こさなくても、世界は回る
何かが起きてしまっても、世界は廻る
今、ここに、生きる
それが重要で、それが必要で
望むモノの前に立つのは、希か絶か
百三十章 Answer Dead