無法魔人たくま☆マギカ   作:三剣

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「オレは、オレの為に動く」
「当然、真実がオレの為にならないならば」
「そんなものは、いらない」


百十六章 疑うべきは、前提

SIDE out

 

 群雲琢磨は、自身に魔法を使っている。

 <電気操作(Electrical Communication)>による、自身への脳操作。

 感情を排除した言葉で、群雲は自身の“仮定”を話す。

 

「【親父さんがコワレタ】【酒に溺れ】【心が歪んだ】【話を聞いた限りじゃ】【自殺しても不思議じゃない】」

 

 それを聞く佐倉杏子は、自身のトラウマに正面から挑む形になる。

 口の中のキャンディを噛み砕く。その音を聴きながら、群雲は言葉を続ける。

 

「【だが】【父親として】【聖職者として】【魔女になった娘を】【そのまま放置は考えにくい】」

 

 だから、辿り着かない。それが、群雲の違和感。

 事実を聞いたにも関わらず。事実へ辿りつけない。

 

「【だから】【群雲琢磨は考える】」

 

 なら、疑うべきは事実。

 

「【親父さんの得た力が】【オレの予想通りであったなら】【その力を】【誰が一番受けている?】」

 

 群雲琢磨が考え、辿り着いた結論は。

 

「【家族】」

 

 杏子の目が見開かれる。流石に想像すらしていなかっただろう。

 群雲は、その想像を妄想で補い、形にしていく。

 

「【一家無理心中】【母親と妹は包丁で】【父親は首を吊り】【そうだったよな?】」

 

 昔の事件。一家無理心中。風見野。佐倉。聖職者。教会。

 調べる為の情報は、充分に揃っている。

 そして、群雲が。

 自分の感じた違和感を放置するなんて、自分の為にならない事はしない。

 もっとも、調べた事件は杏子から聞いた内容と、違いはなかった。

 だからこそ、違和感は違和感のまま残り。

 群雲は、自分で消化するしかなかった。

 

「【親父さんが無理心中するなら】【そもそも】【包丁なんて必要ない】」

 

 一緒に死のう。そう言うだけで良かったはず。

 

「母さんが……やったってのか?」

「【さあ?】【あくまでも想像だ】【事実を確認する術は】【もう無い】」

 

 或いは、妹であった可能性もある。純粋な子供ほど、影響が強くでてもおかしくはない。

 

「【まあ】【どちらにしても】【事実は事実】【心中した事に変わりはない】」

 

 群雲が導く結論は、違和感を拭う為のものであり、真実を暴く事ではないのだ。

 

「【仮に】【どうであったとしても】【死に方が違う】【この事実こそ重要だ】」

 

 全員が一緒に首を吊っていたのなら。それでも違和感は拭えない。

 杏子を置いて逝く理由にはならない。

 だが、一つの事実が。納得のいく答えに辿り着く為の鍵になる。

 

「【状況から考えて】【母親達が死んだ後】【それを見た親父さんが首を吊った】【そう仮定するなら】」

 

 どうして、佐倉杏子を置いて逝ったのか?

 

「【後を追った】【そう考えるのが自然】【だが】【それでも】【やっぱり佐倉杏子の放置は】【考えにくい】」

 

 なら?

 

「【放置したのではなかったら?】」

 

 疑うべきは、前提。その為に、群雲琢磨が疑ったのは。

 

 佐倉杏子を恨んでいるという、父親の感情。

 杏子は、父親が自分を怨んでいると思っている。

 

 “その前提を、群雲琢磨は疑ったのだ”

 

「【ここで】【群雲琢磨は】【過程を仮定する】」

 

 佐倉父の状況を仮定して、考えてみたのだ。

 

「【家族が死んでいる】【包丁が転がっている】【或いは】【包丁を取ろうとして】【誤って刺した】」

 

 ここの仮定は、大して重要じゃない。重要なのは家族が死んだ“後に”佐倉父が首を吊った事。

 

「【家族の死体を前に】【親父さんは絶望し】【自ら命を絶つ決意をした】【だが】【気付いたはずだ】【娘が一人足りない事に】」

 

 魔女と罵り、蔑んだ娘。自分を絶望に叩き落した魔女。コワレタ父親が、殺さない道理はない。

 その上で、事実に当て嵌めるのならば。置いて逝ったのではなく。

 

「【一家心中に“巻き込みたくなかった”から】」

 

 琢磨のその言葉が、教会内に静かに、だがしっかりと響いた。

 言葉を紡ぐ事すら忘れ、驚愕のまま固まる杏子に対し、琢磨は変わらず話を続ける。

 

「【残った最後の娘を】【殺す事は出来なかった】【自分の言葉で】【惑わしたくなかった】」

 

 だから“首を吊る”という“声を殺す”形で自殺した。

 仮に、一家心中が佐倉父によるもので、家族を包丁で殺したのなら。

 自分の命を奪うのもまた、包丁であったはずなのだ。

 

「【生きて欲しかった】【残された最後の娘には】【幸せになって欲しかった】」

 

 

 

 

SIDE 群雲琢磨

 

 魔法を解除し、オレは電子タバコを咥える。

 

 親子だな。素直にそう思う。

 ゆまとの模擬戦前に、佐倉先輩は言っていた。

 

 自分の願いで家族を失った佐倉先輩は。

 自分の魔法で不幸になる前に、巴先輩と別れる事を選んだ。

 

 親父さんもきっと。

 これ以上家族(むすめ)が不幸になる前に、別れる(しぬ)事を選んだ。

 

 これが、オレの出した結論。

 怨んでいたなら、置いて逝く筈が無い。

 なら、怨んではいなかった。

 これが、オレの出した結論だった。

 

「でも……あたしは…………」

 

 俯いた佐倉先輩から聞こえる声は、とても弱々しかった。

 オレはそのまま、佐倉先輩の横を通り過ぎて、ボロボロのステンドグラスを見上げる。

 

「親父に……魔女だって…………」

「魔女だと本気で思ってたんなら、置いて逝くのはおかしい」

 

 散々言ってる気もするが。これがオレの最初の違和感だったしな。

 そもそも、オレ達が言う“魔女”と、親父さんが言う“魔女”は、別物だしな。

 

「母さんや、モモを殺してっ!」

「なら、佐倉先輩だって殺される。

 少なくとも、殺されようとされないとおかしい」

 

 今までの自分の考えを否定されたせいか、佐倉先輩が震える声で叫ぶ。

 オレはそれを、自分の考えを告げる事で、背中で受け止める。

 

「あたしがっ! あたしだけが!!」

「そう、生き残った。

 それが、憎しみからだとは、考えにくかった。

 だから、群雲琢磨は過程を仮定した」

 

 最初の事実。その前提を疑った。

 流石に、振り返る気になれなかったので、オレは背中を向けたまま、言葉を続けた。

 

「怨んではいなかった。

 むしろ“自分が不甲斐無いせいで、娘が悪魔と契約をしてしまった”とか、考えていたのかもしれない」

 

 まあ、皮肉な事に、それはある意味正解なのだが。

 

「自分が死ぬ事で、娘が悪魔と契約をする事は無くなる。

 そんな風に考えたのかもしれない」

 

 真実を知る術は無い。真実が事実である必要も無い。

 ただ、自分が違和感無く、納得出来る理由が欲しかっただけなんだがな。

 

「父親が、愛する娘に生きていて欲しいと願うのは、当然じゃないのか?」

 

 その言葉を最後に、教会内に沈黙が降りた。

 オレは、深呼吸するように、白煙を吐き出す。

 

 顔も名前も思い出せない。そんなオレには“思い出”なんて、存在しない。

 自分が壊した家族を想い、それでも祈れる佐倉先輩が羨ましくもある。

 まあ、家族の思い出が必ずしも良いものだとは限らない。

 ゆまの場合は最悪だろうしな。虐待されてたらしいし。

 

 それでも“無い”よりはマシなんじゃないかと思うのは。

 ……ただの、無い物ねだりかねぇ。

 

「…………たくま…………」

 

 そんな、他愛ない事を考えていたら、佐倉先輩の声が聞こえた。

 

「少し……背中貸せ」

 

 背中? オレの方が小さいのに?

 

 そんな疑問が口から出る前に。佐倉先輩がしがみ付いてきた。

 オレの背中に顔を埋め、両腕を掴む。

 ちょ、動かせない、タバコが吸えない。

 

「うぅ……ひっく…………」

 

 くぐもった、佐倉先輩の嗚咽が聞こえる。

 

「……まあ、オレの背中ぐらい、どう使ってくれてもいいが」

 

 最後に一言、オレは静かに呟いた。

 

「泣きたいなら、思いっきり泣けばいいじゃん。

 咎める奴なんて一人もいないし、そんなのはオレが許さない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん……あああ……ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 大声で泣く佐倉先輩の声と、背中に感じる重み。

 くっきり青痣になるんじゃないかと、くだらない心配をする程度には力の込められた手。

 

「母さん!! モモ!! あたしは……あたしはぁぁぁぁぁ!!」

 

 そういえばオレ、両親と一緒に涙も失ったっけ。

 あぁ……本当に……。

 

「わああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」

 

 

 ――――――――――――――うらやましいなぁ。




次回予告

廻る歯車

全てが噛み合う事で

機能するのは









最悪への舞台装置








様々な思惑

それらが何であれ

装置は、変わらず、稼動する


百十七章 裏目

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