「どうした、マミ?」
「どうして佐倉さんは、琢磨君を下の名前で?」
「……ゆまに引き摺られて、だな。
あいつが呼び捨てだから、必然的にあたしもそうなった。
マミはどうして?」
「信用に値する子だから。
なんだか、手の掛かる弟みたいで」
「あいつなんか、よびすてでいいよ」
「ゆまちゃんはちゃんと、たくちゃんって呼ぶのよ?
じゃないと……」
「じ、じゃないと?」
「琢磨君の作った、黄身が黒い目玉焼きを食べてもらうわ」
「……それ、焦げただけじゃないのか?」
「白身は緑だったわ」
「なんで!?」
「カカオ98%ぐらいのチョコレート味だったそうよ」
「あいつの料理は、マジでなんなんだよっ!?」
SIDE 佐倉杏子
「戻ってきたよ……父さん」
見滝原郊外に存在する、寂れた教会。
「キョーコ……?」
右手を握っていたゆまが、その力を強める。それを感じて、ゆまに視線を向けて苦笑した。
「本当に良かったの?」
後ろに控えていたマミも、心配そうに見ている。ただ一人、琢磨だけはいつも通り。電子タバコを咥えていた。
「言い出したのは、あたしだろ?
そんなに、心配しなくても大丈夫さ」
ここはもう、あたしの拠り所じゃない。ゆまがいて、マミさんがいて、琢磨がいる。
ここに来たのは、割り切る為。そして、報告をする為。
――――家族の皆、ごめんなさい――――
――――あたしだけが生き残ってしまって――――
――――でも、あたしを必要としてくれる子がいるんだ――――
――――でも、あたしを導いてくれる先輩がいるんだ――――
――――でも、あたしをあたしとして、見てくれる奴がいるんだ――――
――――――――――だから、もう少し、生きてても、いいかな?
SIDE 群雲琢磨
「ヒャッハーッ! 特訓じゃ~ぜ~!!」
「テンション高いな、おい!?」
いや、まあ、特訓の内容が容易に想像出来るもんでね。今のうちからテンション上げとかないと!
さて、教会の前で話すのは、これからの特訓内容。もちろんオレは用意していた
「琢磨君、3連戦よろしくね」
「鬼や! 巴先輩は鬼や!! ここに鬼がおるで~~!!!」
「3人同時が良い?」
「すいまっせんしたーーーーーー!!!!」
笑顔ながらも、声のトーンを一つ落とした巴先輩へ、ジャンピング土下座。うむ、完璧!
SIDE 巴マミ
「まったくもう……」
いつものように、場を掻き乱す琢磨君に苦笑していた私に、佐倉さんが聞いてくる。
「3連戦って、どういうことだ?」
「そのままの意味よ。
せっかく4人が早い時間から行動出来るのだから、特訓内容は模擬戦」
「ゆまがたく……ちゃんと?」
私の言葉に、ゆまちゃんが首を傾げる。呼び方は……まだ慣れてないみたいね。仕方ないけれど。
「最初は私と佐倉さん、ゆまちゃんと琢磨君の組み合わせを考えていたんだけれど。
ゆまちゃんの当面の目標が琢磨君なら、私と佐倉さんが、どうやって琢磨君と戦うのかを見るのも、参考になる筈」
「私は後、二回の変身を残していますよ……クククッ」
「いや、いくらなんでも琢磨に負担かけすぎじゃねえか?」
「無視? ねえ、オレのネタは無視?」
「個人的に、佐倉さんと琢磨君の戦いにも、興味があるわ」
「……ちくせう……」
隅の方でしゃがみこんで、のの字を書いている琢磨君はスルー。これは基本。
私は、持ってきていた鞄から、魔法関係を纏めているノートを取り出す。
「琢磨君の戦闘スタイルは、基本的に距離を選ばないわ」
取り出したノートに視線を向けながら、私は答えていく。
このノートに書いてあるのは“魔人群雲琢磨”の事。
「遠距離では、数種類の銃に、放電現象とそれを利用した遠距離用魔法。
近距離では、ナイフに日本刀、時には徒手空拳での立ち回り。
敵として考えた場合、琢磨君ほどやっかいな相手はいないわ」
それに加えて“時間停止”という、反則的な切り札まである。
「琢磨を相手にするのが、大変なのはわかったが……」
流石に3連戦は厳しいのではないか?
そう言いたげの佐倉さんに、私はひとつの事実を伝える。
「二人が来る前は当然、私と琢磨君が模擬戦をしていたわ。
戦歴は18勝16敗3引き分けで、私がギリギリで勝ち越してる」
その言葉に、佐倉さんは首を傾げて。
「その内の7戦は、琢磨君のハンデ戦よ」
次の言葉で、目を見開いた。
「は、ハンデ……?」
「さっきも言った通り、琢磨君は距離を選ばない戦い方が出来る。
それはつまり、複数の戦い方を身に着けていると言う事。
逆に、琢磨君は“広く、浅い”のよ」
ひとつの事に集中する。複数の事を同時に行う。どちらも、費やす“時間”は一緒。
故に、琢磨君は広くて浅い。
「私はリボンと、編み出したマスケットでの戦闘技術を磨いている。
同じ時間を琢磨君は、徒手空拳とナイフによる戦闘、日本刀による技能、銃による射撃練習に、魔法による電気応用」
こうして並べれば、一目瞭然ね。佐倉さんも気付いたのか、僅かに顔を引きつらせている。
「ハンデ戦というのは、その内のいくつかを封印した状態での模擬戦の事。
それでも、ハンデ戦だけの戦歴で言えば2勝3敗2引き分けで、私が負け越しているわ」
「いやまて!
なんでハンデ戦なのに、マミが負け越してるんだよ!!」
「それは、ハンデ内容によるわ」
銃撃戦で言えば、私の方が上。徒手空拳なら、リボンによる拘束がある分、私が有利。
日本刀やナイフを使われた場合、距離を詰められると琢磨君の方に分がある。
「それでも、マミとほぼ互角なのかよ……」
「まあ、私の特訓でもあるから、最近はナイフメインだったけれどね。
二人が来る前は、琢磨君が前、私が後ろが基本だったから」
基本戦術が決まっているのだから、当然それを伸ばす方向で特訓する事になるわ。その結果が現状の戦歴。
ちなみに、引き分けの内、2戦は一般人に気付かれそうになっての中断。1戦は双方が相手の額に銃口を押し当てての相撃ち。
「佐倉さんも一度、琢磨君との模擬戦を経験してみるといいわ」
「ねぇ、まだ~?」
かけられた声に振り向くと、何故か琢磨君とゆまちゃんがラジオ体操をしていた。琢磨君は既に変身状態だ。
「やる気満々ね」
「そりゃ、3連戦だからね。
気合を入れないと」
それで何故、ラジオ体操なのかしら? まあ、聞くだけ無駄でしょうけど。
「それで、順番は?」
「ゆまからいく!」
琢磨君の質問に、私が答える前に、ゆまちゃんが声をあげた。
本当なら、ゆまちゃんは最後にするべきなのかもしれないけれど。
「悪いがゆまは、2番目だ」
そう言って、佐倉さんが変身した。
「あたし、ゆま、マミの順番でいいか?」
「オレは構わないよ」
「その順番の意味は?」
単純に勝たせるだけを考えるなら、ゆまちゃんを最後に回すべきだと思うけれど。
「琢磨とは初めてだし、一番手はあたし。
ゆまは前に一度、戦り合ってるから次。
模擬戦数の多いマミが最後。
何か問題は?」
……それだけ、かしら?
でも、即座に否定できる材料がないし、それでいくしかないかしらね?
「さて、と」
私とゆまちゃんが少し離れた場所に移動。
教会前で、佐倉さんと琢磨君が対峙する。
張り詰める緊張感に、ゆまちゃんも真剣な表情。或いは二人の戦いを見て、琢磨君を倒すための作戦を考えようとしているのかもしれないわね。
私は鞄から別のノートを取り出し、新しいページを開く。
スティックキャンディを咥えた佐倉さんと、電子タバコを咥えた琢磨君が、同時に開戦を告げた。
「いくぜ、琢磨!」
「では、闘劇をはじめよう」
次回予告
第一試合 佐倉杏子VS群雲琢磨
重要なのは勝敗ではなく、その過程
なぜならこれは、訓練であって
殺し合いではないのだから
百六章 影が薄い