岸波白野の転生物語【まじこい編】【完結】   作:雷鳥

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幼少期編のラストです。
と言う訳で後編です。前編はこの時の主人公の視点となっています。
一応どちらから読んでも内容は理解できるようには書いたつもりです。



【終わりと始まり (後編)】

 優季の病室には重苦しい空気が流れていた。

 

「なんとかならないのかよじじい!」

 

 百代が祖父である鉄心に睨みながら怒鳴る。

 

「流石のわしにも死に向かう者を呼び戻す技は知らぬでな」

 

 それでもと自身の気力を送って肉体の自然治癒を高めてみたりしたが、効果はいまひとつであり、優季の血圧はどんどん下がって行くばかりだ。

 

 あの嵐の日、優季の身体は重傷でもかなり重い部類の怪我を負っていた。

 服の下には浅黒く染まった内出血の後が複数在り、雨のせいだと思われていた体の冷たさは、本人の出血と体温低下によるものだった。

 頭の傷も思いの他深く、雨のせいで外に出ていた血が流れていただけで、血自体は止め処なく流れ続けていた。

 

 すぐに手術が行われ、肉体的な治療は施された。

 しかし翌日、優季は意識の無いまま高熱を発症し、苦しそうに荒い呼吸を繰り返し続けた。

 

 その為優季は入院してからは家族以外は面会謝絶の状態になった。

 

 そして手術から三日目、今では血圧は下がり、呼吸は無呼吸症状を起こし始めた。

 もはや誰が見ても危険な状態だった。

 

 最後の頼みの綱と、優季の両親は鉄心を呼んで気孔による治療術を施して貰ったが、結果はごらんの有様だった。

 

 最後の時になるかもしれない。だからこそ、鉄心は百代を連れてきたし、榊原も別の病室で治療を受けている小雪を連れて来た。

 

 そして誰もが悲痛な思いを抱く中、あの嵐の日を知る榊原だけは優季に対して悲しみと同時に尊敬の念を、そして自分自身への無力感を抱いていた。

 

 普通ならあの日の段階でまともに動く事すら出来ない程の怪我だった。

 それを人一人抱え続け、あそこまで意識をはっきりと保てていただけでも奇跡だ。

 

 榊原は優季の傍にすがり付くこの病院のもう一人の患者に視線を移す。

 

「ユーキ! ユーキ!」

 

 小雪が泣きながら動かぬ優季に縋りつく。

 

 優季君。君はこの子の事をそんなになるまで守っていたんだな。

 

 榊原は二人が入院する葵紋病院の経理及び管理関係の全てを任されていた。

 そんな彼女は直接患者を治療できない代わりに、患者の為の病院作りを心掛けていた。

 故に悔しかった。川神一の病院という評判に恥じぬ機材、人材がいても、子供一人助けられないと言う事実が。

 

「なんとか、ならないのでしょうか?」

 

 そんな彼女の傍に佇む医者に、優季の両親は詰め寄る。

 

「血圧も上がらず。心拍も弱くなっています。医学的にも施せる処置は施しました。後は彼自身の気力に任せるしか……」

 

「そんな……」

 

 できる事なら目の前の医者に掴みかかりたかったが、そんな事をしても意味はないと優季の父である鉄信城(くろがねしんじょう)は己を自制し、ベッドで横になる息子に声を掛ける。

 

「優季諦めるな! お前はあの雨の中でも諦めなかった。だから諦めるな!!」

 

 降りしきる雨の中でも生きようとしていた赤ん坊の息子の姿を思い浮かべて、信城は冷え切った優季の頬に触れる。

 

「僕のせいだ。僕が……」

 

 涙を浮かべて小雪が縋るように優季の手を握る。

 

「ユキのせいなもんか! 優季起きろ! お前、私との約束を破るのか!」

 

 百代も小雪の手の上から掴む。

 

 その時、初めて優季が目蓋を開いた。

 

「……ここ……死ぬ訳に……」

 

「ユーキ!?」

 

「優季!?」

 

「意識が戻ったのか優季!?」

 

 喋り始めた優季に、全員が顔を除きこむ。

 

 いや、違う。

 

 そう判断したのは武道に身を置いていた鉄心と信城だった。

 

 優季の目は虚ろだ。私達が見えているとは思えない。

 

 それでも、優季は口を動かす。

 

「ここで死んだら……みんなを……傷付け……」

 

「っ!!」

 

 優季の両親は息子の思いに息を飲む。

 

 優季、お前は自身の死の間際でさへ、他人のことを思っているのか……。

 

「どうして、どうしてこんな優しい子が……」

 

 今にも崩れ落ちそうな妻を支えて信城が息子を見る。

 

 今、息子は俺達の為に懸命に生きようとしている。なら……。

 

「小雪ちゃん、百代ちゃん、頼む。息子に声を掛け続けてくれ」

 

「う、うん!」

 

「頑張れ優季! 私が付いてる!」

 

 二人は懸命に優季に呼びかけ続けた。

 

「熱が……足りない……熱を……起こせ……」

 

「熱、おいじじい、熱を起こすにはどうすればいい!!」

 

「うむ。もう一度わしが気を送って体温を上げてみるか」

 

 鉄心が優季の身体に近付こうとした瞬間、優季が虚空に向かって左手を伸ばす。

 

「出来る……だって……見続けて……来た……」

 

 次の瞬間、誰もが言葉を飲んだ。

 

「アェストゥス・エウトゥス……」

 

 優季の左手に力が収束して……紅蓮の大剣が出現する。

 

「なっ!?」

 

「なんじゃこれは」

 

 信城と鉄心は艶やかな紅い刀身から熱を感じた。 

 そして鉄心がその物体の正体に気付く。

 

「これは気じゃ。あの剣は優季が自身の気によって生み出した物じゃ」

 

「気の具現化なんて、優季、お前にはそこまでの才が……だが、どうしてあんな物をこの状況で?」

 

 困惑している周りを他所に、優季はその剣を掴む。

 すると艶やかな紅い刀身の光が優季の身体に吸収され、優季の身体の血色が一気に良くなる。

 

「あっつ!?」

 

「熱い!」

 

 手を握っていた二人がその手から感じる高熱に顔を歪ませるが、二人は決して手は放さなかった。

 

 次に優季に取り付けられた計器の数値が一気に上昇する。更に優季の皮膚もまたどんどん赤みを増して行った。

 

「せ、先生、まずいです! 血圧や心拍は上がっていますがこのままだと逆に熱で血管や脳に異常をきたします!」

 

「かと言ってわしが無理矢理止めれば先程の状態に戻ってしまうかもしれん」

 

 一難去ってまた一難と言いたげに訪れた優季の命の危機。しかし、それを解決したのは他ならぬ本人だった。

 

「……ファクス・カエレスティス……」

 

 剣から激しい『炎』が迸った。まるで優季が取り込んだ余分な熱を放出するように。

 

 咄嗟の事に全員の行動が遅れ、全員がその炎に包まれた。

 

「ぬ?」

 

 しかし誰もその炎に焼かれる事は無かった。

 

「身体が、熱い」

 

「うん。ポカポカする」

 

 百代と小雪がお互いの顔を見合うと、その手に強い力を感じて慌てて優季の方へと振り返る。

 

「ユーキ!?」

 

「優季!?」

 

 優季は見えているのか見えていないのか分からない瞳で、一度だけ二人に笑い掛けると、そのまま気絶してしまった。

 

「先生、息子の容態を!!」

 

「え、ええ!」

 

 信城に促されて医者が慌てて優季の身体に触れる。

 脈を測り、心音を調べ、呼吸のリズムを確認する。

 機器を確認していた看護士も数値が下がって行き、数値が安定したのを確認してから、医師に頷いて見せた。

 

「……熱は高いですが、脈拍も心音も力強い。呼吸も安定している。ちゃんと調べてみないとなんとも言えませんが、少なくとも峠は越えたとみていいでしょう」

 

 全員が安堵の溜息を漏らした。

 

 その後、百代と小雪は安心したのか眠ってしまった為、病院側の好意で優季の母親が百代を連れて空いている仮眠室に、榊原も小雪を背負って彼女の病室へと移動する。

 

 病室に残った信城と鉄心は、先程の優季の力について考えていた。

 

「先程の力、どう見ますか鉄心殿」

 

「うむ。あの剣が気による具現なのは間違いない。あの炎も気の属性変化なのは間違いないが……対象を燃やさずに気力のみを燃え上がらせるとは、まさしく『焔』。いやはやこの年になって初めてのことに出くわすとは、長生きはするもんじゃのう」

 

 鉄心は楽しそうに笑うが、信城は不安を覚えていた。

 

 今回はこの力が息子を助けたが、もしあの焔が人を焼く『炎』だったなら、我々は間違いなく大怪我を負っていた。もしその姿を助かった息子が見たら……。

 

 信城はこの時、ある決意を決めた。

 

 あの力を正しく使うためにも、優季は『気』の扱いに長けた者が多い世界で生きた方が良い。幸い先方は自分の事を気に入ってくれている。多少なら条件を飲んでくれるはずだ。

 

 そして優季が助かった翌日、信城はある大財閥に連絡を入れた。

 




幼少期編も終わったのでようやくゲーム本編と同じ『川神学園』編に取り掛かれます。
……登場キャラが凄い増えるから、今から不安です。しかもS基準なんだこの作品。死ねるね!


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