「ははは! 九鬼揚羽降臨である!」
「夜なのにテンション高いですね。揚羽さん」
午後まで遊び通し、夕食を終えた後、夜になってやってきた揚羽によって一部の女性陣、ぶっちゃけて言えば優季に好意を寄せている女子が大部屋の一室に集められていた。因みに夕食も終わり温泉に入った後なので全員もれなく浴衣である。
「さて、お主らだけを集めたのは他でもない。お主等全員優季の事が好きであろう?」
「なっ!? そ、そんな訳ある……あれ?」
一人だけ過剰に反応して立ち上がった梅子であったが、自身を除き全員が真顔で沈黙したまま座るその様子に困惑する。
「ふむ。と言うことは小島先生は我の間違いか。では、退室して頂けますかな?」
「いや、待て、その……ぐぬぅぅぅうううう」
梅子は物凄くそれこそ頭を抱えて唸りながら悩み……最終的に座った。
「まぁ彼女は立場がありますからね」
「それでも恋を選ぶその度胸、ロックだぜティーチャー」
「分かりますよ小島女史」
同僚と年齢が近い梅子のその行動に勝算を送る李とステイシー。そして自分も似たような感じで悩んだマルギッテが力強く頷く。
「さて、では今度こそ話を始めるとしよう。まあ単純な話だが、九鬼としても優季にはあまり無茶をして欲しくは無い。そこで、恋人でも出来れば落ち着くだろうという事で、我自らが今回お前達の恋のサポートをする事にした」
「サポート、ですか。具体的には?」
清楚が挙手しながら尋ねると揚羽は頷き隣の襖を開ける。
「ここに大量の川神水がある。そして優季は下戸。あとは分かるな?」
「襲えって事ですね揚羽さん!」
「馬鹿もん! まずは優季の本音を聞けということだ」
目を輝かせながら立ち上がり、握り拳を作る百代に揚羽がすかさず注意する。
「ふむ。確かに優季が今我々についてどう思っているのかは気になりますね」
マルギッテの呟きにステイシーと李も頷く。
「ついでに今一番異性で好きな人もロックにゲロってもらおうぜ」
「そうですね。この際気になる事はとことん聞いて見ましょう」
『お、おい清楚、これは本当にやっていい事なのか?』
変なところで常識で億手な項羽が清楚に尋ねる。そんな項羽の問いに、清楚は真剣な表情で答えた。
「項羽、世の中には流れに身を任せるべき時もあるのよ」
『そ、そうなのか』
そして流される項羽ちゃんなのであった。
「でもでも、ユーキが他のみんなを誘っちゃったりしないかな?」
手を上げて心配そうな表情で揚羽に尋ねる小雪に対して、揚羽は自信に満ちた表情を浮かべて答えた。
「その点は問題ない。我が先手を打って他の連中には伝えてある。全員協力すると頷いてくれたぞ」
ほとんどは親しい者のためだが一部は『いい加減アイツのラブコメを見るのはイヤだ! さっさと誰かとくっつけ!』という私怨も混じっていたりするわけだが。それが誰かは語る必要は無いだろう。
「そんな訳で、そろそろ呼び出した優季がこの部屋に来る頃――と、来たな。では各自の奮闘に期待する!」
揚羽が優季の気配を察知し、早口に全員へ励ましの言葉を送ると窓から高笑いと共に跳んで行った。
その直後、部屋の扉がノックされる。
「……と、とりあえずボクが出ようか?」
「そ、そうだね。私と小雪でユウ兄の対応するからその内にみんなはプランを考えてよ」
小雪と弁慶が立ち上がって出入り口へと向かい他のみんなは円陣を組むように相談を始める。
「とりあえずもう飲み始めていた体で行くのはどうだろ? これなら優季にも飲ませやすくなると思う」
「では私はあの川神水の傍にあるグラスとお皿を机に並べましょう」
「手伝います」
マルギッテと李がすぐさま行動を開始して川神水の瓶の蓋を開けてテーブルに並べたグラスに川神水を不規則に
入れて行き、大きな皿に川神水と一緒に置いてあったツマミを適当に入れる。
「……少し肌蹴ておくのは有りか?」
「いや。アイツ意外とそういうのは気にする。帰られても困るからここはあえて普通にした方がいいだろう」
「うん。ユウ君的には男一人の状態だからね。帰れる口実を見つけたら帰る可能性が高いと思う」
ステイシーの提案に優季を良く知る百代と清楚が却下を下し、その理由にステイシーも納得して元々肌蹴ていた部分を少し正す。
「おーいユウ兄を連れてきたよ」
程なくして優季を連れた小雪達が戻ってくる。
「えっと、なんか揚羽さんに呼ばれたんだけど……どういうこと?」
現れたのは浴衣姿の優季。浴衣から覗く胸元や四肢といった肌に彼女達は心の中でまるで思春期の男子高校生の如く『ナイス浴衣』と叫ぶのであった。
「と、とりあえずユーキはここに座って座って」
そんな女性陣の胸の内など解る筈もなく。優季は首をかしげながら小雪に促されて座り、川神水の入ったグラスを渡される。
「……え? いきなり飲むの? というか誰か説明して!?」
「説明と言ってもただの飲み会みたいなもんだ。と言うわけでまずは駆けつけ一杯!」
百代が適当な説明をしながら自身も川神水を飲んで優季に進める。
「……まあいいけど」
何か怪しいものを感じながらも、川神水はお酒ではないので優季もとりあえず一杯飲み干す。川神水はお酒ではないので未成年でも安心!
「それじゃあ飲み会を再開しましょうか」
天衣の言葉と共に全員が賛成の声を上げ、本当の意味での飲み会が始まった。
「……うう~ん」
飲み会が始まって一時間とちょっと。
他愛無い会話や最近の出来事、身内のグチ等を繰り広げながら優季にそれとなく飲ませ続けた結果……見事に優季は場酔いした。大事な事なので二度言う。場酔いしたのだ。
「良い感じに酔ったんじゃないか?」
「うむ。優季、大丈夫か?」
「うんん? 私は大丈夫ですよ梅子先生~」
((私?))
「本当に大丈夫か?」
「だから~俺は大丈夫だってステイシーさん」
((俺?))
「ね、ねぇ。これ本当に大丈夫? ユーキの一人称がぐちゃぐちゃだよ?」
「なんか喋り方も安定してませんし……飲ませ過ぎたのでは?」
色々と言動が不安定になっている優季に対して若干不安を感じる面々、しかし優季が酔っている事も事実なので聞きたいことをさっさと訊いて寝かせてあげようという結論に到った。
「な、なあ優季、お前はこの場に居る私達の事をどう思ってる?」
「んん? 百代達ですか? 大好きですよ」
にっこり楽し気に笑って答えた優季の大好きの一言に全員が胸きゅんする。恋する乙女はちょろいのである。
「じゃ、じゃあこの中で一番好きなのは?」
「うう~ん……小雪と百代は同じくらい好きかな」
全員に視線を向けた後、しばらく考えてから優季は小雪と百代へと視線を向けた。
「ええボク!?」
「わたしか」
「ああ。小雪と百代、二人は俺にとって始めての友達で、離れてもずっと俺に手紙をくれて励ましてくれた。好きと言うなら、俺はこの二人を上げる」
優季の答えに照れて顔を赤くする二人。それにたいして他の面々は若干落ち込みつつ……何かに気付いた清楚が顔を上げて尋ねた。
「それじゃあユウ君にっとて一番『大切な人』は誰!」
「え~と……清楚姉さんと項羽姉さん、それと弁慶ですね。私にとっては父さんと母さんと同じように家族の様なものですから、これからも見守ってあげたいと思っています」
「なるほど。条件が変わると相手も変わるのか」
「これでは参考になりませんが……一応色々と訊いて見ましょうか」
李の言葉に全員が頷いて条件を変えて色々尋ねてみることにした。なんだかんだでみんなも酔っていてテンションが上がっているのである。
尊敬しているのは誰という質問には『李』『ステイシー』『梅子』の三人が上げられた。理由は周りを気遣える優しい人だから。
幸せになって欲しいのは誰という質問には『天衣』と『マルギッテ』が上げられた。理由は色々と心配だからだそうだ。
妹にしたいには『小雪』と『弁慶』と『項羽』。理由はもう既に妹分だから。項羽が若干不満の声を上げた。
姉にしたいのは『清楚』と『ステイシー』と『李』と『梅子』。理由は甘えさせてくれそうだから。
親友にしたいのは『百代』と『マルギッテ』と『天衣』。理由は対等に付き合えて楽しそうだから。
「じゃ、じゃあ次の質問。お嫁さんにしたいのは!」
「大本命の質問がついに出たぞ!」
質問している間もみんな川神水を飲んでいた為、全員酔いが回って更にテンションが上がり、優季は限界なのか目蓋を落としながらそれでも尋ねられた質問に答えていく。
「う~~ん! よし、選べないからみんな結婚しましょう!」
「ハハハハ! そりゃあいい。みんでロックな結婚式を挙げようぜ!」
「うむ。仲良きことは美しきかなという奴だな」
「式はいつにしましょうかぁ?」
「その前に子作りだ!」
「ええ~百代ちゃんだいた~んでもいいかも」
「そうにゃ! 優季をこれいちょうほきゃのおんにゃにとらりぇるまえに!」
「き・せ・い! き・せ・い!」
「お布団に行きましょうそうしましょう!」
既に寝息を立てて突っ伏している優季を、女性陣達がまるで生贄を祭壇に連れて行くかのように担いで隣の部屋に運んでいった。
その様子を盗聴していたヒュームとクラウディオは梅子とのデート以来の嫌な汗をかいていた。
「……どうしますかヒューム?」
「……あれに突入するのは……流石に嫌だな」
揚羽に言われて監視していた二人の耳からギシギリアンアンな音が響いて『あ、これもうアカンやつだ』と悟ってインカムを外した。
「……とりあえず明日の朝の優季の対応次第だ。運が良ければ、というか優季は間違いなく覚えていないだろうが……」
「……いやはや。やはり酔いとは恐いものですね」
二人はなんとなく夜空の星に向かって悟ったような表情で敬礼してからホテルの方のバーへと向かった。
『もしもし優季か? こんな朝早くなんだ?』
「……あずみさん朝早くすいません。つかぬ事をお尋ねしますが……」
『ああ、なんだ?』
「……九鬼の給金って『女性九人』を養うくらいには稼げますか……」
『……お前なにやらかした』
その日、鉄優季は初めて全裸に正座と言う姿で他人に電話をかけるのであった。
エンド題名『女だって狼なのよ気をつけなさい』