今回は前回の七夕から一気にテスト終了日まで飛んでいます。
カリカリカリとペンの走る音だけが響き渡る。
七夕祭りの翌日からスタートしたテストも、早いもので今日で最後だ。
それにしても、やっぱりエリートクラスは凄かったな。
普通テスト中とは言え、大抵一人二人は小さな呟きが聞こえるものだが、今日まで誰もそんな声を漏らす者はいなかった。
他にも一つのテストが終わり、次のテストまでの短い休憩時間に、次のテストの勉強を慌ててやるなんて者もいなかった。
そして一日が終了すると一部を除いてすぐにクラスから人がいなくなる。
まぁその一部と言うのが、自分を含めた回りの友人達な訳だが。
普通に放課後は小雪達とお喋りしながらその日あったテストの答え合わせをしていた。
まあ焦っても今更学力が急上昇する訳じゃないので、自分らしいと言えば自分らしい日常だったと思う。
それと厄除けの御守りは昨日で全て配り終えた。
梅子先生やルー師範、鉄心おじさんは凄く喜んでくれた。
ただ鉄心おじさんが川神院で特許を取って独占販売したいと、真顔で提案してきた時は少し対応に困った。
宇佐美先生にも日頃弁慶がお世話になっているのでプレゼントした。男にプレゼントされても嬉しくない。なんて苦笑していたが、普通に受け取ってはくれた。
ヒュームさんやクラウディさん達従者部隊の人達にも勿論渡した。
ステイシーさんと李さんが凄い嬉しそうにしてくれた。二人共元々戦場出身だから縁起物を貰うと嬉しいのかもしれない。それと天衣さんがメイド服を着ていたのに驚いた。彼女曰くしばらく九鬼ビルにご厄介になるので、従者部隊に臨時配属されているらしい。因みにあずみさんの部下という扱いなのでステイシーさんと李さんと行動する事が多いらしい。
『今後ともよろしく頼む』
と、笑顔で言われたのでこちらも『よろしく』と答えたが、天衣さん以外の周りの人達は微妙な表情だった。何故だろう?
紋さまと英雄も喜んでくれた。だが揚羽さんは残念ながら仕事で海外に居るので直接手渡す事はできなかったが、彼女と小十郎さんの分はヒュームさんに渡して貰った。なんでも夏休みに大きなイベントをやる為に色々動いているらしい。流石は九鬼、川神に負けず劣らずイベント好きな企業である。
父さんと母さん。乙女姉さんとその家族には宅配で送ってお礼の電話やメールを貰った。
さて、泣いても笑っても明日が決闘の日か。
テスト明けの休日の正午。それが正式な決闘の日時だ。
テスト期間中、勉強以外の時間は可能な限りマルギッテさんとの決闘の為の準備に費やした。
自分の気力の全快。
札の補充と残った水晶玉の戦闘での新しい活用法の模索。
マルギッテ・エーデルバッハについての情報収集。
手に入れた情報を基にした戦術の組み立て。
最悪の状況での切り札の使用。
自分を鍛えながら相手への対策を考えるという生前と似たような日々に、今更ながら懐かしさで自然と笑みがこぼれる。
テストの見直しが終わったので横目でマルギッテさんの方へと視線を軽く送る。彼女もテストを終えたのか、静かに目を閉じて座っていた。
……普段は荒々しいくらいの闘気が、今は逆にまったく感じられない。まるで嵐の前の静けさのようだ。相手は軍人。ダンさんやユリウスと同じと考えると強敵に違いない。
視線を前に戻して目蓋を閉じて瞑想しながら改めて彼女の情報を纏める。
マルギッテ・エーベルバッハ。現在21歳。
軍人の家系に生まれ、名家であるフリードリヒ家に修行に出されその後軍に所属し今日に至る。
軍での階級は少尉。『猟犬』の異名を持つ程のバトル好き。しかし部下や目下の者への教育や指導にも力を入れているらしく、部下に慕われている。
彼女の左目の眼帯は自らの強さに対するハンデとして付けているもので、眼帯を外す事でストッパーが外れて本気となる。
ここまではクリスから得た情報だ。
『そうかそうか、優季もマルさんが気になるか』
なんて言って何故か嬉しそうに自分からマルギッテさんの情報を教えてくれた。
他にも狂犬と呼ばれているのに犬が苦手だったり、女の子っぽい服を着せると恥かしがったりと、何故か戦術には役立ちそうな物ではい普通の個人情報を教えられた。というかこれを話した瞬間、彼女に間違いなく決闘とか関係なくぶっ飛ばされるので、口には出来ない。
戦闘スタイルはトンファーによる接近戦。
本気のマルギッテさんは銃弾くらい平然とかわせるらしく、飛び道具なんて殆ど役に立たない。
この情報を提供してくれたのはあずみさんだった。
『戦闘技術はあたいの目から見れば優季と同等だと思う。だがそうなると火力と耐久力で優季は負けている。つまり接近戦に持ち込まれたらその時点で負けに近付くと思え』
あずみさんは最後にそうアドバイスしてくれた。やはり面倒見のいい姉御肌な人だと改めて実感する。
「そこまで。テストを回収するぞ」
チャイムの音と共に監督の先生の声が響いて全員手を止める。
……やれることはやったし。あとはいつもどおり戦うだけだ。
◆
マルギッテは学園から宿泊しているホテルに帰り着くと、すぐにシャワーを浴びてベッドに座り、両手の指を合わせ、その上に顎を乗せて目蓋を閉じる。
ようやく。ようやく明日、鉄優季と戦える。
いつものマルギッテならばここで笑みの一つでも浮かべるものだが、今のマルギッテに『その余裕』は無い。
奴は強い。間違いなく。私が戦ってきた誰よりも。
マルギッテは才女であり名実共にエリートである。故に彼女は他者を見下す。
それ故に武人として戦う時の彼女は足元を掬われて負けることが多々あった。
百代と同じ、本気になるのが遅いタイプだった。百代と違う点を上げるなら、それは彼女が意図的にそうしていると言う事だろう。
マルギッテのその姿勢は軍人としては間違っているが、最強を自負する者としては間違ってはいない。何故なら最強とは常に余裕を持つ者であり、そして常に試す側である。故に例え油断を突かれたとしても、負けた場合は相手を褒める。良くぞやったと。そういう意味では百代や項羽は実力は兎も角、精神的な面で未だ最強とは言えない。
しかし今のマルギッテにその最強を自負する心は無い。
油断も慢心も出来ない。すれば優季は、あの死地に平然と踏む込む男は、間違いなくその綻びから私を喰らいに来る。
マルギッテが優季という存在の最も恐れている部分がそこであった。
川神百代との戦闘、勝てたから良かったものの、後半の彼女の一撃を貰っていれば、最悪再起不能になっていた可能性があった。
項羽との戦闘に至っては、あの槍に突かれて死んでいた可能性もあった。あの時の未熟な項羽に『刺す直前で手加減』等と言う技術を行使するのは不可能だったに違いない。
だが優季はその死への恐怖を物ともしないで、平然と踏み込んでくる。その在り方はマルギッテから見れば『勝利しなければ死ぬ。弱ければ死ぬ』そんな戦場の理を体現しているかのようであった。
何故優季がそんな行動を取れるのかはこの際問題ではない。問題はその行動に私がどう対処するかだ。
マルギッテは目蓋を開いて溜息を吐くと、顔を顰めて賭けをした自分自身を呪った。
優季という存在は有益である。だがそれは彼が五体満足の正常な状態ならばだ。特に軍でも荒事の対処の多い自分の部隊に配属するなら戦闘能力の高さは必須である。
マルギッテは理解していた。自分までもが死地の領域で戦えば、間違いなく互いに深刻なダメージが残ると言う事を。場合によっては身体の一部を失うこともありえた。
なんで私はあんな約束を。優季の性格を考えれば賭けの約束など無くても全力を出すだろうに。何故あの時の私は……。
マルギッテが理解できない自分自身への苛立に顔を歪めたその時、ベッドの上の携帯が鳴った。
「……お嬢様からメール?」
相手がクリスだと知ったマルギッテは、何か急な用事かと思い、すぐにメールを開く。
『マルさんのプロポーズが成功することを祈っている!』
プロポーズ? 何を言っているんだお嬢様は? 私は……んん?
瞬間、マルギッテの脳裏には優季と約束した時の光景が甦る。
『こちらは貴方の人生を頂く訳ですから』
「う、うわあああ!!」
マルギッテは赤面して蹲った。
た、確かに聞こえようによっては『私の物になれ』と言っているようなもの。いや、確かにあの時は優季が私の決闘よりも他の女の事を優先しているようでイラっと来て思ったまま口にしていたが――。
『それは嫉妬ではないか?』
以前フランクに言われた言葉が脳裏を過ぎる。
「いや違う。この私が恋なんて」
『じゃあマルさんは優季が嫌いなのか?』
以前クリスに問われた問いがマルギッテの頭の中で響き、約一時間。蹲った姿勢で押し黙っていたマルギッテは蹲った姿勢のまま呟いた。
「………………好きだ」
マルギッテは呟きながら立ち上がり、そして何かを振り払うように叫んだ。
「私は鉄優季が好きだ!!」
露わになったマルギッテは顔を真っ赤にしながら、しかし難解な問題の答えを得た時のような晴れやかな表情をしていた。
私は惚れたのだ。あの夕日の河川で、ただ一人、最強の女に挑み、そして勝利した、たった一人の凡夫な男の姿に。だから、傍にいたい。傍にいて欲しいと思ったのだ。
私は嫉妬したのだ。何のしがらみも無い故に純粋に好意をぶつけられる彼女達に。だからあんな賭けをした。自分を見て欲しいと思ったから。
マルギッテは受け入れた。自分は今、生まれて初めて『恋』をしたのだという事実を。結果、彼女は先程まで悩んでいた問いに答えを得る。
「この私、『マルギッテ・エーデルバッハが惚れた』それだけで優季は価値ある男だ」
例え決闘の結果、彼がどんな姿になろうとも、自分は彼を愛せる自信がある。逆に自分がどんな姿になろうとも、彼が傍で笑ってくれるなら、全てを乗り越えられる自信がある。
マルギッテが抱く新たな決意。それは恋するものなら誰もが抱く純粋にして苛烈な欲望。
欲しい。ただ欲しい。あの強い男が。あの優しい男が。その為なら!
「私は死地にすら踏み込もう。ただ一人の男を求める女として!」
新たな覚悟と決意を胸に、彼女の初めての女としての戦いが始まろうとしていた。
マルさんがエリザベート化しました。恋する乙女的な意味で!
いや冗談ですが、この二人は根本が似ている気がするんですよねぇ。
普段はドSだけど実は好きな人には甘えまくりの従いまくりなMというのが。あと好きな相手への強い執着と独占欲とか。
マルさんはSまでのヒロインの中で唯一本編(アフターは除いて)で、大和の女性との交友関係で嫉妬して喧嘩するくらい実は嫉妬深いですからね(他の女性陣は余裕があったり理解があったりで喧嘩まで行かなかったはず)