「ん? なあ犬、あれはなんだ?」
「何よクリ……手相?」
あれから更に出店を回っていると、クリスが手相占いと書かれた小さな看板が下げられた占いのお店を見つけた。店と言っても紫のテーブルクロスが引かれた机と椅子が置かれただけの物だが、そこそこ繁盛しているようで軽い列が出来ている。
「手相からその人の人柄を当てたり、今後注意する事は何かを教えてくれるんだよ」
「ほお。凄い人がいるんだな。ぜひ見て貰おう!」
「そうですね。私も少し興味があります」
「ふふ、オラきっと将来ビッグになるって言われるぜ」
「松風に手相ってあるの?」
女性陣が楽しそうに喋りながら並んでしまったので、その後ろについて行く。
「女子は好きだよねぇ。あの手の占い」
「はっ。俺の運命を覗けるのは神の目を持つ者だけだ」
「じゃあ待ち合わせ時間的にこれが最後の店かな。全員占って貰ったら入口に戻って他のグループと合流しよう」
準は苦笑し、与一は意外にノリ気だ。
しばらく待って自分達の番が来た。最初はクリスだ。
「ふむ。綺麗過ぎる相だね。心のしっかりしている反面、経験不足なせいで精神的な視野が狭いね。最近そのせいで大きな失敗をしたんじゃないかい?」
「おお、当たりだ。手相とはそんなことまで分かるのか」
「ふふ。手相にはその人の人生が詰まっているからねぇ」
純粋に驚くクリスに、占い師の女性は皺が刻まれた顔に笑みを浮かべる。
「その失敗を切っ掛けに随分マシな相にはなったが、もう少し一人で色々出来るようにならないと将来苦労するよ。とりあえず身内に甘えるのは程々にしとくのが吉だよ」
「い、いや自分は甘えてないぞ。マルさん達が率先して――」
「拒まない時点でダメダメだよお嬢ちゃん」
「うっ」
言い訳中に一刀両断され、クリスががっくりと項垂れる。
「そんなお譲ちゃんを神や英雄に例えるなら、スクルドだね」
「誰だそれ?」
「おいドイツ娘?!」
占い師の言葉にきょとんとした顔で首を傾げるクリスに堪らずツッコむ。ドイツ出身で北欧神話を知らないのか。いやまぁ、神話や英雄譚なんて興味ない人は知らないかもしれないが、それでもスクルドは結構有名だと思うのだが。
結局人を率いるのが上手い運命の女神であり戦女神と説明したら納得してくれた。
次は由紀江ちゃんの番だ。
「お、お願いします!」
ガチガチに緊張した由紀江ちゃんが手を差し出す……何故か松風を逆さに乗せて。
「ついに初公開しつまうのか、オラの美脚の裏側が」
相変わらずブレない子である。
「手垢で汚れてるんじゃないか?」
周りが唖然としている中で、クリスだけいつもの表情で口を開く。まぁ確かにいつも握り締めているイメージはある。
「毎日まゆっちにキレイキレイされているオラに対してなんという言い草!」
怒りを露わにするように松風を立たせてこちらに向けられる。
「あ~黛、漫談は後にして早く占って貰え。他の人も待ってるし」
「すす、すいません!」
「うん。オラもちょっと反省しておとなしくしてる」
準の忠告を受けて由紀江ちゃんが慌てて松風を脇に逸らして手相を見てもらう。
「まぁ、分っていたけど。お嬢ちゃんは物事の触れ幅が激しいね。行く時は相手が引くくらい一気に行くが、行かない時は全然いけない。それと役割を与えられると集中出来て冷静になる。もっと今の自分に自信を持つことだね。そうすりゃ友達も増えるだろう」
「自信ですか……」
「ああ。それとお嬢ちゃんが言いたい事までそのお友達を通して伝えるのは極力減らす事だね。なるべく自分の口で伝えるのが吉だよ」
占い師が真剣な表情で最後にそう付け加える。その言葉を聞いて由紀江ちゃんも真剣に頷いた。
「神や英雄で例えるなら、上杉謙信だね」
おお大物だ。
「実はオラ、毘沙門天とマブの関係なんだぜ」
「九十九神って設定はどこいったんだろう?」
自信に満ちた松風の発言に一子が苦笑しながら席に付く。
「ふむ。お嬢ちゃんは最近転機を越えて長年抱えていた悩みの一つを解決しているね。相が良い感じに変わっている。これからも色々あるだろうが、意固地にならずに他人に相談し、よく考えて進んで行くと吉だね」
「本当に凄いのね手相って。あたしが悩んでいたことまで中てちゃったわ」
一子が尊敬の眼差しで占い師を見なと占い師が愉快そうに笑う。
「ほほほ。この道も長いからね。さて、お嬢ちゃんを神や英雄に例えるなら、巴御前かね」
「ほう。俺達と縁深い者だな」
「そうなの?」
与一が興味深げに呟き、それを聞いた一子は巴御前を知らないのか首を傾げる。
「巴御前。佐々木小次郎同様に正確にその存在を明確化されていない為、資料次第で出生や結末の設定が少し違う。場合によっては登場すらしない。源平物語では有名な女傑の一人だな。勇猛果敢で気立てが良く、忠義心の厚い強い女性だったらしい。よく源義仲の妻と間違われる。木曾四天王に含まれ、さらに――」
「クリス?!」
なんでそんな日本人でもビックリなくらい日本の英雄に詳しい。生まれ変わりの与一すら驚いているぞ!
「ふ~ん。とにかく凄くカッコイイ女の人って事は解かったわ!」
クリスの詳しい解説も一言で纏めた一子が嬉しそうな顔で席を立つ。
「次は誰が行く?」
「じゃあ俺から行くわ」
準が席について手を差し出す。
「ふむ。あなたも既に転機を迎えて良い相になっているわ。空気も読めるし、縁の下の力持ちという言葉がしっくりくる人柄ね。ただその歪んだ性癖はなんとかするのね。そうすればすぐにでも恋愛運は向上して恋人も出来るわ」
「折角の助言だが……俺はロリコニアを去るつもりは無い!」
キリッとした真面目な顔で占い師を見詰め返して宣誓する準に対して、誰もがなんと言っていいか分からない表情をした。心なしかクリスと由紀江ちゃんが一子を庇うように前に出ている。うん気持は分かる。
「そうかい。それもまた人生さね。さて、そんなあなたを神や英雄に例えるなら、ガウェインだね」
……何故かすんなり納得してしまった。
『若ければ若いほどいい』
爽やかスマイルで平然とそんなロリコン宣言と年上嫌いを暴露した爽やかイケメン白騎士が、準と握手してロリコニアについて熱く語っている姿が脳裏に浮んだ。
「えっと、確かアーサー王の甥で円卓騎士としてアーサー王に奉公した奴だっけ? 確かに立場も近いな」
準は少し嬉しそうに頷きながら席を立つ。まぁ有名どころの英雄に近いと言われたら嬉しいよな。
「次は俺だが、気をつけるんだな。俺の本質を見る事は、闇を覗く事と同義だ」
「……まぁ確かに、あなたは色々黒い歴史を抱えてそうね」
占い師も苦笑させる与一の黒歴史。いつか向き合う時が来るのだろうか。そして向き合った時に果たして与一は生きていられるのだろうか。
自分がそんな未来を想像している間に与一の手相の結果が出たようだ。
「そうねぇ。あなたは感受性豊かで卑屈。けれど身内は大切にする。今のまま生きるなら現状でも良し。けれど現状を抜けて新たな道を進むなら、視野を広げてもっと人と接する事ね。もう少し生きる事に情熱を持つと良いわ」
えっと、つまり義経達と一緒に生きて行く分には今の中二な性格でもいいけど、一人で生きて行くなら性格直せって事か? まぁ確かに誰のフォローも無いままじゃ、中二病で生きて行くのは無理だろ。
「ふっ情熱か。そんなもの、忘れちまったよ」
与一が黄昏た様な表情で卑屈に笑う。
個人的には与一も目標でも見つかれば中二も収まるんじゃないかと思う……多分。
「そんなあなたを神や英雄に例えるなら、那須与一ってところね」
「おお。まんまだったな」
まぁ、与一に関してはテレビやなんかでクローンだと知っていた可能性はあるか。
「さて最後は自分だな」
与一に続いて席に座って手を差し出す。傷だらけなので少々恥かしい。
「ふむ……これは……」
何故か占い師は難しい顔でしばらく考え込む。
「あなたは愛情深く前向きな性格ね。ただ、随分と精神の成熟が早い……いいえ、むしろ完成している。本来この手の手相は一角の生を全うした人間の相なんだけど……」
実際に一回死んでいるので、占い師の言に間違いはない。というかそんな事まで分かるんだな、手相って。
「あと人との出会いの運勢が強いわね。そのせいで今まで見たこと無いくらいの女難の相が出てるわね。解決方法は無いから、あまり一人で行動しない事ね」
占い師の言葉に準と由紀江ちゃん、与一が『やっぱり』と小声で呟いた。やっぱりってなんだやっぱりって! 失礼だろう!
「それと最近将来や人間関係について少し悩んでいるようだけど、私が言える事は一言だけよ。迷うだけ無駄」
「っ!?」
『迷うだけ無駄』
たったその一言が、自分の心を大きく揺さぶる。
「あなたは既に自身の生き方、思想に関して答えを得ている。そしてそれを違えるつもりが無い。ならばあなたはあなたらしく進みなさい」
「……分かりました……ありがとうございます」
占い師の女性に心からお礼を述べて立ち上がる。
確かに占い師の言うとおりだ。そもそも鉄優季は、一度たりとも自分の為に頑張った事など一度も無い。
武術を習ったのはもっと父と触れ合いたかったからだ。
百代と稽古を続けたのも百代の嬉しそうな顔が好きだったからだ。
九鬼で勉強や特訓を頑張っていたのは清楚姉さんや義経達ともっと一緒にいたいと思ったからだ。
周りの期待に応えるのも、期待に応えることで笑ってくれる人達がいたからだ。
呆れてしまう。
肉体を得て十数年。精神的には既に三十に達してもおかしくないというのに、自分は生前の頃からこれっぽちも進歩していない。変化していない。
でも仕方ない。
そんな矮小で欲深い馬鹿な自分の生き方を、好きだと言ってくれた仲間達が居てくれたのだ。
そんな馬鹿な男の幸せを願って、全て捧げてくれた女の子がいたのだ。
そんな自分のあり方を、どうして変えられようか。どうして諦められようか。
いつか誰かと恋人になっても、それは変わらない。
いつか何処かに属しても、それは変わらない。
「はは、結局。いつも通りって事か」
「どうした兄貴?」
声を出して笑うと与一がこちらに振り返る。
「いや。自分に関する悩みが解決してスッキリしただけだ」
「へ~ユウの将来か。そう言えばユウは将来どうするの? やっぱり九鬼くんの所で働くの?」
一子が興味津々と言った顔でこちらを覗き込む。
「さあ。分からない。でも、どんな職業に就いていても、きっと……笑っていると思うよ。みんなと一緒に」
そんな一子に、笑いながらそう答えた。
『温かいものを信じていたい』
『温かいものを守っていたい』
そう願い続け、今まさにそれが目の前にある。
なら守っていこう。それが、自分自身の進む道であり、生涯の夢なのだから。
自分の答えに一子を含めみんなが首を傾げる中、自分だけは晴れやかな顔で他のグループとの合流場所へと向かうのだった。
という訳で主人公が開き直りました。そして進む道を再認識して突っ走ります。
さあ、七夕イベントも次で終わりだ。(ようやくマルさんと決闘だぁ)