「優季はまだ起きないか?」
「はい。大分お疲れのご様子でしたし、もう少し寝かせて上げた方がよろしいかと」
「そうか。一応祭りの時間が近くなったら一度起こしてやってくれ」
「かしこまりました」
揚羽は机の企画書を読みながら傍に立つクラウディオに指示を与える。
それにしても、天衣がそこまで惚れ込むか。
昨晩九鬼ビルに帰宅すると同時に天衣に連絡を貰った揚羽は、彼女から優季が不幸を抑えるアクセサリーを完成させたと報告され、同時に彼に惚れ込み傍にいたいからと、優季が九鬼に居る間働かせて欲しいと嘆願された。
まぁ、十数年自分を苦しめていた問題を取り除いてくれた相手に惚れるなと言う方が無茶か。
揚羽は小さく笑いながら今後の事について考える。
やはり優季は九鬼に欲しい人材だな。
そもそも優季に非凡な才能は無いと揚羽は考えている。
確かに類稀な目と気の操作能力はあれど、それを凌駕する者を多く知る揚羽にとって、現状の優季の武の強さは『無茶をしてようやく壁越えに至れる』レベルだ。
気の操作能力で精密に調整しているお陰で誤魔化しているが、そもそも優季の気の総量は多くなく、肉体の回復能力も並みである。そのため一度でも無茶をすれば、肉体に掛かる負担はあまりにでかい。今までは相手が奢っていたり油断していたりと、運が良かっただけなのだ。
知力も物覚えが良いだけで精々並みであり、義経達についていけるのは常日頃の予習復習の賜物である。
しかしそれでも我、いや我だけではなくヒュームも、マープルも、クラウディオも優季という才持たぬ者に何故か目を向けてしまう。
揚羽はその答えをずっと探していたが、今もまだ分からずにいた。しかし目が放せないという想いだけはずっと抱いていた。
天衣の気持ちもなんとなく分かる。出来る事なら我もあやつの成長を見届けたい……確か告白は夏休み直前にすると言っていたな。
企画書の一枚に目を通す。
ふむ。どれにするか悩んでいたが、この企画にするか。これならば百代や他の連中も参加できる。
「クラウディオ、ヒュームを呼んでくれるか」
「かしこまりました」
クラウディオに指示を与え、揚羽は企画書を手に小さく笑った。
「さてこの企画、当初よりも荒れるかも知れんな」
だがそれが面白い!
揚羽は不適な笑みを浮かべ、企画書の内容をより面白い物にすべく、幾つかの内容の変更をを行う事にした。
◇
気付けば日が傾き祭りの時間が迫っていた。クラウディオさんが起こしてくれなったら危なかった。
急いで着替えて作った御守りを鞄に詰めていると、控えめにドアがノックされたので返事を返す。
「お兄ちゃん体は大丈夫か?」
ドアが開くと私服の義経達が心配そうな顔で立っていた。
「ああ。ぐっすり寝たから体調は問題ないよ」
義経達に笑って答える。実際徹夜の影響で寝不足だったのが原因だから睡眠を取った今は問題ない。
まぁ終始作業で気を消費したから残量がほぼゼロに近いが、明日からテストで訓練も休みだし、マルギッテさんとの決闘までには回復できるだろう……多分。
「ならいいけど。もし何かあったらすぐに言うこと」
心配そうな声色で、眉を少しだけ吊り上げた清楚姉さんに叱られてしまった。心配させてしまったのは自分なので素直に頷いて辛くなったら言うよと伝えた。
「それじゃあユウ兄も起きたし行こうか。確か川神院前に集合だっけ?」
「ああ。それじゃあすぐに準備するから少し部屋の外で待っていてくれ……ところで何故与一は絶賛気絶中なんだ?」
弁慶も心配そうにこちらを窺うが、その手に気絶した与一の首根っこを掴んでいた。正直怖いです。
「与一の奴、土壇場でやっぱ行かないとかぬかしたから、ちょっと灸を据えただけだよ」
まぁ元々与一は無理矢理参加させたようなものだからなぁ。可哀想な弟分に心の中で合掌しつつ、ドアを閉めて改めて外出準備を行い、最後に御守りの入れ忘れが無いかチェックして義経達と一緒に川神院へと向かった。
川神院前には結構な人だかりが出来ていた。
「なんというか、この街は祭り好きだよね」
大きな敷地を持つ川神院には出店が大量に並び、商店街の方も店の殆どが七夕仕様になっていた。
「一年に一回のイベントだからね」
「そんな思考だから日本人は販売企業にいいように搾取されるのさ。月に一回何かしらのイベントがある国とかイベント好きにも程がある」
清楚姉さんの言葉に少々機嫌の悪い与一が皮肉たっぷりに答える。気持ちはちょっと分かるが、みんなで盛り上がれる日と思えば悪くない。
「さて、他のみんなは……あ、いたな」
川神院の入口付近でファミリーの長身組が見えたので自分が先頭に立って人込みをゆっくり進む。
こういう時は身体が大きくて良かったと思う。はぐれてもすぐに見つけて貰えそうだし、こちらも周りを見渡せるから相手を見つけやすい。
「お待たせ」
「もう遅いよユーキ!」
「まあまあ。まだ始まったばかりですから」
「そうそう。楽しく行こうぜ」
頬を膨らませる小雪を冬馬と準が笑顔で宥めてくれる。本当にこの二人はよく気の利く保護者である。
「それにしても、あの義経達が来ているのにあんまり騒がれないわね?」
一子が不思議そうに辺りを見回す。
確かに通行人の何名かは一瞬立ち止まってこちらを眺めたりするが、すぐに歩みを再開させて去って行く。
「まぁ今日は祭りだしね。家族連れは勿論、若い人もデートで忙しいんじゃないか? 川神学園の生徒は逆に見慣れてるから今更だろうし」
大和の理由説明に全員が納得したように頷いた。それに義経や清楚姉さんと項羽姉さんはよく街に遊びに行っているから、街の人も見慣れたのかもしれない。良くも悪くも順応力の高い町民である。
「それじゃあこの後はどうする? 全員で周るのか?」
近くにいたキャップに声を掛けると、キャップは笑顔を浮かべて首を振った。
「流石にこれだけ多いと他の人に迷惑だからな。全員で18人だから六人一組で三グループ作る。と言うわけで籤引きの時間だぜ!」
そう言ってキャップは背負っていた鞄から割り箸の入った筒を二つ取り出した。本当にこういうイベントでは活き活きするなキャップは、まぁ自分もだけど。
キャップの笑顔につられて自分も笑顔になる。やはり仲間と遊ぶ時は楽しくてテンションが上がる。
「そんじゃあこっちが女性陣な」
キャップはピンクの紙で奇麗にラッピングされた筒を女性陣に手渡して、もう片方の青い筒を持ってこちらに向き直った。
「さて、じゃあ恨みっこなしな」
キャップが男衆を集めて円陣を組ませ、全員が引き易いように中央に籤を差し出す。ご丁寧に上からも中が見えない作りになっている。毎度思うが小道具の出来のレベルが職人レベルだ。
「それじゃあ、籤を選ぶ順番は……早い者勝ちだ!」
「俺様はこれだ!」
「あ、じゃあこれ!」
早い者勝ちと言われてガクトに釣られて自分も慌てて籤を掴む。
掴んだのはモロの手前にあった籤だ。しかし他のみんなは自分やガクトと違ってまだ手すら伸ばしていない。
あれおかしいな、こういう場合普通テンション上がって奪い合いになると思ったんだけど?
むしろ何故か与一以外の男性陣の表情が険しくなった気がした。特に大和と冬馬が。
「ど、どうした?」
「あ、いやなんでもない」
「ええ。では……我々も選びましょう」
気になって大和と冬馬に尋ねると、二人は青い顔で苦笑し、他のみんなと一緒に適当に籤に手を伸ばす。
「大和君、分かっていますね」
「ああ。責任は取る。破産しないことを祈るばかりだよ」
何故か大和と冬馬の目から光が消えていた。
「若、御武運を」
「まあ仕方ないよね」
準が片手を合掌の様な形で軽く上げ、モロも同じ様にして苦笑する。
「ま、俺様の目的は変わらないから問題ないぜ。来てくれ清楚先輩、弁慶、そして優季は来るな!」
「なんでだよ!?」
ガクトの必至な叫びのにツッコミを入れる。そんなにガクトに嫌われるようなことをしたかな?
「はぁ、なんで俺まで」
「まあまあ。少なくとも半分はいつものメンツだろ」
憂鬱そうにする与一を元気付ける。
「それじゃいっせーの、せで引くぞ。いっせーの、せっ!」
全員が筒から割り箸を引く。自分の籤の色は赤色だ。
見回すと準と与一が赤色、キャップとガクトとモロが青色、大和と冬馬が黄色だ。
女性陣はどうなったかな?
振り返って視線を向けると、そこには黄色の籤を持ってなんとも言えない表情で固まっている百代、小雪、弁慶、清楚姉さんの四人が立っていた。そして赤色のくじを持っているのは由紀江ちゃん、一子、クリスの三人だ。残りの椎名さん、義経、マルギッテさんは青色の籤を持っている。
うん。まぁ良い感じにバラけたんじゃないかな。さて、お祭りを楽しもうか!
と言うわけでグループ分けは意外な結果で終わって次回に続く!