岸波白野の転生物語【まじこい編】【完結】   作:雷鳥

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どうしてこうなった。(書いといてなんだけど)



【優季、あなた憑かれているのよ】

 七月が始まり、テストもあると言う事で月一の決闘はしばらくお休みと言う学校の通達によって、今迄通りに放課後を過ごせる事を、弁慶や与一と喜んだ。

 

 お昼をみんなで楽しく食べ、授業を真面目に受け、放課後は暇だからと興味があった賭場に行って持ち前の動体視力でもってイカサマを摘発して小遣いを稼ぎ、見破られた連中の不意打ちを撃退して逆に説教して追い払う。賭場を後にし、一子達の訓練の具合でも覗いてみようと多馬川に行ったが、今日はやっていなかった。

 

 そしてふと、昔を思い出した。

 

 そう言えば川を何処まで遡れるかって、百代と散歩したっけ。

 

 懐かしくなってそのまま多馬川を眺めながら歩いていると……ありえないモノを見た。

 目を凝らして何度も見た。そして錯覚じゃないと気付いた。

 

 女性が仰向けのまま川を下っていた。

 

「うええぇぇ?!」

 

 慌てて制服のまま川に入って流れてくる女性を受け止める。幸い浅瀬だったので、足は付いたので、そのままなんとか支える。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 レモン色で胸に星のマークのロングノースリーブのジャケットと、下は黄色と黒のジャージの格好の銀髪に赤と黒の髪留めで後ろ髪を纏めた女性に、声を掛ける。

 

「うっ……」

 

 女性は小さく呻きながらゆっくりと目蓋を開いていく。

 良かった生きてた。

 女性が無事な事に安堵して溜息を吐こうとしたその時、

 

「お腹……減った……」

 

 彼女の一言で身体が固まった。

 ……ヤバイ。なんか厄介事を抱え込んだ気がする。

 

 

 

 

「ふう。ごちそうさま」

 

「お粗末さまです」

 

 九鬼のビルに運び込んで調理場で食事を取らせると、拾った女性、橘天衣(たちばなたかえ)さんはこれ以上ない幸せな顔で満腹感を露わにする。まさか残った海産を全て使い切ることになるとは、どんだけ空腹だったのだろう。

 

 橘さんは今は自分が渡した服を見ている。少し大きいが仕方ない。濡れた服のままにするわけにはいかない。因みに着替えは手の空いていたメイドさんに任せた。

 

「しかし、まさか九鬼に出戻りする羽目になるとは」

 

「それはこっちの台詞だ天衣」

 

 橘さんから大分離れた場所に座ってお茶を飲む揚羽さんが盛大に溜息を吐く。

 

「あの、お二人はお知り合いで?」

 

 料理の後片付けをクラウディオさんが引き受けてくれたので、事情を聞こうと橘さんの正面に座る――前に、橘さんに真剣な表情で止められた。

 

「いけない。私の傍にはあまり寄らない方が良い」

 

「え?」

 

 中腰の体勢で止まり、怪訝な表情で彼女を見返す。

 

「はぁ。優季、天衣はな……不幸体質なのだ」

 

「……詳しく教えてください」

 

 とりあえず離れて欲しいと言われたので、二人の真ん中の席に移動して尋ねる。

 そして彼女のとんでもない経歴と、不幸経験を語られた。

 

 橘天衣。

 元四天王であり、その頃は四天王随一のスピードの持ち主と謳われた彼女は、川神百代に負け、更に黛由紀江に負けて四天王の名を剥奪される。

 その上軍に在籍していた時に、とある政治問題に巻き込まれて両手足と部下を失う。

 

 彼女を良く知る揚羽さんは、彼女は失うには惜しい人材という事で、九鬼で軍事開発していた気を用いて動かす新義手と義足を彼女に与えた。しかし、それがいけなかった。

 

 最新技術の詰まった新たな手足を得てた彼女は、自分の部下を、自分の手足を奪った者を恨み、更にはそれを隠した今の日本の政府に不の感情を抱き、今年の春先に結構大きな問題を起こしたらしい。

 

 その問題は色々政治的解決をしたらしい。その後彼女は九鬼の観察処分扱いとなったが、一応普通の生活を許された……筈だった。

 

 さて、シリアスはここまでだ。ここからは語るも涙の不幸な一人の女の話。

 

 女はとりあえず新たな住居と仕事を探すように契約主に言われた。

 

 纏まったお金を頂いた女はその足で不動産に向かって、溝に嵌った。

 その際に財布を落としてしまう。

 

 女は慌ててそれを拾おうとしたが、財布はありえないくらい跳ね、偶々下水の点検の為に空いていたマンホールの穴へとホールインワンする。

 

 女は慌てた。当然だ。自分のほぼ全ての財産がその財布に入っているのだ。

 

 女は走った。そして自分もマンホールの穴に飛び込んだ。しかし、そこに財布は無かった。

 

 女は意を決して下水に入って財布を捜した。しかし見つからなかった。

 

 意気消沈しながら女がマンホールを出ようと梯子に手を掛けたその時、無常にもマンホールの穴が塞がれた。

 

 女は慌てて梯子を上がり、蓋を開けようとしたが、車や自転車の音にその手を止めた。

 今空けたら事故になるかもしれない。

 女は項垂れて別の出口を探した。

 

 その間、女は何度も下水に落ちてドロドロになりながら、物音がしないマンホールの蓋を開けて脱出。

 

 出た先は幸い川の近くであったため、身体と服を洗おうと川に入って身を整えた。

 運良く誰にも見られることも無く、しかも汚いがまだ着れそうな服を見つけた女はそれに着替えた。代わりに、着替えている間に今まで着ていた服を川に流してしまった。

 

 そして女はホームレスとなった。

 

 ホームレス二日目で、女はヤバイ状態に陥った。食べ物が無いのだ。

 一日目は野草で凌いでいたが、そろそろタンパク質が恋しくなった女は手掴みで魚を取ろうと川に入った。それがいけなかった。女は足を滑らせた頭を強かに打ちつけ、意識を失った。

 

 そして次に女が目覚めた時に目に入ったのは、自分の出発した筈の九鬼ビルの見慣れた部屋の天井だった。

 

「……まるで双六で最悪の目を全部踏んだ挙句に、振り出しに戻されたみたいな感じですね」

 

「はは、もう慣れたよ」

 

「達観してしまっているな」

 

 乾いた笑顔で遠くを見る橘さんに、揚羽さんと二人で同情の視線を送る。

 

「とりあえず今日は泊まって行け」

 

「いや、そういう訳には行かない。忘れたのか、以前私が泊まったせいで、テロ騒ぎになったのを」

 

 本当ですか? という視線を揚羽さんに向けると、彼女は頷いた。

 

「停電が起きたと同時に襲撃があってな。しかもその時は二日後に控えた重要案件の書類のデータ整理もしていた。まぁ幸い襲撃者は全員撃退できたし、停電は襲撃者の工作ではなく一時的な偶然で建物の被害も殆ど無い。唯一の被害はその突然の停電のせいで重要案件の資料のデータの半分が消えて、一部の者が悲鳴を上げて不眠不休でデータ修復や資料の作り直しをする羽目になったことくらいだ」

 

 揚羽さんのその言葉につい『うわー』と声が出てしまう。

 

「という訳で、私は九鬼ビルの前の海岸公園で野宿するよ」

 

「いや、連絡手段が無い以上、消息不明から発見できる可能性は極めて低い。見失うわけには行かない」

 

 あ、そっか。監視対象だもんね。たった一日であれだけの不幸だ。知らぬ間に海外に行ってしまうなんて事になったら大変だ。

 

「あれ、でも今は別に不幸な事は起きていないですよね?」

 

「それは多分、ここに気質の強い人間が多くいるからでございましょう」

 

 そう答えたのは洗い物を終えて戻って来たクラウディオさんだった。

 

「今現在九鬼ビルには良くも悪くも強い気の持ち主が多いため、彼女の悲運をある程度押さえ込めているいるのかもしれません」

 

「あ、完全じゃないんですね」

 

「はい。なにせ先程洗い物の最中に優季の食器をニ、三駄目にいたしました。後で弁償いたします」

 

 え、あの完璧執事のクラウディオさんが!?

 

 今日一番の驚きだった。そして結構気に入っていた愛用の食器が壊れたと聞いて少し泣きそうになった。

 

「とりあえずそれなら泊まる分には問題ないだろう。問題はその不幸体質か。部下がいるときや事件のときはそうでもなかっただろ?」

 

 揚羽さんが尋ねると橘さんは懐かしい昔を思い出すような顔で答えた。

 

「部下がいたときは可能な限り気を張って回避に専念していた。事件のときはもうどうにでもなれと開き直っていたんだ」

 

「ということは悲運の強さも、橘さんの気持ちに左右されるって事ですか?」

 

「いやそれはない。なんせただ友達の家に行っただけでその家に小さな隕石が降って来るんだ」

 

 それは、もうなんかアカンやつだ。

 

「ふむ。優季、何か良い案はないか?」

 

「え、ここで自分ですか?」

 

 流石に意表を突かれてつい揚羽さんに聞き返してしまった。 

 

「クラウディオやヒュームにも以前尋ねたが、ダメだった」

 

「持って生まれた運気や気質となると、流石に対処の方法は限られますし、その対処法も確実とは言えませんから」

 

 因みに対処法は運気の高い場所に永住するという案と、運気を上げる物を身につけるという案だが、前者はそこから離れたら意味が無いし、後者はそれなりの物を用意するのにお金と時間が掛かるらしい。

 

「…厄払いのアクセなら、作れるかもです」

 

「何? 本当か!」

 

 橘さんが身を乗り出す。その際に足を滑らせて転ぶ。本当に不幸体質なんだなぁ。

 

「ええ。水晶を手に入れたので、ちょっと待っていて下さい」

 

 そう言って自分の部屋に一度戻って気を込めた水晶玉を持って戻る。

 

「どうぞ」

 

「水晶玉か。私も以前試したよ。まぁ殆ど効果なかったけど」

 

 橘さんに手渡すと、彼女は水晶玉を懐かしそうに眺めて手の中で転がす。

 

「確かに天然物の水晶には災厄から身を守ってくれるという言い伝えがあります」

 

「ふむ。水晶から微弱だが力強い気を感じる。気を込めたのか?」

 

 揚羽さんの問いに頷いて答える。

 

「ええ。本当はお二人にもプレゼントするつもりだったので内緒にしたかったのですが、厄除けとして知り合いに配ろうと思って今お守りを自作しているんです」

 

 そう言って橘さんの手の中の水晶を見ていると、水晶に変化が生じた。

 なんと水晶に小さな亀裂が入ったのだ。

 

「え?」

 

「ほう。案外優季にはこういう物を作る才能があるのかもしれません」

 

 その様子見てクラウディオさんが呟いた。

 

「どういうことだクラウディオ?」

 

「不思議な力の宿るお守りは役割を果たすと切れたり砕けます。まぁ今回の場合ですと橘様の悲運に負けて耐え切れずに亀裂が入ったというのが妥当な推測かと。多分その内砕けるでしょう」

 

 そう言っている間に水晶の亀裂は大きくなる。

 

「ふむ。となるとちゃんとした物で作れば、完全は無理でもある程度は抑えられる可能性はあるということだな」

 

 揚羽さんが不敵な笑みを浮かべる。あ、嫌な予感がする。

 

「実はな優季、以前からある人物がお前に会いたがっていた。そして今回の件、きっと運命と言うやつだろう。という訳で……少し話そうか」

 

「……はい」

 

 店子の自分に、大家に意見する勇気は無かった。

 

「その、なんだ、なんかすまん。それと今後私の事は天衣でいい、私も優季と呼ぼう」

 

 橘さんが自分の肩に手を置きつつ謝るが、自分は気付いている。同情の表情をしているが、言葉の後半とその視線が、『仲間発見』と喜んでいるのを。どうしてこうなった。

 




はい。という訳でここに来て新しい登場人物を出すという暴挙です。しかもアニメキャラです。一応Sでも出ているし性格はアニメではなくS基準です。
ただ事件の時系列はアニメ基準じゃなくて本編の大体4、5月頃という曖昧設定にしていますので、その辺りは御容赦下さい。

さて、ここからは言い訳タイムだ!
当初の予定では七夕までは既存キャラとキャッキャうふふ、する筈だったんだ。
だがそれじゃあ寂しいからと、メインで別の話も絡ませようかな~なんて考えていた時に、揚羽さんも最近出してないから彼女と絡ませられるキャラにしようと考えて作ったのが……この話。
なんで天衣さん出したかは今も分からない。
そして彼女がヒロインに昇格するかも分からない。
いや好きですけどね、天衣さん。(Sは。アニメ? さぁ知らんな)


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