岸波白野の転生物語【まじこい編】【完結】   作:雷鳥

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前回のまゆっち視点プラスまゆっちのその後の話しです。



【まゆっちの水上体育祭】

「ここで活躍すればきっとクラスの人が話しかけてくれるはず……ですが……」

 

「一緒のボートに乗せてって言うのレベル高けぇ」

 

 目の前でクラスメイト達がゴムボートに向かう中で、私は観戦するでもなく、かといって一人でボートで怪物に向かうこともせずに、オロオロと辺りを行ったり来たりしていました。

 

「すまない君! あの怪物から水晶を奪うのに協力して貰えないか?」

 

 すると背後から急に誰かに声を掛けられ、チャンスとばかりに振り返りました。声を掛けてくれたのはお友達なりたい候補の内の一人、鉄先輩でした。

 

「えっと、大和達とよく一緒にいる子だよね。もしかしたら知っているかもしれないけど、二年S組の鉄優季だ。良かったら協力して欲しいんだけど?」

 

「あ、はい。一年D組の黛由紀江と申します。今年の四月に風間ファミリーの仲間入りをさせて頂きました」

 

「オイラは松風。こう見えて九十九神の一柱だから、敬っていいぜぇユウ先輩」

 

 いつものように松風も一緒に紹介します。すると鉄先輩は一度驚いたような顔をした後、まるで懐かしい知人にでも会ったかのような優しい表情を浮かべて会話を続けました。

 

「よろしく黛さん。松風はオス?」

 

「おう。バリバリの現役だぜ」

 

「じゃあ松風は松風で。それでどうかな、協力してくれるか?」

 

「は、はい、私で良ければ。それと私は後輩ですから呼び捨てで構いませんよ」

 

 まるで本当に松風がそこにいるように会話してくれた事が嬉しくて、私は喜んでその申し出を受けました。そしてボートに乗るまでの間の会話は本当に楽しかった。

 私とは違う前進思考のポジティブさが羨ましくもあり、頼もしいと思いました。

 

 松風を荷物に仕舞って海原に出ると、運良く怪物が正面を向いてくれた為、作戦を開始すると言って鉄先輩がボートを漕ぐ速度を上げました。そして怪物の体が赤く光、渦潮が発生した瞬間に鉄先輩が叫びました。

 

「よし。肩車だ、黛!」

 

「はい! ……はい?」

 

 声に反応してつい従って肩車してしまってから、内容の違和感に気づいた時には、鉄先輩に足を抱えられて空に飛び上がっていました。

 

「ちょっ鉄先輩これは?!」

 

 あまりの恥かしさに慌てて鉄先輩に声を掛けましたが、鉄先輩は私の意図を汲んだのか、線を怪物に移したまま答えました。

 

「目的の為なら恥すら捨てる! 自分は目的の為に仲間にパンツを脱がされた事もある!」

 

「ええ~!?」

 

「ヤベー。ユウ先輩、マジ苦労性」

 

 しかしその答えは作戦変更ではなく続行の意思表明でした。しかも同時に発せられた驚愕の内容に、鉄先輩に僅かに同情してしまいました。一体九鬼財閥でどんな訓練をさせられたのか、いつか聞いてみたいと思います。

 

 私がそんな事を考えていると、怪物の口が開くのが見え、同時に怪物から殺気に近い気配を感じました。

 

「黛跳べ! 遠慮は捨てろ。まかせたぞ!!」

 

 私が危険だと感じたのと同じタイミングで、下の鉄先輩が叫びました。視線を下に移すと、鉄先輩がこちらを真剣な眼差しで見上げていました。その真剣な視線が『信じている』そう言っているように感じました。

 

「っはい! 失礼します!!」

 

 だから私は本当に遠慮を捨てて全力で鉄先輩を踏み台にして水晶目掛けて跳びました。直後、自分の下を強烈な風の波が通り過ぎて行くのを感じましたが、私は振り返らずに水晶に手を伸ばします。

 

 今、私がすべきなのは先輩の心配じゃなくて、託された信頼に答えること!

 

 額の水晶に手が届いた瞬間、それを掴んで思いっきり怪物の頭を蹴り飛ばして剥ぎ取ります。

 

 やった! 取りましたよ鉄先輩!

 

 目的を達成できた喜びを噛み締めながら私は海面に落下しました。少しだけ痛かったですが充実感が身体と心を満たしているので気になりませんでした。

 

 海面に上がり鉄先輩を探すと、先輩も同じ様な満足そうな顔で浮いていました。多分学長の宣言が聞こえたのでしょう。

 

「鉄先輩、やりました!」

 

 私が手に水晶を持って向かうと、鉄先輩は最初に私や松風に向けたような優しい表情でお礼を言って水晶を受け取りました。

 

「それじゃあ戻るか」

 

 鉄先輩のその言葉が、私を興奮から醒ましました。

 このまま砂浜に戻ればまた『知人』に戻ってしまう。そう思った私は慌てて鉄先輩の横に並び声を掛けましたが、興奮が醒めたせいか、いつもの調子に戻ってしまい、思った事を上手く言葉にできないでいると、急に鉄先輩が笑い出しました。

 

「ぷっ。あはは」

 

「きゅ、急に笑われましたよ松風ってああ松風がいない!!」

 

 焦りから松風に援護を頼もうとしましたが、松風が居ない事に気付いて更に慌てると、鉄先輩は幼い子供にするような優しい目と声で私を落ち着かせ、続きを促してくれました。

 そのことに少しだけ情けなくも思いましたが、せっかく鉄先輩が間を作ってくれたので、その間に気持ちを落ち着かせ、はっきりと告げました。

 

「は、はい。その、よ、良ければ長いお付き合いを前提に友達になって貰えませんか?!」

 

 顔の強張りを感じながら、友達になってくださいと告げると、鉄先輩は一瞬唖然とした後、先程と同じ表情に戻り、

 

「いいよ。出来るだけ長い付き合いになれるようにお互いに努力していこう。と言うわけで、まずは名前で呼び合う?」

 

 そう言って受け入れてくれました。そのあと名前の呼び捨てで勘違いしてしまい恥かしい思いをしましたが、水上体育祭の後にしっかりとお互いに番号を交換し合いました。

 報酬のマリンスポーツグッズはリストを見ながらお互いに欲しい者を選び合った後は、残りを半々に分けました。因みに水上体育祭の優勝商品は、全て後から獲得した方の自宅に配送されるということです。確かに量が多い上にかさ張る物もあるので納得です。

 

 私が始めて自分一人で作ったお友達。それがとても嬉しくて、寮に帰るまで顔がにやけていないか心配でしょうがありませんでした。

 

 よし。この調子で同年代の友達も作ります!

 もうその相手も決めている。今の私ならきっと大丈夫。待っていてくださいね。伊予(いよ)ちゃん!

 

 

 

 

「という訳でお友達をゲットしました!」

 

 新たな決意を胸に、私は夕食後に今まで相談に乗ってくれた寮の皆さんに今回の事を報告しました。

 

「褒めて~勇気出したまゆっちを褒め殺してあげて~」

 

「おお、おめでとうまゆっち!」

 

 クリスさんが自分の事のように喜んでくれました。いい人です。

 

「おめー」

 

 京さんもいつものようなクールな微笑で相手を評価する時に時々出している『10』と書かれた札を上げて祝ってくれました。いい人です。

 

「やったなまゆっち!」

 

 キャップさんもこちらが元気なる様な笑顔で祝福してくれました。いい人です。

 

「ま、お前にしたら上出来だな」

 

 そう言って一つ上の少々強面の先輩で、大和さんとキャップさんの同じクラスの源忠勝(みなもとただかつ)先輩は、そう興味なさげに呟きましたが、小さく微笑み私にお茶を入れてくれました。いい人です。

 

「相手って、前から言ってた同じクラスの子?」

 

「あ、いえ、違います」

 

 悪気ゼロの大和さんの言葉に、次の目標の相手にして、ずっと射止められていない伊予ちゃんのことを思い出し、上げていた手を下ろす。

 

「大和さ~普段空気読めるのに偶に読めないよね~」

 

「ええ!? だって普段の流れ的にそう思うだろ!」

 

 た、確かに。

 

 つい松風に愚痴って貰いましたが、最近はファミリーや寮の皆さんの前ではお友達になりたい第一候補である同じクラスの大和田伊予(おおわだいよ)ちゃんの話題が殆どでした。

 

 確かに勘違いしてしまうのも仕方ありませんね。

 

「なんだ俺もてっきりその子だと思ったぞ。じゃあ誰なんだ?」

 

「はい。鉄優季さんです」

 

「超近場な相手じゃねーか!」

 

「そ、それでもまゆっちからフレ登録申し込んだ勇気を、オラは褒めて欲しいね。優季だけに!!」

 

 場が凍りつきました。

 

「誰が最初に言うのかと思っていたら、まさかの松風だった件について」

 

「駄洒落ネタはもう別の人が持ちネタにしてるから、芸風被りはダメだよ松風」

 

「オラそんな悪いことした!?」

 

 京さんと大和さんの意外な口撃に、私と松風は更に項垂れる。

 

「まぁなんにせよ。まゆっちが自分から友達を作ったことには変わりない。その調子で今度こそ、その同級生と友達になれば良いだけのことだ」

 

「流石クリ吉、ええこと言う」

 

 クリスさんの優しさに感涙していると、メールの着信があり、開くと鉄先輩からでした。

 

『件名:今後ともよろしく

 今日はありがとう。お陰で楽しく水上体育祭を締めくくれたよ。

 何かあったら力になるから、遠慮無く言ってくれ。それじゃあまた』

 

「ええ人や」

 

 まさか初日にメールを頂けるとは思わず、嬉しさのあまりまた涙を流していると、大和さんが若干引き攣った笑顔で私の肩を叩きました。

 

「ま、まゆっち。感動しているところ悪いが、返事送った方が良いぞ。もう夜だし向うがいつ寝るか分からない」

 

「はっ。そ、そうですね!」

 

 私は急いでメールを打ち始めました。ふふ、可能な限り早く打てるように自主トレは完璧です。

 

「……あ、文字数制限に引っ掛かったので一度送信、と」

 

「「長いよ!!」」

 

「はう?!」

 

 私がメールを送るとその場の全員、あのクールな源先輩ですら物凄い驚いた顔をしていました。

 

「いや、制限に引っ掛かる文字数って、どんだけの文章送ってんだよ」

 

「まゆっち、流石にそれは友情が重いよ」

 

「え、そ、そうですかってあれ? もう返信が?」

 

「確かに。一緒に見てもいいかなまゆっち?」

 

「え、ええ」

 

 やけに早く返って来た返信メールに不安を感じたので、大和さんの申し出を受け入れ、皆さんの前でメールを開く。

 

『件名:長い

 いや、流石にこれは長いよ。

 とりあえず質問関係は現実での話題作りの切っ掛けにもなるから、いっぺんに質問しないようにしなさい。

 あと松風との漫談は会話なら面白いけど、文だと読み辛いので、極力避けた方が良いと思う。

 メールに関しては大和が詳しいし器用だから、教えて貰った方が今後のお友達作りの役に立つと思うよ。

 因みに自分の趣味は裁縫と料理。

 好きな言葉は『親愛』『努力』。

 由紀江ちゃんとは友達になれて嬉しいよ。

 蕎麦派かうどん派でいうと、美味しければどっちも好き派。

 とりあえず松風に、もぐぞコノヤロウ。と伝えておいてくれ』

 

「注意しつつもちゃんと質問にも答えている辺りに、相手への気遣いが見えるな」

 

 源先輩が感心するように頷きました。

 思えば私は嬉しさのあまりメールを打つ時に自分の事しか考えていなかった気がします。

 

「とりあえずユウのメールの通りに大和に教えて貰えよまゆっち」

 

「そうですね。お願いできますか大和さん?」

 

「ああ。それじゃあここにいるメンツで練習するか。源さんも協力してくれる?」

 

「まぁなんかあった時にあんな長いメールじゃ困るだろうから、仕方なく付き合ってやるよ」

 

 大和さんの提案で、その日は皆さんにメールの書き方の練習をさせて頂けました。お陰で大分ましになったと思います。そしてその流れで源先輩の連絡先も交換させて貰いました。

 新しく追加されたアドレスを眺めながら、その日は久しぶりに明日が来るのを楽しみにしながら眠る事が出来ました。

 




まゆっちとは今のところ友情止まり。ちょっとしばらくはヒロイン昇格は一子達と同じ様に保留扱いですね。
さて、マルさんのイベントを纏める作業に入ろう……毎回戦闘に悩むなちくしょう。


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