項羽暴走事件の翌日。全身の疲労と微熱を感じながら、おきまりの義経達への技の解説を行う。
「昨日項羽姉さんに使ったのは『礼装』と呼んでいる気の具現技の切り札だね」
簡単に技の内容とリスクを説明する。
「リスクとして第二強化で必要最低限とは言え肉体寿命を削っているのと、使える武器が固定化されるところかな」
第一強化が自分の動きに肉体がついて行いける範囲内の強化だとするなら、第二強化は自分の動きで肉体に大きなダメージが行く程の強化となる。自分の場合、現状では三倍以上の常時強化は再生必須だ。
そのため、肉体の細胞の再生能力も強化することで、自身の動きで生じる肉体ダメージを常に修復する必要がある。
もちろんその度に肉体の細胞を必要最低限とは言え消費するから肉体寿命は幾らか減ってしまう。しかし未熟な今の自分では、英雄達の動きをたとえ最低限とは言え、再現するにはそれだけの代償を必要とするのも事実だ。故に文字通りの切り札だ。滅多なことでは使用しない。
本物のセイバーはもっと速くて強かった。もっと精進しないと。
「寿命削る様な技は私は反対」
弁慶がこちらを心配した表情で見詰める。
「うん、分かってる。あの時は瞬間移動しないと気の爆発にみんなが巻き込まれていたから使ったけど、本来は余程の事が無い限りは使わない技だよ」
だから心配するな。と言って、弁慶の頭を撫でて安心させる。
「なあ兄貴、純粋な興味で聞くが、他にも変身できるのか?」
弁慶の発言の後のせいか、与一が控えめに尋ねる。しかし眼差しには期待が籠もっているのは、同じ男として分からなくもない。
男の子は変身とか好きなんです。そういう生き物なんです。
「自分が変身できるのは四人だけだよ。その内一人はさらに準備がいるね」
「ヒュームさんとかは無理なの?」
義経も興味深げに尋ねてくる。
「模すための情報が少なすぎるからね」
そもそも劣化とは言え英霊化できるのは、彼らの『魂の根源』に自分が触れて彼らの情報を読み取っていた事と、彼らをずっと見続けて来たからこそ、できた技だ。
そのことに気付いた時、凄く嬉しかった。
彼らとの絆は、今でも自分の魂にちゃんと根付いていてくれているんだと、知る事が出来たから。
ただギルガメッシュだけは再現に準備が要る。自分が具体的にイメージできてしまうために通常状態では再現不可能なイメージになってしまったからだ。故に実質礼装として模倣できるのは三人のみだ。
「あの最後の火柱は?」
弁慶が頭を撫でられながらそう呟く。なんか随分幸せそうな顔をしているし、もういいかな。
頭から手を放しつつ説明する。凄い残念そうな顔された。
「あれは言霊という技の応用だよ。熱気属性を極限まで高めて剣に宿し、それを相手の体内に打ち込んで相手の気力を強制的に燃え上がらせるんだ」
元々『気』と言うものに形は無い。
物理的に焼く攻撃的な炎という形にするのも、精神的に作用させる補助的な焔とするのも、本人のイメージ力と気の操作次第だ。もっとも攻撃的な能力に比べ、意外に補助や回復を行う操作は難しい。
こちらの説明に、なるほどな~と言った感じに頷く三人を眺めながら、訓練所の時計へと視線を向ける。
「それはそうと、清楚姉さんと項羽姉さんの話し合いはどうなったのかな?」
マープルさん達と今後の話し合いをしている二人の姉を心配する。
「義経達の訓練が終わる頃には話し合いは終わるって言っていたけど」
などと噂していると、訓練所の扉が開いて清楚姉さんがやってくる。
「お待たせみんな」
「あ、清楚先輩」
「おはよう清楚姉さん、項羽姉さん。昨日は大丈夫だった?」
「おはようユウ君。うん、ユウ君のお陰で項羽とも話せるようになったし、さっき今後についての話し合いも終わったわ」
そして清楚姉さんが話し合いの内容を伝える。
まず清楚姉さんと項羽姉さんは一日交代で過ごすこと。
授業はちゃんとその日の人格が受けること。
項羽は朝の訓練に参加すること。
学校行事はお互いに臨機応変に人格を変えて参加すること。
以上の四つが義務化されたらしい。
「俺は武力を、清楚は知力を担当するから授業は清楚が受ければいいと言ったら、清楚とマープルに怒られた」
あ、雰囲気が変わったから今は項羽姉さんか。瞳の色も赤いし。
「そりゃまあ怒られるでしょ。授業はちゃんと受けなきゃダメだよ項羽姉さん。変わりに清楚姉さんも運動は自分で参加するんでしょ?」
「ぬう。優季までそう言うのなら仕方ない」
あれ? 随分あっさり認めてくれたな。項羽姉さんの性格的にもう少し反論されると思ったんだが。
「さて、とりあえず優季」
「ん? どうしたの項羽姉さん?」
「俺は在学中にお前に俺を王として認めさせて、お前を俺の物にするからな。覚悟しておけ」
……あれ? 今もしかして告白された?
「おっと手が滑った!」
「冷たいっ!?」
いきなり弁慶に後ろからスポーツ飲料をかけられた。
「な、なんぞぉお!?」
振り返って弁慶を見ると、彼女は苦笑しながら頭を軽く下げた。
「いやぁごめんねユウ兄。手が滑っちゃって」
「いや、別にいいけどさ。それじゃあシャワー浴びて着替えに行って来るよ」
「あ、なら俺も付き合うぞ兄貴」
「義経達も時間だしシャワーを浴びて着替えよう」
「だね。ついでだし項羽先輩も一緒にどう?」
弁慶がシャワーのヘッドを持つような仕草で項羽姉さんをシャワーに誘う。
「ああいいぞ。今日は俺の日だし、清楚も構わないと言っている」
結局全員で更衣室に向かうことになった。
「で、この状況な訳か」
いつもの橋でいつもの仲間に事情を説明すると、百代がなんとも言えない表情で呟く。
小雪達には協力して貰った為、百代には同じ学年と言う事で清楚姉さんと項羽姉さんの事情を説明しておく。
それにしても、百代と一緒に登校するのが当たり前になってきたな。
因みに義経達にした礼装の説明をしたら、百代は難しい顔で『むう。どうしよう』と呟いて腕を組み、小雪は物凄い怖い笑顔で『本当に、余程の場合以外は使っちゃダメだよ。もし破ったらこの写真を……』そう言って携帯をこちらに見せた。
その瞬間、力強く頷いて承諾した。何故なら写って居たのがセイバーモードの自分の姿だったから。しかも地面に着地して衣が捲りあがった瞬間の写真だ。
あんな写真をばら撒かれたら、色々な意味で終わる!
礼装の衣装について今一度熟考するべきだと強く思った。やっぱ露出は控えるべきだったんだ。
そしてこちらの落ち込み具合を無視して会話は進む。
「ふん。お前達には世話になったし、よろしくしてやろう。だが百代、お前は駄目だ!」
「おいおいどうしてだ?」
百代が納得できないと言った表情で項羽姉さんを見詰める。
「お前が清楚の時に俺にベタベタとセクハラしたからだ!」
項羽が僅かに頬を赤くして百代を威嚇する。そういうのを気にしない方だと思ったので、かなり意外だ。そして項羽のセクハラ宣言に、女性陣が百代から僅かに距離を取る。
「……女の子が女の子にセクハラして何が悪い!」
「ひ、開き直ったぞこの武神!」
なんか色々開き直った百代が両手を広げて叫び、準がすかさずツッコむ。
「未遂なら犯罪じゃないから許される!」
「さ、更にキワドイ発言をカミングアウトしちゃったよモモ先輩!?」
小雪が困惑気味に続いてツッコむ。
「まあ、あれだ、欲求不満故の暴走だ」
「……ちょっと気持ちが分かってしまった自分が悲しい」
弁慶が微妙な表情で眉を顰めつつ川神水を飲む。弁慶は欲求不満が溜まると自分と義経限定で過剰に接する時があるからな。
「しかし学校の方は大丈夫なのか? 戦闘で穴だらけだったはずだが?」
最後にグラウンドを見たときは、かなり悲惨な状況だったはずだ。
「九鬼の方で修繕したから大丈夫だって、じじいが言っていたぞ」
さすが九鬼、なんでも出来るな。
「ところで優季君の方は大丈夫なのですか? あれだけの戦いの翌日なのに出歩いて?」
冬馬がこちらを気遣うように尋ねる。
「う~ん身体は八割、気力の方は一割に満たない回復かな。まあ身体に異常は無いから大丈夫。放課後の決闘も金曜で終わらせたし」
第二強化の利点の一つが全力を出しても、肉体のダメージを再生効果がほぼゼロにしてくれる点だ。その為疲労と微熱程度で済む。
逆に第一強化で全力を出すと、疲労と熱に加えて戦闘ダメージも上乗せされるから、酷い場合は治癒の為に二、三日は寝込むし、一週間近くは筋肉痛が続く。
百代との戦闘では彼女が全力じゃなかったため、少ないダメージで済んだので一日寝込んだだけで済んだが、全身の筋肉痛は実は五日も続いた。
まあ痛みには慣れているから、その程度なら問題なく行動できるんだけどね。
そしてどちらにも言えるが、気力は一度枯渇すると回復に時間が掛かる。正直項羽姉さんとの戦闘で気力が満タンだったのは運が良かった。
百代との戦いで一度枯渇してるからなぁ。というか、一月の間に二度も枯渇……やっぱりこの町は呪われている気がしてならない。
「安心しろ優季、先輩である俺が守ってやる」
そう言って項羽姉さんが自分の右隣に並び、任せろと言わんばかりに胸を張る。
「おっと、なら私も頼ってくれていいよ。同じクラスな訳だし」
そう言って弁慶も空いている左隣に並ぶ。
「義経も!」
「まあ兄貴には世話になってるしな」
義経と与一も傍にやって来て笑顔を浮かべる。
「ああ、頼りにしてる。それより姉さん達はどういう王様を目指すのかは決めたの?」
ずっと気になっていた質問を項羽姉さんに尋ねる。
「ふっ。もちろん覇王だ。だがただの覇王じゃない。『愛される覇王』を、俺達二人で目指す!」
迷いの無い瞳で項羽姉さんは視線を空へと向けながら、拳を空へ突き出した。
「……そっか。うん、それは凄い……魅力的だ」
改めて頑張って良かったと思う。
新しい家族を迎えた義経達の笑顔に、自然と顔が綻んでこちらも笑顔になる。
「……さ、さり気無く隣を取られた!?」
「むう。あの空気をぶち壊すのは流石の私も爪の先くらい躊躇するな」
「いやモモ先輩、そこは空気読んで見守ろうぜ」
後ろで準が百代にツッコミを入れているのを聞きながら、今日も一日良い日になると良いなと思いながら、どこまでも青い空を見上げた。
次回からまた日常回。
その後は水上体育祭になりますね……ようやく六月が終わる……長かったなぁ。