百代と出会ってから一年の月日が経ち、休みの日は百代と過ごす事が当たり前となっていた。
お互いに年も近く、武に関わる者ということで自然と惹かれあったのかもしれない。
「優季はホント、頑丈なだけで弱いな」
そして今日もまた、自分は地面に伏し、そんな自分を百代が呆れた表情で見下ろす。
「ほっとけ。自分が一番痛感してるっつうの。というか、百代がありえないくらい強過ぎる」
百代と遊ぶ時は必ず組手での稽古をつけて貰っている。
お互いに武の稽古をしているというのも理由だが、自分としては少しでも強くなって喧嘩っ早い百代を守ってやりたいという思いもある。
しかし現実は非常である。
こちらの攻撃が百代にヒットした事など一度もない。
あの小さな身体のどこにあれだけの力があるというのか。
「おっ、参ったか? ギブアップか? なら今後は私の事をちゃんと『モモ先輩』って呼べ。そして私の舎弟になれ」
「絶対ギブアップなんてしない。百代こそ条件忘れてないだろうな? 自分が参ったって言わない限り対等にお互いを呼び捨てにする。そして自分が勝ったらなんでも言うことを聞くって条件」
「もちろん。もっとも、私が負ける訳が無いけどな」
「くそぉ。言い返せないのが悔しい」
組手稽古を始める事になった当初、俺達はお互いに勝利条件と勝った場合の報酬を話し合った。
何故そんな勝負が始まったのか?
事の発端は、百代が年上だということが判明したのが切っ掛けだった。
『私の方が年上なんだからちゃんと先輩と呼べ』
『嫌だよ今更。百代は百代だろ。あと、なんか一度でもそう呼んだら対等で居られなくなる気がする』
『なんだ優季、お前弱いくせに私と対等だと思っていたのか?』
『百代だって強いくせに参ったもギブアップも言わせられて無いじゃん』
『じゃあ勝負するか? もし今後組手で私がお前に参ったを言わせられたら、お前は私の事をモモ先輩って呼べ。そして一生私の舎弟な!』
『じゃあ自分が百代を倒せたら、百代は自分に何してくれるんだ?』
『万が一にもありえないが、もし私に勝ったらなんでも言う事を聞いてやる。あ、私の叶えられる範囲でだからな。あとお金や物を寄越せ的な願いも無し』
なんてやり取りがあってから今日まで、結局お互いに決着がつかないままだ。
因みに百代を気絶させたら自分の勝ちだが、自分が百代に気絶させられても、百代の勝ちにはならない。
それくらい自分と百代の強さには大きな差があるし、一度先程のように痛みと疲れで動けない自分に対して、百代が『参ったと言わないと顔面を潰す』と脅迫した事があった。
もちろん拒否した。
結果、見事に顔面を潰された。だが俺は結局参ったとは言わなかった。
それから百代は自分に追撃して来なくなった。
次の日にあったらボロボロになっていたから、多分家で折檻されたんだと思う。
よし、そろそろ起きれそうだ。
体力が回復したのでなんとか起き上がる。
百代は絶対にこちらが起き上がる時に手を貸さない。自分としては対等の証しみたいで気に入っている。
「とりあえず今日の稽古は終了するか。さて、今日は何して遊ぶ?」
「そうだなぁ」
百代と二人で腕組して悩む。だって二人しかいないのだ。遊べる遊びも限られてくる。
「あの!」
「ん?」
二人でうんうん悩んでいると、こちらを呼ぶような大きな声が聞こえたので、声のした方に振り返ると、そこには見た事の無い男の子がこちらに向かってやって来る所だった。
男の子は目の前まで来ると、百代の方に視線を向けた。
「川神百代先輩ですよね?」
「ああそうだが。お前は?」
「同じ学校の四年生の
なんか随分と大人びた喋り方をする子供だ。いや、人の事は言えないか。
どうやら直江という少年は百代に用があったみたいなので、少しだけ距離を取って聞き耳を立てる事にした。
しばらく二人の会話を聞きつつ、頭の中で内容を纏める。
直江には仲良しグループがいて、特別な遊び場をその仲良しグループで独占しているらしい。
ま、子供にはよくあるよな。所謂自分達だけの特別な縄張りというやつか。
しかし最近六年生グループに負けたため、縄張りを奪われてしまい、その縄張りを取り戻す為の助っ人を、百代に頼みに来たみたいだ。
普段の百代なら『そんな軟弱な考えの奴に力なんて貸さん!』と、説教しそうなものだが、今回は違った。
年上なのに多人数で襲撃したり、戦えない女の子を人質にしたり、挙句に負けた相手に追い討ちでコンパスで耳に穴を空けたりと、どれもこれも百代が嫌いそうな行動を六年生達はしていたのだ。
百代の顔が見る見るうちに物騒な笑みへと変わって行くのが分かった。
「ふむ、そうだなぁ……」
何故か百代はそう言ってこちらに振り返った。
なんだその悪戯っ子な顔は、可愛いじゃないか。
そんなちょっと邪悪な笑みを浮かべたまま、百代は直江の方に振り返った。
「話は分かった。面白そうだし力を貸してやる。だが、条件がある」
「条件ですか?」
「お前が欲しい。具体的にはコキ使える舎弟が欲しいのだ」
「あの人は違うのですか?」
直江がこちらに視線を送ってきたので『違うぞ』という意味を込めて首と手を横に振る。
「あれはダメだ。使えない舎弟候補だ」
「おいこら」
残念な奴を見るような目で見られたので流石にツッコむ。
「とまあそういう訳だ。条件を飲むなら力を貸してやる」
直江が少し考えるような間をおくと、すぐに先程のような社交的な笑顔で百代を見詰めた。
「分かりました姉御」
「んー姉御も悪くないが他の呼び方がいいなー」
「はあ。じゃあ姉さんでいいんじゃないか? お前、妹とか弟を欲しがってたし」
溜息を吐きつつ無難な呼び名を提案する。
下手したらお姉様とか呼ばせそうだしな。
「おおそれだ! これからは私の事を姉さんと呼べ」
「はい姉さん。これはお近付きの印に……」
そう言って直江はポケットから百代が最近集めているカード、それも結構レアと聞いていたカードを取り出して百代に謙譲した。
……この子の親は一体どういう教育をしているんだ。
大人顔負けの交渉術に呆れている横で、百代は嬉しそうだった。
さて、自分はどうするかな。
自分は百代とは違う学校に通っている。俺が百代と平日あまり会えない理由の一つだ。
そして助っ人を頼まれたのは百代だ。自分じゃない。
でもここで知らない振りして見過ごすのも、らしくないか。
「で直江、いつ仕返しするんだ?」
「えっと……」
こちらに対してどういう態度を取ればいいか迷っている感じで、直江が少し戸惑う。
「同い年だ。タメ口でいい。自分は百代みたいに強くないしな」
「ならそうする。一応むこうに探りを入れて人数が少ない時を狙うつもりだ」
「まあケンカの常套手段だけど、明日は連中来るのか?」
「ああ。明日は休みだし。俺達を警戒してか、遊ぶ時は結構人数を連れて来るんだ」
「ん、了解。じゃあ明日そいつらをシめちゃおう」
「え?」
直江が年相応な表情で呆然とする。
そんな顔も出来るのか。うん、こっちの方が素直そうで好感が持てる。
「明日なら休みだから自分も百代に加勢出来るしな」
「いや、お前居ても迷惑だから」
「はいはい聞きません。そういう百代はどうなんだ?」
「もちろんお前の提案に賛成だ。いっこ上の連中を懲らしめるのなんて何人居ても同じだ」
不適に笑うその笑顔が頼もしい。
「だそうだ。と言う訳で明日土手に集合な」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。お前、えっと」
困惑した表情の直江がこちらを指差す。
「ああそうか、自己紹介がまだだったな。鉄優季だ」
「じゃあ鉄。お前は喧嘩弱いんだろ?」
「ああ弱いな。百代に惨敗だ」
「じゃあ居るだけ無意味じゃないか!」
馬鹿かコイツ。と言いたげな表情でこちらを睨む直江に、どう説明しようか迷っていると、百代が一歩前に出る。
「安心しろ弟」
「え?」
「こいつは弱いが役には立つ」
百代が自信満々の笑みを浮かべて力強く頷く。
「……姉さんがそう言うのなら」
直江的にはまだ納得できていないらしいが、ここで否定して百代の機嫌を損ねて引き込めないと困ると判断したのか、渋々了承した。
「じゃ、明日の戦いの前に舎弟の契約だ」
百代が物凄い笑顔で小指を出した。
あれは絶対に碌でもない事を考えているな……でもまぁ、いいか。
直江は直江でなんか自分や百代をなめている節がある。
良い機会だ、現実の厳しさを知るといい。
「けーいやーく、やぶったーら、うでーのなーかでなぶーりこーろす」
「……え?」
「長い付き合いだから言うが、マジでやるから気をつけろよ」
青い顔で茫然自失している彼に、今後の為に追い討ちという名の忠告をしてあげた。
強く生きろ少年。
結局舎弟は大和君に納まりましたとさ。
そして書き終えてから気付く、中学生ぶっ飛ばせる百代と組手できてる時点で主人公も十分凄い事に。……おかしいなぁ幼少期は普通の男の子止まりのつもりだったのに。
正直主人公が舎弟でも良かったんだけど『モモ先輩』と呼ぶ大和が想像できなかったのでこの形に納まりました。