今回少し痛ましい描写(控えめ表現)があります。
夫婦に拾われてから数年の月日が経ち、あれから自分は鉄家の子として過ごす事になった。
二人は血の繋がらない自分の事を心から愛してくれた。
だから自分も躊躇う事もなく、二人の事を『父さん』『母さん』と呼ぶことができた。
二人が付けてくれた名前は優季。
優しく勇気ある男に育って欲しいという願いを込めて付けられた名前だ。
二人から貰った名のとおり、優しく勇気ある男になれるように努力すると決めた。
それがきっと、二人に送れる最高の親孝行だと思ったから。
手始めに父さんから鉄家に伝わる拳法を習う事にした。
庭で稽古しているのをよく見かけていたので、思い切ってお願いしてみた。
「……そうだな。お前も鉄家の男児だ。身体くらいは鍛えておかないとな。まあ仕事であまり鍛えてはやれないかも知れないが」
父さんは今はボディーガードの仕事で生計を立てている。
その為あまり家にいない人だったが、家に居る時はよく遊んでくれた。
因みに父さん達は自分に、自分達が本当の親子ではない事を伝えていない。
少し間があったのは、その辺が関係しているのかもしれない。
次の日から、拳法の稽古が始まった。父さんのいない日は、母さんの家事の手伝いと共に、自己鍛錬に明け暮れた。
ある日、父さんは稽古中に人としての心構えを説いてくれた。
『周囲の言動に惑わされずに、等身大の相手を見据え、理解しようと勤めること。そして相手に理解して貰おうと勤めること。人と人の絆はそこから始まる』
父さんは正にこの教えの体現者だった。
だから俺にとって男としての目標は、いつだって父さんだった。
そんな父さんを目標に修行に明け暮れて一年が過ぎた。
以前は町内を周るだけだったランニングコースも拡大されて、今は川神市の多摩川まで距離を伸ばした。
ある日、いつものように多摩川の土手を走っていると、妙なモノを見掛けた。
えっ、何あれ?
驚きのあまり思考が追いつかず、一瞬呆ける。そして改めて状況を確認する。
女の子が、中学生くらいの男子生徒を、ぶっ飛ばしている。状況終了。
「いやいやダメだろう!」
訳は分からないが、とりあえず女の子を助けるために駆け寄る。
「おいお前達! 複数で女の子に乱暴するなんて、男として恥かしくないのか!」
「なんだお前? 危ないから離れてろ」
第一声を放ったのは男子学生達ではなく、女の子の方だった。
強気を表すような釣り上がった目が特徴的たっだ。
正直髪の長さやスカートを履いていなければ、女の子とは思わなかったかもしれない。
自分達くらいの年だと男と女の外見なんて曖昧だからなぁ。
「たく。また餓鬼かよ!」
男子学生の一人がこちらにやって来る。
そして懐から取り出したのは……小さい折り畳み式のナイフだった。
コワ! 最近のキレやすい若者コワ!
しかし驚きはあっても、何故かあまり怖くはなかった。
頭の中で自分じゃない自分が『もっと怖い体験をしているから大丈夫』と囁いているようだった。
その囁きに突き動かされるように、身体が自然とナイフを持つ男子生徒に向かう。
男子生徒越しに女の子を見ると、興味無さ気に一度だけこちらを一瞥しただけで、すぐにそっぽを向いてしまう。
うわぁ、酷いくらいにこちらに興味無しだ。まあ、勝手に首を突っ込んだんだから別にいいんだけど。
「へへ、俺はやれば出来る奴なんだよ!」
この状況でその台詞はいかがなものか。親御さんも泣くと思うぞ。
なんて事を考えながら、振り下ろされるナイフを見詰め、頃合を見計らって一歩後ろに下がった。
途端、顔に激痛が走って一瞬眉を顰める。
くっそ。見えているのに避けられないとか、マジ自分の身体能力低過ぎ。つうか痛ってぇ!
今回の様に優秀すぎる目に、自分の反射神経の方がそれに追いつけず、身体を動かすタイミングがズレて、怪我をすることは多々あった。
だが、ここまでの怪我は初めてだ。
「へへっどうだがっぐあ!?」
興奮で目が血走った男子生徒を顎下から頭突きをかましてやる。
だって隙だらけだったし。ケンカ中に警戒を怠るとかダメだろ。
まあでも、普通はナイフで切られたら怯むか。
どうも自分は痛みや恐怖というモノに耐性があるらしく、痛い事は痛いし、怖い事は怖いのだが我慢して行動できてしまうようだ。
なんてアンバランスな肉体だ。
あれか? 自分が転生者だから身体もこんなチグハグな感じなのか?
「っっ!?」
怪我をしながらそんな事を考えていると、男子学生が地面を転がり回って悶絶していた。
口から血が出ているから、多分舌でも噛んだのかもしれない。そこに……。
「ふん!」
「びゃう!?」
女の子の綺麗で強烈な踵落としが顔面に決まり、男子学生は気絶した。
辺りを見渡せば、立っているのは自分と女の子だけだった。
「おい。傷を見せろ」
「ん?」
女の子が少しだけ慌てた様子で俺の顔を覗き覗き込む。
「酷い怪我だな。だが私は礼は言わないぞ。お前が勝手に乱入して来たんだからな」
「いや別にお礼を言って欲しくて助けた訳じゃないし」
感覚的にそこそこ血が出ている気はするが、深いわけでも無さそうだ。
確かポケットにハンカチがあったな。それでとりあえず押さえておこう。
「それにしても、なんで勝手に割り込んで来たんだ? いい迷惑だ」
「仕方ないだろ。女の子が男に襲われていたら、助けに入るのが男として当然の行動だろ?」
痛いのを我慢して強めに傷を押さえつつ、女の子に反論する。
「そのせいでお前は怪我して、私は少しだが心配して物凄く不機嫌だ」
あっ。少しは心配してくれていたのか。意外に優しい子なのかもしれない。
「確かにそうだな。その点はすまなかった。自分の身体能力を過信した。でも次も同じ事があったら同じ事をすると思うので、我慢してくれ」
「そうか。お前、馬鹿なんだな」
女の子が可哀想な物を見るような目をする。
失敬な。これでも学校の成績は上位なんだぞ。って、この場合はそういう意味での馬鹿じゃないか。
「馬鹿で結構。万が一自分が飛び出さなくて女の子が怪我するくらいなら、いくらだって身体を張ってやる」
「の割りには女の子一人守れない弱っちい男だけどな」
自分の言葉の何かが気に入ったのか、女の子の表情が少しだけ柔らかくなり、悪戯っぽい笑顔で俺を見詰めた。
「そうなんだよなぁ。さっきの攻撃も見えていたのに避けられなかった。まあそれはいいとして……」
夕日が沈む川辺を眺めつつ、そろそろ気になっていた事を尋ねた。
「なんで君は、あいつらと喧嘩なんてしていたんだ?」
「……あれだ」
女の子は胸の内の怒りを隠そうともせず、怒りの表情と声色で土手の脇の草むらを指差した。
雑草でよく見えなかったので近付いた時、女の子が怒っていた理由を理解した。
そこにあったのは子猫の死体だった。
体中に殴られた痕や切り傷が刻まれていた。
特にお腹の切り傷は酷かった……。
無意識に、拳を強く握り締めていた。
身体が強張ったせいか、額の傷が更に痛んだが、気にしている余裕は無かった。
「やっぱり骨の二、三本折って、自分がした事を思い知らせた方がいい」
「ほっとけ。そんなクズども」
傷付いた子猫の体に手を触れる。
……くそ。
傷の具合から分かっていた事だが、子猫は既に息を引き取っていた。
子猫を片手で強く抱き抱えて立ち上がる。子猫の血や色んな物が俺の服や腕に大量に付着するが、気にはならなかった。
「おい。どうするんだ?」
「こんな所に放置したり埋めたりしたら、野良の鳥や猫に掘り返される。でも人のテリトリーには殆ど入ってこないから、ウチの庭に埋める。もうこいつの身体を傷つけさせたりしない」
この子猫は一体どんな思いで死んだのだろう。
この世の理不尽に怒りの声を上げながら死んだのだろうか?
それとも戸惑いの内に何も考えられずに死んでしまったのか……。
死んだ子猫が捨てられた頃の自分と重なる。
やり切れない気持ちのまま、歩き始めた。すると女の子が後からついて来た。
「どうした?」
「私も一緒に埋める。最初にそいつを見付けたのは私だからな。それとお前の家ってどこだ?」
先程喧嘩していた時とは違って、落ち着いた雰囲気を纏った女の子に、少しだけ戸惑いながら、自分の家の住所を女の子に伝えた。
「私の家の方が近いから、ウチに埋めるといい」
真剣な、そして力強い瞳が自分を射抜いた。
胸の内に温かいモノが広がって、自然と顔が綻び、気付けばお礼を口にしていた。
「ありがとう」
「なんでお前がお礼を言ってるんだよ」
「分からないけど、嬉しかったから。自分は鉄優季。君は?」
「私は川神百代(かわかみももよ)だ」
その日、俺はとても強くて、そしてとても優しい女の子と出会った。
因みに顔の傷は百代の祖父である
と言う訳でメインヒロインの一人百代です。
幼少期ではもう一人メインヒロインがいます。
というかこの二人と接点を持つためだけの幼少期編と言ってもいいでしょう。