「ふふふ~ふふふ~♪」
五月も後半。小雪はここ最近毎日が楽しくて仕方がなかった。
「おやおやご機嫌ですね小雪」
「愛しの王子様がもうすぐ帰ってくるかもしれないんだ、当然だろ若」
鼻歌を歌う小雪を眺めながら褐色の肌にメガネを掛けた美男子の
「それもそうですね」
「もう! トーマも準も茶化さないでよ!」
楽しげに鼻歌を歌っていた小雪が、二人の茶化しに頬を膨らませながら振り返る。
「ふふ、すいません小雪」
「お前があまりにも嬉しそうだったからな」
「ユーキだけじゃなくて二人がまた前みたいに遊んでくれるようになったのも理由だもん。けど二人とも、お父さん達が怪我したってお母さんから聞いたけど、大丈夫なの?」
小雪はあの嵐の日より、病院で自分に良くしてくれていた榊原さんの養子として一緒に暮らしていた。虐待の事実が発覚して小雪の母が親権を失った為である。
「ええ。むしろ物事が良い方に向かっています」
「そうだな。ま、二人とも働き過ぎだ。病院の運営は小雪のお袋さんがいれば問題ないし。二人には暫く休んで貰って、色々見詰め直して欲しいね。特に今までの生活」
冬馬と準の父親は冬馬の実家である葵紋病院の院長と副院長を務めていたが、数日前に事故で大怪我を負った為、今は別の病院で療養している。
というのが世間の建前で、実は二人は裏で違法な行いをしていた。
そのとばっちりは息子の二人にも及んでいて、もう少しで二人も親同様の後戻りできない立場になりかけていた。
そんな折、父親達が武士道プランの為に川神市のクリーン化を行っていた九鬼家の網に引っ掛かり、粛清された。二人にとってはまさに幸運だった。
しかし葵紋病院は川神市でも地元の信頼がもっとも厚い有名な大病院なため、入院患者等の事もあるので、表向きには交通事故という扱いとなり、病院関係者及び患者達は真実を知らない。今も彼らは院長らがいつ戻っても平気なように誠実に仕事を行っている。
そして小雪もまた二人が悪事に手を染めていたことを知らない。
二人が意図的に隠し通していたからだ。
二人にとって小雪は妹のように大切な家族だった。
故に関わらせたくなかった為に、ここ最近は付き合いが悪くなっていた。
「けどさユキ、今度はお前が付き合い悪くなると思うぞ。なんせ意中の男が帰ってくるんだ。アタックするんだろ?」
「ええ!? そ、そりゃ僕もユーキとそういう仲になれたらいいなーとは思うけど、二人のことも大事だよ!」
「ふふ分かっていますよユキ。けれど私達に気を使わなくていいですよ。私達二人はユキの恋を応援すると決めていますから」
「ありがとう二人とも……うん、僕頑張る!」
ユーキは僕を助けてくれた。優しくしてくれた。だから、今度は僕がユーキを助けてあげて、優しくしてあげるんだ!
小雪は空を仰いでこれまでの事を思い出す。
あの嵐の日、小雪の母親の小雪への虐待は度を越えていて、最悪死んでしまいかねないものだった。
殺される。そう考えた時に小雪の頭に過ぎったのは、自分に手を差し伸べてくれた優季だった。
優季に会えなくなる。その恐怖が、小雪に母の元から『逃げる』という選択肢を選ばせた。
結果、今小雪は幸せな日常を送っている。
そして今度は、自分が大切な人を守れるようになりたいと願うようになり、テコンドーで身体を鍛え、幼馴染の二人と一緒に勉強会を開いたりして学力も鍛え続けている。
気づけは色白な肌や白髪の印象を裏切る健康優良児となっていた。
そんな風にいつものように三人で登校していると、後ろから車輪の音と共に、聞き慣れた大きな笑い声が響いた。
「フハーハハハ! ヒーローの御出ましである! 止めよあずみ!」
「はい!
三人の傍で人力車が止まる。人力車を引いていたのはメイド姿をした髪の短い女性。
彼女の名は
本来は序列10位だが、九鬼での若手育成方針の為に1位に繰り上げとなり、現在は従者部隊の総轄を執り行ってもいる。
「おはよう諸君。今日も息災のようで何よりだ、我が友冬馬よ」
「ええおはよう御座います。英雄も元気そうで何よりです」
二人は小学校からの友達同士であり、英雄が唯一親友と呼ぶ間柄でもある。
「うむ。近々我にとっても嬉しい事があるのでな、テンション高めである!」
揚羽同様額にバツ印の傷跡を持った長身で派手な金のスーツを着た英雄は、良く通る声で高らかに笑う。
「相変わらず朝からテンションた――」
「何かご意見が☆?」
「いえ、朝から元気って素晴らしいですよね!」
あずみに笑顔で喉元に小太刀を突きつけられた準は慌てて言い訳した。
「それより英雄、何かあったのですか? 朝にこのルートは通らないはずですが?」
「うむ。お前の友人にしてクラスメイトである榊原小雪に、近況の報告をと思ってな」
「もしかしてユーキのこと!」
優季が九鬼で世話になっている事は手紙で知っていた小雪は、英雄の用件が優季の件に違いないと期待する。
「うむ。あ奴は今修行に出ている為、我自らあ奴の川神学園の編入試験の結果を伝えに訪れたというわけだ」
自信に満ちた表情で腕を組んで小雪を見詰める英雄。小雪の方も結果が気になっていたので興奮気味に英雄を見詰める。
「編入試験の結果は……合格だ! 良かったな榊原よ!」
「っ~~!!」
小雪はその場に蹲る。
「やったー! ユーキに会えるー!!」
そして勢いよく飛び跳ねて、これ以上ないといった感じに身体全体を使った喜びを表現する。
その様子に英雄は満足そうに笑い。あずみと準は苦笑し。冬馬は子供を見守るような微笑を浮かべて、小雪を見詰めた。
「それであずみさん、実際優季君とはどのような方なのですか? ユキが言うようにカッコ良くて優しい方でしょうか?」
「あ? あ~まあルックスは普通じゃねえか? 優しいってのは、まあ合ってるかもな。注意とか諭したりってのは見たことあるけど、怒ったトコは見たことねえし」
準は急に砕けた喋り方になったあずみを見ながら『相変わらず凄い変わり身だなあ』と思った。
あずみは英雄に全幅の信頼と同時に恋心を抱いていた。
そのため英雄の前では地を隠している。冬馬達への対応が、本来の彼女の性格だ。
「旅に出てるって、何しに行ってるんだ?」
「揚羽様が気に入っちまってな。今は一ヶ月掛けて世界中にある龍穴巡りとか言う修行をさせられてる」
「へ~世界巡りとは贅沢だねぇ。羨ましい」
「因みに交通手段は基本己の肉体のみな。今からでも参加するか、ハゲ?」
「何そのアメフト漫画のデスマーチの数倍近い拷問!?」
準が驚愕の表情でツッコミを入れる。
「おやおや、どうやら大変なようですね。無事に川神学園に来れるのでしょうか?」
冬馬も珍しく驚いた表情を浮かべる。
「だいじょーぶ! 優季は強くてカッコイイから!」
どこから聞いていたのか、根拠もなく小雪が断言する。
「やれやれ優季も可哀想に、ハードルアゲアゲだぞ」
「そうですね。期待され過ぎるのもプレッシャーになりますからね」
二人は妹分の理想像が高すぎる事に心配しつつ、比較される現実の優季に対して同情した。
◆
『どうかお気をつけてエミルさん』
『ああ。お前のお陰でドイツに帰って部隊と合流する事が出来る。ありがとう優季……その、また会えるといいな』
『ええ。縁があればまた』
優季はヘリで運ばれる女性兵士を見送る。
そして彼女の仲間からお礼にと渡された食料を持って乙女の下に戻る。
「食料ゲットです!」
「うむ。それにしても優季はここ半月で英語は完璧に覚えたな。お陰で食料調達や無用な争いが少なくて済む。お姉ちゃんがご褒美になでなでしてやるぞ」
死活問題だからね!!
乙女に頭を撫でられながら、今日も優季は生きるために日々鍛え続けるのであった。
これで主なメンツ紹介は終了です。
あとは本編で登場する度に紹介していきます。