「あんたらには六月から川神学園に入学して貰うよ」
施設にやって来たマープルさんがみんなを一室に集めると、いつものように小難しい表情で淡々とそう告げた。
九鬼家の従者部隊序列2位のミス・マープル。
星の図書館と呼ばれる程の知識を持ったお婆ちゃんだ。
お年の割りに精力的で今でも九鬼の前線で仕事しているんだから凄い。
「質問がありますマープルさん!」
元気良く挙手する。
「なんだい優季ボーイ?」
「なんで態々二年のこの時期に? もし入学するなら去年か、もしくは二年の始業式からの方が良かったのでは?」
既に四月も半分を過ぎて五月になろうとしていた。
他のみんなも、うんうん。と首を縦に振る。
「優季ボーイ、お前さんが何故この施設で義経達と一緒に鍛錬を積む事が許可されたかは覚えているかい?」
「はい。義経達に一般人の自分と接させる事で、武士道プランの申し子である事の自覚をより強く持たせると共に、一般人である自分が英雄である義経達と過ごす事でどれだけ成績を伸ばせるのかを試す。ですよね?」
お陰で大分強くなれたと思う。両親には本当に感謝してもしたりない。
「ああそうさ。そしてここ数年の経過による五人の実力調査で、これなら本格的に表舞台で始動しても問題ないだろうと、帝様及びあたしとヒュームとクラウディオが太鼓判を押した。それが一年前だ」
「マープル。それなら一年前に川神に行っても良かったんじゃない?」
清楚姉さんが全員の感じた疑問をそのまま口にする。
「そこは大人の事情って奴さ。飛び級扱いで紋様も同時に編入される事になった。いいかい、武士道プランは偉人と共に切磋琢磨することで人々の競争意識を刺激し、より優秀な人材として鍛えて行くという理念で発足されたプランだ。お前達はその代表である事を、今後はより一層自覚して過ごすんだよ」
「それはもう何度も聞いたよマープル」
弁慶が少しだけうんざりしたような顔で溜息を吐く。
与一なんかは物凄く不機嫌な顔をしている。
まあ生まれた時から『他人の為に生きろ』的なこと言われても簡単には受け入れられないよな。
「義経と清楚は兎も角、二人はいまいち身が入っていないからね。注意する時にするのがあたしの主義さ。で、優季ボーイも一緒に川神に編入して貰う。だが、編入テストで川神学園のエリートクラスであるSクラスに入れないようなら、そいつは島に置いて行くからね。特に優季ボーイはしくじれば両親と一緒に海外の方に行って貰うよ」
「あ、やっぱり」
なんか父さんと母さんが『頑張りなさい』って、言っていたから何かあると思えば、なるほどこういうことか。
「その様子だと話は聞いていたみたいだね」
「いえ。両親からはただ『頑張れ』とだけ言われました。なので精一杯頑張らせて貰います」
「私もユウ兄が一緒だと嬉しいね」
「義経もお兄ちゃんが一緒なら緊張しなくて済む」
「ふっ。闇を背負った奴は一箇所にいた方がいい」
「うん。みんな一緒が一番だよね」
「ああもちろん。自分だってみんなと居たいし、何より川神は故郷だからな。絶対に合格してみせるさ!」
何故か全員で円陣を組んで『おー!』と腕を突き出す。
与一もテンションに流されたのか『ふっ』なんて言いながら手を上げている。
「……随分とやる気じゃないか優季ボーイ」
「だってここで悪い成績出したら義経達にも義経達に期待しているマープルさん達にも悪いからね。結果が出るまでは頑張り続ける。そして決して諦めないって、決めているんだ」
そう言ってマープルさんに力強く笑って、だから大丈夫。と伝える。
「……あんたみたいな若者が、もっと多ければねぇ」
「何か言った?」
「いいやなんにも。さ、そうと分かったら一週間後に試験だ。それまでしっかり勉強しな。特に与一と優季ボーイ、この面子じゃ一番成績悪いんだからしっかり勉強するんだよ!」
一瞬何かに憂うような表情をしたマープルさんだったが、すぐにいつもの強気な表情に戻って自分と与一を指差して忠告する。
「うぐっ」
「くっ。これが格差社会の壁という奴か!」
実際に成績が悪いので反論も出来ず、与一と一緒になって顔を青くする。
「だ、大丈夫だ二人共、義経が教えてあげるから」
「私も教えてあげるわ」
「じゃあ私はそんなみんなを眺めつつ川神水でも飲んでいるよ」
「そうだ。言い忘れていたが弁慶、あんた学校じゃあ川神水没収だからね」
「なん……だと……」
弁慶が今迄見たことが無いくらいの絶望の表情でマープルを見詰める。
弁慶は軽く川神水依存症だからなぁ。暫く飲まないと禁断症状を出す。
因みに川神水とはノンアルコールで作られた特別な水で、場酔いするのにもって来いな飲み物だ。決してお酒ではないので間違えないように。
未成年の飲酒ダメ絶対!
「嫌ならそうだねぇ……期末テストでは学年3位までには入って貰おうじゃないか。今の川神二年生の成績とお前さんの成績を比較したところ、その辺りなら確実に狙えるはずさ。お前さんが怠けさへしなければね」
「ちょ、確か
流石にベスト3は厳しすぎると思ってマープルさんに提案する。
「……確かに義経の事を考えると一理あるねぇ。じゃあ優季ボーイの案を採用しようじゃないか。ただし3位以外の場合は川神水は一日三杯までで、学校での飲酒は禁じるよ」
「くっ。それじゃあ余計に飲みたくなってしょうがない。分かった。何がなんでも3位を取らせて貰うよ」
弁慶が神妙な顔で頷く。まあこれで弁慶のモチベーションも保てるだろう。
話はそれだけだよ。と締めて、マープルさんは帰ってしまった。
いや、時計を気にしていたから正確には次の仕事に向かったが正しいか。
「さて、じゃあ自由時間だし、みんなで遊ぶ?」
「ええ!? お兄ちゃん勉強するんじゃないの!」
「いや、勉強はするが別に無理に勉強時間を取る必要も無いだろ? 一日のサイクルに勉強の時間はちゃんと割り振られているんだから。後は予習復習してれば大丈夫さ」
というか普通に義経達に施されている勉強のレベルは高い。
高過ぎて一般人な自分は正直頑張って付いて行くのがやっとだ。
そういう意味ではやる気がなくて成績が悪い与一と違って、リアルに崖っぷちだったりする。
「いやでも……」
「そんな緊張していると、また回答を一個ずらしで書いちゃったりするよ義経」
「べ、弁慶! それは言わない約束だって言っただろう!」
弁慶の暴露に恥かしそうに顔を紅くする義経。
そんな義経を見て可愛いな~と顔を綻ばせる弁慶。
二人とも微笑ましくて可愛いな。
「前から言っているけど、この施設の勉強のレベルは高い。川神のエリートクラスのレベルがどんなもんか分からないが、一般人の立場から言わせて貰えばれば、どんなエリート学校だって楽勝レベルさ」
「そ、そうなの?」
「ああ。驕らず今迄どおりに勉強すれば楽勝さ」
義経を安心させるように頭を優しく撫でる。
「そうそう。義経は心配し過ぎだよ。リラックスリラックス~」
「弁慶はリラックスし過ぎな気がするが、分かった。義経も今迄どおりに頑張る!」
「それじゃあ今日は何しましょうか?」
「大貧民でもやるか?」
なんて感じでいつものように自由時間はみんなで遊んだ。
「さて、やるか」
夜、教科書などを取り出して日課の予習復習を終えた後、以前勉強した過去問をもう一度やり直す。
部屋は狭い一人部屋だ。両親は二人で別の大きな部屋を使っている。
九鬼は英雄でも我侭や贅沢はさせない方針なようで、クローンのみんなも同じ様な一人部屋だ。
事情を聞き終えた両親に、もし自分が川神に戻った場合はどうするのかを尋ねた。
すると二人は一緒に川神には来ないで海外の方に行くらしい。
『お前には川神に戻りたい理由があるだろう? だから私達に気にせずに全力で挑みなさい』
それが二人の答えだった。
本当に、自分は両親に恵まれた。
二人の想いに答えるためにも、可能な限り安全圏まで自分の学力を上げておきたい。
「それに、もしかしたらようやく会えるかもしれないからな」
今でも手紙で連絡を取り合っている二人の幼馴染を思い出す。
写真の付属はダメだが、手紙を出す事自体は許されている。
もちろん内容に義経達の事を書くのも論外だし、中身を従者部隊の人に検められてしまうので他人に読まれる恥かしさもあるが、どうしても『二人の少女』とだけは連絡を取りたかった。
「百代と小雪、他のみんなも元気かなぁ」
うん。それを確認するためにも、試験を頑張らないとな。
他のみんなは本当に無理に勉強時間を作る必要はないが、こっちは油断するとすぐに置いていかれるからな。
その日から夜寝る前に行っている勉強時間を増やして、試験当日まで過ごした。
と言う訳で主人公の現状説明回と武士道プランの説明でした。
若干マープルが原作よりも丸いのは主人公の影響って事で。
因みに主人公も義経達のお陰で、無理に勉強しなくてもSクラスを維持出来る程度の学力はあります。でも周りがそれ以上に優秀なので本人は気付いていないといった状況です。