田中太郎 IN HUNTER×HUNTER(改訂版)   作:まめちゃたろう

6 / 8
第六話 【原作前】

「綺麗だなあ……」

 

 どこまでも続く青い海原、サンサンと降りそそぐ太陽の光が肌を焼く。波は穏やかにさざめき、鼻をうつ塩の匂いは故郷のそれと全く変わりなく郷愁を誘った。

 船尾に腰をかけ水面に足先を垂らす。暖かな地上の空気とは違ってヒンヤリと冷たい。

 遠くから水しぶきの音が聞こえ目をやるとイルカだろうか、大型の海洋生物が水中から飛び上り大きなアーチを作っていた。跳ねた飛沫が光に反射して小さな虹が出来る。

 

「まだ着替えてなかったのですか」

 

 振り返るとウェットスーツを身にまとった師匠が呆れたように俺を見下ろしていた。

 

「師匠……本当に俺も行くんですか?」

「最初からそう言っていたでしょう」

「……本当の本当に?」

「怖がる理由は理解できますが、いい加減諦めなさい」

「うぅ……」

「タローなら出来ますよ」

 

 出来なきゃ死にますもんね。つい漏れそうになった悪態を飲み込み、のろのろと立ち上がる。

 いつもなら嬉しい励ましの言葉も今の俺には何の慰めにもならない。

 更衣室に向かいながら着いてこなければよかったと後悔が頭をもたげた。

 発端は新聞記事。

 

 

――――未知の遺跡が発見された。

 

 

 その記事がでかでかと一面を飾ったのは2週間ほど前だ。

 興味を引かれ読み進めるが大した情報は載っていなかった。

 位置はパドキア領内らしいが詳しいことは不明。唯一、オルレア教授を筆頭にドリームチームが組まれたことが軍部のリークで判明したこと位だ。

 追加情報が待たれる。そう締めくくられていた。

 

「師匠、オルレア教授って知ってます?」

「言語学の重鎮ですよ…………なるほど、これはやっかいですね」

「やっかい?」

 

 記事には遺跡の詳細について何も触れられていないのに、何故そんなことがわかるのだろう。

 疑問が顔に出ていたらしく、師匠は続ける。

 

「軍部のリークとあるでしょう? 通常、遺跡調査に軍の協力など必要ありません。これは暗号解析班が組まれている証拠です」

「暗号?」

「ええ、解読法が不明な古代文字によく使われる手法です。恐らく形態すらわかっていないのでしょう。きっかけが掴めなければ100年はかかりますね」

「そんなに……」

「電話線を抜いておきなさい。僕に飛び火したら面倒です」

 

 乾いた笑いが漏れた。

 師匠曰く、古代文字を学んだのは読めない本を読むためであって、古代文字それ自体には何の興味もないらしい。

 解読方法の確立などやっかい極まる。それが本音のようだ。

 

「そんなことより、今日から本格的に応用を仕込みます。しっかりついてきなさい」

「はい!」

 

 この話題はここで終わり、俺も師匠も日々修行に忙しく、記事のことはすっかり忘れていた。

 そう、ジンさんが再びやってくるまでは……。

 

 部屋一面にガラス片が散らばる。ジンさんはあろうことか窓ガラスを蹴破って侵入してきたのだ。

 

「今日はリーシャンもいるな」

「……ジン、来るなら玄関から入りなさい」

「冗談言うな。死んじまうだろ」

 

 師匠とジンさんのオーラが膨れ上がり、一気にぶつかり合った。

 目にも止まらぬ拳の応酬。趣味のいい調度品が揃えられたダイニングは戦場と化し、壁が抉れ破片が舞う。

 慌てて隅へ避難したが被害は避けられず、次々と襲ってくる残骸を必死にかわす。

 

「師匠! ジンさん! 外でやって下さい!!」

 

 叫んだ途端、うるさいと言わんばかりにジンさんがキャビネットだった物を殴り飛ばした。

 ご丁寧に周まで施して……相変わらず無茶苦茶な人である。

 避けるのは無理だな。そう判断し、足にオーラを集める。

 俺は殴るのが苦手だ。どれだけ力を込めても標的に到達する頃には勢いが弱まってしまう。

 精神的な物だと師匠は言ったけれどすぐに治るはずもなく、代わりに足技を仕込まれた。

 教え通り、軸足でしっかり地を掴み上体を捻って回す。そして踵の精孔を開き、圧縮したオーラを放出し更に加速させて叩き込む。

 

「やった……!」

 

 あっけなく砕け散ったキャビネットに思わずガッツポーズがでた。

 今までこの技を試す相手は師匠だけで、上手くなったと言われてもいまいち実感を持てずにいたのだ。

 俺ってやれば出来る子なんだ……内心、狂喜乱舞していると死角から何かが近づく気配がした。

 またジンさんか。振り向きざまに同じ要領で繰り出した蹴りは宙を切った。

 

「おいおい、危ないな」

「カイト!? 何でこんなとこにいんの?」

「何でって……俺はジンさんの弟子だぞ」

「あ、そっか」

 

 忘れていたわけでは決してないが、以前はジンさん一人だったので今回もそうだと思い込んでいた。

 近況を知らせるメールは交わしていたが、顔を合わせるのはあの時以来だ。

 

「久しぶり。元気だった?」

「ああ、タローも元気そうだな」

「うん。所でさ、アレ止めてきてよ」

「無茶言うな」

「ですよねー……」

 

 喋っている間にもどんどんダイニングは廃墟へと変貌していく。

 

「俺の部屋来ない? もうほっとくしかないよ、アレ」

「だな」

 

 頷いたカイトを連れてベランダから自室に向かう。

 

「ジャポンが好きなのか」

「え?」

「これ、畳だろ?」

「そうだね……」

 

 ジャポンじゃなくて日本だよ。そう言いたい気持ちを押し殺す。

 すっかりこちらに馴染んだ俺だけど、飛ばされた当初は帰りたくて仕方がなかった。

 当り前だ。住み慣れた故郷なのだから。

 探せばあるのかもしれない。帰る方法が。

 でも帰ってどうする? こんな若返った姿で。

 両親はきっと受け入れてくれる。でも、仕事は? 生活は? 家族におんぶにだっこ、今と何も変わらない。いや、問題はこちらより山積みだろう。

 

 7年……7年たてば戸籍上、向こうの俺は死ぬ。

 あまり多くはないけれど貯金は両親の手に渡るだろう。それで許してもらうしかない。

 黙り込んだ俺の肩をカイトが揺すった。

 

「気分でも悪いのか?」

「あ……いや、ごめん。考え事してた」

 

 無理やり笑顔を貼り付け、話題を変える。

 

「……で、師匠に何の用なの?」

「ジンさんがまた遺跡を発見してな。調査の為にチームを組んだはいいが、翻訳担当が匙を投げた」

 

 脳裏に先日読んだ新聞記事が浮かんだ。

 

「もしかしてパドキアの遺跡?」

「何だ、知ってるのか」

「新聞で読んだ。師匠が100年かかるって言ってたよ」

「マートさんがやるなら1年だって聞いたが……」

「マジっすか」

「ああ、マジだ」

 

 流石にそれは過大評価じゃないか? そう思ったが外で仕事をしている師匠を全く知らないので否定できない。

 

「タローも来いよ。今度のはスケールが違う。真っ青な塔が何本もこう……――」

 

 身振り手振りで遺跡の説明を始めたカイトに心が動いた。

 

「師匠が行くなら行ってみたいな」

「大丈夫だ。ジンさんが誘ってマートさんが来なかったことなんてないからな」

「へー……でもさ、アレって誘ってるっていうの?」

「毎回アレだぞ?」

 

 何それ怖い。

 

 

 しばらくして話し合いは終わったらしく、静かになったダイニングを訪れると予想通りというか、予想より凄まじいというか。

 壁はコンクリートが全て失われ鉄骨がむき出しになっている。床も言わずもがなだ。

 ジンさんも師匠も傷だらけで青アザがあちこちにある。

 ていうか、ジンさん。その右腕、折れてやしませんか……。

 カイトの話した通り結局受けることになったのか、争いなどなかったかのようにうち合わせを始めていた。

 

「シャトー夫人、コバルト少将。この2人には必ずオファーを入れて下さい」

「シャトーのばーちゃんはともかく、コバルトはロカリオの軍人じゃねーか」

「根回しはこちらでします」

「ならいいけどよ……。いつ来れる?」

「1か月ってとこですね」

「おせーよ」

「2国に話を通すのですからそれ位は必要です」

「あーもう、めんどくせえ。パドキア軍人おっぱらうから、もうちょい早く来い」

「なら、1週間ですね」

「決まりだな。カイト、戻るぞ」

「はい」

 

 嵐のようにやってきたジンさんは嵐のように去って行った。

 

 

 そして場面は冒頭に戻る。

 よくよく考えればヒントはあったのだ。カイトが言っていたじゃないか……青い塔が何本も立っていると。

 そんな目立つ遺跡が今まで発見されなかったのには深い訳があった。そう、文字通り深い訳が。

 自分のバカさ加減に呆れながら師匠と結びつけられた命綱をじっと見つめる。

 

「水深300mを超えたら全力で堅を展開しなさい。持たないと判断したらロープを2度続けて引っ張ること。いいですね?」

「……はい」

「3回深呼吸をしなさい。3度目でいきますよ」

「了解です」

 

 特別製のゴーグルを装着し、呼吸を繰り返す。最後に大きく吸い込んで肺に空気を貯めこむと同時に甲板を蹴る。

 事前に何度か練習させられたおかげか、スムーズに着水できた。力強くフィンで水を蹴り底へと潜っていく。

 腕につけた深度計を見ながら30mごとに耳抜きを行い、鼓膜を守る。

 150mを過ぎると水圧が強くなり始め、280mを超えたところで耐え切れなくなって師匠の指示よりは早いが堅を展開させると、あれほどきつかった圧迫が消えてなくなった。

 念ってやっぱチートだ。

 

 500mを超えるとそこはもう暗闇の世界。深海魚が放つ僅かな光が見えるくらいで師匠と繋がったロープが無ければ上下すらわからない。

 

――まだか、まだつかないのか。

 

 水深800m。

 どんどん少なくなっていくオーラに焦りが生まれた。酸素を求めて心臓がバクバクがなり立てる。

 水深900m。深度計にヒビが入ってゴミへと変わった。

 もう無理、限界だ。そう思いロープを引こうとした瞬間、ぼんやりと光が見えた。

 

 夏の虫のように懸命に光を目指して水をかく。

 近づけば近づくほど光は強くなり、やがて全貌が現れた。

 

 海底に静かに眠る半球状の遺跡。

 雲一つない青空のような色でサーチライトに照らされキラキラと輝いている。

 まるで宝石みたいだ……そんな陳腐なセリフしか出てこない自分が嫌になるほどの美しさだった。

 素材は岩だろうか、それとも金属か。不思議に思って触れてみると指がずぶりと飲み込まれた。

 

――え……?

 

 慌てて引き抜こうとするが後ろからドンと押され腕までめり込んだ。

 振り返ると遺跡よりも輝いている師匠の笑顔があった。

 

――ちょっ……まっ!

 

 慌てるあまり肺に溜まった空気を吐き出してしまう。反射的に吸い込むがここは海。当然のごとく海水が肺へ流れ込む。

 苦しい所ではない。死ぬ、死んでしまう。

 理性を失って暴れまわる俺を師匠は更に強く押した。

 壁を通り抜けるとそこには海水ではなく、空気で満たされた空間だった。

 

「グハッ……ガフッ……ゲ、ゴッ!」

 

 大地に爪を立て肺に溜まった水を吐き出す。

 生理的な涙が頬を伝い、鼻水が止まらない。

 

「ひでえ顔だな」

「ゴボッ……! ジンざん……?」

「ほら、これ使え」

 

 渡されたタオルで顔を拭い、鼻をかむ。

 いつの間にか隣に来ていた師匠が背中を優しくさすってくれた。

 

「全く、情けないですね」

「師匠のせいじゃないですか!!」

「さて、記憶にありませんね」

「ひでえ!! だいたい師匠はいつもいつも――」

 

 師匠は基本的には優しい。だが、変な所で悪戯心を出すのだ。やってる師匠は楽しいかもしれないが、やられる俺はたまったものではない。

 恨みつらみその他もろもろ、日頃の鬱憤も合わせてぶつけるが師匠はどこ吹く風、涼しい顔をしている。

 

「まあ、そんくらいにしとけ」

「ジンさんは黙ってて下さい。これは師弟の問題です」

「はいはい、わかった、わかった。後にしろ」

「ちょっ! 引っ張んないで下さいよ」

 

 首根っこを掴まれ、いつぞやのようにずるずる引っ張られる。

 動物のような扱いに唇が尖った。

 諦めてされるがまま運ばれていくと砂地に四角い建物が20棟ほど建っていた。

 カイトに聞いてた物と随分違う状況に首を傾げる。

 

「あれが遺跡ですか?」

「お前はバカか。んなわけねーだろ」

 

 疑問を口に出すと叩かれた。理不尽だ。

 

「タロー、円を張りなさい」

「あ、はい」

 

 素直に展開すると地面の下に大きな空洞があった。

 

「地下があるんですか?!」

「ああ、後で見せてやるよ。んであれは宿舎だ」

 

 連れていかれた宿舎はまるで小さな町のようだった。老若男女、様々な人種が行きかい、各所に置かれたベンチや椅子に座って論戦を繰り広げている。

 路地の奥には小さな商店まで用意されていた。開いた口が塞がらない。

 

「ここって海の底の遺跡ですよね?」

「そうですよ、頑張って泳いで来たじゃないですか」

「何でこんなに人がいるんですか?」

「この規模になるとあらゆる学者や発掘スタッフが集められますからね。流石の僕もここまで多いのは初めてですが」

 

 答えになってるような、なってないような……。

 

「1年で謎を解くにはこれくらいやらないとな」

「また無茶を言って」

「俺たちなら出来るさ」

 

 呆気にとられすぎて、軽口を言い合う師匠たちに口を挟む余裕はもうなかった。

 

 

 気付いたら割り当てられた宿舎の部屋でサンドイッチを齧っていた。

 何を言ってるのかわからないと思うが、俺も全くもってわからない。

 混乱しつつも熱いシャワーを浴びて塩を洗い流し、布団にもぐる。

 もう、いいや。明日になったら考えよう。

 思考を放棄して睡魔に身をゆだねた。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、顔合わせがあると師匠に着いていった先にあったのは大きな講堂だった。

 もう驚くだけ損である。そんな達観した気持ちで席につく。

 

「ジン・フリークスだ。遺跡ハンターをやってる。こいつは弟子のカイトだ」

「古書ハンターのリーシャン・マートです。この子は僕の弟子のタローです」

「シャトー・メルバと申します。絵画鑑定が専門ですわ」

「コバルト・ブルーだ。暗号解析が専門だ。これは部下のウイスタリア」

 

 全員そろった所で、ジンさんから次々に立ち上がって自己紹介をしていく。

 最前列に座っているのが呼ばれたメインの人で、後ろに座っているのが弟子か付き人。

 紹介される人とされない人がいるので気になってそっと師匠に小声で確認すると、未熟なうちは紹介しないのが暗黙の了解になっているそうだ。

 俺も未熟だと反論すると、

 

「翻訳者としては未熟ですが、ハンターの弟子としてならそこそこですよ。使えますしね」

 

 そう返され嬉しくなった。

 ハンターの直弟子になるとこうやって仕事に連れまわされ、顔を売るのが一般的なんだそうだ。

 そうやって師匠の人脈を受け取りながら、独自のルートを構築していくらしい。

 

「タローも頑張りなさい」

 

 今回の宿題です。そう言われ頭を抱えた。

 人脈作り……名刺でも作って渡せばいいのだろうか。

 そんなリーマン的思考に囚われているとガタガタと椅子の音が広い講堂内に響いた。

 ボーっとしているうちに顔合わせが終わったらしい。

 辺りを見回して師匠を探すと大勢に取り囲まれていた。これでは近づけない。まるで要塞だ。

 

「師匠ってば人気者……」

「そりゃそうだろ。滅多にこんな場には出てこない人だぞ」

「ふうん、その割にはジンさんは囲まれてないよね」

「ジンさんは呼ばれるんじゃなくて呼ぶ立場だからな」

「なるほど」

 

 どうせ呼びつけたって来ないっていう理由もありそうだけど。

 

「で、カイトは何で俺のとこに?」

「俺たちは雑用係に任命されてるからな」

「……聞いてないんだけど」

「今言っただろ?」

 

 何その論理。破たんしてるよ。

 

 

 

 

 

 

「おーーーーもーーーーいーーーー!!」

「うるせえぞ」

「こんなの軽々運べるカイトがおかしいんだよ!」

「俺は普通だ」

 

 ちょっと普通の意味を辞書で引いてこい。

 背負ったタンクの重量は約10t。俺たちの任務はこのタンクを海上にある船へ運ぶことだ。

 無理だと抵抗してみたのだが無駄だった。

 このパターン何度目だよ、もう疲れたよ……パトラッシュ。

 

 カイト曰く、海中に入れば浮力が働くので重さは大分マシになるらしいがあまり慰めにはならない。

 だって、中身はあれだし。

 そう、ここには沢山の人間がいる。人間がいる以上、食べる物を食べ、出す物を出すのだ。

 つまりあれだ。あれ。バイオ処理されているとはいえ気分のいい物ではない。

 

 足を引きずりながらようやく壁に到着した所でハタと思い立った。

 

「そういや、どうやってこれを船に上げるの?」

 

 クレーンでも使うのだろうか。

 

「ああ、それは簡単だ。まず水面に出たら船の位置を確認する」

 

 当然だな。泳いでいるうちに海流で流されるかもしれないし。

 頷きながら続きを促す。

 

「船の近くまで泳いだら100mくらいまた潜る」

「え?」

「んで、オーラを一気に練って空に飛び上って甲板に着地する」

 

 な、簡単だろ? そう爽やかに笑うカイトを無言でぶん殴った。

 

「何で殴るんだ!」

「世の中の理不尽につい腹が立って」

「意味わかんねーぞ!」

「そりゃカイトにはわかんないさ……」

 

 まあ、ここでカイトを責めても無駄だ。それはわかっている。

 でもこの憤りをぶつけずにはいられなかった。

 きっと俺は悪くない……はず。たぶん、きっと。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。