地噴の帯び手   作:観光

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 親戚まわりきつすぎワロタ。
 明日10時までに投稿できるかわかりません(泣)
 四日中には投稿しますので、一番力をいれた地噴の帯び手1-3/3「憤怒」までしっかり読んでください!


1-2/3 「憤怒」

「君が考えていることもわかるけど? そろそろいいかな?」

 

 恐るべき事実を理解し、暗い表情で黙り込んだクズキに声をかけたのは異能の力を与える紅世の王”地壌(ちじょう)(かく)”だった。

 彼はさっきの話などどうでも良さげな声でそれよりも、と前置きし、

 

「僕たちは? そんな未来のことに悩むべきじゃないよ。今僕たちがしないといけないことは、目の前の裂け目についてだ」

 

 周囲の視線を、目の前に漂う空間の裂け目に向かわせた。

 変わらず、ガラスの罅のような裂け目はそこにぽかんと浮かんでいる。

 裂け目からわずかにもれる何かは紅世に関するものたちに、本能的な違和感——拒絶感を感じさせてくれる。

 

「あの”万華胃(ばんかい)()"の置き土産だよ? 現実への対処を優先すべきだと思うね」

 

 ”地壌の殻”の言うこともはもっともだった。

 今ここでクズキがそれについて悩んでも戻るわけでもない。はっきりいってどうしようもない。もはやクズキが悩む意味はなかった。

 それに気がつくとクズキは裂け目に視線をやって、これからのことを考える。

 過去を変えることは自分にはできない。

 今自分がすべきことはそれが何なのか見定め、全力を尽くすだけだった。

 彼は額の冷や汗を拭い取って面を上げた。

 

「確かに俺もそう思う。だけどどうしてこれがあの”万華胃の咀”が残した置き土産だってわかる」

「……うん? いい顔だ。

 基本的に徒が何か強力な自在法を使ったり、あるいは人を食べたとき、そこには僕たちがどうしても無視できない歪みが微かに残ってしまう。

 ”万華胃の咀”は独特の考えをもつ徒の典型、あの手の徒は協力をしても群れない。君の言う周期的時期なんかも加味した上で、この歪みが”万華胃の咀”の置き土産だって判断したのさ」

 

 ”万華胃の咀”がこれを作ったのか、それとも何らかの理由でできたこれを見つけ”万華胃の咀”が研究をしていたのか。どちらかはわからないが、何かしようとしていたことは間違いないらしい。

 まったく、消えた後も厄介な徒だ。と”剥追(はくはく)(ひょう)”が吐き捨てる。

 

「では実際の対応はどのようにすればよろしいのでしょうか?」

 

 いかに『存在の力』を利用できようとも、穂乃美はまだ紅世に関わって数時間足らずの新米でしかない。

 穂乃美は慎重を期すべき決断を自分で決することはできず、判断を仰ぐ。

 

「塞げるなら塞ぐ。塞げないなら誰も近寄れないように守る。これだけだね」

「……つまり、受け身になれ、と?」

 

 穂乃美の顔にはそれ以外の方法は無いのかと書いてあった。

 彼女は受け身になった勝負の勝ち目が薄いことをよーく知っていたのだ。

 契約者の不満を鋭敏に察した”剥追の雹”は苦笑とともに、鈴の音のような声で騒がしく声を上げた。

 

「基本的にフレイムヘイズなんてものは受け身なものよ! 世界中回って、徒を見つけてからようやく行動できる。そういうもの!」

「そうだね? 基本的にはどこかで待ち伏せたりもしない。フレイムヘイズはいつも行き当たりばったりの受け身だよ」

 

 ”地壌の殻”の同意に穂乃美は、だからフレイムヘイズの損耗率は高いんじゃないのか、とあながち間違いではないことを思った。

 

「ちなみに……ひびを無くす手だてに心当たりはあるのか?」

 

 あきれる穂乃美を横に、クズキが”地壌の殻”の勾玉を二本指でつまんで訪ねる。

 うっ、と詰まった”地壌の殻”に嫌な予感を感じ、

 

「そうだね? 現状は……無理かな?」

 

 ”地壌の殻”の顔が見れていたら、さぞや彼の頬は引きつっていただろう。

 前者は希望的考えであり、残りの近づけなくする策を取るということなのだろう。しばらくの間ここから離れられない、とクズキは判断した。

 自分が来たときひびはすぐになくなったらしいがこれはどうなのだろうか? ”万華胃の咀”が維持していたものであって、すぐに消えるものだといいのだが。

 

「とりあえず? ここで数日の経過を見て判断するしか無いね。この強烈な違和感に好奇心旺盛な”紅世の徒”が食いつかないわけがないし」

「だろうなぁ……」

 

 クズキが長期戦もありうると覚悟したとき、横にいた穂乃美が顔色を変えた。珍しいことに彼女の顔には若干の憤りに似た色合いが含まれていた。

 彼女はほんの少しだけ頬を膨らませると小声で、

 

「あなた……あの子をどうされるのですか?」

 

 彼女の声は少しだけ弱々しい。 

 穂乃美は今更になって——本当に今更になってだが——自分が死にかけたことを思い出していた。もしあのとき死んでいたら……自分はあの子——自分の息子を残して逝ってしまうところだった。

 穂乃美にとって一番大切な存在はクズキだ。巫女として女として妻として疑うべきもない。だが、女として妻としての穂乃美にとって、子供の存在はクズキにも負けず劣らない。巫女としての立場が無ければ、クズキよりも上にいたのかもしれない。

 そんな我が子を、今。穂乃美は思いっきり抱きしめたかった。

 クズキはそんな穂乃美の内心を——十全にとはいかないが——理解し、自分が子の存在を忘れていたことに恥じた。

 

「そうだな。とりあえず一回家に戻ろう」

 

 自然、クズキの口から帰る旨の言葉がもれた。

 彼は妻が冷たい鉄を思わせるような女でありながら、その実、情に厚く心配性な女であることをよく知っていたからだ。

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさい!」

 

 眼で通じ合う二人の間に焦った声で割り込んだのは”剥迫の雹”だ。

 彼女は清涼感のある声を台無しにする焦りを表していた。

 

「子供? そういえば夫婦なんだよね。これは……まずいかな?」

「まずいにもほどがあるわよ! ああ、確かに夫婦なんだから当然のことだったのよ!」

「子供がいると何かまずいのか?」

 

 二人の焦りの理由がわからず、クズキと穂乃美は揃って首を傾げる。

 彼らに”地壌の殻”は苦々しい口調でこう答えた。

 

「村にいけばわかる」 と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地噴(ちふん)()び手1-2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐沢山から数時間ほど二人は歩いていた。フレイムヘイズになったおかげか、ぶっ続けで歩いても以前ほど疲れなかったことに『存在の力』の万能さを改めて感じながら、二人はようやく見えた村に目元を緩めた。

 クズキの国はクズキの村が次々と周囲の集落を吸収合併することで作られた国であり、領土の中に小規模集落、つまり村が点在する形で成り立っている。そのためクズキの村は国の中心であり、他の村よりも規模が大きい。

 中心にはクズキの住む社とそれを囲むわずかばかりの稲穂畑があり、さらにそれを囲むような円形に住居が配置されている。そして住居を囲むように堀が掘られている。

 堀の外には国の名になった見渡す限りの稲穂畑が広がっている。

 クズキが遠くから見る村の様子は変わりなく、穏やかな生活が見て取れた。

 

 クズキは付き従った村人をみすみす”万華胃の咀”に喰われたしまったことに後悔しながら、それでも顔を上げて村へと歩を進めた。

 国主としての行動の結果だ。うつむいたままなど自分が許せなかった。

 徐々に近くなる村。

 まだ緑色の稲穂が風に揺れる中には何人かの女性が畑をいじっていた。女性たちは麻を織って作られた貫頭衣を着て、長い髪を首元でまとめている。各々が穂畑の手入れをしながら笑顔で井戸端話に花を咲かせている。クズキが連れて行った男たちがいないことを抜けば、なんらいつもと変わらぬ風景だ。

 いなかった留守の間に、こちらも徒に襲われているのではないか? そんな根拠も無い不安が晴れ、クズキは微かに微笑んだ。

 

 クズキと穂乃美は村の出入り口——他国からの侵略を警戒し、周囲には堀があるので、出入り口はこの門しか無い——の前へたどり着くと、恐る恐る村の中へ入っていった。

 

「しばし待たれよ……旅の者よ(・・・・)

 

 クズキたちを出迎えたのは、村にいる一番年老いた老婆だった。四十ばかりか——この時代では驚異的な年齢の彼女は、眉をひそめ、背筋を伸ばし出迎えた。どこか穂乃美に似た鋭い視線の持ち主で、老いを感じさせない眼光がこれでもかといわんばかりに二人に向けられていた。

 

「ここは穂摘の国。旅の者よ、なにようか?」

 

 まるで見知らぬ他人への対応に、隣にいた穂乃美の肩が揺れる。

 あれほど彼女にはお世話になった(・・・・・・・)というのに。

(ああ……本当に、俺たちのこと……忘れてるんだな)

 心に針が刺さるような、そんな痛みが止まらない。

 フレイムヘイズは契約した紅世の王に器を捧げることで生まれる。そして捧げる過程で人だったころの記録のすべてが消えてしまう。あたかも炎が燃え尽きるように。

 親しかった老婆がクズキと穂乃美のことを忘れたのは、水が下に流れることと同じくらい自然なことだった。

 しかし、自然だからといって忘れられられたことが痛みにならないわけではない。

 歯を、噛み締める。

(俺は……まだいい……まだいいんだ……)

 痛みに耐えながら、クズキたちの死角になる場所に配置された村人を察知する。それは不振な人間が村に入ってきたときにどうすべきか、クズキが教えた対処法だった。つまり、

(俺たちがいた事実が消えても、俺が教えたことは残ってる……灯火が消えても残滓は残ってるんだ……)

 

「用、というほどのことでもない」

 

 クズキは自分が残した影響に眼を細めながら一歩進み出る。

 本来クズキは『神の落し子』であり、穂乃美は『巫女』の立場だ。こういった問答のような場ではクズキが直接声をかけるのではなく、穂乃美が間に入ることが普通なのだが……村人に忘れ去られたことがよほど答えたのだろう。穂乃美はするべきと自分に課したことを忘れ、呆然と老婆の眼を見ている。

 

「では、いったいなにを? この村は落穂(おちほ)の神を祭る村であり、同時にこの周囲一体を治める穂摘(ほずみ)の国の中心ぞ。まさかとは思うが……牙を剥く狼か?」

 

 ぎらり。

 そんな音と共に老婆の眼が鋭く光った。

 さすがに穂乃美の先代巫女なだけはある。

 老婆には散々しごかれたこともあってよく知っている。彼女には迂遠な言葉ではなく、直接的な言葉でいくべきだろう。

 

「俺の子を抱きにきた。会わせてもらいたい」

 

 本当なら、クズキは今すぐにでも心の痛みに耐える穂乃美を抱きしめてやりたい。だが、今は……それよりも早く。彼女に愛する我が子を抱きしめさせてやる方がいい。

 その一心でクズキは自分たちを忘れた大切な友人と向き合った。

 

「――――子?」

 

 老婆は首をひねる。今の村は年々食料事情がよくなったことも重なってたくさんの子供がいるが、誰の子とも知れぬ子はいなかったからだ。

 

「我が子、ミツキを。迎えにきたのです」

 

 老婆に忘れ去られたショックに震え、しかしはっきりとした口調で穂乃美が割り込む。

 途端、老婆は眼の色を変えた。

 

「————おのれ! 我らが落穂の神の名を騙るか!?」

 

 大音量の一括。老婆は腰元の剣を高らかに抜いた。

 ミツキとは、国の中心に据えられた場にすむ一人の赤子の名だ。

 ミツキはただの赤子ではない。『神の落し子』の子であり、正真正銘神の血を惹く子供なのだ。その親を名乗るということは、自らを落穂の神と名乗ることにほかならない。信仰深い老婆にとって落穂の神の名をかたる目の前の二人はこの時点で憎き人間となってしまった。クズキたちの言う言葉は事実なのに、だ。

 

 そう、真実なのだ。

 ミツキと呼ばれる赤子は穂乃美の体より生まれ出た紛れも無いクズキと穂乃美の子供である。

 しかし、それを知る者は世界中のどこを探しても二人以外にはいない。

 どれほど二人が子を想おうとも、どれだけ愛していたとしても。赤子すらそのことを知らないのだ。

 それが『器を捧げる』ということだ。

 

「……騙ってなどない。その名こそが俺に他ならない。嘘もなにもない」

 

 厳かにクズキは言葉を紡いだ。

 数年の経験の中で獲得した上位者としての言葉だった。

 

「おのれまだ神の名を騙るか! 氏素性も知れず、神名をたばかるとは! いったいどうして己らに神の子を抱かせられるというのか!」

 

 だが、それを教えたのは他ならぬ老婆である。老婆はふん、と鼻で笑うと剣を掲げ、太陽の輝きを刃に点す。

 

「かの子は我らが逆鱗ぞ! 触れたからには覚悟せよ!」

 

 途端、隠れていた村人が一斉に立ち上がった。

 誰もが手に剣を持ち、顔を怒りに染めている。神の名を偽られたことに強烈な怒気を発していた。

 この時代に置ける神とは実在のものだ。吹きすさぶ嵐に、轟く雷鳴に、打ち据える雹に。解明されぬ不可思議のすべてに人は神を感じる。それがこの時代の常だ。

 だからこそ、それの子供には絶対的な敬意が払われる。彼らの食料に直結する神の子ならばなおさらのことだ。

 村人は赤子に対し、本当に親愛の情と深い敬意を持ち合わせていたのだ。

 ゆえに、その名を謀り、子に何をするかわからないクズキたちに怒りの表情で剣を構える。

 

「不敬千万にもほどがありましょう!」

 

 対して穂乃美がとった行動はまったくもって『神の落し子』を最上位に置く巫女としてふさわしいものだった。

 彼女は老婆のよりも清涼に響き渡る一括と共に大地を強く踏みしめた。

 鈴の音のような清らかさに迫力を付け加えた彼女の声は場の熱気を一気に氷点下まで下げる。

 鼻白む村人たちだったが彼らの怒りはそれほど小さなものではない。雄々しい声を上げた男に引きいられ、戦いの鼓舞を高らかに歌い上げた。

 

「ミツキさまには手出しさせんぞ!」

「あの子は私たちの希望の象徴!」

「一歩たりとも村に入れるものか!」

「守るんだ! 今までのように、これからも!」

 

 わずかとはいえ、畏怖してしまった穂乃美への恐怖を吹き飛ばすように村人は叫ぶ。

 その姿は絶望的な戦争へ共に立ち向かった村人のようで。穂乃美の威圧する顔色の中にわずかな喜色が混じった。例え忘れられ剣を向けられようとも、そこには確かに夫と共に愛した仲間がいたからだ。

 

「……っ!」

 

 けれど、それでも。

 『神の落し子』に剣を向けることは許されない。

 穂乃美は食いしばって仲間たちと向かい合った。

 

「もう一度だけ言いましょう。ひけ、ひけ——退け! この方こそが落穂の神であるぞ! その心が(まこと)を感じるならば! ——剣の向ける先を自ら選べ!」

 

 途端。

 穂乃美が踏み締めた足元から青墨色の炎が噴き出した。炎は片手ほどの距離まで来るとその温度を逆転し、雹粒となって穂乃美の周囲を取り巻いた。

 

「なんとっ!」

 

 老婆の慄く声が跳びかからんとする村人の足を止めた。

 ごく普通の村人たちの前には雹を自在に操る超常の女が一人。神の身業をもって村人に相対していた。

 怒りを忘れ、息をのむ村人たち。しかしその表情はすぐに怒りの色に再び染め上げられた。

 

「おのれ! やはり女は悪神の類であったか!」

 

 そも雹とは空から落ちてくる氷である。

 大きいものになればその衝撃はすさまじく、人に当たれば死ぬことすらあるれっきとした災害の一種だ。

 では小さい雹ならば恐ろしくないのか。そうではない。小さくともれっきとした災害である雹は農作物に多大な影響を与える。雹事態の温度による冷却や、落下の衝撃による穂への影響。あげればきりなく、それゆえに稲穂を神にささげ、稲穂を中心に食し、また稲穂を尊ぶ国である穂摘の国にとって雹とは最大の敵である。

 それを操る者が現れたとあっては目の敵にするのは当然のことであった。

 常の穂乃美であれば目の敵にされることは予想できただろう。だが今はフレイムヘイズになる異常事態、子供の心配、仲間からの敵意、と心身を乱すことが重なっていた。それを考えてみれば今の穂乃美に雹の影響を予想しろというのは酷なものだろう。

 

 威嚇のために力を見せた穂乃美の思惑を外れ、場は引っ込みのつかぬ事態に成っていた。

 じりじりと村人が輪を縮めるなか、なるべく傷つけたくないと思いつつも覚悟を決め始めた穂乃美と村人たち……両者が息を潜め共に踏み出す——

 

「——待てぇいっ!」

 

 ——前に。

 大太鼓のごとし轟音が場を止めた。

 声を上げたのは穂乃美の喋りから黙っていたクズキである。

 

「その女は俺に下され巫女と成った。落穂の神が保証しよう。我が巫女に害はない!」

「なにぉ——? まだ私たちを謀ろうというのか!?」

 

 クズキは穂乃美の前に出て彼女を一歩下げると、穂乃美は心得たように膝をついた。

 怪しむ老婆の前に右手を突き出す。

 そしてなるべく偉そうに聞こえるよう腹に力を込めながら口を開いた。

 

「待て。お前たちが怪しむのも無理はない。が、少し話を聞け」

「なにを。ものども——」

「お前たちが! ……俺を怪しむのは俺が落穂の神でないと思っているからだろう。だが違う。俺はまこと、まことに落穂の神であるぞ」

「——たわけたことを! いったいお前の何が落穂の神だというのか!」

「では聞こう! なにをすれば落穂の神であるというのか!」

「それは——っ!」

 

 クズキの問いに老婆が断言しようと口を開き、その口を開けたまま固まった。

 それは彼女自身が問いに答えられなかったからだ。

 本来であれば断言できるはずのことだ。老婆は先代の巫女である。むしろ答えられなければならない。——だというのに。老婆はそれを断言することができなかった。

 

 なぜか?

 答えは単純である。

 

 落穂の神は紅世にその器を捧げ、すでにその存在がないからだ。

 

 そもそも落穂の神とはなんなのか。

 それは人間だったころのクズキに他ならない。

 元々クズキは『神の落し子』であるがその父がどんな神なのか定義され、神との血縁関係があるわけではない。ただ神々にしか起こせない奇跡から現れたために『神の落し子』と呼ばれていた。

 だから実際にはクズキは神ではない。正確にいうなら『神からの贈り物』だ。

 けれどそうとは呼ばれなかった。それはこの時代の人間からすれば厳密な事実関係が必要ないかったからだ。

 

 ——神の落とし物だし、優れた技術や考えをもたらしてくれた。戦争にも勝たせてくれた。豊かにしてくれた。ああ、この人はまるで神様みたいな人だ。いや、神様なんだ。

 

 冗談のような本当の話。

 クズキはこのような思考の推移をへて神様としてあがめられる立場になった。

 

 そして老婆が落穂の神の詳細を言えなかったのはここに理由がある。

 落穂の神という存在には落穂の神という『概念』と落穂の神である『クズキ』という二つの情報から成り立っている。

 『概念』は実りをもたらしてくれる神様。自分たちの国の象徴という意味合い、あるいは考え方であり、

 『クズキ』は本人を意味しており、落穂の神の姿や特徴はこちらの情報が保有している。

 

 だがクズキという存在が世界から欠けたことで、具体性のない落穂の神の『概念』だけが残った。

 ゆえに老婆は「なにをもって落穂の神とするのか」という質問に対し答えられなかったのだ。老婆の知る落穂の神が「象徴であり、実りをもたらす神」という非常にあやふやなものでしかなかったがために。

 

 老婆が口を開閉する様に村人たちが訝しげな表情を取った。そして自分たちも具体的なことを言えないことに気がつき、なんとも言えない苦みを噛み潰したような顔で、お互いを見合った。

 村人たちの間にできた奇妙な間。

 クズキは彼らが自分たちの記憶の欠落に戸惑うであろうことを知っていた。この奇妙な間をクズキは狙っていたのだ。

 クズキは村人たちが何らかの答えを出す前に左手を空に掲げ、叫んだ。

 

「————見よ! これこそが落穂の神の御技である!」

 

 脳裏にイメージするのは輝く太陽。

 クズキは自らの意思総体から『存在の力』のわずかばかりをくみ上げ、空に放出する。

 それは瞬く間に炎の形となり、空で球となって辺りを黄金に照らした。

 

「……おぉ……っ!」

 

 村人たちから感嘆の息がもれる。

 その光は空に浮かぶ太陽よりもずっと煌めいて人々の眼を引きつけた。

 それはまぎれもなく第二の太陽だった。

 光極の輝きは波のように村人の体を震わせ、内包する莫大な存在の力を否応無しに伝えてくる。

 太陽にも負けぬそれは、妖術だ呪術だとケチのつけられぬ、紛れも無い神の力のように村人たちは感じた。

 

「この光こそ、稲穂へと恵みをもたらす黄金の光。

 これこそがなによりの証拠だ」

 

 クズキは内心に不安を抱えながら、表にはぴくりとも出さず、小さな声でつぶやいた。

 そこの言葉を皮切りに、まず周囲にいた女が跪く。

 女たちは宝石に勝る黄金の炎と、無意識に感じた存在の力の圧迫感に、彼を神と認めたのだ。

 続いて男たちが膝をつき、最後に老婆もまた膝を屈した。

 そして老婆がゆっくりとその頭をたれると、周囲もまた、頭を下げる。

 

 クズキの頭上にある黄金の太陽はその輝きをもって「クズキこそが落穂の神である」ことを認めさせたのだった。

 村の中に静寂が満ちる。

 誰もがクズキの次の言葉を待っていた。

 

 クズキは全員を見渡し、口を開く——前に、村の奥から声が聞こえた。

 赤子の声だった。

 それは精一杯の自己主張の泣き声だった。

 見てほしい。助けてほしい。そばにいてほしい。

 言葉の話せない赤子の精一杯の言葉が、泣き声となって村に響いたのだ。

 

 それを耳にした途端。

 穂乃美の体が反応するのをクズキは横目にする。

 駆け出したい気持ちを必死で抑える穂乃美に、クズキが小さく頷く。

 

 途端。

 穂乃美は顔色を変えて走り出した。

 その声を穂乃美が聞き間違えることはない。クズキとの間に授かった子供の声だった。

 本来ならばクズキの後ろに控え続けるべきだとわかっていて、いても立ってもいられない。穂乃美は社の中で一人泣く子供の元へと走り出した。

 

 肩で息を切りながら穂乃美が社へと踏み入れた時、そこには以前と変わらない子供の姿があった。

 まだ生まれて一年ばかりの小さな赤子は穂乃美の姿を視界に納めると、より大声で泣き始める。

 数日ぶりにみる子供の姿に呆然としていた穂乃美はその声によろよろと弱々しい足取りで近づき、そっと赤子を抱きしめる。

 赤子は変わらずじんわりと暖かい。

 変わってしまった自分の、変わらない我が子の姿。ほとほとと彼女の頬に涙がこぼれる。

 

「ごめんね……ごめんね、ずっと一人にさせて……っ」

 

 ただ数日、子供を一人にさせてしまったことではない。

 すでに器を捧げた穂乃美はもう、この世にいなかったことになっている。

 故に、穂乃美の子供は天涯孤独になってしまったのだ。

 目の前に両親がいても。

 精一杯に愛を注がれようとも。

 子供が孤独になったことには変わらない。血の脈絡は露と消えたのだ。

 穂乃美はその事実を村人に忘れられることで実感し、子供に寂しい想いをさせることに涙が止まらなかった。

 彼女にとって子供とは、宝以上に大切なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは日ノ本より遠く離れた大陸の奥地。黄河上流の深い山奥の村だった。

 年の三割を深い霧に包まれるその村は今日も変わらず霧の中にあった。

 まばらに簡素で一部屋しか無い部屋が四十ほど作られた村には、今日も狩ってきた獲物や野菜、山の恵みが干され、すこし外れた場所では土器を焼く煙が空へあがっている。

 山奥にある村としては破格の規模といってもいい。

 ちょうど村がある周囲の山では銅が取れ、また運ぶ為の川も近く、多くの人と金が集まるからだ。村は山奥とは思えないほど活気に満ちた村だった。

 ただ、一つ。いつもと違うことがある。

 それは村の中心に小高い山があることだ。

 心清き者はそれを見て眼を背けるだろう。汚濁にまみれた者はそれをゴミ山と称すだろう。なにせその小山は無造作に積み重ねられた人の死骸で作られていたからだ。

 

 小山——と称すこともはばかれるもの——の頂点、そこには一人の女が座している。立てた膝に肘を乗せ、頬杖をつく姿は一見すると粗暴な印象を与えてくる。

 少しばかり女と称すに躊躇われる風貌をことさらに強調するのは、背部からでもわかるほどに鍛え抜かれた体だ。

 男にはない女の柔らかさなど欠片も無い。

 女らしい細い腕であっても、ついた筋肉は鋼と見まごうばかりにしなやかなで、豹のような鋭い印象を見る者に与える。

 

「まったくよぉ……どいつもこいつも……」

 

 彼女——紅世の徒”業剛(ごうごう)因無(いんむ)”は口の中の物を吐き捨てた。

 飢えた獅子のたてがみを思わせる金髪をがしがしと指でかき回し、不規則に膝をゆらしている。彼女はひどく不機嫌だった。

 ぺっと吐き捨てた物が軽快な音とともに小山から転がり落ちる。人間ではない彼女の吐き出したものは、無論何かの食べ残しなどという生易しいものではない。転がるそれ——人の指は小山の一番下まで落ちると、頂点に座る女を眺めていた女性の足にぶつかった。

 

 粗野な獅子のような"業剛(ごうごう)因無(いんむ)"とは正反対に、下から眺める女性は妖艶な女だった。瑞々しく張りのある肌と、肉感溢れる体型、しゃぶり付きたくなるような潤んだ瞳は異性の情欲を誘ってやまない。

 婦人用の上下服の繋がった衣類——現代で言うところのワンピース——に身を包み、唇には(べに)をさしている。この時期の中国にはまずあり得ないベニバナの口紅は、彼女の表情をいっそう艶やかなものにしている。

 蠱惑的、あるいは艶然とした女。それが紅世の徒——”兎孤(うこ)稜求(りょうきゅう)”である。

 

「まったく。どうせこうなるなら食べちゃえばよかったのに」

「あ゛ぁ?」

 

 ”兎孤(うこ)稜求(りょうきゅう)”はどことなく呆れた顔で艶やのあるため息を吐いた。

 返答に威圧感のある視線を返す”業剛因無”に”兎孤の稜求”はやはり呆れた視線を向ける。

 

「だってそうでしょう? どうせ殺しちゃうのなら『存在の力』に変えちゃえば良かったのよ。そっちのほうが無駄がないし、楽じゃない」

 

 ”兎孤の稜求”の言うことはもっともである。

 徒にとって人間を殺す、ということにたいした価値はない。何の力も地位もない人間をいくら殺して山を作ろうが、そんなことは弱い徒にもできることであり、誇れることではない。

 むしろそんな手間をかけるくらいならば、さっさと存在の力に変換し食事を終えてしまった方が楽で、自分がやりたいことをする時間も増えるというものだ。

 対する”業剛因無(ごうごういんむ)”は足下の人から腕を引きちぎり、苛立たしげにその肉を喰いちぎった。

 

「だってよぉ……こいつらときたらさぁ……私に向かって「なんて姿だ。近くに川があるから清めてくるといい」、なんて言うんだぜ? 私は頭にきちまって、思わず皆殺しにしちまったよ」

「……たぶんそれは村人の善意よ。旅人を心配してくれる人だったんでしょうね」

「そうかぁ……あの優しげで「もう大丈夫だよ」なんて顔に書いてあるようなやつらだぞ? あれは絶対心の底で私のことを哀れんでた。

 あーもう! 思い出したらまたイライラしてきた!」

 

 まったく相も変わらずすぐに苛立ちを募らせる徒だ、と”兎孤の稜求”は嘆息した。

 無論、徒の本質——あるいは行動指針が簡単に変わることなど、めったに無い。”兎孤の稜求”もわかってはいる。しかし”業剛因無”だけはささっと本質を変化させてほしいと思ってしまう。

 なにせ彼女の真名は”業剛因無”。『業』は制御できない感情(いかり)を、『剛』は強烈な剛力を、『因無』は物事の原因がないことを表す。つまり彼女の真名は『怒りにまかせ理由無く振るわれる剛力』という意味なのだ。

 真名はその徒の本質を表している。”業剛因無”はその典型だ。近くにいる”兎孤の稜求”には危なっかしくて仕方ない。

 実際、”業剛因無”は我慢が効かなくなったのか、手に持っていた死体の一部を放り投げ、思いっきり振りかぶった左腕を死体の山に打ち付けた。

 途端。

 山が爆発したように弾け、死体がばらばらと空に打ち上げられた。強力な腕力で死体の山を吹き飛ばしたのだ。

 衝撃で粉々になった死骸が雨のように落ちてくる。これがただの八つ当たりなのだから厄介きわまりない。"兎孤(うこ)稜求(りょうきゅう)"が不快に眼を細める。

 

「ちょっと。私の近くで暴れないでちょうだい。当たったらどうするのよ」

 

 ”兎孤の稜求”に対する返答は無言で拳を振り下ろすことだった。

 再び爆音と共に大地が揺れる。恐るべきことに”業剛因無”の拳は一撃で小山を吹き飛ばし、二撃目で大地に大きな傷跡を作り出していた。

 

 それだけの光景を作り出しても、情動が収まらぬのだろう。物に当たるように"業剛因無"は大地を連打する。

 噴火のように土砂が舞い上がること十数回。深いクレーターの中心で”業剛因無”は顔を真っ赤にして荒い息を吐いた。

 

 ”兎孤の稜求"は落ち着いた?と口に出す寸前で言葉を飲み込んだ。何かにつけてキレる”業剛因無”に落ち着いた、と聞くことが禁句なことを思い出したからだ。

 しばし言葉を選び、”兎孤の稜求”は本題を切り出すことにした。

 

「”万華胃の咀”を覚えているかしら?」

「……あの裏切りもんがどうしたぁ?」

 

 人の話を聞かない”業剛因無”も流石に”万華胃の咀(旧友)”の話となると反応せずにはいられない。仲間に向けるものとは思えない鋭い視線が"兎孤の稜求”に向けられる。

 

「あれからも一定期間おきに私が連絡をしていたのは知っているでしょう? つい最近、向こうから返答があったのよ」

「へぇ……なんて?」

 

 落ち着いたように聞こえる”業剛因無”の声を嵐の前の静けさと自分に言い聞かせ、”兎孤の稜求”は”万華胃の咀”の言葉を告げた。

 

「『見つけた。救援もとむ』、ですって」

「————あのミミズやろおおぉぉぉぉ!! 裏切っておいて助けてだぁ!? ぶっ殺されてぇのかぁぁ!!」

 

 特大の衝撃が大地を揺さぶった。

 噛み砕かんばかりに噛み締めた歯がたてる音に”兎孤の稜求”が眉を細める。お世辞にも彼女の歯ぎしりの音は優雅ではない。

 

「別に悪い話でもないでしょう。百年以上探してきてようやく『見つけた』のよ? それでいいじゃない」

「ああ、そうだなぁ。そりゃ確かにいいさ。でもよぉ……? あのミミズは私たちを裏切ったんだ……だったらよぉ、それ相応に痛めつけて、叩き潰して。グッチャグチャになるまで殴られるのが筋ってもんだろぉ? なぁ……ぁ?」

「……そうね。わかったわ。あなたの好きにしなさい」

「それで、あのミミズはどこにいるんだ……ぁ。おい」

 

 ”業剛因無”の舌打ちに、”兎孤の稜求”は下唇を湿らせて、ちょうど昇り始めた日を指差した。

 

「ここから日の昇る方角。海をわたった先の島国に”万華胃(ばんかいの)()”はいるわ」

 

 まばゆいばかりの太陽を忌々しげに手で遮りながら東を見つめる。

 ”業剛因無”も聞いたことがある。確か日の(いずる)麓には巨大な島があり、そこにも何らかの国があるとかないとか。

 ”兎孤の稜求”は基本的に戦闘のできない徒だ。ほとんど戦闘能力をもっていない。しかし彼女は強大な”紅世の王”の一角。戦闘能力の代わりに多数の補助的『自在法』を保有していた。その中の一つが、特定の人間あるいは徒の位置を把握する『ヒロイの(せい)』である。

 この広い世界、はぐれればそれこそ一生会わないこともある。連絡を取り合うことも、位置を知ることも一苦労だ。だが”兎孤の稜求”の自在法があれば、かなり楽に連絡が取り合える。さすがに遠く離れすぎると精度が落ちるらしいが……”業剛因無”は過去の実績から、”兎孤の稜求”の自在法を信頼していた。

 

「へぇ……そうかい」

 

(あと少し(・・)であの憎たらしい”万華胃の咀”の顔面をぶっつぶせる……!!)

 位置を断言したのだからそれほど遠くないのだと”業剛因無”は踏んだ。胸が沸き立つのをまったくもって止められない。

(あと少し、あと少しだ……! くかかかっ! ああぁ、楽しみだ——)

 ”業剛因無”は頭の中の旧友を血だるまにした光景にほくそ笑みながら、「それで……距離は?」と、何気なく距離を聞いた。

 すると”兎孤の稜求”は何気なく距離を取りながら、これまたさりげなく言った。

 

 

「そうね。全部で三ヶ月くらいかしら」

 

 

 ”業剛因無”の怒りが爆発したのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ最近、穂乃美の機嫌がいい。

 近況を振り返って、クズキが最初に思いつくことがそれだった。

 

「しっかしまた、なんでだろうな?」

「さぁ? 僕に聞かれてもねぇ」

 

 契約者の独り言に、右耳の勾玉から声が上がる。ここ最近、クズキの独り言に一言入れるのが二人の日常だっだ。

 ”地壌(ちじょう)(かく)”の声に、クズキはあぐらの足を組み替える。

 ずいぶんと長く神社の広間であぐらをかいていた。作られたばかりの木の香りが充満した神社の中で、クズキは妻のご機嫌の理由を考える。

 

 あれから三ヶ月が過ぎていた。

 この三ヶ月はフレイムヘイズの基本を学びながら、再び国主として精力的に動く三ヶ月だった。光陰矢の如し。クズキにとってまさにあっという間の三ヶ月だった。

 

 その理由は二つある。

 一つはクズキという国主の存在が世界から欠けてしまったため、今まで治めていた国が次々と反旗を翻したことが挙げられる。

 男たちが”万華胃の咀”に喰われ国力は低下し、周囲国にとって落穂の国の中枢はまさにカモだった。すぐに大規模な反乱になることが予想され、クズキたちはこれに多いに慌て、対処することになった。

 

 本来、フレイムヘイズは人の世に関わることを極力避けなければならない。原作の知識からクズキはそう思っていたし、彼と契約した”地壌の殻”も穂乃美と契約した”剥迫の雹”もそう思っていた。

 がしかし、目の前で自分たちが築き上げてきた国が戦火の中心となるとわかっていれば、止めたいと思うのも人情というもの。

 最大で数万規模の人間が死傷してしまう。戦いを止めるためクズキと穂乃美は契約者に何度も頭を下げ、これに介入することにしたのだ。

 

 最終的に、クズキたちは戦争を止めることができた。

 それはもういろいろとあった、涙無しには語れぬこともあった。本の一冊でもできてしまうのではないかというくらいあった。のだが、ここでは詳しくは語らない。

 

 そして現在。

 すったもんだの末、クズキは国の神として逗留することとなっていた。

 

 本来はこれもいけないことではあるのだが、理由がある。

 それは東の山にできた亀裂を——”万華胃の咀”が残した異物がいっこうに消えなかったため——長期にわたって監視する必要があると判断したからだ。

 そのため、監視するための拠点が必要となった。

 クズキは国の神となって、東の山——唐沢山の麓に町を作り、これを拠点としたのだ。神として崇められたのはその対価のようなものだ。

 それに付け加え、数万の人的資源を動員できるので、いろいろと都合もいい。クズキたちフレイムヘイズ一行はそう判断した。

 

 クズキは神。

 穂乃美はクズキに降された元神、現巫女。

 これがクズキたちの今の立場だ。

 変わったのは穂乃美もまた神の一柱に数えられていることくらいだろう。

 

「しっかし……本当に理由がわからないんだ……」

 

 その穂乃美だが。

 クズキが唐沢山の麓に居を構え、しばらく立った頃からやけに機嫌が良かった。

 それまではいつものように鋭い眼で麓の村を作る指揮をしていたというのに、ある日を境に目元はゆるみ、言動は柔らかくなった。ここまで機嫌が良いのはなかなか無い。

 これほどとなると、それこそ結婚式の夜や子供の顔を初めて見た日くらいか。長期間という括りでは間違いなく無い。

 

 彼女がここまで幸せそうにしているのだから、多分自分がなにかしたのだろう。……というのはわかる。うぬぼれかもしれないが、まぁ、そこは間違いないだろう。一瞬たりとも間男と考えないのがクズキと穂乃美の間柄である。

 

 しかしトンと覚えがない。

 一体自分は何をしたのだろうか。てんでわからないのでクズキは新たな自分の半身に相談してみた。

 が、”地壌の殻”はこれに関してはまったく興味無さげにこう答えた。

 

「一応言っておくけれどね? 相談する相手、間違えてるよ」と。

 

 いかにも自分は関係ない、と言葉の端に含める”地壌の殻”にクズキはむっとして、

 

「そんな言い方無いだろう。ただ俺が手詰まりだったからちょっと意見を聞きたかっただけだろう」

「まず言っておくけどね? 基本的に君と同じときにしか彼女と会話していないんだよ。なにせ僕は君の右耳で揺れてる勾玉なんだから」

「それでも思うところとか、意見とかあるだろ。そういうのが聞きたいんだ」

 

 はぁ、と”地壌の殻”はため息をはく。

 

「だって考えてもみなよ? かれこれ数年も夫婦なんだろう? 僕よりもよっぽど答えに近いと思うけどね」

「だからー、そういうことじゃなくてな。他人の視点と言うか……なんというか。そういうのがほしいわけだ」

「よしんば他人の意見が欲しいとするよ? それでも僕に聞くのは遠回りをしていると言わざる終えないだろうね。

 僕は君を介しての三ヶ月間しか一緒にいないんだ。一対一で腹を割って話したこともなければ、愚痴を聞いたことだって無い。そんな僕に相談するのは……そうだね。他国の言葉で言うところの——ナンセンスってやつだ」

 

 わざわざ遠い他国の言葉を使う辺り、よっぽど呆れているらしい。

 まったく協力する気のない”地壌の殻”の声に頬を引きつらせながらも「ああ、確かにこいつに相談したのは間違ってたな」とクズキは反省した。

(……二度とこの手のことで相談しねーからな!)

 心の中で半身に対するものとは思えない決意を表明するクズキ。彼に気づかず、”地壌の殻”は口を止めない。それどころか機嫌良さげに右耳の琥珀がゆらゆら揺れる。

 

「第一に? 僕に聞くくらいなら三ヶ月間どこにいくにも一緒、寝るのも一緒の”剥迫の雹”に聞くべきだね。それが無理なら同性であるあの老婆の巫女に聞くべきだよ。まかり間違っても僕じゃないね

 それにだよ——?」

「それに?」

「機嫌がいいなら正面から聞けばいいじゃないか」

 

 ”地壌の殻”はこともなげにいった。

 実際そうだろう。不機嫌な人に過去を聞くのはこじらせることが多いが、機嫌のいい人間というのは基本的に大らかだ。ましてや『機嫌のいい理由』ならば喜んで話してくれるだろう。

 徒である”地壌の殻”にだってそのくらいのことはわかる。

 

「事はそう単純じゃないんだよ……」

 

 クズキはため息で返答した。

 

「どんな問題があるんだい?」

「この三ヶ月、いろいろあったけど基本的には一発触発の状態だったからな。まぁ”地壌の殻(おまえ)”がわからないのも無理はないか」

 

 クズキはここ三ヶ月の出来事を思い返す。

 そこには怜悧な美貌と鉄のような——あるいは氷柱のような——雰囲気の穂乃美がいた。

 戦争の一歩手前ということであまり個人的な時間は取れなかった。そんな状態では”地壌の殻”が穂乃美の常を鋭い印象で固定してしまっても仕方が無い。

 決して間違っているわけではない。

 意図せずとも穂乃美は常に鋭い雰囲気を纏っている。ある種、それも彼女の側面なのだろう。

 しかしクズキは知っている。

 例えば。穂乃美がその実、甘えることもある柔らかな女性なのだということを。

 例えば。クズキが告白の言葉を覚えていないと知ったとき、彼女がしばらく口も聞かなかったことを。

 例えば。度重なる戦争の中で彼女の両親が死んでしまった時、涙をこぼしたことを。

 例えば。穂乃美は深いキスに一時期はまって、ことあるごとに唇を求めていたことを。

 クズキは穂乃美のたくさんの側面を知っていた。

 

 そう。たくさん知っている。

 知っているからこそ、クズキは穂乃美に面と向かって聞けないのだ。

 なぜか。それは、

 

「あいつ、自分がうれしかったこと覚えてないと……すねるんだよ」

「へぇ……」

 

 気の抜けた声が耳元から溢れた。

 なんだか呆れているような気もするが、クズキは昔のことを思い返す。

 

 それはある夜のことだった。

 子供もいない若き日の夜、することはまぁ新婚の男女とあって俗に言うところの夫婦の営みの時間。まだ覚えたてとあってそれはもうクズキは胸を高鳴らせていた。穂乃美もまた自分を求めるクズキに胸を熱くしていた。雰囲気は完璧だった。行き着くところまでいく空気だった。

 そんな中、いざという時、穂乃美はクズキにしなだれかかり、そっと呟いた。「あの日のことを思い出します。お願いです、どうか。あの日の告白の言葉を、もう一度頂けませんか?」、と。

 クズキは熱っぽい穂乃美の言葉に頷き、耳元で「好きだ……」とささやいた。

 そしてそのまま押し倒し……なぜか眼をぱちくりさせる穂乃美と目が合ってしまう。

 

「あなた……?」

 

 不思議そうな顔でクズキを見つめる穂乃美だったが、次第に顔色を変え、覗き込むように言った。

 

「もしかして……覚えていないのですか?」

 

 穂乃美は恐る恐る問いかけた。

 ……実のところ、クズキは穂乃美にした告白の言葉を覚えていなかった。

 仕方ない、と言うこともできる。なにせ一度だって告白したこともない男だったのだ。それが国一番の美女に告白するとなれば……さらに受け入れてもらって、大好きな人を抱きしめることもできたのだ。興奮のあまり言葉を忘れるのも仕方ない。

 それをクズキはばつの悪い顔をしながら正直に話した。笑い話になると思ったのだ。

 が、自体はまったく違う方向に飛んでいった。

 

 穂乃美はクズキに「命を捧げよ」といわれたら即答で捧げてしまうほど、クズキに尽くす巫女なのだ。正直、「今まで自分がいったことを暗唱してみろ」と命令してみて、穂乃美が実際に過去の言葉すべて暗唱してみても、クズキは驚かない。それほど穂乃美はクズキにすべてを捧げている。

 そんな穂乃美にとって、それがクズキからの告白の言葉となれば……大海のごとし黄金と比して、なお勝るだけの価値があるだろう。

 それをクズキは覚えていなかった。すっかり忘れていたのだ。

 それは穂乃美が情事の雰囲気を吹っ飛ばし、家に帰ってふて寝してしまうのも仕方ない(・・・・)ことだった。

 それから穂乃美は口を聞いてくれず、クズキは思い出せず。

 クズキは告白をやり直すように、幾多の状況を作ってからの告白を繰り返すことになるのだが……

 

 閑話休題。

 

 またあれのようなことをしなければいけないと考えると、背筋が振るえる。

 前回は穂乃美に何度告白しなおしたというのか。六回はやった。どれも違うムードのある状況を作るのにどれだけ頭をひねったことか。

(さすがにあれはもうごめんだ)

 クズキはどうにかして彼女を不機嫌にしないような方法がないか考える。

 

 しかしどうにも浮かばない。黙り込んだ”地壌の殻”も答えてくれない。

(とりあえず、理由は聞かないでおく方向でいくしかないか……理由は気になるけど)

 嘆息をつくクズキ。

 国主としての経験を生かして、その理由には触れないようにしよう。と無駄な覚悟を決める。

 

 するとちょうど良く外から足音が徐々に近づいてきた。

 ずいぶんとご機嫌なのか、弾むようなリズムの足音だ。 

 それは扉の前で止まると声をかけた。頷くと、静かに扉が開く。正座し、深く頭を下げた穂乃美がいた。

 一言、二言挨拶をし、中へと入って、クズキの前で再び正座する。

 彼女は以前のような白の貫頭衣ではなく、深い青——藍色の貫頭衣に身を包んでいた。落穂(おちほ)の巫女としての立場は変わらなかったが、どうやら見ていた者は雹の印象が強かったらしい。友好を持った民に新しく着ている服を奨められたのだ。最初断ったのだが、熱心な奨めと何より今までに無い方法で染められた藍色の服を気に入って、今では巫女の服として採用していた。

 

「ご報告がいくつか。まず第一に——」

 

 彼女の報告を聞きながら、相変わらずその服も似合っているとクズキは内心で褒めていた。こんな美人のお姉さんが俺の嫁さんなんだぜ。

 不機嫌なときの穂乃美であれば、精神のたるみに気がつき鋭い眼を向けてくるのだが、今の穂乃美は「しょうがないわね」と慈母のような瞳でわずかに笑うのだ。

 なんかもう俺、幸せすぎる。クズキもくすくすと笑みをこぼす。

 

「——というように、国内で祭る為の祭りを盛大に行おうという話が……」

「ああ、その件については盛大にやってもらってかまわない。なんなら倉庫の奥の米を放出してもいい。せっかく祝ってくれるっていうんだから、こっちからも何かしないとな」

 

 自然、挙げられる案件への対応も寛容なものになる。

 祭りに貴重な米を——昨年の古いものとはいえ——放出するというのは、他国ならまずやらない大盤振る舞いだ。さすがの穂乃美も少し眼を見開く。貯蔵する米は有事のためにとって置かなければいけない財産なのだ。

 さすがにこの対応は軽率(けいそつ)と思ったのだろう。穂乃美は首を傾げ、「……ずいぶん機嫌が良いのですね」とたずねてきた。

 

 うかつな発言だったか?

 まさかお前が可愛かったからだよ、なんて言えるわけもなく。クズキはごまかしついでに「お前ほどじゃないよ」と澄まし顔で言った。

 

「きゃはは! ほら穂乃美、私の言った通りでしょう?」

 

 オオルリに似た声で”剥迫(はくはく)(ひょう)”が笑う。

 穂乃美はそうでしょうか、とつぶやき、手の甲で頬に数度触れた。

 

「そうよそう。だって最近の穂乃美ってば目元は柔らかいし、一人のときは鼻歌ばかりじゃない。旦那がそう思うのも仕方ないわよ!」

「それはいいこと聞いた。今度穂乃美の歌、聞かせてもらいたいな」

 

 穂乃美の歌なんてクズキも聞いたことがない。わりと本心から言ったのだが、穂乃美は澄ました顔で「機会があれば」と言う。

 

「よし、祭りでお披露目してもらおう」

「はぁ……あなた」

「はは、わかってるわかってる」

 

 下からじと目で穂乃美が念を押す。

 

「歌は歌の専門家に任せるべきだろう。穂乃美にはむしろ祭事の始まりに詩ってもらうべきだしな」

「ええ、もちろん。巫女としての責務でしょう」

 

 穂乃美は当然とばかりに頷いた。

 巫女としての仕事の中に祝詞(のりと)というものがある。これは祝いの言葉、ではなく儀式の最初に神に捧げる言葉だ。他の宗教では神父、僧のように男が読むのが普通だが、落穂の神には女性が行うのが代々のしきたりだった。先代の巫女が言うには女性は生む者であり、落穂の神の権能……つまり穂を生み出すことになぞらえてのことらしい。

 元真面目系学生としては男に詠わせたほうが体裁がいいかな、なんて考えもしたが……まぁぶっちゃけおっさんより美少女に詠ってほしいクズキとしては喜ばしきしきたりなので、特に変えなかった。

 ふと、ここでクズキ。ある方法を思いついた。この詩を利用して妻のご機嫌の理由を探れる方法を、だ。

 

「思い返せば激動の年だったな」

「ええ。子供を育て、新たな社を作り、なにより私たちは人をやめました……激動の年。これはあなたが落ちてきた年に比肩しましょう」

 

 まずは基礎。不自然にならないように鍬でお互いの空気を耕す。

 突発的な話題の提供にも律儀に反応し、穂乃美が思った通りの返しをしてくれたことに内心頬を和らげる。

 

「あのときはあのときで大変だった。けど世界に対する見方の変化は今年の方が上だ。なにせ自分の存在自体がまるっと変わったんだ。穂乃美、どうだろう。これをきっかけに祝詞の中を変えないか?」

「祝詞を、ですか?」

 

 別に祝詞の中身が変わることは珍しいことではない。前年に飢饉があればそれを退ける内容に、洪水があれば雷雲を厭う内容に。あるいはその年が良かったのは神様のお陰ですという感謝の内容に。祝詞はわりとすぐに変えられる。現代ではどうだったのか知らないが、クズキが知る祝詞はそういうものだった。

 だからクズキの言うことも別に変ではない。

 穂乃美もそれに承知したのか断ることなく——そもそも嗜めることはあっても穂乃美に神の言葉に逆らうという選択肢は存在しない——「ではどのような言葉にすべきでしょう」とクズキに問う。

 だからクズキはこう答えた。

 

「その一年であった一番良いことを神に報告する、というのはどうだろう」、と。

 

 うまい。うまいぞ俺! と自分を絶賛するクズキ。

 かつてないほど機嫌がいい穂乃美ならば、この祝詞で話すことは今の機嫌がいい理由になるだろう。

 それとなく穂乃美の機嫌のいい理由を聞くのにこれ以上の方法はあるだろうか、いやない!

 わざわざ反語まで使ってクズキは断言する。

 どう考えてもそれとなく機嫌の理由を聞く方法は他にあるのだが、クズキが思いつく方法はこんなものだった。

 自分の欲望の為に神聖な祝詞を変える落穂の神(クズキ)。日本神話には自分勝手でいい加減な神が多いので、神らしいと言えば神らしい。元現代人だけれど。

 

「一番の良いことを……」

 

 なにか思うところがあったのか、穂乃美はお腹に手を当ててしばし悩んだ。

 

「それは……そうですね、例えば豊作のことを詠えばよろしいのでしょうか?」

「いや、個人的なものでもいい。豊作やらなんやらの儀式はもうある。俺を祭る社の始まりの儀式なんだから、二度手間になるのは避けたい。むしろ縁起を良くする為にも吉報を届ける気持ちで、祝詞を作ってほしい」

「なるほど……」

 

 この時代、縁起をかつぐのは大切だ。

 クズキとしてはそんな迷信どうでもいいとすら思うのだが、民はそういった謂れや縁起を大切にしている。となればクズキも自然、そういったことには気を配る必要があった。

 

「しかし個人事を儀式で詠うのは避けた方がよろしいのでは?」

「いっただろ、吉報って。良かったことを聞けばこっちだっていい気分になる、だろう?」

 

 クズキ、さりげなく次のために一言付け加えておく。

 これで次にこういうことがあっても、「今祝詞を考えるならどんな祝詞にする?」と聞けば一発でわかる。なんという策士……おそるべきは我が頭脳よのぉ……

 などとクズキが自画自賛する中、穂乃美は少しの考慮の後、珍しく目線をさまよわせる。そして何かしらの覚悟を決めたのか目尻を鋭くさせ、背筋を伸ばして胸を張った。空気が冷気のように鋭く張ったのを感じ、クズキもまた姿勢を正す。

 

「では、私のことを一つ、祝詞として祭りの際に詠いましょう」

「それで、内容は?」

 

 動機こそふざけているがこれも国事だ。事前準備なくぶっつけ本番で挑むものではない。国事という大事だからこそ予定調和であるべき。内容の確認は必須なのだ。穂乃美もそれをわかって、内容をはきはきと答える。

 

「はい。私の――」

 

 言いながら穂乃美は膝の上に置かれた手をそっとお腹に当て、数度撫でる。その手は慈愛の心をもった優しい手だった。まるで赤子の頭をなでるような、あまりにも慈しみに満ち満ちたその動きに、クズキはムズ痒い違和感を覚え、次の言葉でその正体を悟った。

 

「――――私のお腹に宿った、新しい命への感謝を。この喜びを。祝詞として捧げたいと考えています」

 

 なるほど。彼女は以前から子供をほしがっていた。それができたとなれば、穂乃美の常にない機嫌の良さ、確かに納得できる。

 だが、

 

「……」

「ほぇ?」

 

 ”地壌(ちじょう)(かく)”は沈黙を、”剥追(はくはく)(ひょう)”は呆けた声でその言葉を受け止めた。

 クズキは思考を止めないように気をつけながら、瞼をふせ、話の続きを促す。

 

「ここのところ、月ものがきていないのです」

「……なんで今まで言わなかった」

「ぬか喜びにしたくなかったのです。ですがもう三月。体調も悪くはありません。悪霊にいたずらされたということもないでしょう。子が、子ができたのです!」

 

 うれしそうに頬を綻ばせて語る穂乃美の声に、クズキはんー、と唸り声を洩らす。穂乃美の熱とは裏腹に重い沈黙が三人の間に存在していた。それに気づかず、穂乃美はたたみかけるように続ける。

 

「生まれる時期は田植えのころになるでしょうか。落穂の神の子としてはいい時期になりましょう。皆も必ず喜びましょう」

 

 黙っていた秘密を打ち明けたからか、喜びが溢れんばかりに穂乃美の笑顔を彩っている。

 祭事だ。良事だ。子供が生まれることは間違いなく善事だ。聞いてみれば穂乃美の機嫌がここまでよくなる理由なんてこのくらいしかない。

 今まで見たことがないくらい機嫌がいい理由がわからない、なんていっていたがなんてことはない。以前にも子供が生まれた時には酷く機嫌がよかったのをクズキが自然と例外にしていただけだ。

 だがクズキにもいい訳がある。自然無意識にその可能性を例外としてしまうわけが。

 なぜなら。フレイムヘイズは――

 

「……地壌の殻」

「……残念だけど?」

「…………剥追のっ」

「ないわ……」

 

 かすかな希望にすがった結果は否定。クズキは穂乃美を前にして頭を抱えてしまう。

 

「あなた……」

 

 ようやく周りの空気に気がついたのか、不安そうな声でクズキを呼ぶ穂乃美。彼女の声色に言うべきなのか、自問してしまう。先延ばしにすべきじゃないのか? そんな逃げが頭の中に浮かんだ。

 

 いいや、だめだ。

 逃げたところでいつかは追いつく。なら今はっきりとすべきだ。真正面から向かい合うべきだ。

 クズキは眼前の穂乃美の手を握り、彼女と目を合わせる。

 

「穂乃美……」

 

 彼女の黒曜石の瞳の中をしっかりと覗き込みながら、子供に言い聞かせるようにはっきり。クズキは言った。

 

「フレイムヘイズに、子供は生まれない」

 

 

 

 

 

 




 明けましておめでとうございます!


 観光

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