「ふ~ん」
「違うぞ。アスナとはすぐそこでたまたま会っただけで、別に他意は無いからな」
面白いものを見た、という体のティンクルさんに間髪入れずに言い訳めいた説明を始めたキリトくん。わたしとしてはティンクルさんに弁明を図っているのも、本当にたまたま会っただけというのも気に入らない。
「いや、別に訊いてないけど」
そう言って、ティンクルさんはくすくす笑う。その笑顔は、わたしとそう大して年齢は変わらないだろうに、大人の魅力に溢れている。
もしキリトくんがこの人のことを好きなんだとしたら、わたしじゃ絶対にティンクルさんには勝てないだろう。そもそも二人が親しいということも、わたしは今日初めて知ったのだ。でも二人の間にある雰囲気は、恋人同士のものという感じではなく……、言うなれば姉弟のそれのように感じる。
「本当はキリトだけでも良かったんだけど、アスナもいるなら心強いよ」
そう言われ、わたしは少し安堵した。相談したいことがあるとこのカフェに呼び出されたのは本来キリトくんだけで、わたしは二人の関係が不安だからという勝手な理由で同席させてもらったからだ。
「で、相談ってのは何なんだ? あんたには世話になりっぱなしだからな……。俺に出来る範囲なら、何でも協力させてもらうけど」
世話になりっぱなしと聞いて、わたしは只々驚き、戦慄した。まさか毎朝ご飯作ってもらってるとかそういう……――
「な、何だよ? アスナ」
「別にー! ……キリトくんってお姉さんタイプが好きなの?」
「はぁ? いきなり何でそんな話に――って、おいアスナ! その汚らわしい物でも見る目つき止めろ!」
「あら? それはキリトくんの被害妄想じゃないの?」
「何を……!!」
「何よ……!!」
「はいはい、そこまで!」
パン!と拍手を打たれ、ヒートアップしかけた空気が霧散する。
「はぁ……二人にここに居てもらっているのは、喧嘩してもらう為じゃないよ?」
「ご、ごめん」
「ごめんなさい……」
一人で勝手に熱くなって……どうしたんだろ、わたし。
「え~と……二人とも良いかな?」
「ああ」
「はい」
「じゃあ、本題に入るけど――二人は、今現在茅場晶彦は、どこで何をしているんだと思う?」
何気ない口調で呟かれたその名前に、わたしは思わず息を呑んだ。
茅場晶彦。このSAOのプログラマーにして、わたし達をこの世界に閉じ込めた張本人。
でも、その名前を誰かの口から聞いたのは、一体いつ以来だろうか。
「……確かに、考えたこともなかったな」
暫し呆然としてから、キリトくんはそう小さく呟いて首を捻る。
「え? そんなのモニターか何かで……それこそ本人が言ったように“鑑賞”しているんじゃないの? この世界を」
そして、わたし達を。
「いや、たぶんそうなんだろうけど――あんたが言いたいのはそういうことじゃないんだろ?」
ティンクルさんはゆっくりと頷く。
「二人とも、おかしな話だと思わない? 実際茅場がモニター越しに僕らを監視しているんだとして――この一年と半年の間ずっと? 一体何処で? ……茅場は僕らと違って“生身の人間”なんだよ? 食べなきゃ死ぬ。でも、一年分の食料を事前に準備できたとも思えないし、絶対に買出しに外出しているはずなんだ。だから少なくとも、監視カメラが張り巡らされた都市部に身を潜めてる、なんてことは有り得ない……。だけど、田舎なら田舎で逆に余所者に敏感だろうし、この規模の“犯罪者”の顔は流石に忘れないと思うから、擦れ違いでもすれば気付くだろうしさ」
確かに、言われてみればおかしな話ではある。
「でも、それなら共犯者でもいるんじゃないですか?」
「いや、身代金でも要求するならともかく、こんな酔狂なことに付き合う人間がいるとは思えないよ」
酔狂。それ以上、茅場晶彦に相応しい言葉はないかもしれない。今まで築き上げてきた地位も名誉も、そして莫大な財産さえも全てを投げ打って茅場晶彦は今回の事件を起こしたのだ。それはつまり、わたし達プレイヤーをこの世界に閉じ込めることが、彼にとっては己の全てを捨てるだけの価値があったということなのか。
「……もしかしたら、茅場の潜伏先は大規模なネット環境がある場所ですらないのかもしれない」
「というと?」
「まず、茅場が海外にいるって線は排除していいと思う。もし海外サーバーからSAOサーバーにアクセスしてるとすれば、いくら迂回していようが足が付くだろうからさ。……だとすれば、日本国内。それも警察や政府の盲点――それこそ山奥のログハウスとかベタな所にいるのかも――ッ!?」
キリトくんはそこまで言って、大きく目を見開いた。
「まさか……いや、そうか……」
緊張を和らげるように、大きく息を吸い込む。
「……俺は単純な真理を忘れていた。どんな子供でも知っていることさ。――他人のRPGを傍から眺めるほど詰まらないことはない」
そして、告げる。
「茅場は、このSAOに直接、ナーヴギアを使ってログインしているんだ。……あいつは、俺達プレイヤーの中にいる……!!」
†
「あの二人に話しても良かったの?」
二人と別れた後、カフェから少し歩いた先の人気のない場所を選んでアウローラは姿を現した。
「キリトとアスナには今回のことは口外しないように約束させたし、茅場のプレイヤーネームは教えてない。……僕が茅場が誰なのか把握しているなんて、夢にも思わないよ」
そう。僕は茅場が誰なのか、随分と前から知っている。
システム側の存在であるアウローラを通せば、プレイヤーのキャラ情報は一部を除けば殆ど全て知ることができるからだ。
そして、僕は見つけた。
フロアボス相手に、たった一人でタゲを取り続けるあの男を。プレイヤーの属性ではありえない【Immortal Object】……不死存在というイレギュラーを。
《神聖剣》、或いは《最強の男》。
――《KoB団長》ヒースクリフ……いや、茅場晶彦を。
「この情報は、本来は知り得るはずのない情報だ。証拠能力は極めてゼロに近い。それにもし公衆の面前でヒースクリフが茅場晶彦だと言ったところで、逆に僕がシステム側の人間だと思われて他のプレイヤーに殺されかねない」
「そうなれば完全に魔女裁判よねぇ」
「だから、僕以外の人間に正規のルートで答えに辿り着いてもらわなきゃいけない。今回は、そのための布石さ」
僕がそう言うと、アウローラは腹を抱えて笑い出した。
「あははははは!! ――……あー可笑しい」
「何が?」
「だって、あの二人はつまり“囮”でしょう?」
彼女の指摘に、溜め息を吐く。
「茅場が正体を看破された場合、どう出るかなんて予測しようがないし――それにね」
僕はにこりと笑みを浮かべ、言う。
「キリトの“あれ”なら、僕の予想通りの展開になったとしても、勝てる見込みは十分あるはずだからね」
「あぁ~嫌だ嫌だ、怖い怖い。……あなたって、本当に面白いわよねぇ」
今回はかなり短めでしたね。
時系列的には圏内事件~心の温度の間です。
原作とは違い、推理(らしきもの)でヒースクリフの正体を看破させよう……みたいな話のはずが、どうしてこうなった。