「まあ、何と言うか……騙すようなことをしたのは悪かったと思っているから、そんなに睨まないでよ」
三者三様の眼差しで見詰められているこの状況は、まさに鷹の前の雀という例えが相応しいだろう。だが、食われるのが常に雀の方だと決めてかかっているのなら、それは見当違いというものだ。杓子定規でモノを考えてはいけない。現に今ここで追い詰められているのは、雀ではなく鷹の方なのだから。
さて、ここは教会の住居スペースの一室。普段は子供達が就寝に使っているらしく、部屋一杯に二段ベッドが並んでいる。そして僕らは、通路を挟んでその内の二つに対面する形で座っていた。只、人数の都合とは言え、ヒースクリフが僕の隣に座っていることはだけは心底解せない。
「それで今回のこと、ちゃんと説明してくれるんですよね? ユイちゃんまで巻き込んで、もしも只の悪戯なんだとしたら、今度ばかりはわたし絶対許さないですから」
「あー……アスナそれは――」
「勿論、説明責任はきちんと果たすよ。それにしても、“今度ばかりは”ということは、前回のは許して貰えたってことで良いのかな?」
キリトが何か言おうとしたところで、それに被せるようにして口を開く。
「なっ……! そ、それは、その……。今でも納得はしてませんけど、わたし達のことを思ってしてくれたというのは解ってますし」
「へぇ」
「ニヤニヤしないでください! 前回のことは置いておいても、わたし今現在進行形で怒ってるんですからね!」
「ごめんごめん」
具合の良いことに、既にこちらのペースにアスナは嵌りつつある。このままキリトも芋蔓式に引き込むことが出来ればこちらのものだ。
そう思っていると、何やら先程からホロキーボード頻りに叩いていたヒースクリフが、一旦手を止め溜め息を吐いた。
「もう一度言うが、茶番は止めにし給え。私もこう見えて多忙の身の上なのでね、早く本題に入って貰えると助かるのだが」
「話の腰を折らないで貰えるかな。こちらにも段取りというものがあるんだ」
視線と視線がぶつかり合う。睨む、なんて生易しいものでは決してない。そもそも情報量からして違う。怒りとか、憎しみとか、そういった単一の平べったい感情では断じてないのだ。
やはり、僕はこの男が嫌いだ。このゲームに僕らを閉じ込めた張本人だからだとかそういう直接的な理由ではなくて、もっと根源的な部分で相容れない。それが何故なのかは、僕にもまだ解らないけれど。
「……この二人がデキてるなんて有り得なかったな」
「安心したならその話題これっきりにしてよね」
僕らの険悪なやり取りを間近で見たキリトがぼそりとそう呟き、アスナが出来の悪い弟にそうするように嗜める。
内容は兎も角その微笑ましい光景に毒気が抜かれ、取り敢えず話を進めることにした――ということにしておこう。うん、絶対触れないからね。聞かなかったことにするからね、良いね? ……話を進めよう。
「それじゃあ、単刀直入に言おうか。今からこの
「はぁ~成る程、そういうことだったんですか~……って、えぇぇぇぇ!?」
「ぐぇっ!?」
絶叫。次いで、ネクタイを掴まれ引き寄せられる。
首が……締まる……。
「お、落ち着いてアスナ、君はそんな
「そ、そんなこと急に言われても心の準備が! それにわたしドレスなんて持ってないし!」
「大丈夫、衣装はちゃんと知り合いに用意して貰ってるから」
「友達とか呼ばないと!」
「それも大丈夫。と言うか、攻略組には殆ど声かけてあるから」
前後にぐわんぐわんと揺らされながら会話を続ける。
痛くはない、痛くはないが……酔いそう。うっぷ。
「まさか、あの招待状ってのは……」
「うん、察しの通り、君達二人とクライン限定で送ったものだよ。他の人達には別の文面のものを送ってある。それと念の為言っておくけど、君達に送ったのだって、僕が結婚するとは一言も書いてないからね」
因みにクラインにも名前を伏せたものを送ったのは、事前に教えると彼の場合必ず顔に出ると踏んだからだ。
「まあ、大抵の人は『爆発しろ!』とか言いつつも祝ってくれるそうだから安心しなよ」
「嫌だ、って言っても無駄なんだろうな。《軍》の奴らに出入り口は塞がれてるし、何よりドタキャンなんて許されない雰囲気だし……」
「キリトは話が早くて助かるね。それにしても――」
胸倉を掴んだままのアスナの手を丁重に払い落としつつ、キリトの姿を改めてまじまじと見詰める。
「うん、やっぱりフロックコートにして正解だったね。とてもよく似合ってて恰好良いよ、キリト」
膝まである黒のジャケットは、彼が普段着ている黒コートを彷彿とさせる。しかし、それでいて格調高く、厳かなセレモニーに相応しい。やはり彼女に衣装の依頼をして正解だった。
「あんたがさっき無理やり着せたんだろ。……まあ、それは良いとして」
「それは良いんだ?」
ふ~ん、と何故か拗ねたような声を出すアスナ。見れば、キリトの頬が微かに赤いような気がする。
「ごほん! そう言うあんたは何でスーツなんだ?」
僕らの視線を振り払うように軽く咳払いをしたキリトの口から出たのはそんな問いだった。反射的に自分の上半身を見下ろす。
今僕は、先程まで着ていたエプロンの代わりに、これまた黒のジャケットを纏っている。とは言え、キリトのそれとは違って、ごく一般的な所謂フォーマルスーツと呼ばれるものだ。当然男物なのだが、存外気付かれない。因みにワイシャツやネクタイも含めて、キリト達のとは出所が違ったりする。
「その口振りだと、ドレスの方が良かったのかな? 駄目だよ、他の女の子に目移りするなんて」
「してないよ! だからアスナ睨むの止めてくれ!」
まあ、そうは言っても僕はそもそもスカート履けないんだけどね、性別的に。
以前不承不承で着たことのあるサンタ衣装やKobの団服は例外中の例外だ。そもそも団服の方はヒースクリフの中身である茅場が、僕への半ば嫌がらせ目的で態々作った一品ものだろう。だから、僕がスカートを履くことなんて今後二度と無いはずだ。
「まあ冗談は兎も角、前にも言ったと思うけど単にスカート履きたくないだけだよ。そもそも僕には似合わないしね」
寧ろ似合って堪るか。
「え~絶対似合いますよ! それこそ物語に出てくるお姫様みたいな!」
「ふふっ……。失敬」
会話に参加せずまた作業に戻っていたヒースクリフは、如何やら“お姫様”がツボに入ったらしくウィンドウに視線をやったまま肩を揺らす。
この野郎……何時か倒す。
「……僕のことはこの際どうでもいいんだよ。それよりもアスナ、知り合いの《仕立て屋》のプレイヤーを呼んであるから、着たいドレスを選んできなよ。何着か用意してくれているそうだから」
「え、本当ですか? ……それじゃあ、折角だからお言葉に甘えて選んでこようかな。それに、ユイちゃんをリズに任せたままなのは悪いから、キリト君も一緒に付いて来て? それで、一緒にドレスも選んでくれたら嬉しいな」
「せ、責任重大だな……。と言うか、やるのはもう決定事項なんだな」
そう言い合って、二人は連れ立って部屋を出て行く。
残されたのは、僕とヒースクリフの二人だけ。静寂の中で、キータッチの音だけが小さく響く。
「――……ふぅ、まあこんなところか。それで、この様な喜ばしいイベントに、態々私を招いたのは何が目的かな、光君?」
ようやく作業を終えたのか、動かしていた手を止めるヒースクリフ。如何やら本腰を入れてこちらの話を聞く気になったらしい。
それは兎も角、馴れ馴れしく名前を呼ばれるのは不愉快極まりないので止めて欲しかった。
「貴方をここへ呼んだのは他でもない、貴方に神父役を務めて貰いたかったからだ。休団中とは言え、アスナの所属するギルドのギルドマスターなのだから、貴方以上にこの役が相応しい人はいないでしょう」
「この私に神父役とは、随分とまた思い切ったものだな。流石に皮肉が効き過ぎてはいないかね?」
「確かにね、我ながら業腹だとは思うよ。それでも、やっぱりこれ以上の配役は無いとも思っている。特に、全身から醸し出されている胡散臭さがそれっぽい」
「それはまた辛辣だな」
そう言って、ヒースクリフはくつくつと笑う。
「君の頼みを聞くのは私も吝かではない。だが、君も重々承知のこととは思うが、私に対する頼み事というのは、その内容に限らず相応の対価を要求される行為であることは理解しているね?」
「あんたの遊びに付き合わされてる時点で、僕らは既に相当な対価を一方的に支払わされていると思うけどね。それでも、百歩譲って公平性を順守するなら止むを得ないということも理解してはいるさ。理解した上で、こうして頼んでいる」
「ふむ。……しかし意外だな、君は余り他人に対して関心があるタイプではないと踏んでいたのだが」
私と同じ様に、とヒースクリフは自嘲してから、
「君があの二人に固執する理由は何だね? キリト君は《二刀流スキル》の所有者であり、アスナ君もまたトップギルドのサブマスターだ。確かに、両者共に攻略には欠かせない存在――延いては、
真鍮色の瞳で僕の目を覗き込んだ。思えば、まともに視線が合うのは今日は初めてか。
まるで何もかもをも見透かされているようで、自分の立つ足場が崩れていくような錯覚に陥る。
「……さあ、何故だろうね? 少なくとも今回のイベントは、何も彼ら二人の為だけにやろうとしている訳じゃないさ。先の七十四層のボス部屋が《結晶無効化空間》だったのに加えて、次はいよいよ七十五層――クォーターポイントだ。どうせまたここに来て、更に攻略の難易度が跳ね上がるんだろう?」
「それについてはノーコメント、だな。……それで?」
「こう悪い事ばかりだと息が詰まる。《攻略組》なんて呼ばれてはいても、彼らだって普通の人間だ。兵士でもなければ、鋼の精神を持っている訳でもない。一度折れてしまえば、簡単に立ち直ることは出来ない。だからせめて、溜まったガスを外に逃がすくらいのことはした方が良い」
ストレスの発散は、社会に生きる上で重要だ。そして、この現実以上に殺伐とした世界でなら尚のこと。
陽人の件もあって今更言うまでも無いことだが、嫉妬心を相手にぶつけるというのは格好のストレス発散になり得る。矢面に立たされるキリトには申し訳ないが、同時に祝われもするのだから今回の場合差し引きゼロだろう。寧ろ重要なのは、皆で思い切り騒いで楽しむということだ。
「成る程、それなら私に断る理由もあるまい。それで、私の着る衣装とやらは既にそちらで用意してあるのかね?」
「当然用意してあるよ。これが……」
そう言いながらトレードウィンドウを開き、ストレージから事前に手に入れておいた衣装一式を選択し提示する。
祭服があれば良かったのだが、魔法が存在しないSAOにその手の装備は存在しない。だから、この衣装一式というのはそれらしく見える物を組み合わせたに過ぎなかったりする。が、一方でタキシードやドレスなんかは《裁縫スキル》で作れるのだからその辺りの線引きがよく解らない。しかし、恐らくは《結婚システム》が少なからず影響しているのだろうとは予想する事が出来る。
「取り敢えずこれに着替えてくれ。着替えるところを見られたくないって言うなら出て行くけど……あんたの場合その必要は無いだろう?」
「無い、な。――良いだろう。但し、私が着替えるのは君が対価を支払ってからだ」
「何だよ? 今この場で直ぐ出来るような事なのか? 開始予定時刻まで余り時間が無いんだけど」
「その点は問題無い。ものの数秒で終わる」
その発言に違和感を覚えつつも、ヒースクリフの次の言葉を待つ。すると、ヒースクリフは黙ったまま手許でウィンドウを操作し――トレード欄に《
「――……は?」
「トレード完了次第、君もそれに着替え給え。これが私の出す条件だ」
「はぁぁぁぁ!?」
何を言っているんだこいつは……? 本当に何を言い出すんだこいつは!?
「因みにその《常闇のドレス》は君が普段装備している《銀妖精の鎧》のステータスをベースに、八十層クラスの能力値にアップグレードしてある」
「何の為にだよ!?」
「勿論、装備アイテムなのだから、戦闘時に使って貰う為にだが? 《銀妖精の鎧》では、幾ら強化しようともここらが限界だろう。君だって、そろそろ装備の更新を考えていたはず――違うかね?」
「いやいやいや」
確かにそうだけど……確かにそうだけどさ!!
「見た目などこの際些末な問題だろう」
「僕にとっては大問題だよ!!」
「はぁ~……。光君、合理的に考え給え。使い勝手は全く変わらずに能力値だけが軒並み上がっているのだぞ? 君は得こそすれ、損は全くしていない。それに、他人にはやらせておいて自分は出来ないなどという道理は通るまい?」
「ぐっ……!」
確かに正論ではある。正直ぐうの音も出ない。
だけど……まさか茅場の奴、こんなものを普段から持ち歩いているのか? いいや、違う。茅場は恐らく、自分が呼ばれた理由をこの部屋に入った段階である程度予想していたのだろう。そう考えれば、キリト達が居た間も終始キーボードを操作していた理由に説明が付く。つまり、先程から茅場がやっていた作業とは、即席でこの装備アイテムを作ることだった……?
頭の中で、パズルのピースが完全に組み上がり、僕は恐怖の余り絶叫した。
「へ、変態だー!!」
身の危険を感じた僕は、反射的にベッドの上から立ち上がり、距離を空ける為に思い切り後退る。
「……っ。ロリコン扱いの次は変態扱いかね……!」
「変態でしかもロリコン!?」
「違うッ!!」
そう大声を上げて、ヒースクリフが立ち上がる。
「ひっ!」
口から情けない悲鳴を漏らしながら、僕はもう一歩大きく下がって――
「っ……!?」
――背中が壁にぶつかってしまう。もう、これ以上は逃げられない。
「ち、近付かないで……っ!」
……何だ?
恐怖に駆られた中で、それでも何処か冷静な自分も居て。
何をそんなに怖がっているんだ……?
「あっ……ああっ……!」
「お、落ち着き給え。らしくもなく怒鳴ったの悪かったが、私にだって喜怒哀楽というものが……――光君?」
こんなことが、昔何処かで……。
腰が抜けたのか、ずるずると背中を壁に擦り付け、最後には尻餅を付いてそのまま寄り掛かってしまう。そのせいで目線が随分と低くなり、自然とヒースクリフを見上げる形になって。
「ああっ……あっ……あぁあっ!」
僕を見下ろす奴の顔は陰になって見えなくて。
「ぐっ……ああああああああああ――ッ!!」
まるで、『これ以上思い出すな』とでも言うように、頭蓋を割るかのような激痛が襲う。
髪を振り乱して見えない何かに必死に抵抗するが、そんな事で痛みが引くはずも無く、
「光君! しっかりし給え、光君!!」
彼らしくない取り乱した声が朧げに聞こえたのを最後に、僕の意識は引き摺られる様にして二度目の暗転を迎えた。
†
「羨ましいぞこの野郎!」
「もげろキリト!!」
「これは有名税みたいなものだよな《ブラッキー》!?」
「末永く爆発しろ……!!」
次々と思い思いの罵声を浴びせ、更には新郎――つまりはキリトをどついていく面々。恐らく彼らは招待状を受け取った攻略組の人達なのだろう。
「おうキリの字よ! こんな大々的に結婚式開くなんて聞いてねェ――って、何でおめぇがそんなモン着てんだ?」
「クライン……」
「お前知らなかったのか? 式を挙げるのはキリトとアスナだぞ」
「はぁ!? おりゃンなもん一言も聞いてねェぞ! どういう事だキリトぉ!!」
「何でこんな事になってるのか俺が聞きたいくらいだよ……。そしてエギル、いきなり商売始めようとするな」
「いや、そう言われてもなぁ。残念ながら主催者の許可は貰ってんだよ」
「……その主催者ってのは当然ティンクルのことだよな?」
「おう」
「はぁ……」
そんな光景を遠目で見ながら、あたしは額に手を当て呻いた。
「明らかに収容人数オーバーしてんじゃない……!」
そもそもが小さな教会だ。礼拝堂の長椅子は既に埋まり、立ってる人の方が倍近い程だ。おまけに教会前の通りは幾つもの露店が並び、神社の夏祭りのような様相を呈していた。
「和洋折衷? ――いや、単にカオスなだけでしょ」
この騒ぎの元凶が考えそうな事をトレースして、思わず
兎に角、今はこれからどうするのか考えないと。段取りを全て把握していたのはあいつだけで、彼が居ないこの状況ではあたしが代わりに何とかするしかない。
「料理は出来上がってる……アスナの準備もそろそろ終わるだろうし……」
「扉を開けた状態にして礼拝堂の中を外からでも見えるようにし、教会内で形式的な諸々を済ませた
突然声をかけられた事以上にその内容に驚いたあたしは、音のしそうな勢いで後ろへ振り向く。
立っていたのは、RPGの神官めいた衣装を纏ったヒースクリフだった。
「ヒースクリフ……さん、ティンクルは大丈夫そうですか?」
「無論断言は出来ないが……恐らくは大丈夫だろう。少し魘されてはいたがね」
「そう……ですか。その、ありがとうございます」
そう言って頭を下げると、ヒースクリフは無言で首を横に振った。
「礼を言われるような事はしていない」
ヒースクリフが憮然とした調子で肩を竦めるので、あたしもついつい要らない一言が口を吐いて出る。
「確かにそうだけど、こういう時お礼を言うのって当たり前じゃない?」
言ってからしまった、と思ったが、全ては後の祭り。恐る恐る伺い見ると、ヒースクリフは心底驚いた様子で、口をぽかんと間の抜けた顔をしていた。
「な、何?」
「いや、失礼。彼と私は似ていると勝手に思っていたのだが、如何やら彼が変わったのは君の影響らしい。本人に自覚があるかは兎も角だがね」
彼にも、そして君にも。と、ヒースクリフは謎めいた笑みを浮かべた。
知ったような事を言う。……嫌な奴だ。それがあたしの素直な感想だった。光が彼を嫌う理由が少し解った気がする。それにしても――
「彼って……あんた、あいつの性別解っててスカート履かせたわけ? とんだ変態ね」
先の闘技場での一件の折、光に女物の団服を着せていたのを思い出し、蔑みを込めて見詰める。
しかし、ヒースクリフはあたしの質問には答えず、独り言のように呟く。
「……前回のも含めて荒療治のつもりだったのだが、慣れない事をするものではないな」
「……どういう意味よ?」
もはや敬語を使う意味も無い。言葉通りに受け取れば、少なくとも今回あいつが倒れたのはヒースクリフが何かしたから、という事になるから。
けれど、解らない事がある。荒療治――つまりは治療。なら、何を治すつもりだったの……?
「彼が立ち止まってしまった時は、君が支えてあげ給え。出来る事なら、私も先の方で待っていよう」
しかしやはりあたしの問いには答えず、代わりに意味深な事だけ言うだけ言って、ヒースクリフは教会の中へと戻っていく。
「……言われなくたって支えるわよ」
誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いて、あたしは自分の頬をパシッと叩く。そして、キリトに近付いて、彼の腕を取る。
「なーに油売ってんのよ?」
「あ、おいリズ!」
それから教会の裏手まで引っ張り歩いて、辿り着いたところでパッと放した。
「何でそう強引なんだよリズもティンクルも……」
「あたし達にここまでさせてんのはあんたでしょーに。全く、嫌ならもっとしっかりしなさいよね」
キリトは尚も不満そうだったけど、それを呑み込み別の言葉をあたしにぶつけた。
「そういえばティンクルはどうしたんだ? さっきから姿が見えないけど」
まあ、その質問は
「ここ最近徹夜続きだったから、さっき遂にぶっ倒れたのよ。まあ、だからあいつの頑張り無駄にしない為にもバシッと決めなさいよね」
「あ、ああ……」
キリトは渋々と頷くと、次いで後ろ首に手を当てて視線を逸らす。
「何よ?」
「いや、何でそれをリズが知ってるのかなー……なんて」
「……?」
キリトが何を言いたいのか解らず首を捻ると、尚も言い難そう視線を彷徨わせ――やがて観念したように吐き出す。
「あー……俺は噂で聞いただけなんだけど、リズとティンクルが同――」
「ど、同棲なんてしてないわよ!? 誰よそんな如何わしい噂流してる奴!?」
咄嗟に言ってハッとする。しかし、もう遅かった。
「……如何わしいのはリズの方だと思うけどな。同棲って……女同士で同棲は可笑しいだろ」
「こ、言葉の綾ってやつよ!」
「そもそも何でリズとティンクルが同居なんて話になったんだ? 招待状の件を訊こうとあの人の家を訪ねたら既に空き家になってて驚かされた」
キリトが荒れ気味だったとアスナに聞いていたけど、恐らくそれも原因の一つなのだろう。
「しかも同居してるだけじゃなくてリズの店で店員紛いの事までしてるんだって……?」
そう言ってキリトはあたしの上半身に目を向け、
「ティンクルもそういう服着るのか?」
「……あんたも大概よね」
呆れて言うとキリトは首を振る。
「アスナにも言ったけど、別に俺はティンクルの事をどうこう思っているわけじゃないよ。只、少し心配というか……」
「心配?」
「ああ。あの人基本的に笑ってる事が多いけど、偶に何考えてるのか解らないっていうか……人形みたいに無表情になる事があるんだ」
キリトはそう言って頬をかく。
「そういう表情を見ると、普段無理して笑ってるんじゃないかって思えてくるんだ。でも、リズが傍に居るならもう大丈夫だろ。リズは無駄に明るいからな」
「無駄にって何よ」
「……明るい奴の傍に居れば、自然と明るくなる事もあるだろ。あの人は剣を握ってるより、接客してる方が似合ってると思うしな」
本当にそうだろうか? もしそうなら、それはとても嬉しい事だと思う。あいつに接客が似合っているかどうかは兎も角。
そして、キリトは苦笑する。
「ま、それにリズは女の子だしな。ティンクルを毒牙にかける事も無いだろ」
「……………………」
うん、まあ……知らぬが仏ってやつかな、これは。
「――話が逸れたわね。取り敢えず今日の予定だけど……」
この後の段取りを説明してから、そのままキリトを礼拝堂へと送り出す。
いい加減、皆待ち
さあ、今日は正真正銘、あんた達二人が主役よ!
心の中でそう呟いて、あたしはキリトの背中をそっと押した。
タイトル詐欺みたいな内容で申し訳無いです。一体どれだけ引っ張るつもりなのか……土下座ものですね、本当に。
そんなつもりは無いんですけど、丁寧に描写しようとすると文章が長くなってしまって。……文才が欲しいです。
ティンクルが再び倒れ、物語は佳境へと向かって踏み出しました。
今回で見切りを付けず、もう少しだけ付き合って頂けると幸いです。
次回はもっと早く投稿出来るように祈って。それでは、また。